――――光の中。  
 
眩く輝く純白の光に包まれ、美しく流れる豊かな蒼髪。  
凛々しく引き締まった面立ちには、  
強い意志と理知の輝きを取り戻した薄青色の双眸・・・・。  
 
(・・・・なんて・・・・暖かい光・・・・)  
 
何処までも清らかで、それでいて、決して冷たくは感じられない、  
まるで、胸の中で眠る愛児を優しくあやしつける母親のような温もりに満ちた光。  
頭上で輝く聖なる宝玉、ファンタズム・ジュエリーから放出される<明>のエネルギーは、  
不浄な力に汚染された魔霧――――感情を掻き乱し精神を枯渇させる、乳白色の闇――――を打ち払い、  
傷付いた心を静かに癒していく。  
極度の緊張から解放され、心底からの安らぎを得た少女は、  
ようやく取り戻した本来の微笑みを浮べながら、実体化を完了した新たな<鎧>の姿を確認した。  
 
胸当てと腰周りを覆う布帛、肩当てに肘当て、ブーツ、という基本的な組み合わせに変化は見られないが、  
各々の防具は、形状も色合いも質感も、以前のものとは大きく変わっていた。  
 
胸丘の曲線にピッタリとフィットしていた黄金の胸当ては、  
形状はほぼそのままに、繊細な意匠の金装飾をあしらった黒鉄色の胸甲へと変貌を遂げている。  
純白のミニ・スカートと精緻な帯止め飾りの付いたベルトが活動的な印象を強調していたウェスト部分は、  
古代の神殿に仕えていた巫女たちのトーガを思わせる、白絹の戦衣に取って代わられていた。  
 
肩先を申し訳程度に覆っていただけだった肩当ては、  
大幅にボリュームを増した上、上下二段重ねの重厚な構造へと変化し、  
肩だけでなく、首や背中の一部をもカヴァーするものになっている。  
首回りに巻かれていた赤いスカーフは姿を消し、  
代わりに、中心部分が楕円形の空洞になった、奇妙なデザインの三日月形のブローチが鎖骨の上を飾っていた。  
背中には、身体の前面を覆うものと対になった純白の戦衣が、肩当ての真下から膝上近くまで垂れ下がり、  
胸当てと一体化した留め金具と金色のベルトによって、胴体に繋ぎ止められている。  
 
残る肘当てとブーツは、肘当ての外見が、(胸当てと同様)流麗な黄金の象嵌で飾られた黒金へと変わり、  
ブーツの方は、膝まで覆っていたものが脹脛の半ばまでと短く切り詰められて、  
すらりと伸びたしなやかな脚線美を今まで以上に際立たせるものとなってはいるものの。  
他の防具と比べれば、それほど際立った変化は生じていないようにも感じられる。  
 
――――そして、何よりも大きな変化が訪れていたのは、<ヴァリスの剣>。  
剣というよりも、フェンシング競技に用いられるサーベルに近い、細身の外観が特徴的だったそれは、  
いまや、刀身・握り共に、長さも厚みも大幅に増して、風貌を一変させている。  
一番太い所で、片手の親指から小指までの長さほどもある刀身の中央部には、  
鍔元から切先に向かって、古代のルーン文字に似た、判読不能の文字列が刻み込まれ、  
幾何学模様の細工で飾られた鍔と柄には、深みのある濃紺の宝玉が嵌めこまれて、神秘的な光沢を放っていた。  
 
一見した限りでは、優子のような少女が片手で扱う事など、到底不可能に思えるが、  
手の中に収まった<剣>は、(以前と変わる事無く)殆ど重量を感じさせず、  
まるで、プラスティックで出来た玩具のカタナを振り回すかの如く、自由自在に操る事が可能だった。  
 
無論、これは、蒼髪の少女が<ヴァリスの剣>に認められた主である証左なのだが、  
さらにもう一つ、彼女の内面が、その能力を最大限に引き出す事の出来る状況、  
すなわち、内在する<明>と<暗>の要素が、最も高い水準で均衡した状態に達している事をも意味している。  
通常の状態であれば、一定レベルの<戦士>としての資質を持つ者であれば、  
例えば麗子のように、限定的ながらも、その力を引き出し行使する事も不可能ではないのだが、  
現在のこの状態に達した<剣>を扱えるのは、三界広しといえども優子以外には存在しないだろう。  
それこそが、彼女が<ヴァリスの戦士>として選ばれ、そして、幾多の死闘を生き残る事が出来た理由、  
すなわち、生きとし生ける者の中で最もバランスのとれた心を持つ、という事の意味なのである。  
 
(・・・・感じるわ・・・・ファンタズム・ジュエリーの・・・・<明>の力を・・・・。  
・・・・でも・・・・だからと言って・・・・わたしの中の<暗>の力が弱まってる訳じゃない・・・・)  
 
――――これはどういう事なんだろう?と、優子は、少しの間、考え込み、  
・・・・それから、フッ、と、小さく笑みを漏らす。  
 
(・・・・ああ・・・・そうか・・・・)  
 
ファンタズム・ジュエリーは、確かに<明>の力を与えてくれている。  
だが、その力は、あくまで自分の中の<暗>の力を消し去るためのものではなく、  
<明>の領域を活性化させ、均衡状態を回復するためのものなのだ。  
つまり、<暗>の力、<ヴェカンタ>が、他者の存在を否定し、排除するための力、だとすれば、  
それに対置する、<明>の力――――<ヴァリス>は、他者を受容し、共存するための力・・・・。  
 
(・・・・だから、ジュエリーの力は、普段、わたしの中で眠ったままなのね?  
その助けを必要とする程、わたしの中の<暗>の要素が強大化する事が無いから・・・・)  
 
(・・・・そう・・・・わたしは、<ヴァリスの戦士>・・・・<明>と<暗>の狭間で闘い続ける者・・・・)  
 
ひとつ頷くと、蒼髪の少女は、もう一度、全身を覆う<ヴァリスの鎧>へと視線を向ける。  
改めて眺めてみると、<剣>と同じく、外見上は以前よりもずっと装飾性を増している新たな甲冑は、  
しかし、決して華美に流れるようなイメージを帯びている訳ではなく、  
反対に、身に着けているだけで、気持ちが引き締まるような独特の質感に包まれていた。  
 
事実、新たな<鎧>を身に纏った優子の姿には、  
以前の、戦いの場に赴く戦士の勇壮さと汚れを知らぬ乙女の清純さに加えて、  
何処と無く、神聖な祭儀に列する女祭司を連想させるような荘厳な雰囲気が加わっている。  
身体の前後を挟む様に覆った、清潔な純白の布帛は勿論、  
胸当てや肘当てを飾る流麗な金色文様や精妙なカットを施された幾つもの宝玉の輝きも、  
そういった印象を醸し出すのに一役買っていたが、  
何よりも、彼女自身から滲み出る内面の清らかさが、それを強く際立たせているのである。  
 
(・・・・・・・・)  
 
頭上で神々しく光り輝いていた夢幻界の聖玉は、  
やがて、与えられた役目を終えた、と判断したのだろう、  
徐々に実体を失い、元の光の粒子へと還元されていった。  
 
ジュエリーの姿が完全に消失した瞬間、  
胸元に装着された三日月形のブローチが淡い輝きに包まれ、  
空洞が穿たれていた筈の中心部分に、燃え上がるような深紅の宝石が忽然と姿を現わす。  
同時に、額の真ん中、少しクセ毛になった前髪のかかった辺りにも、  
ブローチと同じく、真ん中に紅玉の嵌め込まれた、美しいサークレットが出現する。  
 
(ありがとう・・・・ファンタズム・ジュエリー・・・・)  
 
すでに、少女の体を優しく抱擁していた暖色の光は消え去っていたものの、  
額と胸元に顕現した赤い聖石からは、エネルギーに満ちた波動が溢れ出し、  
全身の細胞がいっぺんに生まれ変わったかのような、力強い躍動感が湧き上がってくる。  
つい先刻まで、己の無力さに、膝を抱き涙するしかなかったのが嘘のように、  
五感は勿論、注意力も、集中力も、思考力も、格段に研ぎ澄まされて鋭敏さを増し、  
平衡感覚を取り戻した精神には、はちきれんばかりの気力が漲っていた。  
 
「――――ハアアアッッッ!!」  
 
高揚感の赴くまま、気迫のこもった掛け声を放った優子は、  
両手で構えた<ヴァリスの剣>を高々と振り上げる。  
頭上高く突き上げられた聖なる刃が、不浄な沼沢地の空気に触れると、  
大気中に含まれる微量の<ヴェカンタ>が反応して、  
そこかしこで、パチパチパチッ、と、小さな放電現象が引き起こされた。  
 
「――――ッ・・・・たぁああッッッ!!!!」  
 
気合一閃。喊声と共に振り下ろされた白刃が、鋭い風鳴りを巻き起こす。  
あたかも刃先が通り過ぎた場所の空間そのものが真っ二つに断ち切れるの如き、強烈な斬撃に続いて、  
剣先から、まばゆく光り輝く、白銀色の光弾が放出され、  
視界を遮る乳白色のヴェールに大穴を穿ちながら、猛烈な勢いで突き進んでいった。  
その軌跡を目で追いながら、素早く軸足をずらした彼女は、  
振り下ろした切っ先を横方向に薙ぎ払い、さらに刺突の構えへと繋げ、身体の動きを確認する。  
表面積の点では、以前のものよりも確実に嵩を増している<鎧>であるが、  
そのせいで、手足をはじめ全身の各筋肉や関節の動きが阻害されているかと言えば、決してそんな事は無かった。  
 
――――異変が起きたのは、その直後である。  
 
突如、ヒュルルル――――ッ、という耳障りな音を掻き鳴らしながら、  
白煙をなびかせた金属製の擲弾が、遥か視界の彼方から飛来してくる。  
反射的に身体を横に跳躍させ、着地と同時に地面に伏せる<ヴァリスの戦士>・・・・  
次の瞬間、耳を劈くような爆発音が響き渡り、数秒前まで自分がいた場所に紅蓮の火柱が立ち上った。  
 
「なッ、こ、これはッ・・・・!?」  
 
ゴウゴウと吹き荒れる爆風が、腰近くまで伸びた蒼髪を巻き上げ、  
次いで、白い戦衣に包まれた背中に泥土の雨を撒き散らす。  
美しく整った色白な顔立ちも、同じように沼地の泥によって汚されてしまうが、  
もはや、優子にはそんな事を気にしている余裕は存在しなかった。  
爆風が通り過ぎるのを待って顔を上げた少女の耳朶には、  
さらなる凶弾の来襲を告げる不吉な金属音が次々と飛び込んできたのだから・・・・。  
 
(・・・・こ、これは、幻覚なんかじゃないッ!?  
一体、どういう事・・・・魔力を帯びた霧や触手生物とは別に、沼地の中に誰かが潜んでいるというのッ!?)  
 
乳白色の暗幕の奥から放物線を描きつつ飛来してくる、無数の噴進弾。  
続けざまに着弾しては、巨大な爆発音を轟き渡らせ、  
土塊と泥水とを激しく撥ね上げて、地面にクレーターを穿ち抜く。  
さすがに、ただちに護りの障壁を破る程の威力は備わってはいないが、  
その一方で、どうやって照準を合わせているのかは不明だが、狙いそのものはかなり正確であり、  
決して闇雲に砲弾の雨を降らせているという訳では無い様子だった。  
 
ヒュルルル・・・・ガガァァァンッッ!!!!  
 
かわし損ねた砲弾の一発が足元に着弾し、爆風と硝煙とを噴き上げる。  
生身の体であれば、万に一つも生存は望めない状況だが、  
強化された甲冑は、爆発の瞬間、優子の周囲に不可視の防壁を張り巡らし、  
美しい主を、肉の細片となって四散する運命から見事に守り抜いていた。  
――――しかし、視界全体を炎と煙によって覆い尽くされてしまった少女が、  
バランスを崩して足元をもつれさせ、前のめりに転倒してしまうのまでは防ぎきれない。  
 
「くぅッ・・・・あううッ・・・・!!」  
 
砲撃によって攪拌されドロドロにぬかるんだ泥土が、鼻腔と口元に侵入し、  
何とも形容し難い臭気と不快な味覚が喉の奥へと滑り降りた。  
思わず咽せ返り、気管に入った汚物を吐き出そうと注意を逸らしたところへ、  
狙い澄したかの如く、数発の爆裂弾が飛来してくる。  
・・・・しかし、凄まじい衝撃も噴き上がる業火も、依然として不可視の壁を突き破る事は叶わず、  
周囲の泥濘を掘り返すだけで後には何も残さない・・・・かに見えたのだが――――。  
 
「・・・・はうッ!?なッ・・・・こ、これはッ・・・・!?」  
 
抉り取られた地面を何気なく覗き込んだ<戦士>の目が大きく見開かれる。  
そこにあったのは、・・・・否、その場所を埋め尽くしていたのは、  
惨たらしく引き千切れ、焼け爛れた、無数の小生物の屍と、  
そして、その下でザワザワと蠢く、さらに夥しい数の同類の姿。  
 
視界内に存在しているものだけで、その数、数百匹を下らないだろう。  
殆どは、ナメクジやミミズに似た姿のもので占められているが、  
中には、不定形のアメーバ状生物や黴やら胞子やらが無秩序に寄り集まった不気味なものも多い。  
しかも、彼らは、砲撃によって抉り取られた地面の下から途切れる事無く這い出してきては、  
申し合わせたかのように、一斉に自分の方へと押し寄せてくるのだった。  
 
「ひッ・・・・こ、来ないでッ!!」  
 
狼狽し、声を上擦らせる蒼髪の少女。  
勿論、防御障壁が健在である以上、  
小生物達の進軍が如何に勇敢でも、柔肌にまで達する事はありえないのだが、  
何百、何千、もしかすると、何万、という小さな生き物が、  
奇怪なヌメリを帯びた海嘯と化して、自分を呑み込もうとしている光景は、  
実際の脅威以上の恐怖と嫌悪感とを感じさせるものに他ならない。  
その上、彼女には、心胆を寒からしめるもう一つの理由が存在していたのだった。  
 
(遠距離からの正確な砲撃に、昆虫の大群・・・・この組み合わせは・・・・もしかして!?)  
 
重火器と蟲・・・・畸形化した工学技術と古来から伝わる魔道の融合というメガス軍の特色を、  
残忍王メガスその人以外では最も良く体現していた、あの男。  
メガスの片腕としてログレス軍の残党を屠り尽し、  
その首魁たる雷獣将ガイアスが死の間際に託そうとした、ファンタズム・ジュエリーをも奪取した雄敵。  
主と同じく、全身を不気味な人工筋肉と精密機械によって埋め尽くされた殺人マシーンでありながら、  
その脳髄にあたる部分をナノマシンの如き無数の小昆虫の集合体に置き換えられていた、異形の魔将・・・・。  
 
「――――ハイゼンッ!!」  
 
記憶の水底から蘇ったその名を、戦慄をこめて声に出す優子。  
驚愕に見開かれた双眸には、奪われたファンタズム・ジュエリーを取り戻すべく挑んだ  
――――もっとも、その時既に夢幻界の聖玉は、メガスの許へと送られていたのだが――――、  
かつての死闘の状景がありありと浮かび上がってくる。  
戦いの結果だけを言うのであれば、たしかに勝ち残ったのは彼ではなく優子の方だったが、  
一方で、死力を尽くした激闘は、彼女自身をも深く傷付けていた。  
・・・・そう、あの時、ヴェカンタ砲の標的となっている事を承知の上で、ヴァリアが救いに現れなければ、  
あるいは、そのまま生命を落としていたかもしれない程の深刻なダメージを・・・・。  
 
「あいつが生き返ったというの!?まさか、そんな事が・・・・で、でも・・・・この状況はッ!?」  
 
叶う事ならば否定の言葉を口にしたかったが、  
目の前で起きている現実はそんな甘えを許してはくれなかった。  
砲弾の炸裂が地面を抉り取るたび、泥土と一緒に撥ね上げられる無数の蟲たち・・・・  
普通であれば、この場から逃げ出すか、それとも、地中深く潜り込むかして、  
危険を避け、自分の生命を保とうとする筈だが、彼らにはそんな様子は微塵も無い。  
その姿は、どう考えても、何かの目的のために、あるいは、誰かから命じられて、  
自らの生存を度外視した行動を取り続けているようにしか考えられなかった。  
 
「・・・・多分、いいえ、きっと間違いない。ハイゼン・・・・あいつが復活したんだわッ!!」  
 
黒金の胸甲に覆われた鳩尾を、冷たいものが流れ下っていく。  
至近距離で炸裂した噴進弾が火柱を噴き上げても動じる事の無い表情に緊張が走り、  
<ヴァリスの剣>の柄を握り締めた細指は、じっとりと汗ばんで関節が白く浮き出していた。  
胸の中で、心臓の鼓動が、どんどんせわしなく、激しいものへと変わり始め、  
それに比例して、口元から漏れ出す呼吸音も、徐々に切迫したリズムを増していく。  
 
「ハイゼンッ!!何処にいるの・・・・姿を現わしなさいッ!!」  
 
チリチリと神経を灼く焦燥感に堪りかねた優子は、霧の中に向かって叫び声を上げる。  
無論、この場所からでは遠すぎて、敵の姿は視認出来よう筈も無く、  
せいぜい、時折、靄の中で、砲撃時の発砲炎が、チカッ、チカッ、と瞬くのが見て取れる程度に過ぎなかった。  
だが、それでも、少女は、漆黒の暗闇以上に深く視界を閉ざした乳白色のヴェールの向こうで、  
悪意の牙を研ぎながら攻撃の機会を窺う者の存在を確信を持って感じ取っている。  
 
――――はたして、その予感は、しばらく後・・・・彼女の動揺が頂点に達した瞬間に、現実のものとなるのだった。  
 
『クックックッ・・・・優子・・・・<ヴァリスの戦士>よ・・・・久しぶりだなァ・・・・』   
 
頭の中に響き渡る、地の底から湧き上がるかのようなどす黒い怨念に満ちた思念。  
一瞬、愕然と引き攣った瞳が空中を泳ぎ、  
蒼ざめた唇が、まさか、とも、やはり、とも見分けがつかない中途半端な形状へと姿を変える。  
 
『こっちだ、優子・・・・俺なら、ここにいる。  
・・・・と言っても、そこからでは視認出来んだろうが・・・・まあ、気配ぐらいは分かるだろう?』  
 
邪悪な『声』の告げる通り、  
前方には、ひときわ濃密に垂れ込めた白い大気の城壁が幾重にも連なり、視界を遮っていた。  
だが、その一方で、彼女の<戦士>としての直感は、  
その中にいる何者かこそが、この思念を飛ばしている張本人である事を告げている。  
ファンタズム・ジュエリーの欠片を嵌め込んだ額冠を頂いたこめかみから、  
白く輝く汗の粒が数滴、ジワリと滲み出し、かたく強張った頬の上を滴り落ちていく。  
 
「ハイゼン・・・・一体、どうやって蘇ったの!?・・・・お前の目的は何ッ!?」  
 
ともすれば動きが鈍りがちになる舌先を強く叱咤しつつ、矢継ぎ早に詰問を叩きつける。  
相手は頭の中に語りかけてくるのだから、こちらも言葉を思い浮かべるだけで良いのは承知の上だったが、  
直接声に出して言わない事には、どうにも気持ちが収まらなかった。  
そんな<戦士>の様子に冷笑を含ませながら、漆黒の思念は挑発的な返答を返してくる。  
 
『知りたいか?ならば、来い・・・・決着をつけようじゃないか。  
貴様が、再び、この俺に勝ったなら、真実を教えてやろう・・・・メガス様の復活の真実をッ!!』  
 
(・・・・メガスの・・・・復活・・・・!!)  
 
『声』の告げた言葉・・・・その禍々し過ぎる響きが、脳裏に強烈なフラッシュバックを引き起こし、  
記憶の井戸の底に封印されていた忌まわしい情景をありありと浮かび上がらせる。  
憎悪に満ちた眼で自分を見下ろす残忍王の、  
全身の傷口から、オイルと血液の混じり合った真っ黒い液体を噴き上げ、  
怒りと屈辱に怨念を煮えたぎらせながらの凄絶な最期・・・・。  
そして、閃光に飲み込まれ消滅する寸前に叫んだ、呪詛の言葉を・・・・。  
 
『その時を待って・・・・我は必ず復活し、そして、お前に復讐する・・・・忘れるなッッッ!!!!』  
 
 
――――その刹那、優子の中で、何かが鋭い音を立てて弾け飛んだ。  
 
 
「それが・・・・その時が、今だ、と言うのッ・・・・!!  
こんなにも早く、その時が到来したと言うのッ・・・・!!」  
 
猛然と大地を蹴り、深い霧の中へと走り出す、<ヴァリスの戦士>。  
殆ど絶叫とも言って良いだろう、肺腑の奥から搾り出すように発せられた叫び声は憤激に満ち溢れている。  
白いヴェールの奥から飛んで来る噴進弾に気付いた彼女は、  
それを避けようともせず、無言のまま、手にした<ヴァリスの剣>を振り上げると、  
沸騰した感情を眩い剣光へと変え、飛来して来る敵弾目がけて叩き付けた。  
 
「そんな訳、無いッ・・・・そんな理不尽な事ッ・・・・絶対にッ!!  
許さないッ!!認めないッ!!・・・・必ず、止めてみせるわッッッ!!」  
 
長い髪をなびかせ、白い戦衣の裾を翻しながら、蒼髪の少女は砲火の中をひたすら駆け抜ける。  
行く手に立ち塞がる乳白色の城壁を睨みつける両の眼には、  
悔しさのあまり、熱い滴が滲み出し、激流となって飛沫いていた。  
死力を尽くした戦いの末、ヴァリアという尊い犠牲を払って、ようやく取り戻した三界の平和が、  
これほど僅かな時間で崩れ去ろうとしている事への憤り、  
そして、それをもたらそうと画策を続けてきたメガスとその残党達への怒りが、  
少女の心の中に、かつて無いほどの激情を呼び起こし、暴風となって荒れ狂っている。  
 
『はーはッはッはッ!!無駄だ、無駄だッ!!メガス様の復活は、もはや止められんッ!!』  
 
「黙れッ、ハイゼン――――ッ!!!!」  
 
ほとんど手で触れる事が可能なぐらいに濃密さを増した霧の中、  
一寸先も見えない乳白色の闇が視界を覆い尽くし、  
ねっとりとした大気が、まるで無数の触手のように乙女の柔肌へと絡み付く。  
 
「何処にいるのッ!!隠れてないで出てきたらどうなのッ!!」  
 
決着をつけようと嘯きながら、一向に姿を見せようとしない卑劣な敵に、  
<ヴァリスの戦士>の怒りは頂点に達していた。  
何かおかしい、罠かもしれない、とも思わないではなかったが、  
すでに、彼女の思考は、自分でも驚くほどの激昂によって支配されてしまっており、  
その行動がもたらす結果についての洞察を著しく欠くまでになっている。  
 
・・・・そう、この時の優子には、現在、自分が置かれている心理状態が、  
<明>と<暗>との極めて高度なバランスにとって、  
あるいは、それが成り立って初めて発現する、<ヴァリスの剣>の真の力にとって、  
どれほど危険なものであるのか、全くと言って良いほど理解出来ていなかったのである・・・・。  
 
「ハイゼン!!見つけたわよッ!!もう逃がさないわッ!!」  
 
甲高い叫び声が轟き渡る。  
睨み据えた先に聳え立つのは、忘れもしない、メガスの右腕。  
間髪を入れず、刀身が煌き、切っ先から迸った光の飛礫が白いヴェールを猛然と切り裂くと、  
記憶の中にあるのと寸分違わぬ、筋骨隆々とした禍々しいシルエットが、ついにその全貌を露わにする。  
 
「許さない・・・・お前だけは、決してッッッ!!」  
 
聖なる剣を振り上げた少女が、全身を貫く怒りを気迫に変えて闘気を練り上げると、  
相対するハイゼンもまた、姿勢を低く取って重心を落とし、  
両腕を油断無く構えながら、装甲と生体部品によって構築された巨体から猛々しい気を立ち上らせた。  
 
「たあああッッッ!!!!」  
『ぬむうううッッッッ!!!!』  
 
二人の戦士が見交わした苛烈極まる眼差しが空中で絡み合った、次の瞬間――――!!  
どちらからともなく、地面を蹴った二つの影が空中高く跳躍し、  
すれ違いざま、各々の武器――――優子の剣とハイゼンの拳――――の持つ必殺の間合いから、  
それぞれの心身に宿る、渾身の力を込めた一撃を、相手に向かって叩き込んだ。  
 
「・・・・・・・・」『・・・・・・・・』  
 
・一瞬、周囲の全てから音が失われ、恐ろしいまでの静寂が世界を包み込んだ。  
<ヴァリスの戦士>も暗黒界の魔将も、着地時の姿勢のまま、微動だにせず  
・・・・否、出来ずに、ただひたすら、沈黙の時が過ぎ去るのを待っている。  
 
――――トクン。  
 
沈黙を破ったのは、微かに鳴り響いた、心臓の鼓動。  
それは、防御障壁を一点に集中して、必中必殺の剛拳を見事に防ぎきった、黒金の胸甲の奥から、  
弱々しく、しかし、紛れも無く確実に、生命の律動を再開している。  
 
『・・・・フフ、やはりな。結果は・・・・変わらなかったか・・・・』  
 
優子の意識の中に木霊する思念が、妙に乾いた調子で己れの敗北を首肯したその直後、  
暗黒界の将軍の巨体は、グラリ、とよろめき、地面へと崩れ落ちた。  
左胸には、<ヴァリスの剣>が、強化合金製の分厚い装甲をものともせず、  
殆ど鍔元近くに達するまで深々と突き刺さり、  
不気味な体液に濡れた切っ先が、背中から灰色の天空に向かって飛び出している。  
 
「・・・・はぁっ・・・・はぁっ・・・・はぁっ・・・・」  
 
荒々しく息を注ぎながら、ゆっくりと立ち上がる優子。  
急所への攻撃は紙一重の差で防ぎきる事ができたものの、  
衝撃の一部は肩口へと抜け、上下二層構造の白い肩当ての双方に鋭い亀裂を走らせていた。  
<鎧>で吸収し切れなかったダメージの一部は身体へも達したらしく、  
幸い骨や内臓は無傷なようだが、腕や肩を動かすたびに鈍い痛みが全身へと広がっていく。  
 
「・・・・さあ、聞かせて貰うわよ、ハイゼン。お前の事もメガスの事も、何もかも・・・・」  
 
だがしかし、<ヴァリスの戦士>は、傷口の痛みに表情を歪めながらも、  
立ち止まろうとする事無く、瀕死の重傷を負った敵将の元へと近付いていく。  
対する暗黒界の巨人は、文字通り、虫の息で、  
胸から背中に抜けた長剣を抱きかかえる様に蹲ったまま、身を起こす事さえままならぬ様子だった。  
それでも、傍らに近付いてくる少女の姿に気付いた彼は、  
最後の力を振り絞って唇を開くと、自分自身の肉声で答えを返そうと試みる。  
 
「・・・・いいだろう・・・・約束は守る・・・・だが、早くするんだな・・・・長くは保たん・・・・」  
 
擦れきったその声音は見る影も無く弱り果て、  
もはや断末魔の呻きと呼ぶ方がふさわしいぐらいだった。  
その姿に、最後まで残っていた一抹の警戒心をも解いてしまった優子は、  
立ったままでは彼の発する言葉を聴き取る事が不可能に思えた為もあり、  
半人半機の巨人の傍らに片膝を付くと、ほとんど息が掛かる程近くまで顔を寄せて、  
土気色に変色しつつある口元の動きに全神経を集中する。  
 
・・・・その、刹那ッッッ!!!!  
 
ビュルッ、ビュルルルッ!!  
 
足元の地面から、毒々しい色の触手が数本、  
ぬかるんだ泥土を撥ね上げながら飛び出してきたかと思うと、  
両腕と両脚へと巻き付いて、ギリギリと容赦なく締め上げる。  
完全に虚を衝かれ、愕然と両目を見開く<ヴァリスの戦士>。  
その目の前で、血の気を失ったハイゼンの顔面が、内側からの圧力によってブクブクと脹らみ始め、  
直後、得体の知れない不気味な粘液と共に、夥しい数の軟体生物をゴボゴボと吐き出した。  
 
「・・・・ヒィッ・・・・い、嫌ァッッッ・・・・!!!!」  
 
ゾッとするような光景に、思わず、情けない悲鳴を上げる蒼髪の少女。  
だらしなく尻餅をついたまま、後ずさろうとするものの、  
手足に巻きついた強靭な肉の縛めは、思いのほか頑強に抵抗してそれを許さず、  
逆に、彼女の方を、ぬらぬらと異様なヌメリに覆われた蟲の大群の前へと手繰り寄せようとする。  
みるみるうちに優子の顔が蒼ざめ、引き攣った叫びが喉を震わせた。  
 
「なっ・・・・何故ッ!?どうして、護りの力が発動しないのッ!!」  
 
――――いくら強靭な生命力を宿しているとはいえ、  
本来ならば、この程度の触手など、甲冑の周囲に展開される加護の力場によって、  
そもそも身体に触れる事すらままならない筈・・・・なのに、これは一体ッ・・・・!!  
 
だが、現実に、聖なる鎧は、主の意向を無視して、沈黙を決め込んでいる。  
無論、これは、少女の心の中の<明>と<暗>各々の要素のバランスが決定的な乱れ、  
<ヴァリスの戦士>としての真の力を喪失しかけている事の現れだった。  
しかし、優子には、<鎧>の外見に何ら変化が生じていないせいもあって、その事が理解できず、  
何らかの外的な要因が働いて甲冑の守りが一時的に失われた、と間違った認識に囚われてしまう。  
 
「あひぃぃッ!!いやッ・・・・嫌ぁああッ・・・・!!  
・・・・あああ・・・・どうして・・・・どうして・・・・こんな事に・・・・ひぅうううッッッ・・・・!!」  
 
身に纏う<ヴァリスの鎧>に向かって、必死に呼びかけを繰り返す優子。  
だが、本当に力を失ってしまっているのは、防具ではなく、自分自身の心の方である。  
加えて、殆どパニック同然と言っても過言ではない程、酷く動揺しきった状態では、  
焦りが焦りを呼び、やがて、疑念へと変じて、彼女の中の<暗>の要素は増殖していく一方となってしまう。  
 
「うあああッ!?・・・・ダ、ダメッ・・・・来ないで・・・・来ちゃダメェ・・・・!!  
・・・・ひあッ・・・・や、やめて・・・・ヒィィッ・・・・入って来ないでッッ!!」  
 
地面から湧き出す肉縄は瞬く間に増え、手足に絡み付いて行動の自由を奪うだけに留まらず、  
戦衣の長い裾や甲冑の一部を、引っ張ったり捻り上げりして、引き剥がしにかかっていた。  
蟲たちは蟲たちで、彼らほどの力は無いものの、その小さな体を活かして少しの隙間から甲冑の下に潜り込み、  
瑞々しい肌の上を思う存分這い回りつつ、体表から分泌する不気味な体液をあたり一面に塗りたくっている。  
その姿は、<鎧>の護りが完全に失われてしまった事の動かし難い証拠として目に焼き付き、  
これまでに無い激しい絶望をもたらすのだった。  
 
「ひィィッ!!はッ・・・・入ってくるぅッ!!  
あああ・・・・い、いやぁ・・・・来ないで・・・・来ちゃダメェッ・・・・!!」  
 
頼みの綱の<ヴァリスの剣>は言えば、依然としてハイゼンの胸板に咥え込まれたままで、  
両腕と両脚を拘束された状態では、引き抜く事はおろか、近付く事さえままならない。  
先程までの威勢の良さは何処へやら、今や蒼髪の少女は、  
手足に絡み付く奇怪な肉蛇とビュクビュクと蠢く軟体生物の総毛立つような感触に悶えながら、  
拘束された体を無様にのた打ち回らせる事しか出来なかった。  
 
「ひぎぃッ!!・・・・そ、そんなところまでッ・・・・あううッ・・・・だ、だめぇッ!!  
・・・・ひああッ・・・・ダメ・・・・ダメよ・・・・お願いッ・・・・そ、そこは・・・・ふあああッ!!」  
 
とりわけ優子を苦しめたのは、両脇に開いた戦衣のスリットから入り込む小さな生き物たちで、  
お腹の上をモゾモゾと這い回るその様子は、薄い布地越しにもよく見て取れ、  
気が狂いそうな程の生理的嫌悪感と相まって、理性をしたたかに打ちのめしている。  
美しい曲線を惜しげもなく露出させている、しなやかな太腿や程良くくびれたウェストラインは勿論の事、  
胸当てや肩当ての内側にある部位でさえ、防具と皮膚との間にほんの少しでも間隙を生じたならば、  
たちどころに多種多様な醜い生き物の侵入を許し、狼藉の限りを尽くされてしまうのである。  
 
――――ニュルルッ!!ニュルルルッ!!  
 
蟲たちに混じって、手足を拘束しているものよりも幾分細身の触手が数本、  
不気味な粘液を纏わり付かせたその体を、白い布帛の下に潜り込ませてくる。  
すでにアメーバ型やナメクジ型の不定形生物による分泌液攻撃により、  
シルクに似た光沢と肌触りだった生地は、ベットリと汚れ汁に染まっているのだが、  
今度は、そこへ、彼らの体表から滲み出る強烈に生臭い体液までもが加わって、  
その外見は、ほとんど正視に堪えない程、悲惨な有様へと変じていった。  
 
――――ピチャッ!!ピチャピチャッ!!  
 
這いずり回る異形の生物が卑猥な水音を奏でるたび、華奢な身体が切なげに捩れ痙攣する。  
暗黒界で戦う<戦士>の宿命と言うべきだろうか、  
時と場所と相手は違えども、これまで彼らの同族とは、何度となく望まぬ邂逅を繰り返してきた彼女だったが、  
そのおぞましさは未だ克服できず、免疫や慣れとは無縁な状況が続いていた。  
人間の舌先に酷似した淫靡さと、ウナギやドジョウのような鱗のない淡水魚を連想させるヌルヌル感、  
それに、勃起した男性器の先端部分に酷似している、生温かさを伴った硬質感とが混じり合った、独特の感触・・・・、  
それらが擦り付けられる度、反り返った背筋は、ゾクゾクゾクッ、と敏感に鳥肌立ち、  
身体の奥で生まれた艶かしい淫熱が、意志とは無関係に、周囲に向かってジワジワと広がっていくのである。  
 
「くうぁッ・・・・ふああッ!!だ、だめぇッ!!・・・・そ、そこは・・・・あああッ!!!!」  
 
全身へと広がっていく妖しい感覚により、ますます窮地に追い詰められていく少女を尻目に、  
陵辱者達の連合軍は、新たな攻撃目標を選定し、着々と準備を整えている。  
 
・・・・突如、下半身に襲いかかる、強烈な違和感。  
驚愕に慄く視線が見出したのは、しなやかな太腿に絡み付いた、ひときわ目を引く暗紫色の触手・・・・  
それは、多くの同輩とは異なり、すらりと伸びた美脚を堪能するだけでは満足する事無く、  
本能の赴くまま、蛇のようにのたくりながら、さらに上方に向かって這い上がろうとしていた。  
 
「ひッ・・・・ひいいいッ!!あ、脚が動かないッ・・・・閉じられないよぉッ!!  
い、嫌ぁッ・・・・だ・・・・ダメェッ・・・・そ、そこは触っちゃだめェェッッッ!!!!」  
 
言うまでも無く、その向かう先に存在しているのは、  
優子に限らず、女性であれば誰しも、自分の身体の中で最も触れられたくない、と考えている筈の器官。  
しかも、今、その場所を守るのは、ジュエリーの力を借りて進化を遂げる以前の<ヴァリスの鎧>に比べ、  
切れ込みの角度が若干きわどくなった以外は殆ど変化のない、薄手のショーツ一枚のみ。  
他に、金色のベルトで腰に固定された、大事な場所の前後を覆う戦衣の裾が一応存在はしているものの、  
既に何本もの肉縄が絡みついたそれは、防御の役に立つどころか、肝腎な場所を隠す事さえ不可能になっている。  
 
「・・・・あッ・・・・あああッ・・・・来る・・・・入って来るぅッ・・・・!!」  
 
蒼ざめた口元から擦れきった涙声を紡ぎ出し、さかんにかぶりを振り続ける優子。  
・・・・だが、活発に動いているのは首から上だけで、  
人外のモノの前に最も触れられたくない部分を無防備に曝け出している事への羞恥心の前に、  
それ以外の場所は軒並み力を失い、あるいは、凍りついたように動きを止めてしまっている。  
 
「・・・・ッ・・・・ひぐッ・・・・ひぁあああッッッッ!!!!」  
 
――――やがて、首から上の部位にまで転移した悪寒の塊は、  
無力感に満ちた嘆きとなって、精神を汚染する白い毒霧の中に響き渡った。  
 
何一つ遮るものの無い剥き出しの太腿をゆっくりとよじ登った、毒々しい色の肉蛇が、  
とうとう禁断の聖地にまで到達したその瞬間、  
少女のカラダは、ビュクビュクビュクッ!!と、特大の衝撃に貫かれて、のた打ち回る。  
瞼の裏で、何百台ものカメラが一斉にフラッシュを浴びせたような強烈な火花が炸裂し、  
溢れ出した真っ白な光が、視界全体を、そして、意識の全てを真っ白に染め上げていった。  
 
「ひッ・・・・ひゃああぁッ!!あッ・・・・あひッ・・・・ひふぁあああッ・・・・!!」  
 
ピクッピクッと不規則な震動を帯びた肉鞭の先端が、  
極薄の布切れで隔てられただけの最も敏感な場所を撫で上げる。  
その触感に堪えきれず、汗にまみれた蒼髪を振り乱した<ヴァリスの戦士>は、  
ギクギクギクッ、と背筋を仰け反らせながら、情けない悲鳴を迸らせた。  
 
「ひッ・・・・ひいいぃッ!!  
だ、だめェッ・・・・来ないで・・・・あああ・・・・触らないでェッッ!!」  
 
おぞましい粘汁が柔かいショーツの表面へと擦り付けられるたび、  
腰骨の奥から湧き起こった電流が、脊髄を貫き脳天にまで達して、  
溢れ出した涙が、醜く歪みきった頬筋を勢い良く流れ下っていく。  
しかし、両手両足はおろか、頭や胴にまで触手が絡み付いている状態では、如何なる抵抗も不可能だったし、  
ましてや、懇願の言葉など、個体としての自我を持っているのかどうかも怪しい相手に通じる筈も無い。  
逆に、彼女の示した、その激しい反応は、それまで他の場所を責め立てていたモノ達にまで知れ渡り、  
"その場所"への注目を招いて、意図した所とは全く相反する結果を招いてしまうのだった・・・・。  
 
「・・・・うあ・・・・あああッ・・・・こんな・・・・ああ・・・・う、嘘でしょうッ・・・・!!  
ひううッ・・・・いや・・・・いやよぉ・・・・お願い・・・・来ないで・・・・ひぃッ・・・・ひぃああああッッッ!!!!」  
 
先達の成功に倣え、とばかりに、大小数十本もの肉蛇と数えるのも馬鹿馬鹿しくなる程の蟲たちが、  
優子の目の前、M字型に割り開かれて地面に固定された下半身に向かって、押し寄せてくる。  
圧倒的な物量の前には、すでに散々汚液にまみれてドロドロ状態の下穿きなど無いも同然で、  
たちまち捩られ、引き伸ばされ、掴み上げられた挙句、  
未だ生え揃わぬ薄い繁みに縁取られた、恥丘の稜線を暴き立てられてしまう。  
 
「・・・・ううう・・・・どうして・・・・一体、どうしてなの・・・・?  
<ヴァリスの鎧>も・・・・ジュエリーの力も・・・・何故・・・・通用しないの・・・・!?」  
 
外見も内実もすでに下着としての機能を果たせなくなったショーツの下では、  
何百匹ものナメクジやヒル、芋虫やアメーバ、粘菌類の大群がひしめき合い、  
毒々しい絵の具で彩色された大ミミズを思わせる、何本もの肉凶器がウネウネと這いずっていた。  
今や、緩やかな恥丘のふくらみも、慎ましやかな縮れ毛の茂みも、  
鮮やかなピンク色に色付いた大陰唇も、その端で、自ら被り物を脱ぎ捨て屹立している陰核すらも、  
全てが異形の群れに覆い尽くされ、絶え間なく分泌される色とりどりの体液に浸かって区別さえ出来ない。  
 
――――じゅるッ!!じゅじゅるッ!!じゅるじゅるじゅッ!!!!  
 
腰から下を、くまなく覆い尽くした異形の生き物たちは、  
不気味な行進曲を奏でながら、濡れそぼった皮膚の上を我が物顔に闊歩している。  
無様に拡げられた太腿の間から噴き上がる、信じ難いまでの汚辱感は、  
五感をあっという間に叩き潰し、思考と感情をボロボロになるまで嬲り回した上、  
最後には、理性と正気すらも、ズタズタに引き裂き、切り刻んでいく。  
 
――――ちゅぷッ!!ちゅぷぷッ!!ちゅちゅぷちゅッ!!  
 
想像を絶する恐怖のあまり、蒼髪の少女の視線は下半身に群がる異界の生物たちに釘付け状態だった。  
もはや不快感などという生易しい言葉では到底形容しきれない、限界を超えたおぞましさのせいだろう、  
顔色は死人のように青褪め、生気がまるで感じられない。  
異世界の生物たちによって、好き放題に掻き回され捏ね回されるうちに、  
媚肉の上で奏でられる水音はますますその卑猥さを増していき、  
覚束なくなった意識は、半ば悪夢の中に沈み込んでしまったかのようにあやふやになっていた。  
失神すら許されない、強烈な汚穢感の連続攻撃の前に、  
少女の双眸は、まるで質の悪いアルコールに神経をやられでもしたかのように、トロン、と蕩け、  
濁りきった眼差しを、無残に変わり果てた自らの下肢へと這わせ続けている。  
 
「・・・・うああ・・・・来るぅ・・・・入って来てるぅ・・・・あ、ああッ・・・・いや・・・・もう、いやぁ・・・・」  
 
散々に恥丘を嬲り尽くした陵辱者たちの軍団は、しかし、それだけでは飽き足らず、  
充血した小陰唇をこじ開けて膣内へと突き進んでいく。  
まず、粘菌やアメーバのような不定形の生物が暗く狭い膣道へと滑り込み、  
その後に、ナメクジやミミズや青虫など、細長体型の蟲達からなる後続部隊が続いて進路を確保し、  
最後に、先端部分に大小さまざまな突起が生えた、野太い触手が分け入っていく。  
 
   
「ひゃッ!!・・・・あひゃああッ・・・・うう・・・・あぐッ・・・・ひゃあぐぅうううッッッ!!!!」  
 
抵抗の意志を中和しつつ、ジワジワと悦楽の毒を注入していく慎重な作戦から一転、  
圧倒的な力の誇示によって、反抗心を粉砕し抑え込もうとする強攻策を採用した陵辱者たち。  
何の前触れも無く行われた戦術転換の効果は覿面だった。  
イボイボだらけの肉蛇が、強引にこじ開けられた秘裂粘膜をこそぎ取りながら暴れ回ると、  
それまでとは比べ物にならない程の強烈なショックが全身へと襲い掛かる。  
官能の波動と言うには乱暴過ぎるエクスタシーの衝撃によって、蕩けきった表情は一瞬で吹き飛び、  
頭の中を覆う白い靄は、どぎついピンク色の業火と化して逆巻く炎を噴き上げた。  
 
「ひッ・・・・いッ・・・・嫌ッ・・・・いぎッ・・・・い、嫌ぁッ!!  
あッ・・・・あがッ・・・・た、助けて・・・・ひぃッ・・・・あああッ!!」  
 
ずにゅうううッ、と膣道の襞を押し広げつつ、奥へ奥へと侵攻していく異物感に、  
優子は、声も涸れんばかりに盛大な絶叫を放ち、泣きじゃくる。  
さいわい、膣内に侵入した生物が絶えず分泌している液体が潤滑剤の役割を果たしているせいか、  
乱暴極まりない責めの割には、痛み自体はそれ程感じずに済んでいるのだが、  
その分、狭い膣道を暴れ回る軟体生物の動きは、何者にも邪魔されずストレートに伝わってくる。  
ヌルヌルと蠢く異形の生き物たちは、まるでその一匹一匹が小さな男性器と化したかのように、  
蕩けた粘膜を、一斉に、突き上げ、擦り立て、捏ねくり回して、  
彼女の五感を悦楽の無間地獄へと叩き込み、最悪の快感によがり狂わせる。  
 
「・・・・い・・・・いやぁッ・・・・ひゃううッ・・・・どうして・・・・どうして・・・・こ、こんな・・・・!!  
・・・・だ、だめッ・・・・が、我慢・・・・しなくちゃ・・・・ああッ・・・・で、でもッ・・・・!!」  
 
猛烈な勢いで湧き上がってくる淫靡な波動に対し、必死に抵抗を試みはするものの、  
逃げ出す事はおろか、脚を閉じる事すら叶わない状況では、所詮は蟷螂の斧に過ぎない。  
ついに子宮口にまで達した異生物の先頭集団は、形ばかりとなった防衛線をあっという間に蹂躙し、  
その背後の、さして広くも無い空間へと雪崩れ込み、埋め尽くしていった。  
すでに臨界点に達していた反応炉がメルトダウンを引き起こし、  
腰骨の内腔を舐め尽した巨大な官能の波が脊髄を駆け上って神経中枢を直撃すると、  
少女の頭の中は、まるで脳震盪を起こしたかのように、じぃん、と痺れて何も考えられなくなってしまう。  
 
「・・・・だ、だめぇ・・・・もう・・・・もう・・・・だめぇッ・・・・!!  
・・・・もう我慢できない・・・・あううッ・・・・気持ちいいッ・・・・気持ち良過ぎて・・・・死んじゃうぅぅッ!!!!」  
 
頤を跳ね上げ、仰け反らせた白い喉を惜しげもなく晒し続ける優子。  
輝きを失った胸元の紅い宝石の周囲に、白い汗の粒がびっしりと浮かび上がり、  
だらしなく半開きになった口元は、この上なく屈辱的な敗北宣言を漏らし続ける。  
弱々しく響くその声に嗜虐心をくすぐられたのか、  
秘裂の内外を問わず、群れ集った異形たちは、ここぞとばかりに動きを活発化させた。  
 
「・・・・ふはぅッ・・・・む、胸が・・・・くふッ・・・・ああッ・・・・そ、そこは・・・・あひいいぃッ!!  
・・・・い、いやッ・・・・ち、乳首・・・・ちぎれちゃう・・・・あくぅうううッ!!」  
 
流麗な黄金細工で飾られた黒金の胸甲が、内部からの圧力で、グググッ、と浮き上がる。  
蟲たちだけならばまだしも、スリットから忍び込んだ触手までもが、  
生汗にまみれた腋の下と胸当てとの間に出来た隙間を見逃さず、内部への侵入を成功させていた。  
ふっくらと盛り上がった、形の良い二つの隆起に絡みついた肉蛇たちは、  
弾力感に富んだその感触を堪能しつつ、頂上を目指して這い進み、硬く屹立したピンク色の突起へと殺到する。  
 
「はひゃあッ!!・・・・こ、今度は・・・・お尻にッ!!  
・・・・あああッ・・・・ダ、ダメェ・・・・そこは・・・・触っちゃ・・・・ンアアアッ・・・・!!」  
 
適度なボリュームに恵まれた、尻丘の曲線を這い回っていた肉ミミズが、  
上気した肌に張り付いたショーツの下へと入り込み、ヌルヌルとした腸液の滲む谷間をツルリと撫でる。  
途端に、肌理の細かい肌が、ゾクゾクッ、と鳥肌立ち、  
膣への責めによって鋭敏さを増している腰が、ビクビクンッ、と情けなく跳ね上がった。  
鋭敏すぎる反応に好奇心をそそられた同胞たちが集まってくると、白桃色の尻肉はいよいよ感度を増し、  
谷あいの最も深い所にある不浄のすぼまり自体も、ヒクヒクと小刻みな震えに包まれる。  
 
「ぐッ・・・はううッ・・・・そ、そんなッ・・・・尿道までッ・・・・!?  
ひぃッ・・・・や、やめてッ・・・・開いちゃダメェッ・・・・お、おしっこ・・・・漏れちゃうッッッ!!」  
 
陵辱の魔手は、鳥の嘴のように先端を尖らせている、もう一つの不浄の器官にも攻め寄せてきた。  
全く無防備だったその急所をピンポイントで啄ばまれた瞬間、  
少女の頬は醜く引き攣り、目尻から流れ下る熱い羞恥の涙に濡れまみれる。  
特に狙い打ちされていた訳ではなかったが、膣壁のすぐ後ろを通っている尿道管は、  
膣道内で所狭しと暴れ回る異形どもに圧迫されて、ただでさえ過敏な状態に仕上がっていた。  
なけなしの気力を総動員して括約筋を引き絞り、本格的な漏出だけはかろうじて阻止したものの、  
塞き止められた水分が堤防を乗り越えるのは時間の問題で、  
膀胱の中ではちきれんばかりに膨れ上がった尿意によってコチコチに固まった排泄器官は、  
ギクッ、ギクッ、と、引っ切り無しに不気味な痙攣を発し続けている。  
 
「アッアッ・・・・アアアッ・・・・あそこも・・・・胸も・・・・お尻も・・・・おしっこの穴までッ・・・・!!  
くふぁッ・・・・だ、だめ・・・・もう、止まらないッ・・・・ひああッ・・・・止められないよぉッッッ!!!!」  
 
拘束された体を海老のように反り返らせながら、恥も外聞も無く泣きじゃくる蒼髪の少女。  
だが、その悲鳴自体、すでに、苦痛と嫌悪ではなく、肉欲と喜悦によって裏返り、呂律すら怪しくなっている。  
目も眩むような強烈な性の衝動が、炎の鎖となって容赦なく意識を締め上げ、  
抵抗不可能な淫楽の暴風が、肉体の隅々に至るまで吹き荒れていた。  
皮膚という皮膚を汚辱し尽くす、何千何万ものおぞましい触感は、次第に収斂し一体化されて、  
途方も無く巨大な一つの感覚となって少女を追い詰めていく・・・・。  
 
「アッ・・・・アアアッ・・・・い、いやッ・・・・ひはあッ・・・・か、感じるッ・・・・凄い・・・・気持ち良過ぎるぅッ・・・・!!  
・・・・ヒィィッ・・・・く、来るぅ・・・・凄いのがッ・・・・ヒアアッ・・・・い、いやッ・・・・嫌ァアアアッッッ!!!」  
 
子宮が焼き切れそうな程の凄まじい狂熱が下半身全体で暴れ狂うと、  
根元から絞り上げられた乳房が卑猥に充血し、硬直した乳首が、びゅくびゅくッ!!と激しく打ち震える。  
はしたなく割り拡げられ、異物の挿入を許している肛門に衝撃が走り、  
最後まで踏み止まっていた尿道口も、内側からの水圧に耐え切れず決壊して、黄金色の飛沫を迸らせた。  
 
発狂寸前の自我の中、全ての理性が弾け飛び、  
白熱するマグマの奔流に飲み込まれて燃え上がる。  
全身の血液が一斉に沸騰したかのような灼熱感が五感を煮え滾らせ、  
途轍もなくおぞましい、だが同時に、この上なく魅惑的な衝動が、  
罪業の滴りにまみれた乙女の媚肉を包み込んで、圧倒的な力で噛み砕いていった・・・・。  
 
少女から大人の女性へと移り変わる端境期に特有の、  
美しく整った、それでいて、成熟した雰囲気には程遠い、初々しい美貌は、  
今や、その半ばが愉悦の残滓に甘く蕩け、残り半ばは絶頂の衝撃で醜く引き攣っている。  
前者の代表格が、だらしなく半開きになり、白い泡と共に銀色の涎を伝わせている口元だとすれば、  
後者のそれは、さしずめ、凍りついたように見開かれたまま、白目を剥いている双眸だろうか。  
 
魔生物達の濃厚な愛撫により、絶頂へと追い上げられてしまった瞬間、  
そのあまりのおぞましさとグロテスクさ、そして、地獄の苦痛と表裏一体となった至福の快楽の前に、  
優子の意識は、その人格を構成する諸々の要素と共に掻き消えてしまっていた。  
勿論、精神そのものが崩壊してしまった訳ではないのは、  
未だその身体を覆う<ヴァリスの鎧>が消え去ってはいない事が証明していたが、  
いずれにせよ、極めて危険な状態である事には変わりない。  
 
完全に放心し虚脱しきった肉体に、もはや興味を失ったのか、  
触手の群れは彼女から離れ、蟲たちの大部分もそれに倣っていた。  
未だその肌に恋着し続けているのは、意識のある間におこぼれに預かる事が出来かった、  
一握りの――――それでも、全部を合わせれば、優に数十匹は残っていたが――――例外だけで、  
その多くは、同胞達の分泌した粘液と少女自身の噴き上げた愛潮の双方の水分によって、  
半ば透き通り、中の様子が透けて見える程にまでなった戦衣の下で蠢いている・・・・。  
 
・・・・だが、(失神という不名誉な形であったにせよ)兎にも角にも得られた休息の時は、すぐに終わりを告げる。  
 
『クックックッ・・・・いい格好だな、優子・・・・』  
 
再び、あの濁りきった思念が、全ての熱を奪われた心の中へと入り込み、  
悪夢の底へと沈んだ<戦士>の魂に更なる恥辱を刻み付けるべく、精神の深層へと潜っていく。  
為す術も無く引き摺り上げられたそれは、どこもかしこも酷く傷付き弱り果てており、  
そのままではまともに自我として機能する事さえ難しい、と、一目で分かる状態だったが、  
邪悪な意志は一向に意に介さず、無造作にそれを元の場所に戻すと、強引な蘇生を施した。  
 
(・・・・ううッ・・・・あ・・・・あうう・・・・!?)  
 
それでも、意識が本来あるべき位置に戻った事で、  
四散してしまった他の欠片もかろうじて息を吹き返し、ひどくゆっくりとではあるが、再集合を開始する。  
睫毛の先が、微弱な電流が流れたかのように、ピクリ、と震え、  
裏返しになっていた眼球が、渋々とではあったが元の角度へと戻り始める。  
冷え切っていた精神に薄日が差し、壊死を起こしかけていた場所に再び血流が巡り始めた。  
 
――――だが、元より、黒い思念の塊・・・・ハイゼンが望んでいたのは、優子の意識の回復だけであり、  
その心が本来の力強さを取り戻すまで待ち続ける気など、全く持ち合わせてはいなかったのである。  
 
(――――くッ・・・・ううッ・・・・ま、またなの・・・・)  
 
しばらくの間、自分に対して何ら積極的な関心を見せていなかった触手たちの動きが、  
再度慌しさを増すのを知覚して、優子は弱々しく息を吐く。  
再び、腕や脚に絡み付き、幾重にも縛り上げていく、  
――――どのみち、すでに気力も体力も尽き果てて、抵抗など全く不可能だったのだが――――彼らの姿を、  
ただじっと眺めている事しか出来ないのが、むしょうに歯痒く、情けなかった。  
しかし、手足は、もはや拘束すらされていないにも関わらず、地べたに力なく横たわったまま微動だにせず、  
意識もまた、混濁の影響から完全に脱する事が出来ずに、薄靄がかったような状態が続いている。  
 
『・・・・クククッ、ただ突っ込んで掻き回すだけでは芸が無いだろう?  
ちょっと趣向を凝らしてみたんだが・・・・さて、麗しき<戦士>殿にはお気に召して頂けたかな?』  
 
(・・・・くッ・・・・ハ・・・ハイゼン・・・・!?  
・・・・まさか・・・・あの傷で・・・・まだ息があったというの・・・・!?)  
 
罠に落ち、消耗の極みに達した少女を嘲弄する、敵将の『声』。  
その命令一下、触手の群れは、陵辱劇の仕上げにふさわしい陰惨な舞台の準備に取り掛かっていた。  
高さは彼女の身長の丁度2倍、幅はそれより少し小さい程度になるだろうか、  
数千匹、いや、おそらく一万匹以上の、種類も大きさも様々な、沼地の生き物からなるモニュメントが、  
沼地の真ん中に姿を現わし、美しき敗残者の身体を地面から引き摺り上げる。  
両腕と両脚をX字型に割り広げられたブザマな格好で、緑色の磔刑台に架けられた哀れな虜囚は、  
体の背面全体を半ば埋没させられて、弱々しく喘ぐ事しか出来なかった。  
 
『フフフ、惜しかったな、<ヴァリスの戦士>。  
俺のこの肉体は、ハイゼンという俺の存在・・・・早い話が、精神とか魂とか、そういったものだが・・・・  
そいつを詰め込んで、この世に繋ぎ止めておくための、容器に過ぎん。  
だから、首を刎ねられようが胴を断たれようが、俺はしぶとく生き永らえていられる・・・・というカラクリだ』  
 
勝利を確信した喜び故か、それとも、これから繰り広げられる復讐劇への高揚故にか、  
『声』の調子はひどく饒舌なものになっていき、同時に、陶酔の度合いを増していく。  
その口調と態度とに、無念そうに唇を噛み締める優子だったが、  
まるで象嵌細工か何かのように、緑色の展示プレートへと嵌め込まれてしまっている全身は、  
グネグネと這いうねる不気味な感触に絶え間なく曝され続け、強がりを口にする気力さえ萎えていた。  
 
『・・・・念のために言っておくが、さっきのアレはだな、貴様を油断させるためにわざと負けたのだ。  
お陰で蘇生したばかりの体をまた失う羽目になったが、  
フフッ、まぁ何しろ、貴様と違って、俺の肉体は壊れたらまた作り直せば良いだけだからなァ・・・・』  
 
くつくつと笑いながら、残忍王の右腕と評された魔将軍は、  
触手に命令を飛ばして、つい先刻まで自らの手足だった物体を小馬鹿にするように動かしてみせる。  
分厚い胸板を<ヴァリスの剣>に貫かれたまま息絶えているその屍  
――――いや、厳密には、抜け殻、と言うべきだろうか――――は、  
かりそめの生命を維持するための機能が停止したためだろう、  
まだ小一時間程度しか経っていないというのに、あちこちから腐敗臭を漂わせていた。  
 
『・・・・だがな、短い間とは言え、こいつはこの俺のカラダとして役に立ってくれたのだ。  
このまま朽ち果てさせるのは、さすがに不義理というものだろうな・・・・』  
 
その言葉の響きに途轍もなく不吉なものを感じた優子は、慌てて眼前の屍骸を注視する。  
・・・・次の瞬間、泣き腫らした目元に激しい恐怖が浮かび上がり、  
引き攣った口元からは、声にならない叫びが溢れ出す。  
 
案の定、不吉の予感は的中していた・・・・それも最悪の形で。  
 
生気を失い、しなびかけた皮膚に、毒々しい死斑を浮かび上がらせた巨人の死体が、  
異形たちの介添えを得て、よろよろと立ち上がる。  
奇妙な具合にねじくれ変形した顔面の、落ち窪んだ眼窩の中で、ドロリと濁った眼球が虚ろな光を発し、  
生乾きの血反吐がこびり付いた唇からは、呼気の代わりに、壊死した内蔵が放つ猛烈な悪臭が漏れ出していた。  
腐りかけた足を引き摺りながら、のろのろと歩み寄ってくる様子は、  
すでに流行遅れとなって久しいホラー・ムービーによく登場する、生ける死者そのものだったが、  
勿論、その迫力は、映画のために拵えられた作り物の死体などとは比べ物にならない。  
 
「・・・・ひッ・・・・い、いや・・・・もう・・・・もう・・・・いやぁあああッ・・・・!!」  
 
一歩また一歩と近付いてくるハイゼンの屍。  
死体特有の、むぅッ、と絡み付くような臭気が鼻腔を串刺しにすると、  
パニックに陥った優子は、逃れられる可能性など万に一つも無い事は百も承知だったにも関わらず、  
それでもなお、まるで毒蜘蛛の巣に羽根を絡め取られた蝶の如く、  
触手の壁の中に埋もれかけたその体をを精一杯ばたつかせずにはいられなくなる。  
 
『・・・・フフフ、殺しはせん。それが、あの方のご意志だからな。  
その代わり、貴様のカラダに、とことんまで敗北の徴を刻み付けてやれ、との仰せだ・・・・』  
 
すでに思考力の低下は著しく、頭の中に響き渡る『声』も殆どが理解不能だったが、  
ガラン、という鈍い音と共に、死体の下腹部を覆っていた強化合金の装甲板が外れ、  
ぞっとするようなその中身が姿を現わすと、本能的にその意図を察した少女の恐怖は頂点へと達した。  
饐えた死臭を纏わり付かせる赤黒い亀頭、  
内部に溜まったガスのせいで異様に膨れ上がった陰嚢。  
そして、死してなお、びくん、びくん、と不気味な脈動をやめようとしない陰茎には、  
添え木のように何本もの触手が絡み付き、中には一部が同化してしまっているものさえ存在している・・・・。  
 
「・・・・いや・・・・いやぁッ・・・・こんなの・・・・こんなの・・・・酷すぎるッ!!  
・・・・あああ・・・・お、お願い・・・・助けて・・・・誰か・・・・誰か、助けてぇッ!!」  
 
目を開けていられないほどの屍臭に咳き込みながら、  
破壊され尽くした無様な表情で、声帯が潰れそうになるぐらいの悲鳴を上げ続ける優子。  
しかし、腐肉の塊と化したハイゼンは、止まる気配など微塵も見せず  
ましてや、そうそう都合良く、救いの手を差し伸べてくれる者が現れる筈もない。  
もはや、蒼髪の少女に残された抵抗の手段は、  
せめて一時なりとも破滅の瞬間を遅らせるべく、必死に顔を背ける事以外には存在しなかった。  
 
・・・・だが。  
 
「ひぎッ・・・・いぎひぃいいいッッッッ・・・・!!!!」  
 
死体のキスから逃れようとする最後の抵抗は、  
勿論、後頭部、というより、背面全体をびっしりと覆い尽くした生ける拘束台の許す所とはならなかった。  
往生際の悪い囚人に己の立場を弁えさせるべく、繰り出された何本もの肉鞭が、  
頭部をがっちりと固め、万力のような力で、無理やり、その向きを正面へと引き戻す。  
殆ど抵抗らしい抵抗も出来ず、元の位置へと連れ戻されてしまった少女の顔を――――その口元を、  
暗紫色に腫れ上がった死体の唇が、総毛立つような笑みを浮かべて待ち構えていた。  
 
「・・・・あッ・・・・あがッ・・・・うう・・・・ぐッ・・・・あぐぐぅ・・・・」  
 
触手による締め付けと死体から漂う悪臭とに責め苛まれ、半ば窒息状態に陥る<ヴァリスの戦士>。  
もはや悲鳴すら途絶え、犬のように舌先を突き出してえずくだけの惨めな有様には、  
目の前にいる本物の死人と比べてもほとんど遜色ないぐらい、生気が感じられなかった。  
ハイゼンの腐りかけた瞼が満足げに細められ、  
枯れ枝のように干からびた指先が、蒼ざめた頬をゆっくりと掻き寄せていく・・・・。  
 
――――ぶちゅッ!!ぶちゅるるるるッッッ!!!  
 
悪夢の瞬間、ブヨブヨとしたゼラチンの塊のような死人の口唇は、  
血色を失ってガチガチに凍えついた生者の口唇の上へと覆い被さり、念願の味覚を思う存分貪り喰らう。  
あまりにも一方的なその接吻は、内部が腐乱しきっていた唇には荷が勝ちすぎたらしく、  
ハイゼンの口元は、程なくプチンと弾け、ドロドロの腐肉と化して溶け流れてしまうのだが、  
死者のキスは、もはやそんな事にはお構いなく、爛れかけた歯茎と舌によって継続された。  
 
信じ難いまでの不快感は、無論、拭い去る事も出来ぬまま、鼻腔の中に留まり続けただけでなく、  
口蓋内にまで入り込み、文字通りの死の味となって、凄まじい嘔吐感を催させる。  
圧倒的な苦痛が精神を屈服させ、自我と理性をどす黒く塗り潰していく中、  
優子は、おそらく初めて、具現化した死のイメージと向き合い、  
その圧倒的な存在感に為す術もなく魅了されて、底知れぬ闇の中へと引き込まれていったのだった・・・・。  
 
 
――――――――TO BE CONTINUED.  
 
 

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