「・・・・・・・・陽子・・・・陽子・・・・起きてったら・・・・陽子・・・・!」  
 
がくがくと身体を揺すられて、陽子は、まだ眠い目をこすりながら、不承不承薄目を開けた。  
身体のあちこちがずきずきと痛み、頭の芯が、ぼうっ、として、ひどく重い。  
 
「・・・・何よ・・・・いいでしょ・・・・もうちょっとくらい・・・・」  
 
まとわりつく睡魔を追い払うのに苦労しながら上体を起こして、気だるそうに周囲を見回す陽子。  
呆れ返った表情の麗子に、困ったような顔の優子、心配そうに顔を曇らせたヴァルナ・・・・。  
 
(・・・・えっ・・・・ヴァ、ヴァルナさまぁっ!?)  
 
仰天して、ガバッ、と、掛け物をはねのけ、寝台から飛び降りる陽子を、  
両手を腰に当てた麗子が、盛大にどやしつける。  
 
「やっと起きたの!?まったく、どうして、アンタはこう、いつもいつも寝坊助なのよ!!」  
 
ぷりぷり怒る麗子を、まぁまぁ、と、宥める優子の横で、  
ヴァルナは、まだ心配そうに、陽子の表情を覗き込んでいる。  
冷や汗をかきながら、しどろもどろに弁解の言葉を並べつつ、陽子は、心の中でため息をついた。  
 
・・・・・・・・あれから数日、無事、ヴァニティ城に帰還を果たした陽子と優子は、  
ヴァルナの勧めに従って、疲れた心と体を癒すべく、夢幻界に逗留を続けていた。  
 
「・・・・それにしても、まったく・・・・なんて性格してるんだか、この人は」  
 
木漏れ日が心地よい、瀟洒な庭園のテラスで、紅茶に似た飲み物の豊かな香りを楽しみながら、ぼやく陽子。  
麗子は、甘く上品な味のする菓子を口に放り込みながら、すました声で答える。  
 
「敵を欺くにはまず味方から、って良く言うでしょ?」  
 
だからって・・・・、と、陽子は、なおも口を尖らせつつ、同意を求めて優子に視線を送る。  
しかし、優子は、複雑そうな顔で、もごもごと口を動かしただけで、結局何も言わなかった。  
 
「・・・・もう、いつまでも、そんな顔しないでよ。いいじゃない、済んだ事だし。  
そりゃあ、隙を見て、本当の事を伝える事は不可能じゃなかったけれど、  
その方が、却って、陽子や優子を危険に晒す可能性が大きかったのよ・・・・色々な意味で、ね」  
 
一転して、冷静な口調で説明し始める麗子。  
陽子は、さすがにそれ以上の反論は諦めたものの、ふてくされたように、ぷいっ、と、横を向く。  
苦笑する麗子に、優子はため息をつきながら、「・・・・分かってるわ」とだけ呟いた。  
 
・・・・結局のところ、絶体絶命の危地からの逆転を可能にしたのは、麗子の演技力だった。  
早い段階から「ヴェカンタ」の支配を脱していた麗子は、性欲だけはどうしようもなかったものの、  
陽子のように、完全に自我を押さえ込まれ、身動き一つ思うに任せなかった訳でも、  
優子のように、意識を保ち続けるだけで精一杯で、抵抗手段など何一つ思い浮かばなかった訳でもない。  
気取られないよう注意深く「ヴェカンタ」の力を、我が物としながら、逆襲の準備を進めていた麗子の前に、  
油断しきっていたゼルとダリスは散々に打ち負かされ、浮遊城の機能も大損害を受けた。  
当分の間、ヴェカンティへの侵攻はおろか、アシャンティの統治にすら事欠くのは間違いないだろう。  
 
「・・・・まぁ、何しろ、私は、「ヴェカンタの黒き戦士」だった事もあるぐらいだし、  
それなりに「ヴェカンタ」の扱いには慣れている訳なのよ」  
 
あっさりと言ってのけた麗子に、目を白黒させる陽子。  
さすがに、事情を知っている優子は驚かなかったが、  
そもそも、そこに目を付けたからこそ、ヴァリアは、麗子を転生させ、  
「ヴァリスの戦士」に任じて、ヴェカンティとの戦いの最前線に配置したのである。  
 
「でも、あのダリスとかいう奴も、メガスの側近だったというだけあって、相当な使い手ではあったわね。  
あれだけ効率的に「ヴェカンタ」を供給出来るシステムには、そうそうお目にかかれるものじゃないわ」  
 
口の中に含んだ蜜菓子の、カリカリする歯ごたえを楽しみながら、説明を続ける麗子。  
小さく苦笑を浮かべつつ、優子は、飲み物を淹れ直し、相変わらず、横を向いたままの陽子の前に置いた。  
ちら、と、それに目を落とした陽子は、  
何気なく、「お砂糖は3つね」と呟き、すぐに気付いて、照れくさそうに笑う。  
クスクス笑いながら、「私も、よくやるの」と、微笑み返す優子が、そっと付け加える。  
 
「・・・・よくよく注意しながら見てれば分かるけど、実は、麗子も結構、ね」  
 
「あら、失礼ね」途端に、麗子の不機嫌そうな声が飛んできて、話を混ぜ返す。  
 
「私は、いつも、2つだわ」  
 
ププッ、と、吹き出した陽子につられて、優子も笑い出した。  
・・・・勿論、麗子も、すぐに破顔すると、楽しそうに笑いの輪に加わる。  
ひとしきり笑い合った後、静かに二人を見つめる麗子。  
 
「実を言うとね、ヴァリアさまは、こうも仰られていたの。  
亡くなられる少し前・・・・優子がログレスを倒した直後で、メガスがまだ登極してなかった頃の話よ。  
これまで、優子にも話した事は無かったんだけど、この際だから、打ち明ける事にするわ・・・・」  
 
やれやれまたか、と、顔を見合わせる陽子と優子。  
だが、麗子の話が進むにつれ、二人の表情から笑いが消え、当惑の色が広がっていった。  
 
「ログレスが死んで、指導者を失ったヴェカンティが混乱し、内乱が始まった時、  
ヴァリアさまは仰ったの・・・・「ヴェカンティに行く気は無いか?」って。  
ヴェカンティの争乱が、ヴァニティに波及するのを防ぐため、  
境界線に近いヴェカンティの辺境一帯に独立王国を樹立する、という計画が進められていたの。  
・・・・早い話が、防波堤ね。  
まぁ、色々と準備に手間取るうちに、封印から解放されたメガスが、ヴェカンティの覇権を握ってしまって、  
それから、ヴァリアさま御自身もあんな事になってしまわれたせいで、それっきりになったんだけど」  
 
まじまじと麗子の顔を覗き込む陽子。  
もしも、メガスの封印が解かれる事がなく、その計画が実行に移されていたならば、  
目の前にいる少女が、ヴェカンティの諸侯の一人になっていたかもしれない、  
・・・・それどころか、巡りあわせ次第では、暗黒王ログレスの後継者の座についていたかも、と思い至って、  
足元から悪寒が這い上がってくるのを抑えられなかった。  
 
「・・・・まさか・・・・本当の・・・・ことなの・・・・?」  
 
かろうじて搾り出すような声で問いかけた優子に、麗子は、つとめて明るく答えた。  
 
「ヴァリアさまは仰ったわ。  
貴女には、辛い思いをさせる事になるだろうけれど、  
もしも、これが上手く行けば、もう二度と、「ヴァリスの戦士」を召喚する必要はなくなる筈だ、って。  
―――-――――だから、私は答えたわ。  
「ヴァリスの戦士」・・・・優子が、リアリティでずっと平和に暮らしていけるならば、  
私は、ヴェカンティの王にでも何でもなります、って・・・・」  
 
絶句する優子を見つめる麗子の口許に、曖昧な微笑みが浮かび上った。  
 
「そんな顔しないで・・・・結局、上手くいかなかったんだし、  
そのおかげで、今も、優子には迷惑かけっぱなしなんだから、謝らなきゃならないのは私の方よ。  
今回だって、優子と陽子が、ゼルとダリスの注意をずっと引き付けておいてくれなければ、  
いくら私が「ヴェカンタ」の力を、ある程度扱えると言っても、何も出来なかった筈だわ・・・・」  
 
陶製のティーカップに視線を落とし、銀の匙で琥珀色の液体をかき回す麗子。  
言葉とは裏腹に、寂しそうに沈むその横顔に、陽子は、何とか力づけようとしたものの、  
適当な言葉を思いつけず、内心忸怩たる思いで、麗子を見つめる事しか出来なかった。  
 
・・・・その陽子の前で、優子の手が静かに動き、  
麗子の手――――微かに震える、小さな手――――に、重ね合わせられた。  
 
「・・・・・・・・ありがとう、麗子・・・・・・・・」  
 
視線を上げた麗子に向かって、穏やかな微笑を浮かべる優子。  
何もかも包み込むような、やわらかい微笑みに、麗子の表情がゆっくりと解れていく。  
 
「・・・・優子の手、とっても、温かい・・・・」  
 
(・・・・ちょっとだけ、自信あったんだけど・・・・やっぱり、かなわないなぁ・・・・)  
 
安らぎに包まれた麗子の横顔に視線を走らせつつ、陽子は、小さくため息をついた。  
少しだけ口惜しさの混じった表情で、目の前の二人を見つめる。  
――――――--麗子を取られた事が口惜しくないと言えば嘘になるが、  
不思議と、これ以上、優子に張り合おうという気持ちにはなれなかった。  
むしろ、これで良かった、という安堵の方を強く感じて、おかしいな?と、首を捻る陽子。  
麗子は、口の中で小さく「ごめんね」と詫びながら、優子の方に、甘えるような眼差しを向けた。。  
木漏れ日の中、優子の微笑は、何もかも包み込んで、どこまでも優しく、暖かく感じられた。  
 
 
――――――――HAPPY END.  

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