――――時間と空間の狭間。  
 
『・・・・優子・・・・優子』  
 
仄かな光に包まれた少女が、永劫に続く漆黒の闇の中を流されていく。  
彼女に呼びかける若い男の<声>。  
<戦士>の力を奪い、捕縛し、言語に絶する陵辱と調教によって手駒と為そうとした憎むべき敵  
だが、同時に、彼は、同胞である筈のベノンから、自分を庇ってくれたのみならず、  
己れの生命を投げ出してまで危地から脱出させてくれた、恩人でもある・・・・。  
 
「アイザード・・・・どうして!?」  
 
叫びかけに応えるかのように、虚空の彼方に魔道士の姿が現れる。  
うすぼんやりとしたそのシルエットは、  
まるで、幻影の如く現実味が無く、今にも掻き消えそうなくらいに弱々しい。  
 
――――フラッシュバックする、イメージの奔流・・・・。  
 
優子に向かって放たれる魔道の業火。  
射線上に在るもの全てを灼熱地獄に叩き込み、消し炭へと変えてしまう、暗黒五邪神ベノンの炎の魔術を、  
もう一人の五邪神アイザードの風の魔力が、間一髪の所で防ぎ切る。  
 
次の瞬間。  
 
殆ど無防備状態の胸元を、瘴気をまとった漆黒の刀身が走り抜けた。  
一瞬、青年の身体が、ビクン、と大きく跳ねたかと思うと、  
ザックリと切り裂かれたローブの胸元から真っ赤な血飛沫が噴き上がる。  
肩口から脇腹までを袈裟懸けに斬り下ろした<ヴェカンタの戦士>の太刀筋は、  
魔道士を一撃で絶命させる程深くはなかったとはいえ、  
その抵抗を終焉に導くには十分すぎる手傷を負わせていた。  
 
『・・・・ゆ、ゆう・・・・こ・・・・』  
 
糸の切れたマリオネットのように、力なく崩れ落ちた彼は、  
自らの体から溢れ出た血溜まりの上に倒れ込み、断末魔の痙攣に見舞われながらも、  
殆ど感覚の無くなった指先を懸命に動かし、懐をまさぐった。  
そして、掴み出したその物体を目の前の少女に向かって差し伸べると、  
呼吸の度に鮮血が溢れる口元から、最後の言葉を搾り出す。  
 
『受け・・・・取ってくれ・・・・これを・・・・』  
 
「<ファンタズム・ジュエリー>!?」  
 
同時に発せられる、優子の呟きと麗子の叫び。  
二人の<戦士>の声が重なり合った瞬間、  
血まみれの指の中で、夢幻界の宝玉のカケラが二つ・・・・いや、三つ、眩い光を放出する。  
 
「こ、これはッ!?」  
 
強大な風の魔力が蒼髪の少女を包み込むや否や、  
有無を言わさず、穿ち抜いた次元の断層へと吸い込んで、  
時間と空間の彼方へと猛烈な勢いで押し流してしまう。  
 
「な、何ィィッ!!ま、まさか、アタシもなのかぁぁッ!?」  
バ、バカな・・・・アイザードめ、一体、何のつもりだぁぁッ!?」  
 
前後して、炎の魔人の口から、素っ頓狂な悲鳴が放ち上げられる。  
どうやら、青年が最後の気力を振り絞って解放した、<ジュエリー>の魔力は、  
ベノンをも捕捉して、強制的に別の次元へと転移させようとしているらしい。  
しかし、優子には、怒りと焦りに半ばパニックに陥った暗黒界の大貴族が、  
怒号と呪詛を交互に吐き散らしながら、時空の裂け目に飲み込まれたまでは辛うじて知覚できたものの、  
もう一人の少女・・・・麗子の運命についてまでは、確認出来なかった――――。  
 
――――再び、次元の狭間。  
 
「お願い・・・・教えて!!  
アイザード、何故、わたしを助けてくれたの!?」  
 
声を限りに叫ぶ<ヴァリスの戦士>。  
<ファンタズム・ジュエリー>のエネルギーに触れたせいだろうか、  
ずっと曖昧なままだった自我は、未だ混乱してはいたものの、思考力を取り戻していた。  
その事に、安堵と・・・・そして、若干の口惜しさを覚えつつ、  
魔道士の幻影は僅かに表情を緩め、静かに語り始める。  
 
『優子、良く聞いて欲しい。  
ログレスは、世界を――――連なる世界全てを、破壊しようとしている。  
私は、それを防ぎたかった・・・・』  
 
話している間にも、アイザードの身体は明滅を繰り返し、徐々に輪郭が曖昧になっていく。  
彼の強靭な精神と卓越した魔道の技は、  
ベノンの邪悪な魔術によって肉体が焼き滅ぼされてなお、  
魂魄が因果地平の彼方へと吹き流されてしまうのを頑なに拒んでいたのだが、  
それとて、最早、長くは保てない事は明らかだった。  
 
「知ってるわ・・・・ヴァリアさまから聞かされた」  
 
脳裏に蘇る、夢幻界の女王の慈愛と威厳に溢れた姿。  
・・・・そして、苦悩に満ちた、その言葉。  
 
『・・・・このところ、あなたたちの住む現実界では、  
戦争などの暗い出来事が多く起こっていませんか・・・・?』  
『・・・・それはすべて、人の心の<暗>に作用する<ヴェカンタ>という力のせい・・・・』  
『・・・・そして、その力を操っているのは、夢幻界とは別の時空――――暗黒界を統べる王、ログレス・・・・』  
 
あの時は、いきなりガイーダに襲われ、<戦士>として夢幻界に召喚されたばかりで、  
訳も分からず、ヴァリアに喰ってかかりさえしたのだが、  
暗黒界の邪悪な怪物たちとの死闘を経験した今ならば、彼女の苦しさも辛さも理解できる。  
 
「アイザード、何故、あなたは夢幻界を・・・・ヴァリアさまを裏切ったの?  
どうして、<ファンタズム・ジュエリー>を奪ったりしたの?」  
 
『答えは、すでに伝えてある筈だよ。覚えていないのかい?』  
 
「何時・・・・あッ!?」  
 
小さな叫び声を上げて、優子は頬を紅く染めた。  
・・・・そうだ、あの時、侍女達の手で黄金の甲冑を取り除かれ、  
産まれ落ちたままの恥ずかしい格好に変えられた自分に向かって、  
――――彼は、たしかに言い放った筈だ。  
 
『君が今まで見聞きした事全てが真実とは限らない。  
今の君は、まるで、糸の切れた凧のような存在だ。  
誰かが傍らにいて正しい道を示してやらねば、いつか君は自らの力によって破滅するだろう・・・・』  
 
『その通りだ。もっとも、私はこれ以上君のそばにいてあげられそうにないが』  
 
一瞬だけ、寂しそうな表情をしたアイザードは、  
何かを発しようとする優子を制するかのように、小さくかぶりを振った。  
 
『ヴァリアから君が教わったのは、一つの真実だ・・・・だが、全てじゃない。  
世界には、ヴァリアが知らない、いや、知る事さえ出来ない真実が幾つもある』  
 
魔力が底を尽きつつあるのだろう、  
殆ど透き通らんばかりに擦れていく魔道士の姿。  
青年は、一瞬でも長く、世界に存在を留めようと歯を食いしばりつつ、先を続ける。  
 
『ヴァリアは光だ。闇と相対し、寄せ付けまいとする存在。  
逆に言えば、闇を受け容れたりは出来ないんだよ、決して・・・・』  
 
『だから、私は・・・・いや、もうやめておこう。  
ここから先は、優子、君が自分で答えを見付けて欲しい。  
私は、君の答えが、私の出したものと同じである事を祈るだけだ、永劫の彼方から・・・・』  
 
「ま、待って・・・・分からないわッ!!何が真実かなんて、わたしにはッ!!」  
 
急速に小さくなっていくアイザードに向かって、蒼髪の少女は精一杯声を張り上げた。  
ほぼ同時に、彼女を包み込んだ純白の光が輝きを増し、幾つかの塊へと分かれて、  
身体の各部――――胸、腰、両肩、両肘、両脚――――を覆っていく。  
以前にも同じ感覚を経験した優子は、その意味を悟り、慄然となった。  
 
『大丈夫、君なら、必ず辿り着ける筈だ。  
だから、忘れないで欲しい・・・・全ては、君次第だという事を・・・・』  
 
三つの<ファンタズム・ジュエリー>が少女の頭上で眩い閃光を放った。  
<明>のエネルギーを注ぎ込まれたカラダが清浄な霊気に包まれ、  
美しく輝く黄金の甲冑――――<ヴァリスの鎧>が次々と実体化していく。  
それに安堵したのだろう、元夢幻界人の青年は微かに笑みを浮べると、  
そっと目を瞑り、あるべき世界の法則に従って、静かに自らの存在にピリオドを打った。  
 
「アイザード・・・・」  
 
因果地平の彼方へと消え去っていく、プラチナ・ブロンドの青年を見つめながら、  
優子は、自分の五体を覆う聖なる防具の表面に、そっと指先を滑らせる。   
ひんやりとした、だが、心落ち着くその感触に、  
彼女は、改めて、<戦士>の力を取り戻したのだ、という実感を覚え、  
喩え様も無い安堵感と高揚感に包まれる一方で、  
しかし、胸の奥に頭をもたげてきた疑問を否定し去る事が出来なくなっていた。  
 
(わたしは、何のために戦わなければならないだろう?  
一体、何のために・・・・?)  
 
――――深夜。現実界。東京都内。ホテルの一室。  
 
「ん?この気配は・・・・?」  
 
気だるそうにダブルベッドから身を起こした全裸の女が、  
不審そうな視線を、厚手のカーテンに覆われた窓  
・・・・否、カーテンと嵌め込み式のガラス窓の向こうにある、夜の街へと向けた。  
 
肩口で綺麗に切り揃えられたブロンドが、  
窓から差し込む月明かりを受けて、やや冷たい光沢を放つ。  
ベッドから抜け出した女は、スリッパも履かずに、  
女性としては大柄な部類に属するカラダを窓際へと運び、  
異和感の正体を見極めようと、呼吸を整え、精神を集中させた。  
 
「どうしたの?」  
 
夜具の中にいたもう一人の人間――――まだ十代半ばの少女だった――――が、  
寝ぼけ眼をこすりつつ、起き上がろうとする。  
作業を中断させられた長身の女は、  
軽く一瞥を送っただけで、気にせずに休むように、と指示を送り、  
自身は窓際に置かれた藤椅子に腰掛けて、何かを考え込むように目を閉じ・・・・すぐにまた、開いた。  
 
「寝ていろ、と言っただろう」  
 
言いつけに従わず、背後に近付いてきた少女に向かって、  
背中を向けたまま、今度は、やや不機嫌な声を発する金髪女。  
カーテン越しに入ってくる青白い月明かりが、  
キリリ、と引き締まった顔立ちを一層厳しい印象にさせている。  
 
「だってぇ・・・・」  
 
たじろぎはしたものの、娘はなおも引き下がろうとはしなかった。  
よく見れば、彼女も薄物のネグリジェを一枚羽織っているだけで、下着さえ穿いていない。  
上目遣いに自分を眺めやる視線は、媚びるようでもあり、同時に、誘うようでもあった。  
仕方ない、という表情で、背後を振り返った全裸の女は、ベッドを指差すと、先に入るよう促した。  
 
――――そして、嬉々としてベッドに潜り込み、高々と尻を持ち上げたばかりか、  
まるで交尾に臨む雌犬よろしく、プルン、プルン、と挑発的に揺らしてみせさえした彼女に対して、  
口の中で素早く眠りの呪文を唱える。  
 
「なかなか可愛い娘だったが、今夜でお別れだな。  
夜が明ける前に記憶を消して、駅のホームにでも寝かせておこう」  
 
可愛らしい桃尻を突き出した格好のまま、  
スースーと安らかな寝息を立てている少女をチラリと一瞥すると、  
女――――暗黒界出身のエルフにして暗黒五邪神アイザードの腹心たる、デルフィナは、ボソリ、と呟いた。  
 
「この部屋は、3人で使うには少し手狭だからな」  
 
――――パァアアアァンッッッ!!  
 
視界が急に開けたような感じがした直後、  
少女の身体を排ガス混じりの生温かい空気の感触が包み込んだ。  
騒々しいクラクションの音が耳朶に押し入り、鼓膜に突き刺さる。  
 
「・・・・こ、ここはッ!?」  
 
ハッ、として、自分の体を、そして、周囲に視線を走らせる蒼髪の少女。  
 
前者――――やや色白だが申し分なく健康的な肌の上では、  
完全に復活を遂げた<ヴァリスの鎧>が優美な黄金の輝きを放っている。  
・・・・だが、後者――――すなわち、優子の前に広がっている光景は、  
夢幻界のものでも、暗黒界のものでも、(断じて)あり得なかった。  
 
林立する高層ビルの群れ。  
日光を浴びてキラキラときらめくショー・ウィンドゥ。  
交差点を足早に行き交う若者達・・・・一人や二人ではなく、何千何百という数の。  
頭上高く聳え立つファッション・ビルを見上げると、  
そこには、かつて、彼女自身、何度と無く目にした、『109』のロゴマーク・・・・。  
 
「ここって、もしかして・・・・渋谷・・・・なの?」  
 
その場に立ち尽くしたまま、茫然と周囲を見回す優子は、  
たちまち、何百人もの群集によって取り囲まれ、奇異の眼差しを浴びせられた。  
白昼、引っ切り無しに人や車の往来する、渋谷駅前の交差点に、  
コンピュータ・ゲームの画面から飛び出したかのような、  
目のやり場に困る衣装を身に纏った少女が現れたのだから仕方ない。  
 
『何あれ?』『撮影か何かだろ?』『カメラ何処だ?』  
 
さいわい、通行人の多くは、渋谷という場所柄とあまりにも非日常的な甲冑姿との組み合わせから、  
テレビ番組か何かの収録だろう、との錯覚を抱いたらしい。  
未だ混乱から立ち直れていない<ヴァリスの戦士>を遠巻きにし、あれこれと推測を述べ合うだけで、  
近付いて正体を確かめようと試みる者は皆無だった。  
 
ただ一人、足音を忍ばせながら背後に近付いてきた長身の女を除いては。  
 
「そうだ。ここは、お前が元いた世界――――現実界だ」  
 
背中越しに掛けられた、張りのある女の声にまず驚いた優子は、  
次いで、彼女の発した『現実界』という単語に愕然となった。  
 
慌てて振り返った双眸に映ったのは、  
自分と同じく、若者達で溢れ返る渋谷の路上には絶対に似つかわしくない、  
黒艶を帯びた皮革製の甲冑に身を包む、隻眼のエルフ。  
 
「あ、あなたはッ!?」  
 
サラサラとしたブロンド・ヘアが、降り注ぐ陽光を浴びて、やや冷たい光沢を放っている。  
いささか彫りの深い、くっきりとした目鼻立ちの相貌の中では、  
右目を覆う無骨な眼帯と、反対側に位置する澄みきったアイス・ブルーの瞳とが、  
不釣合いなコントラストを描きながら、対峙していた。  
身に着けているのは、ヴァリアやアイザードが纏っていた、ゆったりとした長衣ではなく、  
身体のラインがはっきりと浮き出た、実戦仕様の鎧で、  
デザインはかなり異なっていたものの、何処か、麗子が身に纏っていた鎧と似た雰囲気を漂わせている。  
そして、腰に佩いているのは、黒塗りの鞘に収められた大振りな曲刀・・・・。  
 
「私はデルフィナ。アイザード様の忠実なる臣下」  
 
告げられた元夢幻界人の青年の名に、優子から、あッ、という驚きの叫びが漏れる。  
少女の表情を、一つだけ残った瞳で油断無く見据えつつ、  
魔道士の部下と名乗った女剣士は、抑制した口調で囁きかけた。  
 
「お前を、導き手の許に誘うよう、命令を受けている」  
 
「導き手?」  
 
鸚鵡返しに聞き返す蒼髪の少女。  
隻眼の美女は、一瞬、何か言おうとしたものの、結局、答えは口にせず、  
彼女の腕を掴み取り、ズンズンと前方に向かって歩き出してしまう。  
周囲を取り囲んでいた人垣は、一睨みされただけで異様な威圧感に気圧され、  
ササッと左右に分かれて、二人に道を明け渡した。  
 
「ちょ、ちょっと待って・・・・ちゃんと説明を・・・・」  
 
半ば引き摺られるようにして後をついていく優子は、  
女エルフの強引な態度に戸惑いつつ、無意識にその肩を引き寄せようとする。  
――――次の瞬間、猛然と振り返った魔道士の腹心は、  
端正な顔立ちを怒りに歪めて、<ヴァリスの戦士>の胸倉を掴み上げた。  
 
「ゴチャゴチャ言わずに私に従えッ!!」  
 
眼帯に覆われていない方の眼が真っ赤に血走り、  
紛れも無い憎悪を浮べて、突然の変貌に怯え竦む少女を睨みつける。  
わなわなと震える口元から発せられた声は、  
先刻までの彼女とはまるで別人のような激しい感情に満ち溢れていた。  
 
「勘違いするなよッ!!私にとって、お前はあの方の仇も同然ッ!!  
もし、命令が無かったなら、今すぐにでもお前を八つ裂きにしているところだッ!!」  
 
細く白い首筋を覆う、真紅のスカーフをギリギリと締め上げながら、  
憎しみに満ちた呪詛の言葉を吐き散らす、隻眼のエルフ。  
悪鬼の如き形相で凄まれて、慄然となった優子は、  
しかし、次の瞬間、双眸の端に滲んでいる水滴  
――――見落としてしまったとしても不思議ではない程小さな、だが、紛れも無い涙の粒――――に気付き、  
もう一度、衝撃を受けた。  
 
(も、もしかして・・・・この人、アイザードの・・・・)  
 
「フンッ!!」  
 
少女の視線に気付いたのだろうか、  
隻眼の美女は、乱暴な動作で掴んでいたスカーフを手放すと、  
くるり、と、優子に背を向け、構わずに歩き出した。  
 
「ま、待って・・・・デルフィナさん!!」  
 
まだ痛む喉を押さえながら、  
逃げるように先を急ぐ女剣士を追いかける蒼髪の少女。  
彼女の態度から、先程の直感は確信へと変化を遂げている。  
 
――――だが、デルフィナ本人にそれを確認する機会は、(この場では)得られなかった。  
 
ズゴォオオオンッッッ!!!!!!  
 
道玄坂の方角から凄まじい爆発音が響き渡り、巨大な火柱が噴き上がった。  
金属やガラスの破片――――おそらくは、自動車の一部だったものが、爆風と共に降り注ぎ、  
辺りにひしめいていた群集の間から悲鳴が巻き起こる。  
 
「な、何・・・・!?」  
 
驚愕の表情を浮べて振り返った優子の鼓膜を、続けざまに轟く大音響が激しく打ち据えた。  
黒煙と共に、オレンジ色の炎が溶岩流の如く、坂道を流れ下り、  
商店も車も人間も、行く手にあるもの全てを飲み込んでいく。  
生きながらにして松明に変えられていく者たちの絶叫があちこちで空気を引き裂き、  
全身火ダルマと化した人間達が、焦熱地獄の中で断末魔のダンスに興じる姿が遠目にもはっきりと見えた。  
 
「テ、テロだッ!!」「こっちに来るぞッ!!」「早く、逃げろぉッ!!」  
 
二人の<戦士>を取り囲んでいた群衆はパニックに陥り、  
口々に大声で助けを求めつつ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。  
パトカーか、それとも、消防車か、サイレンの音が大挙して近付いてくるものの、  
数秒間隔で炸裂する爆発音と不気味な地響き、  
そして、逃げ惑う人々の悲鳴の間では、ひどく頼りない存在でしかなかった。  
 
「チッ、ベノンめ、もう追い付いてくるとはッ!!」  
 
鋭く舌打ちを漏らしたデルフィナは、  
足をすくませた優子の腕を掴み、乱暴に引っ張り上げた。  
更に、反射的に抗議の言葉を口にしようとする蒼髪の少女を、  
限りなく苛立たしげな視線によって黙らせ、鋭く言い放つ。  
 
「戦闘は避けろと言われている。ここは退くぞ」  
 
「で、でもッ!?」  
 
女エルフの返事は、容赦ない怒声と平手打ちだった。  
張り飛ばされた頬を押さえ、茫然と自分を見つめる少女の前で、  
金髪のエルフは、きつく握り締めた左右の拳をワナワナと震わせる。  
 
「我が儘を言うのもいいかげんにしろッ!!  
私だって、アイザード様の仇に一指も触れずに退く屈辱を堪えているんだぞッ!!  
・・・・それもこれも、元はと言えば、お前の腑抜けぶりが原因だろうがッ!!」  
 
「・・・・ッ!?」  
 
顔色を変える<ヴァリスの戦士>。  
青年の死に様が脳裏をかすめ、坂道を流れ下りてくるオレンジ色の濁流と重なり合う。  
今まさに何百人もの人間を生きながらにして消し炭へと変えている、魔性の業火  
・・・・そして、ゴウゴウと逆巻く炎の向こうから聞こえてくる、狂気の哄笑。  
 
「今のお前では、ベノンに打ち勝つなど到底ムリだ。  
それどころか、まともな戦いさえ出来はしないだろうが・・・・違うか、現実界の小娘!?」  
 
怒りと蔑みを燃料にして、一気にまくし立てると、  
デルフィナは憎悪に煮え滾る目で蒼髪の少女を睨みつける。  
対する優子は、わずかに唇だけが、『違う』という形に動いただけで、  
冷酷な宣告への反論は、ついに一言も発する事は叶わなかった。  
暗黒界の女剣士が、フン、と吐き捨てるように鼻を鳴らしかけた――――次の瞬間ッ!!!!  
 
――――ゴォオオオォォォッッッ!!!!  
 
二人の頭上で、鮮血の色をした閃光が、カッ、と炸裂し、  
凄まじい衝撃と爆風が、地上に向かって悪意を剥き出しにしながら降り注いでくる。  
一瞬早く、気配に気付いた隻眼の剣士が、間一髪、目の前の少女を突き飛ばした直後、  
ジュウウッ、という不快な音と共に、肉の焦げる臭いが優子の嗅覚神経を串刺しにした。  
 
「ぐッ・・・・あがぁあああッ!!!!」  
 
「デ、デルフィナさんッ!?」  
 
苦痛に満ちた唸り声。  
恐怖に顔を引き攣らせた<ヴァリスの戦士>の視界に飛び込んできたのは、  
片腕を押さえて呻く、アイザードの腹心の姿。  
咄嗟に自分を庇ったせいで、かわし切れなかったのだろう、  
右腕の肘から先の皮膚は見るも無残に焼け爛れ、  
一部は完全に炭化して、幾筋も走り抜ける亀裂から暗紫色に黒ずんだ体組織が覗いている。  
 
「さ、騒ぐな。これしきの傷、時が経てば再生する」  
 
狼狽する蒼髪の<戦士>に向かって、デルフィナは精一杯の気を張ってみせたが、  
完全に機能を失った右腕は勿論、他にも全身に大小の火傷を負った女エルフは、  
もはや、到底、戦闘に耐え得るカラダとは思えなかった。  
ましてや、相手にしなければならないのは、  
暗黒界を統べるログレス直属の軍団長たる暗黒五邪神が一将、炎邪ベノンである。  
 
「今は退くぞ・・・・分かったな?」  
 
彼女自身も、現在の状態で勝ち目はない、と十分に理解しているのだろう、  
燃え盛る業火の中に立ち、四方八方に向かって、闇雲に炎の槍を投じている宿敵・・・・  
忠誠を誓った主であると同時に、理想を共にする同志でもあった男を葬り去った暗黒界の大貴族に、  
憎悪に煮え滾った視線を突き立てつつも、激情に身を委ねようとはしなかった。  
坂道の上の悪魔が自分達の存在に気付かないうちに、  
安全な場所――――少なくとも、彼の追跡をかわせる可能性の高い場所――――への退避を完了する、  
それが今の自分に可能な唯一の事だ、と確信していたのである。  
 
虐殺に熱中していた暗黒界の大貴族が、ようやく二人の存在を視界に捉えたのは、  
アイザードの<戦士>が、口早に転移の呪文を唱え終えた直後だった。  
急いで追尾を試みるベノンだったが、  
傷付いた体に残っていた最後の魔力を注ぎ込んだのだろう、  
転移空間の周囲には魔術による追跡を不可能にするための障壁が張り巡らされている。  
 
(次に会った時こそが貴様の最期だッ!!)  
 
地団駄を踏みながら罵声を浴びせる宿敵を眺めつつ、  
女エルフは、血の気を失い青褪めたクチビルに、ニヤリ、と笑みを浮かべ、  
全身を包み込んだ空間転移の力場に身体を委ねる。  
傍らでは、己れの無力さに歯噛みするしかない現実界の少女が、  
次々と炎に飲み込まれていく渋谷の街並を両眼に焼き付けていた。  
 
・・・・直後、魔力の繭に包まれた二人の姿は、焦熱地獄と化した渋谷の市街地から忽然と消失する。  
後には、憤怒の形相で悪態を連発する魔将軍と、  
街路に蹲って、迫り来る死に打ち震えるしかない、無力な人間達だけが残された――――。  
 
『・・・・ザザ・・・・ほ、本部応答願います・・・・こちら、渋谷駅前・・・・ぐあああッ!!!!』  
『何故だッ!?何故、銃が通じないッ!!ぎゃあああッ・・・・!!』  
『ヒィィッッ!!熱いッ・・・・助けてくれ・・・・熱いッ!!』  
 
「ヒャーハッハッハッ!!それにしても、現実界って、人も物もよく燃えるわねぇッ!!」  
 
音程の外れた哄笑を轟かせ、彼――――暗黒五邪神が一将、炎邪ベノンは、  
被害を食い止めるべく、阻止線を展開した警官達を、  
あたかもボール紙で出来た紙人形でもあるかの如く、次々と火達磨にし、炭の塊へと変えていく。  
一人でも多くの市民を避難させるべく、勇敢に踏み止まった警察官だったが、  
暗黒の魔術が相手では為す術もなく、彼ら自身の姓名が犠牲者のリストに書き加えられただけだった。  
 
(アイツ、たしか、デルフィナとか言ったかしらねぇ?  
まだアイザードの周りをうろちょろしてたなんて、まったく往生際が悪いったらありゃしないわ)  
 
無力な現実界人を、生きたままバーベキューに変えていく快感に酔い痴れながら、  
暗黒界の大貴族は、炎の壁に四方を取り囲まれた警官隊に向かって大仰に腕を一振りした。  
オレンジ色の火線が地を這う大蛇のように伸びて、  
哀れな巡査達をパトカーごと包み込み、骨も残さず、焼き尽くしてしまう。  
こたえられない、といった顔で、殺戮を見届けた暗黒五邪神の背後では、  
渋谷の象徴とも言えるファッション・ビルが猛火に包まれて黒煙を噴き上げ、  
正面では、駅の建物が完全に焼け落ちて、飴細工のように折れ曲がった鉄骨だけになっていた。  
 
「さぁて、どうしようかしらねぇ。  
小娘はデルフィナちゃんと愛の逃避行中だし、麗子は行方知れずだし」  
 
未だ冷めやらぬ殺戮の悦楽に口元をにやけさせながら、今後について思考を巡らせる炎の魔人。  
女エルフの行方を追おうにも、空間転移の痕跡は巧妙に隠蔽され、  
まともに調べようとするならば、かなりの時間が必要だろう。  
無論、そんな無理を重ねたからには、彼女の魔力も完全に底を尽いており、  
態勢を立て直して勝負を挑んでくるのは先の話と考えて間違いない筈なのだが・・・・。  
 
「ウフフッ、仕方ないわねぇ。  
あの二人が隠れていそうなトコロ全部、シラミ潰しに灰にしてやるわ」  
 
満面に笑みを浮かべ、ベノンは己れの導き出した結論にウットリとなった。  
ログレスの台頭によって、ヴェカンティの内戦が一応終結して以後、  
都市を丸ごと焼き払い、人々を殺し尽くす戦いは久しく絶えていただけに、  
心ゆくまで虐殺の愉悦に浸るチャンスは願っても無い。  
それに、この方法ならば、同じ時間をかけるにしても、  
地道な探索活動などよりも、余程自分の性に合っている・・・・。  
 
現実界。東京都内。某ホテルの一室。  
 
『・・・・ご覧下さい。渋谷の中心街は火の海です。  
駅前付近から発生した原因不明の大火災はなおも延焼を続けており、火の勢いは留まるところを知りません。  
ヘリの中の我々にも、凄まじい熱気が伝わって・・・・』  
 
「ベノンめッ」  
 
小さく吐き捨てると、女剣士は備え付けのTVの電源を切り、忌々しい画像を視界から追い払った。  
それでも、窓の外からは消防車や救急車のサイレンや報道ヘリのプロペラ音が容赦なく侵入し、  
彼女と、新しくこの部屋の住人となった少女の感情を掻き乱さずにはいない。  
 
「デルフィナさん」  
 
思い詰めた表情で口を開きかける優子。  
画面の中の、市街地を舐め尽くすように燃え広がっていた猛火の様子、  
・・・・数え切れない程の人々をその地獄に置き去りにして、  
自分達だけ安全な場所に逃げ延びてきたのだ、という後ろめたさによって、  
顔色は青褪め、黄金の肩当ての先端がカタカタと揺れ続けている。  
 
「・・・・駄目だ。今はまだ駄目だ。」  
 
まるで、自身に言い聞かせるような口ぶりで、ダメだ、と繰り返す女剣士。  
だが、彼女もまた、火傷を負っていない方の拳をきつく握り締め、必死に感情を抑えていた。  
八つ裂きにしても飽き足らない仇敵を目の当たりにしつつ、逃げ延びるしかなかった悔しさ、  
そして、その男が勝ち誇りながら己れの存在を誇示しているにも関わらず、  
息を殺してじっとしている事しか出来ない無力感が、怒りに油を注いでいる。  
 
「この腕では到底まともには戦えない。  
お前だって、導き手の元に連れて行かない限り、<戦士>としての覚醒は望めまい」  
 
冷徹な指摘に、押し黙るしかない優子。  
たしかに、ベノンの炎を浴びて、表面が炭化するほどの重度の火傷を負ったデルフィナの右腕は、  
すでに組織の再生が始まっているらしく、少しずつ生気を取り戻してはいるものの、  
自由に動かせるようになるにはまだまだ時間が必要だろう。  
何より、もう一つの指摘に対して、『違う』と断言するのは不可能だった。  
アイザードは(己れの身を犠牲にして)自分を助けてくれたが、  
同時に、自らの中にある<ヴァリスの戦士>としての戦いへの疑問  
――――今まで、過酷な戦いを生き延びるのに精一杯で、敢えて無視し続けていた心の声――――を、  
決定的なものにしたのも彼である。  
女エルフの言う通り、心底から納得できる答えが得られない限り、  
自分自身を欺き続けるのは難しいと言わざるを得ないだろう。  
 
「・・・・汗をかいた。シャワーを浴びてくる。  
私の次で良ければお前も使え。少しは頭も冷えるだろう」  
 
これ以上話し合う気は無い、という意味なのだろうか、隻眼の女剣士は、クルリ、と背中を向けると、  
カチャカチャ小騒さい音を立てながら、身に纏った甲冑を外し始めた。  
ベッドの上に座り込んだまま、ぼんやりとその後ろ姿を眺めやる蒼髪の少女。  
投げかけられる視線が気になったのか、デルフィナは独り言のように呟きを漏らす。  
 
「私は、生まれながらの戦士だ。  
だから、正直、お前の気持ちは良く分からない。  
私の人生において、戦いとは、すなわち、生きる事だった」  
 
カチャン、という乾いた音を立てて、革製の胸甲を固定していた金具が外れる。  
姿を現した白い肌には、肩口から背中にかけて、鋭い刀傷が走っていた。  
他にも、幾つも散見される矢傷や打撲の跡は、  
彼女の独白が何ら誇張されたものでは無い、と無言のうちに物語っている。  
 
「私だけでなく、暗黒界に生を受けた者は大抵そうだ。  
戦いに敗れた者を待つ運命は、死か、勝者への隷属か。  
敗者にそれを強制しようとしなかったのは、アイザード様だけだった・・・・」  
 
(アイザード・・・・)  
 
脳裏に蘇ったプラチナ・ブロンドの魔道士の姿が、少女の胸を、きゅうッ、と締め付ける。  
培養槽の底で見た夢で、あるいは、寝台の上で責め立てられているの最中に、  
ときに力強く、ときに甘く囁くように、執拗に繰り返された、あの言葉が。  
 
『私は、君を導きたい』  
 
(わたしも・・・・あなたに導いて欲しかったのに・・・・)  
 
じんわりと滲み出す、熱い涙。  
アイザードなら・・・・あの、野心家ではあるが、常に冷静に物事を判断する能力に長けた青年なら、  
<ヴァリスの戦士>として戦い続ける意味について、明快な答えを与えてくれただろう。  
否、よしんば、その答えが自分の望んでいたものとはかけ離れたものであったとしても、  
彼の導き出した回答であるならば、黙って受け容れる事も出来たかもしれない――――。  
 
「・・・・優子、泣いているのか?」  
 
目を上げると、女剣士が不思議そうな表情で覗き込んでいる。  
無骨な革製の鎧を全て取り去り、下着の類も脱ぎ捨てた肢体は、  
毛穴から滲む汗の臭いと濃密なフェロモンに覆われて、  
思わず、ドキッ、とするような蟲惑的な雰囲気に包まれていた。  
目のやり場に困ったのだろう、蒼髪の少女は頬を赤く染めながら、横を向く。  
 
「何故、泣くのだ?言っておくが、私は導き手ではないぞ。  
先刻の言葉は、単なる独り言だ。別に気にする必要は無い」  
 
少女の反応の意味する所を正確に測りかねて、  
デルフィナは、少し首を傾げつつ、更に顔を近付けてくる。  
・・・・そういう意味じゃない、と口にしようとした優子だが、唇から漏れたのは弱々しい嗚咽だけ。  
一瞬、困惑を覚えて、美しい眉根を寄せた女エルフだったが、  
どうやら、今度は合点がいったらしく、フフッ、と小さく笑みを浮かべると、  
耳元にクチビルを寄せて、生温かい吐息を吹きかけながら、そっと囁きかけた。  
 
「成る程、お前、アイザード様を思い出したんだな・・・・あの方に抱かれたのか?」  
 
「なッ!?」  
 
反射的に、ビクッ、と、肩を震わせる優子。  
正直すぎる反応に、デルフィナはカラカラと打ち笑う。  
耳たぶの先まで真っ赤になって否定しようと試みた蒼髪の少女だが、  
全裸の美女の笑いを止める事は叶わなかった。  
 
「アハハハッ!!成る程ねぇ、要は、お前も、私と同類だった訳ねッ!!  
たしかに、アイザード様は、戦いに勝った後、敗れた相手を殺したり奴隷にしたりはなさらなかったけど、  
だからと言って、全てを相手の自由意志に任せるほど、甘いお方でも無かったからねぇ!!」  
 
――――図星でしょ?と問われて、少女はぐうの音も出なくなってしまった。  
ニヤニヤしながら、エルフの女剣士は、改めてそのカラダを上から下まで吟味し始める。  
出合った当初は垢抜けない娘だとばかり思っていたが、  
こうして見ていると、なかなかどうして侮り難いプロポーションの持ち主だ。  
無論、オンナとしての成熟はまだまだこれからだったが、  
百戦錬磨の色事師であるあの方の目には、却って、新鮮に映ったのかもしれない――――。  
 
(ちょっぴり、妬ける話ね)  
 
吐息のかかる程の近くで、バストや腰周りに無遠慮な視線を浴びせられて、  
居心地悪そうにモジモジとする現実界人をねめつけながら、デルフィナは胸の奥で苦笑を漏らした。  
生まれながらの戦士として、常に死と隣り合わせの戦場に身を置いていた彼女には、  
優子や昨夜まで部屋に居候させていた家出娘のような、  
オンナとして熟しきる前の、現実界の言葉で『セイシュンジダイ』と呼称される時期が存在しない。  
暗黒界で生き残るには、そんなものは必要でないどころか、有害なだけだったのだ。  
 
・・・・だが、アイザードの命令でこの世界に送られ、  
現地の娘達と接してからは、徐々に考え方も変わりつつある。  
最初は暗黒界の住人である自分とは遠い存在だった、『セイシュンジダイ』の真ッ只中の少女達が、  
最近では、次第に羨ましく感じられるようになってきたのだ。  
幼少の頃から戦乱を生き抜く術だけを叩き込まれた自分に対して、  
彼女達の、何と無邪気で、無知で、向こう見ずで、そして何より、繊細である事か!!  
そんな感覚は、暗黒界にいる限り、永遠に無縁だった筈だが、  
ほんの数週間ほどの間に、自分の心の中の大きな部分を占有していると認めざるを得ないまでに至っていた。  
 
(おそらくは、このためだったのだろうな)  
 
独りごちるアイザードの元腹心。  
現実界行きの指令も、現地の娘たちと接触を持てという奇妙な指示も、  
何らかの事情で自身の動きが取れなくなってしまった場合に  
自分の代わりに<ヴァリスの戦士>をサポートさせるための、主の深謀遠慮だったに違いない。  
それも、単に戦闘屋として、あるいは、従者として付き従うのではなく、  
より大きな――――あるいは、特別な――――存在となって、目の前の少女に影響を与えるために。  
 
「・・・・本当に、あの方らしいやり方だな」  
 
ため息と共に漏らした一言に、怪訝そうな顔付きになる優子。  
デルフィナは、言葉で説明する代わりに、しなやかなカラダを、ぎゅっ、と抱き締め、  
突然の出来事に驚愕に見開かれた薄青色の瞳を覗き込みながら、クチビルを奪った。  
そして、一切の抗議を無視しつつ、  
綺麗に並んだ象牙色の歯並びを押し割り、口腔内に突入させた舌先を巧みに駆使して、  
動転して縮こまっていた少女の舌根を強引に絡め取り、しゃぶり上げる。  
 
「んんんッ!?ぐッ・・・・むぐ・・・・んむぅうううッ!!」  
 
眉根を寄せて、苦しげな呻き声を漏らす蒼髪の少女。  
もっとも、絡め取られた舌先は、刺激に対して意外なほど正直な反応を示していたし、  
女エルフの抱擁を振り解こうとする動きは、  
不意を打たれた点を割り引いてもなお、ひどく弱々しいものに過ぎなかった。  
黄金の防具に覆われた肩口が、ビクビクッ、と震え、  
ただでさえ乱れがちだった息遣いが、一気に激しさを増していく。  
 
「んふぁ・・・・あああッ!!」  
 
甘く滑らかな唾液が口移しにトロトロと流し込まれるに至って、  
少女の表情からは僅かに残っていた反抗心が姿を消し、  
戸惑いと期待が半々に入り混じった恥じらいによって取って代わられる。  
首から下はもっと素直で、強引な抱擁を押し返そうとする腕は成熟した女体の迫力の前に完全に沈黙し、  
濃厚な汗の匂いとクラクラするようなフェロモンを吸い込んだ未熟な心臓が、  
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、と、一拍毎に心音を増幅させていった。  
純白のプリーツ・スカートの奥、しなやかな太腿に挟まれた禁断の谷間では、  
じゅん、という小さな決壊音と同時に理性の封印が破れ、沸騰した体液が極薄の下穿きを濡らし始める。  
 
「ぷはぁあッ・・・・ハァハァ・・・・ふはぁああッ!!」  
 
長い長いキスが一区切りついて、口唇愛撫から解放される頃には、  
少女の目元には酒精に冒されたかのようなトロリとした光を湛えていた。  
巧みな舌技によって優しくマッサージされ、性感を目覚めさせられた口元は、  
惚けたように半開きとなり、あまつさえ、唇の端からは半透明な涎糸が垂れ落ちている。  
 
「・・・・ど、どうして・・・・こんな事を・・・・?」  
 
問い質す声音からも、力は完全に抜け落ちており、  
肺腑から込み上がってくる熱い吐息によって、しばしば、聞き取りづらいほど途切れてしまう。  
なけなしの抵抗心も無力化され、もはや、いいように弄ばれる一方の優子に、  
内心、嗜虐のわななきを感じつつも、金髪のエルフは努めて冷静に言い放った。  
 
「時間が惜しい。腕を治すのに、お前の精気を少し分けて貰う。  
悪いが、少しの間、我慢してくれないか?」  
 
――――我ながら悪党なセリフだ、と、デルフィナは心の中で舌を出した。  
たしかに他人の生体エネルギーを摂取し、費消し尽した魔力を補填するのは、  
現状で取り得る選択肢としては最も効率的な手段だろうが、  
だからと言って、劇的な治療効果が望めるという程のものでもない。  
ましてや、吸精行為のためにはセックスが必要不可欠である、というのは完全な嘘であり、  
極端な話、手を繋いでいるだけでもエネルギーを取り込む事は可能だった。  
 
(――――もっとも、優子は、そうは思わないだろうが・・・・)  
 
実際、純真な現実界人は、困惑しきった顔になって、  
剥き出しになった豊かな乳房と黒焦げになった右腕との間で忙しく視線を行き来させていた。  
おそらく、以前にも、この種の吸精行為のターゲットとなった経験があるのだろう、  
<戦士>としての義務感と一介の乙女としての羞恥心との間で、揺れ動いているのは明らかである。  
内心、笑いを噛み殺しながら、葛藤ぶりを見つめていた女剣士は、  
やがて、ここぞとばかりに畳み掛け、一気に勝負を決めにかかった。  
 
「安心しろ、すぐに済むし、危険も無い。  
無論、どうしてもイヤだと言うなら止めにするが・・・・」  
 
一応、選択権を与える体裁を取ってはいたが、  
隻眼の美女には、申し出が拒否される事などありえない、と分かっていた。  
――――案の定、少女は、(不安感ではなく羞恥心によって)考え込みはしたものの、  
最後には、聞き取れない程の小さな声で『いいわ』と呟くと、  
全身の力を抜いて、デルフィナの腕に己れの体を預けたのだった。  
 
「すまない。感謝する」  
 
吹き出しそうになるのを必死に堪えつつ、  
金髪の女剣士は、慣れた手つきで優子をベッドに横たえ、頬にそっと口づけした。  
強引さと優しさが絶妙にブレンドされた一連の所作の前に、  
強張っていた表情が目に見えて和らぎ、落ち着きを取り戻していく。  
依然として羞恥の感情は根強く残っている模様だが、  
『これはセックスではなく医療行為なのだ』と言い聞かせたためだろう、  
性交に対する忌避心はかなり軽減されているようだった。  
 
(さて、どこから攻略して行こうか?)  
 
もっとも、デルフィナが、改めて、ベッドに横たわる少女の肢体をしげしげと眺め回すと、  
優子は気恥ずかしそうに瞼を閉じて、眉根を寄せてしまう。  
おそらく、性交渉そのものに対しては兎も角、  
同性間での性愛というアブノーマルな行為への抵抗感は完全に払拭出来ていないのだろう、  
時折、半ば無意識のうちに、内股を擦り合わせている姿がいじらしかった。  
 
(フフッ、ならば、最初は少し慎重にいくとするか)  
 
戦術を見定めた女エルフは、横から覆い被さるように蒼髪の少女を抱擁しつつ、  
自由になる左手を使って、プリーツ・スカートの上から禁断の谷間を静かになぞった。  
布地越しにとは言え、恥丘の頂上に微細な刺激を与えられた<ヴァリスの戦士>は、  
我知らず、切迫した喘ぎを漏らし、甘い吐息と共に、全身を、ピクン、と跳ね上がらせる。  
細長い手指が、今度はより大胆に、捲り上げたスカートの中へと侵入してくると、  
口をついて出る喘ぎ声は、次第に、大きなものとなり、痙攣も激しさを増していった。  
 
「あうッ・・・・くッ!!ふぁう・・・・くふぁあッ!!」  
 
指先に感じるショーツの繊維はすでにじっとりと湿り気を帯びつつあり、  
しなやかな太腿は、不規則な強張りと弛緩とを繰り返しながら、断続的に震え慄いていた。  
人差し指の先端を駆使して下穿きの股ぐりを捲り、恥丘への登頂を図ると、  
下半身全体が、グググッ、と持ち上がってアーチ状に反り返っていく。  
 
「フフフ、アイザード様に仕込まれただけあって、敏感なカラダだな」  
 
未だ谷間全体を覆うほどには生え揃っていない、柔らかな下草を優しく撫で付けつつ、  
ねっとりとした声で囁きかける隻眼の女エルフ。  
魔道士の名を耳にした優子は、彼の城で体験した、めくるめく官能の秘儀を思い出したのだろう、  
恥ずかしそうにブンブンとかぶりを振り、忌まわしい記憶を頭の中から振り払おうとする。  
だが、脳裏に蘇った愛欲の修羅場・・・・  
入れ替わり立ち代り、何人もの魔法生物によって、全身の性感帯を責め立てられ、  
意識の奥に眠っていた被虐への欲求を目覚めさせされた、あの忘れ難い感覚の前には、  
ささやかな抵抗など、何の意味も持たなかった。  
 
「あああ・・・・だ、だめぇッ!!お願い・・・・もう、思い出させないでぇッ!!」  
 
半ば引き攣りかけた懇願の言葉とは裏腹に、薄布の内側は大洪水を起こしている。  
クスクスと笑いながら、デルフィナは、伸縮性に富んだ下着を膝まで摺り下すと、  
剥きだしになった大陰唇に左手を這わせて、  
溢れ出す愛液によってビショビショに濡れそぼっている秘裂に、巧みな愛撫を送り込んだ。  
 
――――にちゃッ・・・・ぐちゅッ・・・・じゅるッ・・・・じゅちゅるッ!!  
 
アイザードと彼の侍女達によって刻み付けられた肉悦の聖痕が息を吹き返し、  
少女の腰は、まるで別の生き物と化したかのように、ビュクン、ビュクン、と、のた打ち回った。  
そのたびに、子宮の奥からは、ヌルヌルとした淫蜜が迸って、  
陰唇粘膜を水浸しにしたばかりか、花弁の外側にまで滴り落ち、  
あさましいわななきに包まれた、サーモンピンクの割れ目を淫蕩に彩っていく。  
大陰唇の上端部では、欲情の昂ぶりを反映してだろう、陰核をくるんだ肉莢が自然に反転し、  
普段は小指の先にも満たないサイズの真珠玉が、親指大に脹らみ上がって飛び出していた。  
 
「あはぁぁッ!!弄らないで・・・・ひはぁあんッ!!」  
 
勃起したペニスの如く、ぷっくりと身を起こしたクリトリスに対して、  
アイザード直伝の妙技を用いて容赦ない責めを展開する、金髪の女剣士。  
針先で突っつけば、プチン、と音を立てて破裂してしまいそうな脹らみを、  
柔かい指の腹を使って、プニュプニュと押さえ付けたかと思えば、  
親指と人差し指とで挟み込み、キュッ、キュッ、と、根元から扱き立てたり、  
脱ぎ捨てられた包皮を摘んで、陰核の上に強引に覆い被せ、さらにもう一度、剥き上げてみたり・・・・。  
 
変化に富んだ数々の責め口は、皆、悪辣なまでに効果的で、  
少女の心身は、元夢幻界人の青年と彼の忠実な奴隷達によって覚え込まされた狂熱の滾りを蘇らせ、  
意識の深層に刷り込まれた魔悦への欲望を呼び覚まさされずにはいられない。  
だが、デルフィナは、優子の性感を煽るだけ煽っておきながら、  
いざ、快楽の極みに昇り詰めようとすると、途端に攻撃の手を緩めて、  
簡単には絶頂を許そうとしない所も、今は亡き主と共通していた。  
官能の煉獄を彷徨う哀れなメスにとっては、  
イキたくてもイケない生殺しの苦しみこそが最も過酷な責めであり、  
同時に、どんなテクニックよりも甘美で狂おしい快楽を与えるものであると、  
彼女自身もまた、(目の前で喘ぐ蒼髪の少女よりも一足先に)教え込まれていたのである――――。  
 
「お願いッ・・・・も、もうイカせてッ!!  
ひああッ・・・・後生だから・・・・焦らさないでェッ!!!!」  
 
ついに、優子は完全に肉欲の虜と化し、  
魔道士に責められた時にさえ発した事の無い、卑屈な叫び声を放ち上げてしまう。  
羞恥の感情によって閉じられていた筈の瞼は、今やあさましい程大胆に見開かれ、  
トロトロに蕩けきった双眸からは大粒の涙がとめどなく流れ落ちて、  
ピンク色に上気した頬筋を滝のように流れ落ちていた。  
 
――――くちゅッッッ!!!!  
 
返事をする代わりに、デルフィナは、  
それまで割れ目の表面を浅くなぞるだけだった秘裂に指先を突き入れると、  
少女自身の愛蜜によってベトベトに濡れた花弁を、これまでにない乱暴さで捏ね回す。  
途端に、膣穴全体が、びゅくびゅくびゅくッ、と激しい痙攣に見舞われて、  
すでに腰椎と脊柱の許容出来る限界にまで突き上げられていた下半身が、  
まるで、雷に打たれたかのように、ガクガクガクッ、と、大きく上下に跳ね動いた。  
子宮の奥に溜め込まれていた熱い体液が、肉襞の間を猛スピードで駆け抜け、  
鉄砲水の如く、ブシュルルルッ!!と噴き出して、周囲を水浸しにする。  
 
「ふああッ・・・・と、止まらないィッ・・・・はひゃあああああッッッ!!!!」  
 
全身をビクビクと揺らし、まるで失禁のような大量の愛潮を噴き上げる蒼髪の少女。  
あまりの激しさに、さしものデルフィナも、  
挿入した指先を引き抜いて、吐淫と痙攣の収まるのを待つしかなかったが、  
その口元は、何処か、自嘲気味ともとれる笑いによって綻んでいる。  
 
(・・・・初めてアイザード様に抱かれた時は、わたしもこんな風だったな。  
――――あれは、あの方が夢幻界から出奔してきて間もない頃だったか?)  
 
蒼髪の少女のよがり泣く叫びを耳にし、  
瑞々しい肢体が絶頂へと昇り詰めるのを眺めやりながら、  
女剣士は、しばしの間、主であり情人でもあった男への追憶に耽った。  
ファンタズム・ジュエリーを手土産にログレスの陣営に現れ、  
巧みな弁舌と魔術の才により、瞬く間に軍団を預かる立場にまで出世を遂げた彼を胡乱な輩と判断して、  
寝首を掻こうと忍び入った挙句、軽はずみな行為の代償を、カラダで支払わされたあの夜の記憶を・・・・。  
 
「・・・・アイザード、さま・・・・」  
 
・・・・気が付くと、デルフィナは、半ば失神状態に陥った蒼髪の少女を抱き寄せ、  
ブルブルと小刻みに震え慄くピンク色のクチビルを貪っていた。  
強烈なエクスタシーの余韻と一時的に大量の生体エネルギーを放出した影響なのだろう、  
少女は、アルコールに酔ったかの如く、トロリとした鈍い光を双眸に湛え、  
だらしなく緩んだ、だが、母親の胸で眠る幼子のような幸せそうな表情を浮かべている。  
 
(・・・・・・・・)  
 
あまりにも無防備な様子に、いささか罪悪感を覚えつつも、  
女エルフは、胸の奥で燃え盛る欲情の炎を押さえ切れず、更に目の前の肉体を求め続けた。  
唾液をたっぷりと含ませた舌先を真っ白な首筋に這わせながら、  
つい先程、達したばかりの秘裂に対して、容赦ない愛撫を再開すると、  
ふあぁッ、という弱々しい喘鳴が漏れ、弛緩していた手足の筋肉が瞬時に張り詰める。  
そして、再び肉悦の極致へと駆け登っていく優子を全身で感じつつ、  
デルフィナ自身もまた、意識の奥底で最愛の人と自分とが重なり合っているかのような、  
不可思議な、しかし、この上なく心地良い、満足感に満たされていくのだった・・・・。  
 
 
 
――――――――TO BE CONTINUED.  
 
 
 

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