ヴェカンティ。ポルセドムの森の一隅、赤茶けた地肌のむき出しになった岩山の麓で、刃を交える優子と麗子。  
やはり優子の方が押され気味に推移する中、一瞬、麗子の動きが不自然に緩む。  
楕円軌道を描いた”ヴァリスの剣”の切っ先が、麗子の急所へと滑り込む。  
低く呻き声を漏らして崩れ落ちる麗子の姿を、茫然と見つめる優子。  
 
「・・・・麗子・・・・あなた、今・・・・わざと・・・・!?」  
 
苦しげに表情を歪め、顔中に大粒の汗を浮かべた麗子が、自らの鮮血に染まった地面に横たわる。  
しばらくの間、その場に立ち尽くしていた優子は、我に返るや、アァッ、と、悲鳴を上げ、剣を投げ捨てると、  
麗子に駆け寄って、無我夢中でその体を抱き起こした・・・・。  
 
――――――――。  
 
必死の介抱も空しく、急速に体温を失っていく麗子の身体を、ひし、と抱きしめる優子。  
震える腕の中で、力なく目を伏せた麗子の蒼ざめた頬を、優子の涙が濡らしていく。  
 
「泣いてくれているの・・・・私のために?  
・・・・じゃあ・・・・友達になれたのかな・・・・私・・・・」  
 
「ええ・・・・!ええ・・・・!!」  
 
初めて心を開き、自分を友と呼んでくれた麗子の言葉に、  
優子は、透き通るように白くなった麗子の手を握り締め、何度もうなずき返した。  
薄く目を開くと、麗子は、かすれかかった声で囁いた。  
 
「・・・・ねぇ・・・・お願い・・・・キス・・・・して・・・・」  
 
「えっ?」  
 
さすがに戸惑った声で聞き返す優子。  
麗子は、小さく微笑みながら、再度、懇願した。  
 
「・・・・ごめんなさい・・・・最後まで・・・・こんな事ばかり言って・・・・。  
・・・・でも・・・・私ね・・・・本当は、ずっと・・・・ずっと前から・・・・優子のこと・・・・好きだったの・・・・」  
 
「・・・・麗子・・・・」  
 
言葉を詰まらせる優子。  
自分の気持ちをどんな言葉で伝えれば良いのか分からずに、途方に暮れた表情になる。  
 
「・・・・・・・・」  
 
だが、その次の瞬間、優子の身体は、半ば無意識のうちに、麗子の上に覆い被さる。  
そのまま、薄桃色の唇を、土気色に変色しつつある麗子の唇の上にそっと重ねる優子。  
柔らかなその感触に、麗子の表情が和らいでいく。  
その、冷たく強ばった口元が僅かに動いて、声にならない最期の言葉を紡ぎ出した。  
 
(・・・・優子・・・・ありがと・・・・う・・・・)  
 
瞳から輝きが失せ、瞳孔が拡散して、虹彩が薄れていく。  
心音が次第に遠ざかり、最後まで握られていた細い手も、力を失って、するり、と抜け落ちる。  
 
「・・・・麗子?・・・・麗子!?・・・・こんなの、嘘でしょう・・・・麗子っ!!」  
 
麗子の身体を揺さぶり、涙声でその名を呼び続けるが、既に事切れた麗子からは何の返事も無い。  
絶句して、泣き崩れる優子。  
長い髪の毛を振り乱し、横たわる麗子に取りすがって、泣きじゃくる。  
 
「・・・・どうして・・・・あなたが死ぬ理由なんて・・・・無いのに・・・・!!」  
 
――――――――。  
 
物言わぬ麗子の前に突っ伏したまま、嗚咽し続ける優子。  
死の間際、重い口を開いて語ってくれた、麗子の真実の言葉を、  
悲しみに張り裂けそうな胸の中で、何度も何度も反芻する。  
 
・・・・冷え切った家庭。孤独だった子供時代。  
名家の子女として、他人への甘えを許されず、ただひたすらに意地を張って生きる事を余儀なくされるうちに、  
いつしか、それがごく当然のことの如く感じられるようになっていった、麗子。  
他人をそねみ、ねたみ続けた挙句、如何にして上手く他人を出し抜き、己のために利用してのし上がるか?  
そんな考え方しか出来なくなっていった、麗子・・・・。  
 
「だから、ログレスの誘いにも乗ったの。  
”人の世を支配できる”って言ったのよ、アイツ・・・・。  
・・・・でも・・・・本当は違う・・・・」  
 
麗子の口元に、消え入りそうなくらいに薄い笑みが浮かび上がる。  
 
「・・・・本当は・・・・逃げたかっただけなの・・・・悩みや嫌なこと全部から。  
・・・・もう、どうでも良くなっていたのよ・・・・どう足掻いたって何も変わらない、って分かってたから。  
・・・・でも、同時に・・・・一方で、とにかく、そこから逃げ出したかったの・・・・。  
何もかも捨てて、何もかも忘れて、逃げ出せるのなら、って思って・・・・それで・・・・」  
 
どこか遠くを見るような視線で、優子を見上げながら、悲しげに微笑む麗子。  
 
「優子・・・・貴方は・・・・いつも戦っていたでしょう?いろんな・・・・悩みや苦しい事と・・・・。  
私は・・・・戦わずに、逃げて・・・・逃げるだけ逃げて・・・・でも、結局、逃げ切れなくて・・・・。  
・・・・とうとう、こんな所で死ぬハメになったのよ・・・・」  
 
(・・・・麗子・・・・もっと早く、打ち明けてくれてたら・・・・)  
 
真っ赤に泣き腫らした目で、麗子の死に顔を見つめる優子。  
悔悟と苦悩とで、すっかりやつれ果てた面立ちで、力なくかぶりを振る。  
 
(・・・・ううん、違うわ・・・・。  
麗子は、これまでずっと苦しみ続けてた・・・・。  
その苦しみを、わたしへの憎しみに置き換えることで、どうにか押し潰されるのを免れてきたんだわ。  
・・・・わたしが、もっと早く、その事に気付いていたら・・・・)  
 
優子の口から、血を吐くような懺悔の言葉が漏れる。  
 
「・・・・麗子・・・・わたし・・・・あなたを・・・・救えなかった・・・・救えたかもしれないのに・・・・!」  
 
 
――――――――。  
 
暗黒王ログレスの居城・ヴェカンタリア。陰鬱な霊廟を思わせる列柱の連なる、玉座の間。  
切り裂かれた黒衣の切れ端が、ゆらゆらと宙を漂い、流れていく。  
死力を尽くした闘いの末、ヴェカンティの支配者は、  
今まさに、その存在を、次元の彼方へと消し去られようとしていた。  
 
「・・・・これで、終わった訳では無いぞ・・・・」  
 
だが、この期に及んでも、仮面の奥から発せられるその言葉は、あくまで無機質なまま、微塵の変化も感じられなかった。  
 
「ヴェカンタの”力”は消えはせん。  
人の世ある限り・・・・ヴェカンティのあることを忘れるな」  
 
片膝をつき、床に突き立てたヴァリスの剣に寄りかかるようにして、辛うじて姿勢を保つ優子。  
全身を覆う疲労と消耗は堪え難かったが、空中に浮かぶログレスの姿を睨み据える眼光は、未だ鋭さを失ってはいない。  
 
「負け惜しみをっ!」  
 
渾身の気迫を込めた優子の叫びに、仮面に隠された双眸が、鈍く光る。  
 
「お前の戦いで得たものなど何になろう・・・・一時の、見せかけの安らぎが・・・・。  
人の心など、所詮は悪。人間どもの持って生まれた性なのだ。  
・・・・そうは思わぬか、ヴァリスの戦士よ?」  
 
決然として、言い返す優子。  
 
「ちがう!人は悪じゃない!  
今は傷つけ合っていても、いつかきっと、目覚める時が来るわ!  
・・・・麗子だって・・・・!」  
 
「・・・・フン・・・・麗子、か・・・・」  
 
その名を口にした瞬間、ログレスの口調に微妙な変化が生じたのを、優子は聞き逃さなかった。  
ある種の機械音を思わせる無味乾燥な語感に、僅かにだが、自嘲にも似た一種独特な響きが混じる。  
 
「・・・・麗子・・・・そう、麗子・・・・だ・・・・。  
・・・・フン、情になど流されおって、愚か者めが。  
半端にヴァニティの心など持つから、こういうことになるのだ・・・・」  
 
その言葉と、言葉には必ずしもそぐわない、その響きとの落差に、内心、少なからず引っかかりを感じつつ、  
それでも、優子は、麗子の死を冒涜したログレスに対し、憤りを込めた言葉を叩きつける。  
 
「私は、戦うわ!  
たとえ、お前の言うことに幾ばくかの真実が含まれているとしても。  
私の知らない秘密が隠されているとしても。  
新しい戦士たちの手で、その秘密が暴き出され、人の進むべき道が明らかにされる、その日を信じて!」  
 
なおも反駁の言葉を口にする優子の目の前で、空間がグニャリと歪曲し、  
ログレスの姿が大きく捻れながら、その渦の中に引きずり込まれて攪拌されていく。  
 
「・・・・フン・・・・まぁ、それも良かろう。  
まずは、その日を楽しみにしておくとしようぞ・・・・フフ・・・・。  
・・・・では、それまでしばしの別れだ、ヴァリスの戦士よ・・・・!」  
 
その言葉を最後に、ログレスの姿は、歪んだ空間の中で、ゆっくりと拡散し、  
玉座の間を覆っていた、その圧倒的な威圧感も掻き消えるように消失して、周囲には静寂だけが残った。  
緊張を解き、小さく息をつく優子。  
 
「・・・・麗子・・・・勝ったわ・・・・」  
 
 
――――――――その、刹那だった。  
 
「・・・・そうね、優子。その点に関しては、有難うって言っておくべきでしょうね・・・・」  
 
この場にあろう筈の無いその声に、思わず我が耳を疑う優子。  
反射的に剣を引き抜き、立ち上がろうと試みるものの、  
身体全体が、先刻のログレスとの死闘による疲労とは明らかに異なる、奇妙な脱力感に覆われて、手足に力が入らない。  
 
(・・・・こ、この感覚・・・・何処かで・・・・)  
 
口の中で、あっ、と小さく叫ぶ優子。  
脳裏に生々しく蘇る、過去の記憶・・・・ヴェカンティの森の奥で、麗子に嗅がされた、あの薬・・・・。  
 
「フフフ・・・・思い出したようね。そう、これは、あの時のと同じ物よ」  
 
信じられない、否、信じたくない事実を突きつけられて、蒼ざめる優子。  
一度は否定しようとしたものの、身体の奥底からこみ上げて来る、ねっとりと絡みつくような性的衝動は、  
忘れたくとも忘れられない、あの忌まわしい淫薬の効き具合に相違なかった。  
大きく見開かれた優子の目は、次の瞬間、玉座の間の暗がりの中から悠然と姿を現した人影へと吸い寄せられる。  
 
「・・・・そ、そんな・・・・一体、どういうこと・・・・!?」  
 
驚愕のあまり、床に体を落としたまま、立ち上がることも忘れ、食い入るように目の前の人影を見つめ続ける優子。  
凍りついたその瞳に映る人物の姿は、紛れも無い、麗子のものだった・・・・。  
 
 
           ――――――――TO BE CONTINUED.  

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