ヴェカンティ。  
 
灰色の霧が重苦しく垂れ込めたその場所は、どうやら古戦場のようだった。  
かすかに漂う死臭・・・・土中に半ば埋もれた無数のされこうべ・・・・、  
ぽっかりと空いたその眼窩は、漆黒の天空を覆うどんよりとした雲に虚ろな視線を向けている。  
ぬかるんだ足元のそこかしこには、朽ちかけた白骨が散乱し、  
錆つき腐り果てた刀槍の残骸が、墓標のように立ち並んでいた。  
 
「・・・・ここが問題の場所ね・・・・」  
 
目の前に広がる陰惨な風景を見渡しながら、静かに独りごちる少女――――優子。  
多量の湿気を孕んだ生温い風が、腰の上まで伸ばした豊かな蒼髪の表面をヌルリと撫で上げる。  
僅かに眉根を寄せて不快感を表した彼女だが、全身に纏わり付く湿った空気が相手とあっては、  
その細身の体躯に宿る、三界に冠絶する<ヴァリスの戦士>の力をもってしても如何ともしがたかった。  
 
(・・・・あの霧の向こうに・・・・一体、何が隠されているというの・・・・?)  
 
ねっとりとした大気の肌触りに堪えながら、しばらく様子を窺ったものの、  
特にこれと言って注意を惹くようなものは見当たらない。  
・・・・ただ、湿原全体を覆い隠すかのように、深く立ち込めている灰色の濃霧には、  
こうして眺めているだけでも、思わず気が滅入ってくるような陰鬱な気配が漂っていた。  
 
(・・・・ふぅッ・・・・まったく、嫌な所だわ・・・・出来る事なら、すぐにでも帰りたいものだけど・・・・)  
 
一、二度、頭を軽く振って、蒼髪の少女は、重苦しい感情を振り払った。  
目の前に広がる灰色の空間に何が潜んでいるにせよ、ここでこうしていても何にもならない。  
霧の中がどうなっているのかを知る方法は、その中に分け入る事以外には無いだろう。  
――――そう考えた<ヴァリスの戦士>は、黄金作りの胸当ての前に両腕を突き出すと、  
静かに目を閉じて、しなやかに伸びた細指の先に意識を集中させた。  
 
・・・・・・・・無数の光の粒子が現れ、群れ集い、そして、次第に一振りの剣の形へと収斂していく。  
 
<ヴァリスの剣>――――万物に宿る<明>の力、<ヴァリス>を糧として生み出される、聖なる刃。  
白銀の光沢に包まれた細身の刀身は、見てくれこそいささか頼り無いものの、  
三界の開闢以来、その切先にかかって果てた、<暗>の係累は計り知れなかった。  
殊に、この剣が、彼女――――麻生優子の手に帰してよりこの方、  
<暗>の領域、すなわち、ヴェカンティは、その力の前に夥しい数の屍の山を築いている。  
暗黒王ログレス、残忍王メガスをはじめ、討滅された者の数は数知れず、  
赤闘竜ザルーガ、雷獣将ガイアス、蟲獣機ハイゼン等の名だたる将星も、  
個体としての名前さえ判然としない雑兵も、等しく切り伏せられ、死者の列に加えられ続けてきたのだった。  
 
(・・・・・・・・)  
 
無言のまま、愛剣の柄の部分に施された精妙な細工をなぞり上げる優子。  
剣先から発する清冽な波動が、指の先から全身へと伝わっていき、  
肉体と精神の双方に活力と鋭敏さを漲らせていく。  
 
ヴァニティの住人が"ヴァリス・オア"と呼ぶ不可思議な物質により構成されている(と聞かされた)<剣>は、  
三界に遍く存在する<明>のエネルギーを取り込み、様々な力に変換して、彼女を助けてくれる。  
光の飛礫や衝撃波を放って敵を薙ぎ倒す以外にも、  
肉体に害を及ぼす物質やエネルギーを弾いたり、邪悪な意志の力を遮ったりするのは勿論、  
気配を隠して忍び寄ってくる敵意ある存在の情報を知らせたり、  
人体の限界を超えた運動能力や知覚力、更には飛行や次元間の跳躍すら可能とする力を付与したり、と、  
あらゆる局面において、様々な加護の数々をもたらしてくれるのだった。  
 
(・・・・でも、それらは決して無制限という訳じゃない・・・・)  
 
刀身から立ち昇る陽炎のような霊気を眺めながら、  
<ヴァリスの戦士>は、そう口の中で小さく呟き、自分を戒めた。  
<剣>の与えてくれる力は、確かにどれも強大なものばかりだが、  
無尽蔵という訳では無く、また、常に一定の水準を保っている訳でも無い。  
詳しいメカニズムについては未だに不明な部分が多いが、  
どうやら自分の精神状態が重要なファクターの一つとなっているらしく、  
感情が塞ぎ込んでいたり、ひどく動揺していたりすると、<剣>の力も不安定に陥りがちだった。  
 
(・・・・それにしても、本当に陰気な場所ね。  
あの麗子が、"兎に角、長い時間居たくないところだ"って、  
珍しく弱音を吐いてたぐらいだから、ある程度の覚悟はしていたんだけど・・・・)  
 
やや色白な肌に絡み付いてくる沼地の空気は、奇妙なぐらいに重く、粘り気すら感じられた。  
優子は、浮かぬ表情のまま、こんな場所に足を踏み入れる事になった顛末を思い浮かべる。  
 
――――事の発端は、ヴェカンティに放った斥候からの、"奇妙な噂がある"という報告だった。  
 
<ヴァリスの戦士>の活躍により、残忍王メガスの魔手をからくも免れる事の出来たヴァニティだったが、  
そのために支払った代償はあまりにも巨大だった。  
数千年の永きに渡ってヴァニティを率い、<明>の力を駆使して、  
絶え間なく襲い来るヴェカンティの軍勢と戦い続けた指導者、ヴァリアの死・・・・。  
一子ヴァルナがその後を襲い、幻想王女として即位したものの、  
能力においても経験においても、偉大な母親と同じ域に達するのは、誰の目にもまだまだ先の事に思えた。  
それに引き換え、ヴェカンティの方は、ログレス、メガス、と立て続けに強大な支配者を失ったとはいえ、  
その勢力自体はいまだヴァニティを大きく引き離しており、その脅威は未だ健在と言って良い。  
 
そこで考え出されたのが、メガス亡き後のヴェカンティの覇権を巡る内部抗争を激化させて、  
ヴァニティへの侵攻余力を失わせよう、という構想である。  
 
多くの者が、現時点でヴァニティが採り得る策の中では最良とみなしたこの計画を遂行するため  
先代の下で暗黒界との苦しい戦いを闘い抜いてきたヴァニティの精鋭たちが集められ、  
その指揮官には、かつて、暗黒王ログレスにより、<ヴェカンタの黒き戦士>として見出された事で、  
(僅かな期間とはいえ)ヴェカンティの権力機構の中枢部分を垣間見る機会を得た麗子が任じられていた。  
彼女の立てた周到な計画の下、夢幻界の期待を一身に背負った工作員達はヴェカンティへと潜行し、  
すでに次代の支配者の座を巡る内紛が火を噴き始めていた各々の任地で、工作活動を開始したのだったが・・・・。  
 
ほどなくして、彼らの許から、工作活動の過程でキャッチした、ある奇妙な噂についての情報が、  
相次いで、ヴァニティ本国へともたらされ始めたのである。  
 
曰く、『残忍王メガスの復活を目論む者達がいる』・・・・。  
 
最初のうちは、単なる流言蜚語の類いだろう、と、さして気にも留めなかった分析官達だったが、  
日を追う毎に、同様の報告を上げてくる者の数が増えていくにつれ、その顔色は蒼ざめていき、  
やがて、彼ら自身の間からも、情報の真偽を確認すべし、という声が上がり始めたのである。  
事態を重く見たヴァルナは、本来の任務を一時中断する形で、暗黒界入りした工作員達に調査を命じたものの、  
確かな情報と言うならまだしも、ヴェカンティの住人達の間ですら真偽は藪の中という代物が相手では、  
手練れの諜報要員といえども歯が立つ筈も無く、上がってくる報告はいずれも要領を得ないものばかり、  
最後には麗子までもが引っ張り出されて、こちらはある程度詳細な情報を掴む事に成功したのだが、  
結局のところは、それでもまだ、情報の真偽を確定出来るまでには至らなかったのだった。  
 
『・・・・本来なら、優子を担ぎ出してまでしなければならないような話じゃないんだけど・・・・』  
 
自分達の不甲斐なさを詫びながら、協力を求めてきた麗子の表情は、  
これまで一度も目にした事の無い程、苦りきったものだった。  
彼女の言う通り、普通に考えたならば、確かに現状はあまり芳しいものではないとはいえ、  
夢幻界にとって最後の切り札とも言うべき<ヴァリスの戦士>の投入が必要な程の状況ではありえない。  
本当の問題点は、これまでの間に『もしかしたら本当に残忍王が復活するかもしれない』という猜疑心が、  
一種の強迫観念となってヴァニティ城全体に広がっており、恐慌状態を生じさせていた事の方だった。  
 
『・・・・まぁ、彼らの気持ちも分からないではないけどね。何と言っても、あのメガスに関わる話だし。  
そのおかげで、今、城の中は、ヴェカンティへの工作を再開するどころじゃなくなってる。  
まったく、本末転倒もいいところだけど、この辺で区切りを付けないとどうしようもない、って訳なのよ・・・・』  
 
最後の一言は、言外に、麗子自身は、"メガス復活"の情報が本物とは感じていない事を匂わせている。  
だが、自らヴェカンティに乗り込んだにも関わらず、その事を確実に立証できる証拠を発見出来なかった以上、  
今の麗子の言葉には、城内の混乱を食い止めるだけの力は存在していなかった。  
それに、戦乱の時代を目前に控え、異常なまでの警戒心と疑心暗鬼とが横行している暗黒界への再潜入は、  
もはや、麗子にとってすら、危険過ぎる行為となっているのも事実だったのである――――。  
 
・・・・・・・・・・・・数刻後。  
 
「・・・・ううう・・・・一体・・・・何なの・・・・この感じは・・・・!?  
・・・・まるで・・・・周り中から・・・・誰かに監視されているみたい・・・・」  
 
乳白色の霧に包まれた荒地の中を行く蒼髪の<戦士>の顔は、  
これまでにも味わった事の無い、得体の知れない焦燥感によって強ばっている。  
霧の中に一歩足を踏み入れた瞬間からまとわりついていた不気味な気配は、時間と共に増していた。  
あたかも、この場所そのものが分け入る者を拒絶しようとしているかのように、  
ある時は肌に突き刺さるかのような、別の時には手足にベトベトと絡みつくかのような、不快さが、  
絶え間なく優子を付け回し、平常心を掻き乱そうとし続けている。  
 
「・・・・成る程、麗子が、途中で引き返すしかない、って判断した訳だわ・・・・  
こんな所に何日もいたら、本当に気が変になってしまうかもしれない・・・・」  
 
・・・・別段、敵意ある存在や危険な生物が襲ってくるという訳ではない。  
濃霧に包まれた湿原を進むのであるから、決して楽な道のりではなかったが、  
難儀すると言っても、せいぜい地面が泥炭のような柔かい地層になっていたり、  
小さな沼や沢が行く手を遮っていて、遠回りを余儀なくされたりする程度である。  
それでいて、少女の心は、時間の経過と共に、急速に疲労を増し、ささくれが目立つようになっていた。  
 
麗子の話では、"メガス復活"の噂が何処から伝わってきたのかを調べていくと、  
情報の流れの殆どは、いずれもこの陰鬱きわまる場所の近辺に辿り着く点で一致しているらしい。  
この場所が件の情報の発信源なのか、それとも、ここも単なる中継ポイントの一つなのか、  
そのいずれにせよ、自分の目で直接真相を確かめる必要がある、と考えた夢幻界の少女は単身この地に挑み、  
――――そして、霧に包まれた荒野の中をひたすら彷徨い歩いた末に、  
もうこれ以上は一歩も進めない、と判断せざるを得ないまでの衰弱と困憊に見舞われたのだった・・・・。  
 
「・・・・最初に話を聞いた時は、まさかあの麗子が、って思ったんだけど・・・・」  
 
双眸に疲労の色を滲ませながら、ため息をつく優子。  
麗子は、この場所全体を、侵入者の精神に作用する特殊な力場が覆っているのでは?と推測していたが、  
どうやらそれは真実らしく、その威力たるや、親友からの忠告で十分に心積もりをしてきた筈にも関わらず、  
実際にこの地に足を踏み入れ、霧の中を歩き回ってみると、  
小一時間と経たないうちに、叶う事なら一刻も早くここを離れたい、という気持ちが芽生え始めた程である。  
 
「・・・・認めたくは無いけど・・・・でも、どうやら本当みたいね・・・・。  
何なのかは分からないけど・・・・確かにこの場所全体を何か得体の知れない力が覆ってる感じがする・・・・」  
 
まるで、毒ガスの中に閉じ込められているような気分だった。  
しかも、その毒性は、肉体ではなく、精神の方を蝕み、消耗させていく性質を有しているのだろう、  
通常の毒物や劇物であれば、浄化の魔力によってこれを中和し、  
無害な成分へと変えてくれる筈の黄金の甲冑も、全く無反応のままである。  
勿論、聖なる鎧に封じられている加護の力の中には、  
主の精神を惑わし、危害を加える事を目的とする邪悪な力を遮断するものも含まれていた筈だが、  
現状を見る限り、それも充分な効果を発揮しているかどうかは疑わしいと言う他無い。  
 
(・・・・ダメよ、優子。もっと心を強く持たなければ・・・・!!  
・・・・もしも、今ここで、私まで逃げ帰ってしまったら、  
麗子やヴァルナさまがこれまで積み重ねてきた努力が全部無駄になってしまうかもしれないんだから・・・・!!)  
 
強くかぶりを振った優子は、自分自身に向かって、そう、叱咤の言葉を張り上げると、  
更に、鬱々とした感情を頭の中から追い払うべく、弛緩しかけていた利き腕にありったけの握力を再充填し、  
まるで、霧の奥にいる何者かに向かって、『決してお前の思い通りにはならない』と宣言するかの如く、  
<ヴァリスの剣>を高々と振り上げて、眩い輝きを放つエネルギーの弾丸を霧の中へと撃ち込んでみせる。  
 
・・・・変化が生じたのは、その時だった。  
 
――――シュルッ、シュルシュルッッッ!!  
 
濃霧の中に吸い込まれていく剣光の軌跡を見守っていた優子の足元で、何かが動く。  
 
・・・・次の瞬間、愛剣の柄の部分に嵌め込まれた紅玉から警告の光条が放たれるのとほぼ同時に、  
蒼髪の少女は反射的に地を蹴り、空中へと身を躍らせていた。  
僅かに遅れて、足元を浚おうと忍び寄っていた襲撃者の一撃が空しく空を切り、  
更にそのコンマ数秒後、今度は、着地した<ヴァリスの戦士>が、気配を感じた方向に向かって剣先を走らせる。  
切っ先から飛び出した衝撃波は、土煙を上げながら地表スレスレの高さを直進し、  
必殺の一撃をかわされた暗殺者に、回避の暇を与える事無く、見事その体を捕捉する事に成功した。  
 
「・・・・あれはッ!?」  
 
眩い輝きに照らし出された肉の破片を目にした優子は、一目でその正体を看破する。  
ヴェカンティの至る所に生息する、一見、植物とも動物ともつかない奇怪な生き物、  
知能は無いに等しいが、その代わりに、優れた闘争本能と旺盛な生命力を備え、  
十メートル近い長さの触手を伸ばして獲物を絡め取り貪り食う、危険な肉食獣である。  
 
(あいつらは群れで行動する・・・・まだ他にも仲間がいる筈だわッ!!)  
 
素早く周囲を警戒する、<ヴァリスの戦士>。  
・・・・はたして、数秒もしないうちに、シュルシュルという不気味な擦過音が、再度少女の足元に近付いてきた。  
しかも、今度は二つ、否、三つ・・・・正面と左右から一斉にである。  
さすがの彼女にも、その全てを同時にかわしきる事は不可能と思えた。  
 
「――――ならば、こうするだけッ!!」  
 
瞬時に状況を見極めた<戦士>は、黄金の甲冑を纏った身体を半回転させて、  
左方向からの一本に向き直るなり、必中の光弾をお見舞いする。  
続いて、振り下ろした切先を引き上げる事無く、そのまま水平方向に薙ぎ払うと、  
撃ち出された衝撃波は、低い弾道を描きつつ直進し、  
向かって右、つまり、先刻まで自分の正面にいた触手に命中して、その醜悪な体を消滅させた。  
 
(あともう一つ・・・・これはかわすのはムリ・・・・だったらッ!!)  
 
同胞達の犠牲の下に、標的へと到達した最後の一本は、  
猛然と身を起こして、しなやかに伸びた右脚を覆う、白いロングブーツに巻きつこうとする。  
だが、すでにそれを予期していた優子は、慌てる事なく足元に意識を集中して、  
不可視の障壁を展開すると、ヌメヌメとした粘液に覆われた異形の肉塊を弾き飛ばした。  
続く一呼吸の間に少女が再び体勢を入れ替えた時点で、勝負の行方は決まったようなものだったが、  
彼女は最後まで集中力を途切れさせる事無く、哀れな襲撃者に向かって正確無比な一撃を叩き込む。  
 
(・・・・これで四匹目ッ!!他は何処ッ!?)  
 
剣を引いた<ヴァリスの戦士>は、中腰の姿勢のまま油断無く周囲に目を配り、  
濃い靄の中で蠢く暗殺者達の位置を察知すべく、五感の全てを研ぎ澄ます。  
無論、<ヴァリスの剣>にも、敵意を持って近付こうとする存在の位置を探知する能力は備わっているのだが、  
接戦の際は自分自身の感覚の方がずっとアテになる、という事実を、彼女は幾多の戦いを経て会得していた。  
強大な<剣>の力も、結局のところ、その能力を使いこなせるかどうかは自分次第なのだ、という事も。  
 
・・・・そう、自分では思っていた筈だった。  
 
「・・・・ハッ、後ろッ!?」  
 
背後に気配を感じると同時に、優子は豊かな蒼髪を翻し、瞬時に身体をターンさせた。  
その身のこなしは、氷上を舞うスケート選手さながらに、  
軽快で、なおかつ、無駄が無く、周囲に観客がいれば魅了されずにはいられない程美しい。  
 
――――だが、背後を振り返り、そこにあるものを確認した途端、少女の動作は急停止してしまった。  
 
「・・・・なッ!?・・・・う・・・・嘘ッ・・・・まさか、こんなことッ・・・・!!」  
 
白いスクリーンの向こうに聳え立っていたのは、雲衝くような巨大な影。  
子供の頃、テレビの特撮番組によく登場していた大海亀の怪獣を思わせる、その禍々しい輪郭は、  
優に10メートルを超える身の丈とその半分近い胴回りを併せ持っている。  
これほどの巨体の持ち主が、物音一つ立てず、背後に忍び寄っていた事だけでも信じ難かったが、  
さらに彼女を愕然とさせたのは、その特徴的なシルエットに、確かな見覚えがあるという事実だった。  
 
「・・・・赤闘竜・・・・ザルーガ・・・・」  
 
微かに震える唇が紡ぎ出したのは、  
暗黒王ログレス亡き後、その遺臣たる雷獣将ガイアスの命を受け、  
優子への憎悪を滾らせたログレス軍の残党を率いて、リアリティにまで攻め寄せてきた復讐鬼の名前。  
自らの一命を代償に、ヴァリアから託されたファンタズム・ジュエリーを奪い取り  
一時とは言え、<ヴァリスの戦士>と夢幻界の双方を窮地へと陥れた強敵の姿は、未だ記憶に生々しかった。  
 
(・・・・こ、これは・・・・一体・・・・どういう事なの!?  
・・・・今・・・・わたしが見てるのは、幻!?・・・・それとも・・・・本当に、あのザルーガが目の前にいるというのッ!?)  
 
驚愕のあまり、瞬きすら忘れて、優子は、霧の中の巨大な影を見上げ続ける。  
視界を遮る濃霧のせいで、細かい部分までは判別出来ないが、  
視認可能な範囲には、少なくとも、これはザルーガではない、と確実に断言できるような要素は見当たらない。  
 
(・・・・もし・・・・もしも、これが、本当にあのザルーガだったなら・・・・!?  
・・・・『メガスが復活する』という、あの噂は・・・・!!)  
 
みぞおちを冷たいものがすべり落ち、心臓の動悸が激しさを増していった。  
真実を確かめねば、という使命感と、そんな真実など知りたくもない、という恐怖感とが、激しく交錯する中、  
少女の注意力の全ては、前方の影へと吸い寄せられてしまう。  
 
・・・・無論、捕食本能の権化ともいうべき暗黒界の野獣が、その隙を見逃す筈が無い。  
実際には、彼女が我に返るまでに要した時間は僅かなものに過ぎなかったが、  
原始的ではあるが優秀なハンターである彼らにとっては充分だった。  
ほんの数秒間の間に、左右のブーツにはヌメヌメとした触手が幾重にも巻きつき、  
両足の自由を奪い取る事に成功したばかりか、  
その一部は、程よく引き締まった健康的な太腿に達して、早々と、乙女の柔肌を醜い粘液で穢してさえいた。  
 
「・・・・ひぃッ・・・・いっ・・・・いや・・・・イヤぁぁぁッ・・・・!!」  
 
剥き出しの肌を這いずり回るおぞましい感触に、優子の口元からは鋭い悲鳴が響き渡る。  
・・・・だが、本当の恐怖はこれからだった。  
その主役は、まるでその叫び声を合図にしたかのように、周囲の霧の中から姿を現わした怪物達、  
無数の臓物を集めて無造作に捏ね上げ、肉団子状に丸めたかのような、触手生物の本体である。  
 
「・・・・た、だめぇッ・・・・!!来ないでッ・・・・あああ・・・・こっちに来ないでぇッッッ・・・・!!」  
 
罠にかかった獲物の上げる悲痛な叫び声が響き渡る中、  
醜悪な化け物の群れは、ゾロリゾロリ、と地面を這いずりながら、にじり寄ってくる。  
半ば恐慌に陥った蒼髪の少女は、剣を振り上げ、無我夢中で斬り付けようしたものの、  
冷静さを欠いたその反応は、ほとんど自由の利かなくなっていた身体にとっては致命的だった。  
無秩序な動きに付いていく事が出来ず、辛うじて保たれていた全身のバランスが崩壊してしまった結果、  
<戦士>の身体は、派手な音を立てて背中から地面に激突してしまったのである。  
 
「・・・・んあッ・・・・あああッ!?あううッ・・・・ぐ・・・・ひはぁッ・・・・!!」  
 
さしもの優子も、無秩序にのたくる触手の大群に全身を捏ねくり回されては、冷静さを保つ事など不可能だった。  
両手両脚は言うに及ばず、美しく整った顔面も、ほっそりとした首筋も、すっきりと引き締まった脇腹も、  
<ヴァリスの鎧>の黄金の装甲によって直接的に守られていない部位は、  
余す所無く暗黒界の下等生物の捕食器官により覆い尽くされ、おそるべき愛撫の標的となっている。  
頼みの綱の<ヴァリスの剣>はと言えば、転倒した拍子に指の間からこぼれたらしく、  
少女の身体から僅かに数十センチ程度しか離れていない、小さな水溜りの中へと転げ落ちていた。  
 
「・・・・うぐッ・・・・ああッ・・・・だ、駄目ッ・・・・手が・・・・届かない・・・・ぁあああッ・・・・!!!!」  
 
<ヴァリスの剣>を取り戻そうと、必死に腕を伸ばそうとするものの、  
全身の自由を奪われた今、愛剣との間の自分の身長の半分にも満たないその間隙は、  
どのような手段を以ってしても越える事の出来ない、千尋の谷間に等しいものだった。  
あるいは、ある程度落ち着いて対応できたならば、たとえ<剣>を手にしていなくても、  
この程度の攻撃であれば、<鎧>から発する守りの気だけで弾き返せたかもしれないのだが、  
何十匹もの異形の群れが全身に絡み付く中にあっては、それもまた不可能な事だった。  
 
(・・・・ううう・・・・そんな・・・・信じられないッ・・・・!?  
・・・・いくら<剣>が手元に無いからって・・・・<戦士>の力がこんなに弱まってしまうなんて・・・・!!)  
 
悪夢のような現実に打ちのめされ、優子は半ば茫然自失の状態に陥っていた。  
もはや、立ち上がる事はおろか、剣の落ちている方向に這い進む事も、腕を伸ばす事さえ出来なくなり、  
古い家屋の壁面をびっしりと覆う、蔦や蔓を連想させる暗緑色の触手に絡め取られた自分の肢体が、  
ネバネバとした分泌物により、好き放題に汚辱されていくのを止める手立てとて無い。  
加えて、常人ならそれだけで発狂してしまうかもしれない程の異物感は、  
<ヴァリスの戦士>として幾多の死線を掻い潜ってきた彼女の精神をも容赦なく責め苛み、  
泣き叫んだりこそしなかったが、真っ青に引き攣ったその顔は、恐怖と苦痛とで醜く歪み切ってしまっていた。  
 
(・・・・だ、だめッ・・・・全然、振り解けないッ・・・・!!  
・・・・くうううッ・・・・一体、どうしたらいいのッ!?・・・・こ、このままじゃあ・・・・!!)  
 
脳裏をよぎる不吉な予感に、弱々しくかぶりを振る蒼髪の少女。  
そんな事は無い、希望を捨ててはダメ・・・・、と、弱気に陥りかける自分を必死に奮い立たせながら、  
奇怪な触手の大群に揉み苦茶にされる中、必死にこのピンチを脱する方法を思考する。  
そうでもしなければ、全身の神経を責め苛む殺人的なレベルのおぞましさが、  
自分の意識を(あるいは正気もろともに)因果地平の彼方に追いやりかねない、と判断しての行為だったが、  
勿論、こんな状態で考え込んだところで、名案など浮かんでくる筈も無かった。  
 
――――だが、優子のとったこの行動は、全く無駄という訳ではなかったのである。  
 
(・・・・えッ・・・・何、どういう事ッ!?・・・・触手の動きが・・・・急に・・・・!!)  
 
何の前触れも無く、突如して緩慢となる触手の動き。  
何が起きたのか理解できず、一瞬、怪訝そうな面持ちをする優子だったが、  
実は、戸惑っていたのは、ヴェカンティの異生物の方も同じだった。  
彼らにしてみれば、自分達の攻撃を受けた者は、肉体はともかく、精神が耐え切れずに意識を失うか、  
そうでなければ、完全に体力を使い切るまでもがき続けるか、そのいずれかであるべきなのであり、  
そのどちらでもない反応を示す者に遭遇した例は、これまでただの一度も無かったのである。  
知性も思考も持ち合わせず、本能だけを頼りに狩りをする存在にとって、  
この獲物の反応は完全に想定外であり、どう対処すれば良いのか分からなくなってしまったのも無理はなかった。  
 
(・・・・しめたわッ!!腕だけなら何とか動かせるッ!!)  
 
その点、優子の方は、状況に対して、きわめて柔軟に対処できたと言って良い。  
無論、何故触手の動きが鈍ったのか、正確な理由を探り当てた訳ではなく、一抹の不安は残っていたのだが、  
それでも、前後の状況から考えて、下手に刺激を与える事は逆効果だという点を理解出来たのは大きかった。  
無闇に手足を振り回すのをやめて、じりっじりっと身体の位置をずらしながら、  
拘束の緩んだ左腕だけをゆっくりと伸ばし、<ヴァリスの剣>を探す、という彼女の選択は、  
間違いなく、この状況でとり得る中では最良の手段だったと言って良いだろう。  
 
・・・・少女の指先が<剣>に到達するのが先か。それとも、怪物たちが混乱から立ち直るのが先か。  
――――霧に包まれた沼地のほとりでの攻防は、クライマックスへと向かっていく。  
 
(・・・・はううッ!?・・・・しょ、触手の先が・・・・スカートの中に・・・・!!  
・・・・ど、どういう事!?・・・・もしかして、こうやって反応を窺ってるというのッ・・・・!?)  
 
太腿の内側を舐めるように撫で上げるヌルヌルの肉縄に、肩当ての先端が、ビクビクッ、と鋭く跳ね上がった。  
全体的に動きが鈍くなった分、一本一本の動きはより強調されたものとなり、  
結果的に、乙女の柔肌を蹂躙する不快な感触は、低減するどころか、反対に大きくなっている。  
無論、騒ぎ立てれば彼らを刺激するだけだ、と分かっている優子は、持てる忍耐力を総動員して、  
こみ上げてくる悲鳴を必死に押しとどめ、跳ね暴れようとする手足を懸命に食い止めようとしているが、  
その戦いは、未だ成熟しきっていない彼女の肉体には、幾つもの点で荷が重すぎるものだった。  
 
(・・・・あううッ・・・・だ、だめ・・・・カラダが・・・・動いちゃうッ・・・・!!  
・・・・ひぃぃッ・・・・や、やだ・・・・そんな所・・・・ああッ・・・・そこは、ダメぇッッッ・・・・!!)  
 
触手の先端部分は絶えずプルプルと小刻みに蠢動しつつ、  
少女の太腿の上を、付け根の方に向かって這い進んでいく。  
先刻までと比べれば、明らかに弱まっているとはいえ、  
依然として、その締め付けは、仰向けに倒れた身体を地面に磔にし、立ち上がる事を許さなかった。  
今の所、それ以上の行動に出ようとはしていないのが、救いと言えば救いだったが、  
おぞましいヌメリに覆われた異生物の感触を、鎧に覆われていない場所の全てで常時味わされる拷問には、  
いかに<ヴァリスの戦士>といえども、長く堪え続けるのは至難の業である。  
 
(・・・・だ・・・・だめぇッ・・・・声が・・・・漏れちゃう・・・・ひぃッ・・・・我慢出来ないッ・・・・!!)  
 
しなやかな太腿を堪能しつつ、ダーク・グリーンの淫獣は、  
丈の短いスカートの中の一番奥まったところにある純白の薄布を目指し、着実に突き進んでいく。  
腰を浮かせて逃げる事も可能だったが、それでは相手を刺激してしまう、と懸念した優子は、  
太腿を捩り合わせて何とか防ごうとしたものの、触手の体表はまるで鰻のようにツルツルで掴み所がなかった。  
しまった、と後悔した時はすでに遅く、防衛線を破られて目的の場所への到達を許してしまった後だった。  
 
「・・・・あうッ!!・・・・そ、そこはッ・・・・いひぁッ・・・・んぐッ・・・・んんんッ!!」  
 
もはや、優子に可能だったのは、歯を食いしばり、額に脂汗を浮かべながら、  
身体の奥底から衝動と共に噴き上がってくる叫び声をすんでの所で食い止めるぐらいの事しか無い。   
だが、彼女の身体の中で一番触れて欲しく無い場所に押し当てられた突起物とは、  
今や、わずか1ミリにも満たない薄い布地を隔てているだけで、  
ヌメヌメとしたその粘液の感触も、ビクビクという不気味な蠢きも、手に取るようである。  
ぞっとするような感覚は、高圧電流の如く腰椎の間を暴れ回り、  
必死の努力も空しく、次第に高くせり上がっていく背筋を駆け上って、頭蓋骨の中にまで達するのだった。  
 
(・・・・ああッ・・・・ぐっ・・・・くううぅッ!!  
・・・・だ、だめぇッ・・・・我慢・・・・しなければ・・・・ひぅッ・・・・で、でも・・・・ひあああッ・・・・!!)  
 
太腿の間でグネグネと這いくねるいやらしい触手に、思わず、激しい喘ぎ声が口をつく。  
すでに敗色は濃厚で、懸命の抵抗にも関わらず、少女の身体はブルブルと小刻みな痙攣に包まれ始め、  
今にも理性の頚木を振り払って、間断なく襲い来る不快感に真ッ正直な拒否反応を返しかねない有様だった。  
 
――――そうなれば、全ての怪物が一時的な混乱から復帰して攻撃本能を取り戻し、  
これまでの忍耐の全てが水の泡となってしまう。  
 
その事は痛い程良く分かっているのだが、  
全身に鬱積した生理的な嫌悪感の水嵩は忍耐力の限界ギリギリまで上昇している。  
その上、薄い布地一枚を隔てただけの粘液まみれの異物から執拗に揉みしだかれるうちに、  
敏感な花弁の間には、不快感や嫌悪感とは明らかに異なる、妖しい感覚までもが滲み出してくるのだった。  
 
(・・・・あああッ・・・・何・・・・なんなの、この感じッ・・・・!?)  
 
新たな脅威の出現に狼狽し、ますます焦燥を深めていく、<ヴァリスの戦士>。  
・・・・無論、彼女は、それが紛れも無い性の気配だと自覚できる程、大人では無かったが、  
同時に、それがセックスとは全く無縁な現象であると思い込める程、小人という訳でも無い。  
そのいずれかであれば、このピンチにも動じず、あるいは、危機自体を意識しないまま、  
冷静にやり過ごす事も出来たかもしれないが、不幸な事に、優子はそのどちらでも無いのだった。  
 
(・・・・ひぃぃッ・・・・イヤ・・・・そこ・・・・触らないで・・・・ううう・・・・!!)  
 
触手の先端が恥丘のふくらみを撫でるたび、少女の下半身は、ブルッブルッ、と微細な戦慄きに包まれる。  
その波動を全身に波及させまいと、涙ぐましい努力を続ける優子だが、  
一度火が付いてしまった性感を押さえ込むのは普通の状態であっても並大抵の事ではない。  
ましてや、異形の生物の群れによって全身を絡め取られているばかりか、  
スカートの中の一番大事な場所にまで侵略を許している悲惨な状況の下では、  
性の衝動は、鎮静化するどころか、反対に、ますますエスカレートしていくばかりだった。  
 
(・・・・あッ・・・・あああッ・・・・だ、だめぇ・・・・わたし・・・・もう・・・・だめぇッ!!  
・・・・ハァハァ・・・・こ、これ以上は・・・・もう・・・・我慢・・・・出来ないッ・・・・!!)  
 
いつの間にか、頭の中には妖しいピンク色をした靄が垂れかかり、  
きつく閉じ合わさった瞼の裏側では、無数の火花が飛び交っている。  
肺腑の底から噴き上がる魂の叫び声は、喉笛の中を暴れ回っただけでは飽き足らずに、  
食いしばった口元にまで押し掛けてきて、外界への出口を強引にこじ開けようと試みていた。  
捩り合わされた太腿の間で、じゅん、という、小さな湿った音が響き渡ったかと思うと、  
膣壁の間から、ジュワワ〜〜ッ、と溢れ出した生温かい液体が、  
お漏らしでもしてしまったかの如く、薄い恥毛に包まれた未成熟な果実をビショビショに染めていく。  
 
「・・・・も、もうッ・・・・だめえええッッッッ!!!!」  
 
破局の瞬間、優子の口からは、一杯に溜まっていた唾液と共に、絹を引き裂くような絶叫が迸る。  
鬱積していた欲情が、ビクビクビクッ、という激しい痙攣となって噴出し、  
地面に縛り付けられていた手足は、無数の触手をものともせずに上下左右に跳ね上がる。  
意識の中は、ピンク色の衝動と共に、周囲を取り囲む濃霧と同じ、乳白色の閃光がゴウゴウと渦を巻き、  
理性も感情も思考も一切合財を一緒くたにして、無秩序に攪拌し続けていた。  
 
「・・・・ひぃぃッ・・・・と、止まらないッ・・・・止められないィッッッ・・・・!!」  
 
血の気を失った顔面は、すでに、無残を通り越して、滑稽にすら感じられる程、グロテスクに歪んでいる。  
厳密に言えば、今、彼女の肉体を覆っている興奮状態は、純粋なセックスの快楽に由来するものではなく、  
我慢に我慢を重ね続た挙句、とうとう限界に達してしまった五感が一時的な錯乱状態に陥って、  
身体の内側に溢れ返る諸々の衝動を、いわば擬似的なエクスタシーとして誤認してしまっただけだった。  
だが、性体験など数える程しか無い――――しかも、その殆どは同性の少女によるものだった――――、  
17歳の未熟な果実にとっては、それが性的なものであるかどうかを見分ける事は不可能に近い事だったし、  
また、たとえ、それが可能だったとしても、両者の間に差異を見出す事は出来なかったに違いない。  
 
「・・・・い、いやッ・・・・いやああああッッッ・・・・!!!!」  
 
絶叫に次ぐ絶叫。痙攣に次ぐ痙攣。  
・・・・そして、次の瞬間、少女の視界は、怒り狂った触手の群れによって埋め尽くされたのだった。  
 
 
――――――――TO BE CONTINUED.  
 
 

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