夢幻界。ヴァニティ城。ヴァルナ居室。  
 
「・・・・では、優子を助ける事は出来ない、と・・・・ヴァルナ様は、そう仰るのですねッ!?」  
 
いつになく刺々しい口調で、目の前に佇む少女に詰め寄る赤髪の「戦士」。  
我知らず鋭利さを増した眼光が、  
自分が補佐する主君であり、同時に友でもある彼女・・・・幻想王女ヴァルナに突き刺さる。  
普段の冷静な物腰とは打って変わった、鋭い怒気に縮み上がった夢幻界の統治者は、  
それでも、必死に勇気を振り絞って、説得を試みた。  
 
「麗子。貴方の気持ちは分かります。  
けれども、背後にヴェカンティに連なる者達の動きが存在しているというだけでは、  
リアリティに対して、こちらから介入する事は出来ません・・・・」  
 
「・・・・ヴァルナ様ッ・・・・!!」  
 
さすがに気が咎めたのか、口調こそ改めはしたものの、  
依然して厳しい表情を浮かべたまま食い下がる麗子。  
他の事ならいざ知らず、優子に関わる事だけは、断固引き下がる訳にはいかなかった。  
勿論、ヴァルナの困惑しきった表情を目の当たりにするのは心苦しかったが、  
何としてでもリアリティに赴き、優子を護衛しなければ、という想いには及ぶべくもない。  
 
・・・・・・・・だが、ヴァルナの言葉が正論である事は、麗子とて重々承知の上だった。  
 
ヴァニティとヴェカンティは、リアリティの名で総称される無数の平行世界の覇権を巡り、  
三界の開闢以来、気の遠くなるような時間を戦いに費やしてきたのだが、  
その一方で、個々の世界に対して、直接的な介入を行った例は稀だった。  
リアリティに対して直接的な影響力を及ぼすために膨大なエネルギーが必要であり、  
三界の覇権を巡る闘争への影響は避け難かったためである。  
 
言うまでも無い事だが、間断なく続くヴァニティとヴェカンティの戦いの結果は、  
あらゆる次元のあらゆる世界に生きる全ての者の精神に影響を与え続けている。  
すなわち、たとえ、直接介入により、一つの世界で望ましい結果を得たとしても、  
残りの世界全てにおいて自らの支配が危機に瀕する、という本末転倒な事態が生じかねないのだった。  
唯一の例外は、リアリティの住人を「戦士」として選び、力を与える場合だけだが、  
その力を互いの「戦士」同士を争わせる以外の目的で行使させようとするならば、結果は同じである。  
 
つまり、余程特殊な事情でもない限り、ヴァニティ側もヴェカンティ側も、  
リアリティへの直接的な影響力の行使には慎重であるのが通例なのである。  
ログレス、メガス亡き後のヴェカンティの玉座を巡って相争う、<暗黒界の後継者>達とて、  
『「ヴァリスの戦士」を倒した者を次代の支配者とする』という取り決めさえなければ、  
リアリティの住人である優子の許に刺客を差し向けたりはしないだろう。  
ましてや、ヴァニティの場合には、優子に同情する者は多かったとはいえ、  
直接介入して優子を守るべき、とまで主張したのは、事実上麗子一人に過ぎなかったのである。  
 
『・・・・<彼ら>が、ヴェカンティの者をリアリティに送って、優子を襲わせているのならばともかく、  
そうではない以上、麗子をリアリティに送る事は、三界を律する法則に反するのではないか・・・・?』  
『・・・・たとえ、「ヴァリスの戦士」を救う為とはいえ、リアリティに直接介入するのなら、  
我々もヴェカンティ側と同じ、という事になってしまうのでは・・・・?』  
 
慎重論を唱える圧倒的多数の声の前には、  
ヴァニティの頂点に立つヴァルナといえども、無力な存在に過ぎなかった。  
個人的には、側近中の側近であり、君臣の隔たりを超えて心通わせ合う仲の麗子を支持していたのだが、  
女王である限り、重要な決定に私情を差し挟む事など許されはしないという事も十分に理解していた。  
 
――――やはり、無理だったようね。  
これ以上食い下がっても、ヴァルナを苦しませるだけ・・・・事態の打開にはつながらない、か。  
 
胸の奥で、小さくため息をつく麗子。  
元より、自らに課せられた責務と個人的な感情との板挟みで憂悶し続けるヴァルナを前にして、  
いつまでも我を張り通す事が出来る程、無分別な思慮の持ち主では無い。  
そして、どうあってもヴァルナの裁可が得られる見込みが無いとなれば、  
急いで次善の策を講じなければならず、無為に議論を長引かせている余裕は何処にも無かった。  
 
(・・・・待ってて、優子。・・・・今は無理だけど、かならず助けに行くわ。  
・・・・だから、もう少し・・・・ほんのちょっとの間だけ、我慢して・・・・いいわね、優子?)  
 
 
リアリティ。東京。新宿駅。  
 
(まったく、今日に限って渋滞に巻き込まれるなんて、ツイてないわね・・・・)  
 
中央線のホーム、列車の発着時刻を記したプラスティック製のボードの前でため息をつく蒼髪の女子高生。  
身に着けている半袖のセーラー服とごく標準的な裾丈の群青色のスカートは、  
昨晩、夜遅くまでかけて、入念に汚れを落とし、アイロン掛けまでしたものだったが、  
ここまで来る途中、満員状態で交通渋滞に巻き込まれた路線バスの中で、  
一時間以上もの間、乗客の呼気と体温とに晒され続けたせいだろう、ややくたびれた感じを漂わせていた。  
 
(・・・・こんな事になるのなら、思い切ってタクシー使えば良かったかしら?  
どのみち、渋滞には巻き込まれてるけど・・・・少なくとも、こんな格好にはならずに済んだ筈だわ・・・・)  
 
梅雨明け空の陽射しを浴び、額に滲み出る汗の粒を、  
バスの中で何度も使用して、大きな皺が出来てしまったハンカチで不快そうに拭い取る。  
時間が許せば、着ている物はともかく、せめてこれだけでも買い直したかったのだが、  
かなり早目に自宅を出たにも関わらず、  
渋滞のお陰で、コーチとの約束の刻限までギリギリの状況に陥ってしまっては、それも無理だった。  
 
(・・・・・・・・はぁっ・・・・)  
 
ホームに滑り込んできた快速列車を眺めた優子の口元から、再度のため息が漏れる。  
折悪く、車輌の中は、沿線のレジャー施設に向かう行楽客たちで、  
平日の通勤時間帯もかくやという程の混雑ぶりで、  
座席に座る事はおろか、他の乗客の体に接触せずに立っている事さえ困難な様子だった。  
だが、この後の時刻表は、しばらくの間、普通列車ばかりが続いており、  
約束の時刻までに麻美の自宅に到着したいならば、この電車に乗車するしか無さそうである。  
 
(ホント、今日はどうしちゃったんだろ?ついてない事ばかりだわ・・・・)  
 
疲れきった声でぼやきながらも、バッグを抱え上げ、満員状態の電車の中へと分け入っていく優子。  
せめて中に入れたレオタードとアンダーだけは揉み苦茶にされまいと、  
混雑する車内をもがきながら、座席の上の網棚を目指したのだが、  
そこもまた、先客達の荷物によって隙間なく埋め尽くされているのを目にしては、諦めるしか無かった。  
 
(立っていられる場所だけね。どうにか確保出来たのは・・・・)  
 
そう呟く優子の視線の先には、混雑の中で、奇跡的に一つだけ空いていた吊革と、  
その真下の、立っているだけがやっとという、人込みの中の小さな隙間。  
勿論、両脇はおろか、前後左右を人垣に囲まれて、身動きすら困難な状況ではあるのだが、  
座席は勿論、吊革も手すりも無しに、人波に揉まれ続ける事を思えば、ずっとマシに思えた。  
 
・・・・だが、この電車の、この位置に身を置いたという事自体が、  
その日一日続いた不運な巡り合わせの、まさに始まりを告げる出来事だったのである・・・・。  
 
 
(・・・・うう・・・・お願いだから・・・・早く・・・・早く駅に着いて・・・・)  
 
電車が揺れるたび、周囲の人波に押し潰されそうになりながらも、  
右手に握り締めた吊革に縋り付き、かろうじて身体を支えている優子。  
新体操部の部員達を唸らせた天性のバランス感覚も、さすがにこの状況では何の役にも立たず、  
吹き荒れる強風にさらされる草花のように、前後左右に体を揺らし続けるしかない。  
 
しかも、車内は、空調の能力を遥かに超えた、人間の体から発する体温で、蒸し風呂のようである。  
それだけならまだしも、時折、ムワッ、とした熱気の塊が吹き付けては、身動きできない少女を包み込み、  
他人の体臭、それも、数十人もの年齢も性別もまちまちな人間の群れから発する、  
汗や腋臭、化粧品や整髪料や養毛剤の匂いまでが混じり合った、酷い臭いの気体を撒き散らすのである。  
 
一たび「ヴァリスの剣」を握り、黄金の鎧に身を固めれば、  
三界に敵う者とてない最強の「ヴァリスの戦士」である優子といえども、  
今この瞬間は、半べそを掻きながら苦痛からの解放を待ちわびる、無力な女子高生に過ぎない。  
出来る事なら、呼吸などせずにずっと息を止めていたいくらいだったが、  
そういう訳にもいかぬ以上、頭痛を感じるほどの異臭に表情を歪めながらも、  
新宿を発した快速列車が目的地の吉祥寺に着くまでの数十分間を、  
生温く濁った空気を、我慢して肺腑の中に啜り込み続けるしかない。  
 
 
(――――ん?・・・・女子高生、か・・・・?)  
 
電車が中野に近付いた頃。  
優子の背後、人ごみの中で、写真週刊誌のページを器用にめくりながら、  
扇情的な風俗記事に目を落としていた、四十代半ばのサラリーマン風の男が、何気なく目を上げると、  
目の前で、髪を腰近くまで伸ばしたセーラー服の少女が、  
人波の圧力をもろにかぶりながら、散り際の木の葉のように揺れ動いていた。  
 
本多という名の、その中年男は、数日前まで、水道橋に本社のある中堅の商社に勤めていた。  
営業成績も比較的良く、上司の受けも悪くは無かったのだが、  
長引く不況のせいで減り続ける収入に焦り、つい、会社の金に手をつけてしまったのが運の尽きだった。  
世間体を重んじる商社の体質が幸いして、警察に突き出される事だけは無かったものの、  
社宅からは叩き出され、激怒した妻は子供を連れて実家に戻り、  
ここ何日間かは、都内を行くあても無く彷徨う、ホームレス同然の毎日を余儀なくされている。  
 
(何処の学校の生徒だ?土曜日のこんな時間に制服で・・・・部活か何かにでも行く所か?)  
 
右手で身体のバランスを保つ唯一の手段である吊革に必死に縋り付き、  
左手で足元のスポーツバッグの紐を関節が白く浮き出るほど固く握り締めている華奢な女子高生。  
縁に二本のラインの走る紺色のカラーと、その下の深紅のスカーフが大きく捲れ上がって、  
豊かな蒼髪と薄い半袖のプラウスの向こうに、じっとりと汗ばんだ色白な背中が透けて見える。  
細い肩から尖った肩甲骨の下へと伸びているのは、ごく標準的な形状のブラの肩紐、  
おそらくは過剰な装飾も色柄も付いていない、シンプルなデザインの筈である。  
 
・・・・・・・・ゴクッ。  
 
いつの間にか口の中一杯に広がっていた生唾を、喉を鳴らしながら飲み干す本多。  
目の前の少女の背中を見つめ続けているうちに、  
ここ何日間かの惨めなホームレス暮らしの中で忘れかけていた、  
男としての感情――――否、欲望が、胸の中にフツフツと湧き上がってくるのが感じられる。  
 
・・・・ハァッ・・・・ハァハァッ・・・・。  
 
手にした写真週刊誌――――無論、買ったのではなく、拾ったものだったが――――で、顔を覆い隠すと、  
荒く息を注ぎながら、じりっ、じりっ、と、少しずつ前に出ていく。  
社宅から追い出されて以来穿きっ放しで、クタクタになったズボンの中では、  
何日も洗わずにいたせいで、蒸れて異臭を放つまでになっている陰茎が、  
熱い血の滾りにいきり立ち、ムクムクと体を起こして、高々とテントを張ろうとしていた。  
まだ理性の全てが失われた訳ではなかったものの、  
目の前の少女の姿は、どん底生活でささくれ立った感情を押しとどめるには、  
あまりに無防備で、そして、あまりにも魅力的だった。  
 
(・・・・なかなか上玉みたいじゃないか・・・・。  
ククッ、さすが中央線は当たりが多いな・・・・山の手線や半蔵門線とは比べ物にならん)  
 
よれよれのスラックスの袖がゆっくりと動いて、  
垢にまみれてベトベトになった右手が、目の前で揺れる紺色の布地へと伸びる。  
真っ黒い爪垢の詰まった指先が微かに震えているのは、  
もはや躊躇いや良心の呵責のためではなく、禁忌を冒す事への烈しい興奮ゆえのものに他ならなかった。  
 
本多が、電車内でこの種の行為に及ぶのはこれが初めてではない。  
毎朝のラッシュ時、若い女性と隣り合わせでもすれば、  
人波に押されたフリをして、尻や太腿を撫でたり胸を触ったりする事など日常茶飯事だった。  
・・・・否、来る日も来る日も、職場と自宅を行き来するだけの無味乾燥なサラリーマン生活の中、  
通勤電車の中で痴漢行為に耽る事は、彼にとっては殆ど唯一の、スリルと興奮に満ちた『ゲーム』であり、  
それだけは、仕事も家庭も失った今になっても、何ら変わってはいなかったのである。  
 
(・・・・ッ・・・・くううっ・・・・!!)  
 
織り目正しいプリーツの感触が、指の先から伝わってきた瞬間、  
本多の心臓は大きく跳ね上がり、全身の血液が沸点に達したのように熱く煮えたぎる。  
大量のアドレナリンとエンドルフィンとが脳細胞の中に溢れ出し、  
一瞬、視界全体がピンク色の靄に覆われて、何も見えなくなった。  
 
(・・・・うおぉっ・・・・な、なんて・・・・柔かい尻だ・・・・!!  
・・・・女房の尻なんかとは違う・・・・いや、ここ連日触ってきた、どの女の尻よりも具合の良い・・・・!!  
・・・・うっ・・・・くはぁあっ・・・・た、たまらねぇ触り心地だぁッ・・・・!!)  
 
やや小振りではあるが、固過ぎず柔らか過ぎず、適度な弾力と張りとを兼ね備えた桃尻の感触。  
スカートの上から撫でただけで、痴漢中年は、まるで童貞の頃に戻ったかのような感激に包まれ、  
写真週刊誌の後ろで、生え際が大分後退した顔面を真っ赤に紅潮させつつ、感涙に咽ぶ。  
途端に、テントを張ったドブネズミ色のズボンが、ブルブルッ、と大きくわなないたかと思うと、  
ぷじゅじゅッ、と情けない音がして、イカ臭い匂いと共に真っ黒い染みが股間の真ん中に広がっていった。  
 
(・・・・な、何ぃッ・・・・もう、出ちまっただとぉッ!?)  
 
堪え性もなく放出してしまった事に、少なからぬ衝撃を受ける本多。  
・・・・だが、その劣情は、一度精を放ったぐらいでは、到底収まりはしなかった。  
1分も経たないうちに、濡れたブリーフの中で、一度は小さく縮こまりかけていた男根が息を吹き返し、  
思わぬ早漏ぶりを露呈させた事で、やや傷付いたプライドを取り戻そうとでもするが如く、  
先刻にも増して、高々と天幕の頂きを屹立させる。  
 
(・・・・ハ、ハハハ・・・・ど、どうだッ・・・・まだまだ行けるぞッ!!  
・・・・お、俺だって、その気になれば、まだまだやれるんだ・・・・ハハッ、ワハハハッ!!)  
 
まるで自分で自分に催眠術をかけているかのように、何度も『まだやれる』と繰り返す中年男。  
サラリーマン時代ならば、射精まで達すればそれだけで十分に満足で、  
それ以上危ない橋を渡ろうなどとは決して思わなかったのだが、  
今や、電車内での痴漢行為は、彼にとり、最後に残った心の拠り所だった。  
これまで営々と汗を流して築き上げてきた生活基盤の全てを失い、  
同時に、男としての自尊心も人間としての誇りも、何もかも無くしてしまった今、  
痴漢行為だけが、自分にもまだ何らかの価値が残っているという事を、  
誰よりもまず自分自身に対して証明する事の出来る唯一の手段だと、本多は本気でそう思っていたのである。  
 
(・・・・フフフ、見れば見るほど、いい娘だな・・・・本当に、今日びの女子高生は侮れねぇ。  
・・・・いいや、違うな・・・・こいつは、その中でも輝きが違う・・・・言わば、特別な存在って訳だ・・・・)  
 
一度射精まで達したせいで、余計な感情が淘汰され、集中力が増したためだろう、  
本多には、優子自身の背中越しに、車窓のガラスに映ったその表情を観察するだけの余裕が生まれていた。  
元より、上玉という意識はあったものの、落ち着いて眺めると、  
窓ガラスに映り込んだ鏡像というのを感じさせない程、その美しさと若々しさは際立っている。  
 
細く、すっきりとした顔の輪郭、すらりと通った目鼻立ち、色白だが申し分なく健康的な美しい肌・・・・。  
前髪の一部が、ほんの少し収まり悪く跳ね上がっている、という一点を除けば  
茶髪にも染めておらず、目の周囲に悪趣味な顔料を塗りたくっている訳でもない、  
今時、まずにお目にかかれない、清楚で落ち着きのある大和撫子の顔だった。  
同年代の若者達の目には、大人し過ぎて退屈だ、と映っているのかもしれないが、  
均整の取れた、何より、汚れを知らぬ清らかなその容貌は、  
これまで本多が毒牙にかけた獲物たちの中の誰よりも光り輝いて見える。  
 
・・・・だが、その事実は、本多の心を和ませるどころか、  
却って、常日頃から、心の奥底に燻り続けていた劣等感に火を付け、  
理不尽な憎しみとなって、炎を燃え立たせるという結果を招いただけだった。  
40を過ぎた男性ならば、若者に対する嫉妬や敵愾心は、誰もが多少は抱くようになる感情だが、  
彼の場合は、それが特に顕著で、『若さ』を含め、自分が使い果たしたモノを幾つも持っている女子学生は、  
同じ世界に存在する事自体が許せない、まさしく不倶戴天の敵だ、とすら思っていたのである。  
 
(イカせてやるッ!!こいつら全員の前でッ!!  
ヒィヒィよがり泣きながら、達する様子を見せつけてやるッ!!)  
 
加虐の愉悦に、歪んだ怒りまでもが加わって、痴漢中年の形相は凄まじいものへと変化していた。  
正面の座席に腰を下ろして競馬新聞を広げていた老人達がびっくりしたように首をすくめ、  
同時に、面倒事に関わる意志は無い、と示すかの如く、新聞紙の後ろで身体を小さくする。  
他の乗客達の反応も似たり寄ったりで、中にはすでに本多の痴漢行為に気付いていた者もいたものの、  
彼の行動を制止したり、あるいは、優子に注意を促したりする者はついに現れなかった。  
 
(・・・・クックックッ・・・・それじゃあ、そろそろ攻撃再開といこうか・・・・。  
まずは・・・・そうだな・・・・もう一度、その極上の尻を味わわせて貰うぜッ・・・・!!)  
 
今度は顔を隠す素振りさえ見せず、堂々と優子のスカートに手を伸ばす本多。  
途端に、人込みのあちらこちらで、遠慮がちにではあるが、ゴクリ、と生唾を飲み込む者や、  
羨望に満ちた眼差しで、チラチラとその様子を窺う者が現れ始めた。  
車輌内にひしめき合う数十人もの乗客の中の、わずか数人に過ぎなかったものの、  
注目を浴びた事で、ホームレス男の歪んだプライドは確実に高揚し、  
同時に、『観客』の期待を裏切るような中途半端な真似は出来ない、という妙なサービス意識も湧いてくる。  
 
(・・・・ううっ・・・・ま、また!?いったい、いつまで続ける気なの・・・・!?  
・・・・くっ・・・・ああ・・・・お、お願い・・・・もう・・・・いい加減にしてッ・・・・!!)  
 
スカート越しにもぞもぞと尻丘を撫で回してくる指先の感触に、思わず、眉間にシワを寄せる優子。  
一瞬、その足を踏みつけてやりたい衝動に駆られたものの、  
次の瞬間には我に返り、鳥肌が立つそうになるのを懸命に堪えながら、  
触られている事に一向に気付いていない演技を続行する。  
騒ぎになれば、駅員や警官から説明を求められ、コーチとの約束の刻限に間に合わなくなるかもしれない、  
という危惧の念が彼女の行動を縛り、断固とした態度を取る事を躊躇わせていた。  
 
(・・・・んんんっ・・・・口惜しいけれど、今はとにかく我慢し続けるしかないわ。  
いつまで経っても反応が無ければ、きっと諦めてくれるハズ・・・・それまでの辛抱よ)  
 
本多の内面を知る者が聞いたならば、失笑するしかない程の甘い認識だったが、  
優子にしても、電車内でこの種の行為に遭遇するのは、今日が初めてという訳では無かった。  
電車で通学している関係もあって、これまでに何度か被害に遭った経験もあり、  
同じように電車で学校に通っている級友たちから相談を持ちかけられた事もある。  
それらの経験を踏まえて、自分なりに考え出した対処法がこれだったのだから、  
優子ばかりを責めるのは酷というものだろう。  
 
友人達の中には、大声を上げるとか、向う脛を踵で蹴り上げるとか、  
過激な手段で痴漢撃退に成功した者もいたのだが、優子は、そこまでしなくてもいい、と考えている。  
人ごみの中で大声を出すのは、痴漢行為という卑劣な犯罪被害を避けるためとはいえ、恥ずかしかったし、  
暴力を伴う行為には、相手が卑劣な犯罪者と分かっていても、やはり抵抗があった。  
実際、これまで優子が遭遇した痴漢達は、ちょっとした出来心で手を出してきたという者が多く、  
長くても1分程度、気付かないフリをしていれば、諦めて退散するケースが殆どを占めていたのである。  
 
(・・・・んんっ・・・・う、嘘・・・・どうなってるの・・・・!?一体、いつまで触り続ける気なのッ!?)  
 
――――だが、それ故に、男が、一向に体を触るのをやめようとしない事は大きなショックだった。  
優に数分を過ぎてもなお、執拗に尻を求めてくるその神経は、優子の理解を越えたものであり、  
もしかしたら単なる痴漢ではなく、精神に何らかの異常をきたしている人なのではないか?等々、  
恐ろしい推測が次々に浮かび上がってきては、心の中の温度を急速に下げていく。  
助けを求めようと必死に周囲を見回しても、  
車内の人々は、皆、関わり合いになるのを恐れて、気付かないフリをしたままで、  
その事もまた、優子の判断を混乱させる一因となっていた。  
 
(・・・・そんな・・・・一体、何がどうなってるのッ!?  
・・・・誰も助けてくれないなんて・・・・この男の人は一体・・・・!?)  
 
今や恐慌状態に陥りかけた優子には、先程までの冷静さは微塵も無く、  
尻丘の曲線をなぞるホームレス男の指の感触に、両脚をガクガク震わせながら全身を固くしている。  
もはや、トラブルになってコーチとの約束を守れない結果となる事への恐れではなく、  
トラブルになればどんな恐ろしい事をされるか分からない、という、より実際的な恐怖によって、  
少女の身体からは力が失せ、悲鳴を上げる気力さえ萎え縮んでいた。  
本多は、と言えば、獲物がストレートな反応を示すようになった事に満足し、  
より大胆な感情に駆られたのか、スカートの裾を捲り上げると、人目も憚らず右手を潜り込ませていく。  
 
「・・・・ひあっ!んんッ・・・・くっ・・・・あ・・・・あううっ!」  
 
僅かな厚みしかないショーツ越しに、痴漢男の指先が瑞々しい柔肌をなぞり上げる。  
恥ずかしさに耐え切れず、か細い悲鳴を漏らしてしまった優子は、  
懸命に身をよじって、節くれだった中年男の指先から逃れようとするものの、  
満員電車の中に身を置く限り、最初から逃げ場などあろう筈も無かった。  
心臓が、狂ったようにビクビクと跳ね上がり、沸騰した血液を全身に向けて送り出する一方で、  
顔面からは血の気がサアアアッと引いて、目の前が妙に不安定な具合に感じられる。  
 
・・・・だが、その後に襲ってきたものに比べれば、それぐらいは序の口だった。  
 
――――――――スリッ、スリッ・・・・スルリ・・・・。スリッ、スリッ・・・・スルリ・・・・。  
 
さすがに場数を踏んできただけの事はあって、本多の指使いは堂に入っていた。  
最初のうちは嫌悪感と恐怖だけが先に立ち、その事に気付く余裕とて無かった優子だが、  
逃げ場を失い、否応無く、愛撫を受け続けてしばらく経つと、  
痴漢男の指の動きが、単に欲望に任せた、行き当たりばったりのものではなく、  
敏感な場所を割り出そうという意図の下、計画的に繰り出されている事が理解出来るようになる。  
 
ただ乱暴なだけの動きであれば、ある程度までは我慢し続ける事も可能だったかもしれないが、  
緩急を使い分け、単調にならないよう変化を織り込んだ指遣いが相手では、  
麗子の手で徐々に開発されつつあるとは言え、未だ性の経験に乏しい優子では太刀打ちなど出来はしない。  
本多の指先が触れる度、あるいは、触れると感じただけでも、ムズムズとした疼きが湧き上がり、  
まして、その場所が外部からの刺激に対して特に敏感に反応するポイントであれば、  
愛らしい丸尻全体が、甘い痺れに耐え切れず、プルプルッ、と烈しい震えを発してしまうのだった。  
 
(・・・・あううっ・・・・こんな・・・・こんな事って・・・・!!  
・・・・ああ・・・・いや・・・・いやよ・・・・こんなの・・・・私じゃないッ・・・・!!)  
 
無論、痴漢の愛撫に感じてしまう事は堪え難い屈辱に他ならない。  
優子は、残された精神力の全てを投入して防戦を試み、必死に快感を否定し続けた。  
・・・・だが、尻丘の稜線をあらかた調べ尽くした本多の指が、  
更に奥の方――――じっとりと汗ばんだ二本の太腿に挟まれた禁断の谷間に侵入を果たすと、  
これまでとは桁違いの総毛立つような快感が湧き上がってきて、少女の心を丸呑みにしてしまう。  
 
(・・・・ひぃぃっ・・・・だ、だめぇっ・・・・身体が動く・・・・声が出ちゃうッ!!  
・・・・だめ・・・・だめよ・・・・それだけは・・・・こんな大勢の人達の前で・・・・そんな事ッ!!)  
 
無垢な少女の思いとは裏腹に、その肉体は、もはや理性による制御を受け付けず、  
男の指先に敏感な反応を返し続けている。  
もはや、止める術とてないゾクゾク感は下半身全体を覆い尽くし、  
ピーン、としなった背筋を駆け上って、端正な顔立ちを、醜く、だが、艶っぽく歪ませるまでに至っている。  
それでも、優子は、周囲の乗客の視線が気になって、声を出す事はおろか、身動き一つ出来なかった。  
・・・・否、周囲の人間を意識すればするほど、  
『見られている』『気付かれている』という羞恥心が増大して、何一つ考えられなくなっていくのである。  
 
(・・・・あああ・・・・ダメ・・・・ダメよぉ・・・・ッ・・・・!!  
・・・・くっ・・・・うううっ・・・・ダメ・・・・なのに・・・・んッ・・・・か、感じちゃう・・・・ふあああッ・・・・!!)  
 
微細な振動を加えながら、薄い下着越しに優子の一番恥ずかしい場所を這い回る人差し指。  
中指が加わり、やや間を置いて薬指までもが参戦する頃には、準備は完全に整っていた。  
全身を引き絞られた弓のようにしならせ、爪先立ちになった少女は、  
人目を気にしつつ、だが、もはや、どう足掻いても隠し立てなど叶わないまま、  
荒々しく肩で呼吸し、しなやかな手足を、ビクンビクン、と大きく痙攣させるだけ。  
スカートの中に突き入れられた本多の右手が生き物のように蠢く度に誕生する新たな快感は、  
理性の檻を今にも突き破らんばかりにミシミシと軋ませ続けていた。  
 
――――――――ジュワアアア・・・・!!!!  
 
秘芯が潤ってきたのが、自分でも分かった。  
今穿いているのは、股布の部分にも十分な余裕があるタイプの、柔かいコットン素材のショーツであり、  
安物のビキニ・ショーツと違い、簡単に食い込んだりはしないのだが、  
痴漢男はすぐにその特性を見抜き、指先というよりも布そのものを敏感な粘膜に擦りつけるやり方で、  
くすぐったいとすら感じられるような、ごく微細な触感を作り出し、巧妙に責め立ててくる。  
直接触れられるのとはまた異なる、あくまでもソフトなそのタッチは、  
だが、性行為に不慣れで、ちょっとした刺激に対しても過敏とすら思える反応を返してしまう優子には、  
強すぎず弱すぎず、一番感じ易く、それ故に、抵抗する事の困難な責めであると言えた。  
 
(・・・・ああ・・・・何て事なの・・・・!?・・・・こ、こんなの、嘘よ・・・・嘘に決まってる・・・・・!!)  
 
否定の呟きとは裏腹に、鳥肌立つような快美感は、暴走する高圧電流の如く優子の体内を駆け巡っている。  
もはや、体の中心に生まれたゾクゾク感を押し止める事は完全に不可能だった。  
いつしか、血が滲むほど強く噛み締めていた筈の口元からも力が抜け、  
切迫した呼吸音に混じって、甘い響きの喘ぎ声さえ洩れ出すという始末である。  
 
「・・・・フフフ・・・・どうだぁ、気持ちイイかぁ・・・・?  
ククッ、我慢したって無駄だ・・・・もう、ここはこんなになって・・・・いやらしく震えてやがるぞ。  
・・・・どうだぁ、何か言い返す言葉はあるかぁ・・・・、んん〜?」  
 
少女の発情ぶりに、ますます昂ぶりを抑えきれなくなる痴漢男。  
ビクビクと小刻みに痙攣する背中に体を密着させると、  
ほんのりと甘酸っぱい汗の芳香を胸一杯に吸い込みつつ、ピンク色に色付いた耳元に血色の悪い唇を寄せ、  
・・・・そして、優子にだけ聞こえる囁き声で、言葉による責めを開始した。  
 
気が動転した優子は、思わず、背後を振り向こうとしたのだが、  
その途端に、本多の指が、これまでとは異なるダイレクトな動きで、  
湿り気を増して、薄布の上からでもその形状を容易に見極める事が可能になった陰唇の谷間を捉えると、  
たちまちその動きを凍りつかせ、今にも泣き出しそうな顔で、幼児の様にイヤイヤをする。  
情け容赦なく嘲笑を浴びせた痴漢中年は、少女の弱々しい拒絶など意に介さず、  
すでにその正確な位置を割り出していた、秘裂上端部の豆粒大の大きさの突起物へと指を伸ばし、  
包み込んだ包皮もろとも、ムニュムニュと圧迫を加えつつ、弄び始めた。  
 
(・・・・あう・・・・ううう・・・・やめて・・・・もう・・・・触らないで・・・・。  
・・・・あああ・・・・ダメ・・・・もう・・・・そこ・・・・触っちゃあ・・・・んっ・・・・くふううっ・・・・)  
 
膝がガクガクになる程の淫猥な昂ぶりが、優子の口腔を内側から押し開け、  
さながら火山の火口から立ち昇る噴煙のような、熱い吐息を噴出させる。  
立て続けに、小さな絶頂を何度も迎えた優子の理性は、完全に蕩けきってしまい、  
列車が荻窪の駅に到着し、ほんの数メートル先の自動扉が開くのを目にしても、  
もはや逃げ出す気力すら無く、身動きさえままならない状態に陥っていた。  
 
(・・・・はぁはぁ・・・・ダメ・・・・ううう・・・・も、もうッ・・・・!!  
・・・・あああッ・・・・あそこが・・・・ジンジンする・・・・もう・・・・我慢出来ないッ!!)  
 
吊革にしがみ付いたまま、半泣きになりながら、ぶんぶんと激しくかぶりを振り続ける優子。  
衆人環視の中、見ず知らずの男性にスカートの中をまさぐられているだけでも恥辱の極みだというのに、  
いつしか、そのおぞましい行為の虜となり、下半身を熱く火照らせている自分が信じられなかった。  
だが、どんなに強く否定したところで、痴漢男の指がビショビショに濡れそぼった股間を行き来するたび、  
自分の心身が、着実に、最後の性感の頂きへと追い込まれている事実が変わる事などありえない。  
 
「・・・あはぁ・・・・あああ・・・・いや・・・・ふぁ・・・・いやあぁ・・・・」  
 
はぁっ、はぁぁっ、と、湿り気を帯びた吐息のかたまりを連続して吐き出し、  
生温い汗でグショグショになった蒼髪をフラフラと揺らす優子。  
じぃん、と痺れた目元には大粒の涙が一杯に溜まり、今にも溢れ出しそうになっている。  
 
しかも、その視界の中は、何処を向いても、  
上辺だけは無関心を装いつつ、その実、時ならぬ肉欲ショーに興奮し、  
ワクワクしている事が明らかな、ぎらついた男達の目で一杯だった。  
無力な少女に同情するどころか、これを嘲り、蔑み、そして、自らも欲情する大人達  
・・・・あまりにも無慈悲な現実を前にして立ちすくむ少女を嘲笑うかのように、  
痴漢男の指はあくまでも優しく、だが、冷酷に、熟しきった肉の果実を剥き上げていく。  
 
「・・・・んはぁッ・・・・あぁッ・・・・んぁ・・・・ッ・・・・!!  
・・・・んグッ・・・・ううッ・・・・んっくッ・・・・くぁッ・・・・うふぁあああッ・・・・!!」  
 
どんな抵抗も通用しない、誰も助けてくれない、という絶望感により、  
少女の心はズタズタに切り裂かれ、徹底的に打ち砕かれていた。  
更には、自他共に認めていた、汚れを知らぬ清純な乙女であった筈の自分が、  
信じ難いほど簡単に理不尽な性の暴力に屈してしまった事が衝撃的で、もう自分自身すら信じられない。  
 
抵抗心の喪失は、間断なく口をついて漏れ出していた喘ぎ声の調子に、明らかな変化となって現れている。  
快楽漬けにされ、機能を停止した少女の理性では、それを押し留める事は難しくなっていたのだが、  
今では、自分が何を喋っているのか把握する事さえ不可能となっていた。  
すでに純白というより半透明と言った方が適切な状態になっているショーツを掴んだ本多の指が、  
これをいとも簡単に引きずらして、汗でぬめった桃尻を露出させても、暫くの間は気が付かなかった程で、  
臀裂の奥の菊の蕾までもが、ツンツンと刺激を受けるに及んで、ようやく甘い悲鳴を迸らせたぐらいである。  
 
(・・・・ううう・・・・つ、次の駅・・・・必ず・・・・降りなきゃ・・・・んぅくっ!!  
コーチに・・・・し、白影・・・・センパイに・・・・ああっ・・・・叱られちゃう・・・・んぁあっ!!)  
 
それでも、吉祥寺の駅が近付くと、色惚けしきった優子の頭の中にも、かろうじて麻美の顔が浮かび上がり、  
列車を降りなければならない、という思いが脳裏をよぎる。  
だが、その時すでに、スカートの中を思うがままに蹂躙する痴漢男の指先の感触は、  
グルグルととぐろを巻く巨大な火竜となって頭の中を暴れ回っており、  
弱りきった自我は、それがもたらす牝の喜悦に、為す術も無く耽溺し続けるしかなくなっていた。  
 
(・・・・んうぁあっ・・・・あああっ・・・・ど、どうしよう・・・・・どうしたらいいのッ・・・・!?  
・・・・はひぃッ・・・・こ、これから・・・・先輩に・・・・会わなくちゃいけないのにッ・・・・  
・・・・あああっ・・・・なのに・・・・こんな事されて・・・・わたし・・・・どうすればいいのッ!!)  
 
すでに美尻を堪能し尽くした本多の指先は、  
捩り合わされた左右の太腿を強引に押し開いて、乙女の一番大事な場所への侵入を成功させていた。  
もう片方の手は、無防備な腋の下を通過して、紺色のカラーと赤色のスカーフを押しのけた上、  
吸湿性の限界まで汗の滲んだ半袖のセーラー服の胸元を鷲掴みにして揉みしだいている。  
もはや、性の頂きに達するのは時間の問題だ、と、自分自身、認めざるを得ない状態で、  
いくら心の中で尊敬する先輩の名を呼び、交わした約束を思い出してみても無駄な事でしかなかった。  
むしろ、頭の中に思い描く、敬愛するコーチの凛々しく清らかな姿と、  
満員電車の中で見ず知らずの中年男相手に醜態を晒し続けている今の自分との壮絶なまでの落差が、  
少女の心の傷口を更に押し広げ、真っ赤な血の涙を止め処も無く流出させてしまう・・・・。  
 
――――こんな目に遭っている事が先輩の耳に入ったら、どんな風に思われちゃうんだろう・・・・?  
 
・・・・そう考えただけで、惨めな自分に対する絶望と嫌悪とで胸が張り裂けそうになり、  
全身から、すううっ、と力が抜けて、意識がクラクラと遠退いていく。  
手足の感覚も、唯一、業火のように全身を舐め尽す強烈な性感を除いて、殆ど何も感じなくなり、  
その性感もまた、まるで大量の砂糖を無理やり食べさせられる拷問のように、  
快楽ではなく、不快感とおぞましさを伴った苦痛の方を、より多分にもたらし続けていた。  
 
・・・・・・・・もう、何もかもが限界だった。  
 
涙で曇った視界の中に、妙にチラチラと眩しく輝く、強い乳白色の光が射し込んできたかと思うと、  
下腹部の奥から、ドロドロに溶けたマグマのような灼熱感の塊が湧き上がって来る。  
心臓は今にも破裂しそうなくらいに激しく収縮を繰り返し、  
制御を失った全身の汗腺から、夥しい量の汗と濃密さを増した牝臭が溢れ出す。  
痴漢男の巧みな指技の前に完全に屈服し、一方的に感じさせられるだけの状態だった秘唇が、  
肉襞の奥深くまで分け入っていたその指を食いちぎらんばかりにきつく締め付けたのが、最初で最後の反撃だったが、  
それとて、陵辱者の顔に浮かんだだらしないにやつきを、一瞬だけ消し去ったに過ぎなかった。  
 
――――だめ・・・・もう、だめぇッ!!!!  
 
目の前で、何百台ものカメラが一斉にストロボを焚いたかのような白光が爆ぜたと感じた瞬間、  
全身の感覚が、燃え盛る溶岩流の中に投げ込まれたかのような灼熱感によって焼き尽くされる。  
全てが、始原の宇宙のような、圧倒的なエネルギーの奔流によって呑み込まれて行く中、  
優子は、一瞬、その純白の輝きの中心に、麻美の姿を垣間見たような錯覚にとらわれた。  
 
・・・・世界の中心に、白く輝く光のレオタードを身に纏って、超然と佇立し、  
妖艶な笑みを浮かべながら自分を見つめている、憧れの同性・・・・。  
それは、幻だと分かっていても、否、そう分かっているが故に却って、  
空恐ろしく感じるほどの存在感に満ち溢れており、  
まるで、自分の方が、実体の無い影法師のような存在に感じられる程だった。  
 
内側からの熱によってドロドロに溶かされた自我が形を失い、  
グルグルと攪拌されながら、感覚を麻痺させる圧倒的な快楽と融合して変容と再生とを繰り返す。  
自分の意識が、心が、魂が、自分のものでなくなっていく過程を自覚しながら、  
優子は、目の前の麻美の幻から目を離す事が出来ず、  
まるで魅入られてしまったかのように、彼女を凝視続けていた。  
 
『・・・・ああッ・・・・先輩・・・・ま、麻美・・・・センパイッ・・・・!!  
・・・・ダ、ダメ・・・・そんなに、見つめないで・・・・あはぁッ・・・・ふひぃああああぁッ!!!!』  
 
妄想と快感とが渦巻く中、衝動に耐え切れず、そう、絶叫してしまった、と感じた優子だが、  
実際には、その言葉は、声となって外界に響き渡る遥か手前の段階で潰え去り、  
本多をはじめ、車内で耳を欹てていた人々の聴覚を満足さたりはしなかった。  
もっとも、少女が、とうとう性感の頂きに上り詰めてしまった、という事実は、  
それ以外の点、とりわけ、激しく歪んだ表情と全身を覆う痙攣を見れば一目瞭然であり、  
声を上げたかどうかなどは、全く瑣末な問題に過ぎないのだったが。  
 
(・・・・わたし・・・・イッちゃったのね・・・・こんなに・・・・たくさんの人の前で・・・・  
・・・・もう・・・・もう・・・・ダメだわ・・・・きっと・・・・先輩にも・・・・軽蔑されちゃう・・・・)  
 
永遠にも感じられた時間は、だが、実際にはせいぜい数秒間に過ぎなかった。  
心身を覆い尽くした狂熱が、ス〜〜ッ、と引いて行くのと前後して、  
最後の最後まで、吊革を握り締めて放さなかった右手の指からもようやく力が抜け落ち、  
性の絶頂感がもたらした幻想から解放された少女の身体は、グニャリ、と大きく傾きながら沈み込む。  
衆人環視の中で上り詰めてしまった事に対しては勿論だったが、  
よりにもよって敬愛する麻美の姿を思い浮かべた上、名前まで呼んでしまった、という錯覚の方に、  
優子はより大きな衝撃を受けたらしく、咽び泣く事すら忘れて床に突っ伏していた。  
 
 
 
――――――――ギギギィィィィッッッ!!!!  
 
絞め殺される直前の小動物が放つ断末魔の悲鳴を思わせる、耳障りな制動音と共に、  
列車は吉祥寺駅のホームへと滑り込み、停車する。  
開いた自動ドアから吐き出された乗客の一団が足早に改札へと向かっていき、  
入れ替わりに、ホームに列を作っていたほぼ同じくらいの数の人間が、満員電車の人ごみを補充する。  
 
(・・・・一体・・・・誰、だったんだろう・・・・あの人・・・・)  
 
発車のベルと共に、何事も無かったかのように次の駅に向かって走り出す列車を、  
ホームの柱に寄りかかったまま、茫然と眺めやる優子。  
電車の床に崩れ落ちた後の事は、記憶が混乱して何がどうなったのやら全く判然としなかったが、  
気付いた時には、駅のホームに降りて、小さくなっていく電車の後ろ姿を見送りながら、  
もしかしたら、自分は白昼夢でも見ていたのかもしれない、とぼんやりと考え込んでいた。  
 
・・・・無論、満員電車の中での出来事は夢などではない。  
だが、敢えて、一連の出来事を白昼の悪夢という言葉で一括りにするのであれば、  
この時、彼女は、未だ悪夢の世界から解放されたという訳では全く無かった。  
 
(・・・・わたし・・・・行かなくちゃ・・・・センパイが・・・・待ってる・・・・)  
 
鉛のように重くなった身体を引き摺りながら、それでも、優子は、出口を探して歩き始める。  
今はただ、敬愛する先輩との邂逅だけが心の支えであり、  
今朝、家を出た時から付き纏っている悪運を振り払う手段だと感じていた。  
 
・・・・・・・・だが。  
 
それが、途轍もない間違いであるという事実を、優子は、ほどなく思い知らされるのだった。  
――――――――他ならぬ、白影麻美その人の手によって。  
 
 
――――――――――――to be continued.  
 
 

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