――――現実界。東京都内。火の海と化した市街の一角。  
 
「何が・・・・<ヴァリスの戦士>よ・・・・」  
 
焼け爛れた大地に突っ伏したまま、肩を震わせる蒼髪の少女――――麻生優子。  
あまりにも無力な自分に打ちひしがれ、絶望に押し潰されて、  
目の前に広がる地獄絵図を眺めている事しか出来ない、惨めな捕囚。  
 
「わたしは・・・・誰も救えない・・・・」  
 
炎の牢獄の向こう側、手を伸ばせば届きそうなくらいの場所では、  
心通い合わせた友である女エルフが、陰険狡猾な暗黒界の大貴族に尻穴を無慈悲に抉り抜かれて、  
苦痛に顔面を引き攣らせ、喘ぎ泣いている。  
 
「わたしの世界を・・・・燃やされても・・・・」  
 
業火を噴き上げて燃え盛る高層マンション。黒煙に包まれたファッション・ビル。  
無残に崩れ落ち、瓦礫の山と化した、ビル、家屋、店舗。  
灼熱地獄に響き渡る、断末魔の悲鳴と救いを求める無数の叫び声。  
そこかしこで、人々の生命を冷酷に押し潰し呑み込みながら響き渡る圧壊音。  
 
「なんて、無力なのッ!!」  
 
血が滲むほどきつく握り締めた拳を、だんッ、と、地面に叩きつける。  
喰いしばった口元から搾り出されるのは血を吐くような呪詛の言葉。  
逆巻く猛火に照らされつつ、何百回、何千回、何万回、飽きる事無く、己れ自身を責め立てる。   
 
「わたしにもっと力があればッ!!わたしに・・・・!!」  
 
血の気を失い、青白く歪んだ頬筋を、生温い涙が伝う。  
しっとりと落ち着いた色合いの蒼髪は炭塵にまみれて見る影も無く煤け、  
やや色白だが申し分なく健康的だった柔肌は、  
吹き付ける熱風に晒されてカサカサに乾き切り、灰色に薄汚れていた。  
眩いばかりの黄金の光輝に満たされていた筈の聖なる甲冑さえもが、  
今では、闇に冒された主の心を映すかの如く、暗くくすんでしまっている・・・・。  
 
「ひぎぃぃッ!!いぎッ・・・・ぎぁあぁああッッッ!!」  
 
炎邪の名を冠する暗黒五邪神による陵辱は、いよいよ激しさを増していた。  
情け容赦なく繰り出される醜怪なイチモツが、喉奥を犯し、秘裂を貫き、子宮を掻き回す。  
分けても、弾力と張りが絶妙なバランスで融合した尻たぶと、  
ピクンピクンと淫蕩なひくつきを発している排泄器官に対しては、  
異常なまでの執着心を感じているのか、徹底的に嬲り抜き、責め尽くそうとしていた。  
 
「あううう・・・・そ、そんなに、お尻ばかり責めないで・・・・ひぃあぁああッ!!!!」  
 
最も恥ずかしい部分を集中攻撃されて、  
呼吸もままならぬ様子で弱々しく喘ぎ続ける女エルフ。  
凛とした気迫と美貌に恵まれていた相貌は、今や汗と唾液にまみれてドロドロに汚れていた。  
どんよりと濁りきった瞳は虚ろな眼差しを浮べて陵辱者を眺めやり、  
しまりなく開かれた唇からはヨダレの糸が垂れ落ちている。  
だが、体力の殆どを蕩尽し尽くし、気力さえ限界に達した現状にあっても、  
熱いクサビを打ち込まれる都度、むっちりとした尻肉は、ブルブルッ、と狂ったように打ち震え、  
真っ赤に充血した肛門も、抗い難い快楽に命じられるまま、肉の凶器を喰いしばっていた。  
 
「あああッ!!あ、熱い・・・・カラダが、燃えてしまいそうッ!!」  
 
代わる代わる巨根を挿入され、最奥部まで突き上げられた前後の秘穴は、  
愛蜜と精汁と腸液とが入り混じった得体の知れない粘液が溢れ返り、熱い滾りに覆われている。  
下半身全体がとろ火で焙られているかの如き灼熱感に襲われて、  
囚われの剣士はあさましく身悶えしながら、秘唇をビュクビュクと痙攣させていた。  
 
「フフフ、どうやら我慢の限界みたいねぇ。  
アナルの蕾がいやらしく膨らんで、おねだりしてるわ」  
 
ニヤニヤしながら、ヴェカンティの大貴族は、  
ぽってりと充血した尻穴に向かって生温い呼気を吐きかけた。  
表面を吐息にくすぐられただけにも関わらず、  
繊細な粘膜は敏感に反応し、ひくつきが一段と激しさを増していく。  
あさましいまでに正直なリアクションに甲高い嘲笑を浴びせたベノンは、  
疲れ知らずの牡槍の穂先をすぼまりへとあてがい、そのまま一気に吶喊させた。  
 
「ひぐぁああッ!!がはぁッ・・・・はぐぁああああッッッ!!!!」  
 
括約筋をメリメリと押し破り、直腸へと突入した肉棒が、  
繊細な粘膜をじゅるじゅると擦り回し、ピストン運動を繰り返す。  
強烈な刺激に、囚われのエルフは腰をガクガクとわななかせ、激しいよがり泣きを噴きこぼした。  
しなやかな両脚の筋肉が、今にも引き千切れそうな勢いで、ピン、と伸び切っている。  
 
「ヒャーハッハッハッ!!まだまだッ、これぐらいでダウンされたんじゃ面白くも何ともないわッ!!」  
 
気絶しかけたデルフィナに向かって罵声を吐きかけると、  
炎の魔人は、短めに切り揃えたブロンドを乱暴に引っ掴んで、  
ぶんぶんと頭を揺すり立て、混濁の淵に立たされていた意識を強引に呼び戻した。  
もっとも、下半身を覆い尽くす悪寒にも似たゾクゾク感に魂を奪われているのだろう、  
女剣士はぼんやりと薄目を開いただけで、身動きはおろか、言葉を発する事さえ出来なかったのだが。  
それでも、ベノンは、お構いなしだと言わんばかりに剛直を振り立てると、  
ピンクの襞をのぞかせるアナルに対して、中断していた責めを再開する。  
 
「ひぃいいいッ!!も、もう・・・・ひゃめてぇッ!!!!」  
 
ろれつの怪しくなった悲鳴が淀んだ大気を震わせるのと前後して、  
野太い血管を浮き上がらせた怒張が狭苦しい蕾へと突き入れられる。  
鋭い槍先によって身体を串刺しにされる激痛に、火の付いたように泣き叫ぶ金髪の美女。  
 
「クックックッ、遠慮はいらないわよ、たっぷりと味わって頂戴」  
 
だが、暗黒界の魔将軍は、囚人の哀願を無視して、  
・・・・否、プライドも何もかもかなぐり捨てて許しを乞う彼女に、明らかに邪まな悦びを覚えつつ、  
ビュクンビュクンと荒々しく脈を打つ欲望の塊りを根元まで押し込もうと試みた。  
今にも張り裂けそうなまでに拡がった、ピンク色の狭口が、  
傍若無人に暴れ回る極太の陰茎をパックリと咥え込み、ギリギリと喰い締めると同時に、  
直腸内では熱く火照った腸壁粘膜がねっとりと亀頭に絡み付いてくる。  
並みの男ならば呆気なく果ててしまいかねない甘美な締め付けに興奮したオカマ魔人は、  
だらしなく口元を緩めながら、尻穴の快感を味わうべく、荒腰に更なる拍車をかけるのだった。  
 
「ひぃいいいッ!!カラダが・・・・ばりゃばりゃになるぅぅぅ・・・・!!」  
 
臓腑を抉られる激しい衝撃が意識の内側をグルグルと駆け巡る。  
ぶんぶんとかぶりを振りながら、大粒の涙を流し、断末魔の悲鳴を漏らすデルフィナ。  
灼熱の棒でカラダを貫かれ、ハラワタを焼き焦がされる苦しみと、  
一見それと相反する、だが、より深い部分でしっかりと手を握り合った、狂おしい肉悦とが、  
正気を呑み込み、ズタズタに切り刻み、咀嚼し尽くしてしまう。  
 
「ひぎぃぃッ!!お、お願ひ・・・・抜ひてぇッ!!  
もう・・・・もう、許ひてぇ・・・・お腹が苦ひくて・・・・裂けひょうなのォッ!!」  
 
剛直がうなりを上げるたび、身体の奥底で激烈な噴火が巻き起こり、  
子宮から引き摺り出された悦楽の波動が火砕流と化して全身の感覚を呑み込んでいく。  
飽きる事無く反復される肛虐のピストン運動は、  
苦痛と快感とが無秩序に入り混じった性衝動を呼び起こし、  
誇り高いエルフを一匹の獣に変えてしまっていた。  
半開きになった口元から大量の唾液を垂れ流し、身も世も無く悶え泣きつつ、  
より深い快楽を求めて自ら下半身を揺さぶり、突き上げてくる男根を食い締めてしまう、あさましい牝へと。  
 
「オホホホッ!!どう、凄いでしょ、アタシのテクニックはッ!?  
アイザードみたいな青二才なんかとは比べ物にならないわよね、そうでしょうッ!?」  
 
変態貴族のテンションも上昇しっ放しで、まさに天井知らずだった。  
尻穴に牡槍を突っ込んだまま、片方しかない手指を器用に駆使して、乳房を、陰核を、膣口を弄び、  
すでに十分火照っている五体を極限まで昂ぶらせて、エクスタシーの頂点に容赦なく追い上げていく。  
 
「ハァッ、ハァッ・・・・は、はい・・・・しゅごい、しゅごいです・・・・ベノンしゃま!!  
あああッ・・・・もう・・・・ら、らめぇッ・・・・お尻が・・・・もう我慢できないッッッ!!!!」  
 
女剣士もまた、輝きを失った双眸に酒に酔ったような濁った光を浮べつつ、  
襲い来る欲情の大波に身を任せて、正体もなく肉欲の波間に耽溺しきっていた。  
敬愛する主君の生命を奪った宿敵を、あろう事か、敬称付きで呼んだばかりか、  
野太いイチモツに下腹部を掻き回されるたびに、喜悦に打ち震え腰をくねらせて迎合する。  
昏迷しきった思考回路は真っ白に染まり切り、  
唯一、逞しく力強いストロークによって昇り詰めたい、という原初の本能だけが、  
理性も自制心も何もかもが破壊されて空っぽになった心の中で際限なく膨張を続けていた。  
 
「あああ――――ッ!!も、もうだめぇええぇぇぇッ!!!!」  
 
追い詰められたデルフィナの中で、何かが切れた。  
普段の冷静沈着な態度からは想像も出来ない淫らな口調で、  
赤裸々な痴情を曝け出し、巨根に貫かれた裸身を悶絶させる。  
総身を責め苛む疼きはもはや心身の許容限界を遥かにオーバーしており、  
快楽の絶頂を極めたいという欲情の滾りが全身の血液をグラグラと沸騰させていた。  
 
「イ、イクぅぅぅッ!!お尻で・・・・お尻の穴で、イッちゃうううッッッ!!!!」  
 
声を震わせて、よがり狂う女エルフ。  
逞しい脈動と熱い充足感とがもどかしい疼きを吹き飛ばすと同時に、  
徹底的に責め抜かれてメロメロになっていたすぼまりが激しく収縮を繰り返した。  
極太の剛直で粘膜をこそぎ取られる感触がどうしようもなく甘美で、もう居ても立ってもいられない。  
 
「オホホホッ!!イクのね?もう辛抱堪らないのねッ!?  
・・・・だったら、こっちの穴も弄ってあげるわ。両方いっぺんにイッちゃいなさいッ!!」  
 
けたたましい哄笑を轟かせながら、  
ヴェカンティの魔人は、ぱっくりと捲れ返った秘唇に骨ばった指を2本一緒に捻じ入れた。  
絶頂間際の膣穴は、灼熱のマグマを溜め込んだ噴火口の如く蕩けきり、  
吸い付いてくる肉襞を軽くなぞっただけでも、  
子宮から湧出するドロドロの愛液が突き入れられた異物を水浸しにしてしまう。  
 
「あぅう・・・・うあああッ!!ひぁうぅう・・・・くひあぁあああッッッ!!!!」  
 
膣裂と肛門、それぞれの穴の奥で刺激が混じり合い、  
凄まじいまでの快美な感覚と化して、胎内で弾け飛んだ。  
脊髄神経を走り抜けた嵐のような快楽電流が、  
頭蓋骨の内側で激しく炸裂したかと思うと、極彩色の光の渦となって意識を埋め尽くす。  
 
下半身は完全に惚けきり、正常な五感と言えるものはとうに雲散霧消していた。  
熱い脈動に包まれた肉筒が、ビュクビュクビュクッ、と小刻みに痙攣し、  
煮え滾った精液が絶頂の歓喜に打ち震える直腸の内腔を白濁に染め上げる。  
膣内でも、射精こそ無かったものの、快楽のきわみに達した括約筋が、  
挿入された指先を千切りとらんばかりにきつく喰いしばり、  
蠕動する粘膜が、キュウウウッ、と吸い付いて離そうとしなかった。  
 
えも謂われぬ快感に、狂気じみた雄叫びを発したベノンは、  
尻穴に精を放って間もない男根を再び怒張させると、猛然と腰を振り始める。  
休む間もなく責め立てられて黄色い悲鳴を上げる隻眼の剣士・・・・  
アイス・ブルーの瞳がトロトロになり、視界一面には欲情の業火が燃え盛っていた――――。  
 
「デルフィナ、さん・・・・」  
 
目の前で繰り広げられる、あまりにも酸鼻な情景に吐き気さえ覚えて、  
弱々しく呟きを漏らす蒼髪の少女。  
 
「ごめんなさい・・・・わたしが、戦えないばかりに・・・・。  
わたしに・・・・何の力も無い・・・・せいで・・・・」  
 
――――その、刹那。  
 
『・・・・随分としおらしい様だな』  
 
唐突に、頭の中に響き渡る、涼しげな<声>。  
静かでいながら、妙に熱のこもった・・・・何より、とても懐かしい言葉の響き。  
 
『君のそういう所は嫌いじゃないが、やり過ぎはちと鼻につくね』  
 
「ま、まさかッ!?」  
 
驚愕に駆られ、キョロキョロと周囲を眺め回す優子。  
勿論、人影などない・・・・ある筈が無い――――だが、しかし・・・・。  
 
(確かに感じる・・・・あの人の存在をッ!!!!)  
 
――――次の瞬間。  
 
少女の視界は眩く輝く白い光に満たされ、  
全身が何とも心地よい不可思議な感触によって包まれた。  
重々しい枷から解き放たれた五感が、四方八方に向かって、サア―――ッと広がっていき、  
広大無辺な世界のあちこちで、様々な存在とリンクしていく。  
 
「やっぱり、あなたなのねッ!!」  
 
虚空に向かって叫び声を上げる、蒼髪の<戦士>。  
――――もはや、疑いの余地はなかった。  
一時的に肉体から遊離し、意識体と化したこの感覚。  
そして、周囲に満ち満ちているのは、  
かつて、暗黒界から現実界へと転移する際、自分を守り導いてくれた、懐かしい大気のエネルギー。  
勿論、全く状況は異なっているものの、周囲に展開された魔力の力場は、あの時と同じく、  
草原に吹くそよ風の優しさと大洋を鳴動させる風津波の力強さの両側面を等しく兼ね備えていた。  
 
『分かっている筈だ。君はすでに力を持っている、と・・・・』  
 
懐かしい思念の主は、少女の問いかけには直接答えようとせず、  
代わりに、(時折、耳にした事のある)少しシニカルな口調で語り始める。  
 
『・・・・そして、力を持つ者が背負わねばならない、逃れ得ない宿命も。違うかい?』  
 
(・・・・・・・・)  
 
反論しようとして果たせず、押し黙る<ヴァリスの戦士>。  
蘇った過去の記憶がイメージの奔流となって、次々にフラッシュバックを開始する。  
 
・・・・地下鉄構内での、麗子との別れ。  
・・・・地の底から現れた、ガイーダとヴェカンティの怪物たち。  
・・・・初めて握った<ヴァリスの剣>。全身を包んだ、黄金の甲冑の清らかな感触。  
・・・・光り輝くファンタズム・ジュエリー。夢幻界への召喚。  
 
・・・・そして、<幻想王女>ヴァリアとの邂逅。  
 
『――――よく思い返してみたまえ。君と出会った時、ヴァリアは何と言った?』  
 
(・・・・!!)  
 
・・・・・・・・そうだ。  
たしかに、あの時、夢幻界の女王は、わたしに向かって告げた筈ではなかったか?  
呟くような小さな声で、しかし、魂に刻み付けるように重く響く言葉を。  
 
『優子・・・・戦いの中で、あなたが目覚めてくれる事を私は信じています。  
たとえかけがえの無いものを失う事になっても、それが<戦士>の宿命だと・・・・』  
 
『君自身、もうとっくの昔に理解していたんじゃないか?  
・・・・ただ、十分過ぎるほど理解していながら、君は認めたくなかった。違うかい?』  
 
(そ、それは・・・・!!)  
 
鋭い指摘に、再び絶句を余儀なくされる蒼髪の少女。  
・・・・これ以上は無いくらい、彼の言は正鵠を射抜いていた。  
確かに、自分はかなり早い段階で――――おそらくは無自覚のうちに、だが――――気付いていた。  
だが同時に、断じてそれを認めようとせず、意識の奥底へと追いやった上、  
何重にも封印を施して外に漏れ出すのを固く禁じてきたのだ。  
 
(そうよ・・・・わたしは、自分にウソをつき続けてきた。長い間ずっと・・・・)  
 
苦渋に眉を寄せる優子。  
出来れば二度と思い出したくなかった情景が、  
記憶の牢獄を押し破って、白昼夢の如く溢れ返る。  
 
・・・・暗黒の鎧を身に纏い、漆黒の切っ先を突きつけてきた麗子。  
・・・・切り結ばれる二本の剣。激しい、しかし、相手の心には決して響く事の無い会話。  
・・・・怒りと憎悪に歪んだ麗子の表情。だが同時に、彼女の瞳に映るわたし自身もまた――――。  
 
(・・・・だって・・・・もし、認めてしまったら・・・・)  
 
・・・・強大な力に吹き飛ばされる、麗子の身体。  
・・・・ボロボロに傷付き消耗しながらもなお、戦いをやめようとしない麗子。  
・・・・苦痛と恐怖に蒼褪め、引き攣った麗子の相貌。彼女の瞳に映っているのは――――。  
 
(わたしは・・・・この手で・・・・麗子を・・・・)  
 
『・・・・君は、最後まで目を背けて、悲劇のヒロインを気取りたいのかい?  
もし、そうなら・・・・そんな<戦士>しか選べなかった世界は、滅ぶのも道理かもしれないな』  
 
心に鋭く突き刺さる言葉が冷酷な現実を思い出させる。  
――――こうしている間にも、東京は燃え続け、  
数多の人々が必死に逃げ惑いつつ救いを求めている、という事実を。  
 
・・・・炎の中に立ち、禍々しい笑いを轟かせているベノン。  
・・・・魔性の業火によって焼き尽くされる、商店街。ビル。自動車。人々。  
・・・・絶叫。悲鳴。怒号。そして、沈黙。  
 
(・・・・・・・・)  
 
無言のまま、自分の両手に視線を落とす、現実界の少女。  
ちょっとした衝撃でたやすく手折れてしまいそうな細い手首に連なる、小さな白い手の平。  
その中心に、ポツリ、と凍てつくような涙の粒が零れ落ちて。  
 
――――次の瞬間、ぎゅっ、と握り締められた。  
 
「・・・・ついこの間まで、生徒会の選挙だって他人事だったのよ。  
そんなわたしが、世界を救う、だなんて・・・・」  
 
束の間。脳裏をよぎる、平和だった頃の想い出。  
学校。家。通学路。両親や級友達。勉強。部活。友人達とのおしゃべり。  
一介の女子高生としての、平凡な、しかし、満ち足りた日々。  
 
(戻れるものなら戻りたい・・・・あの頃に)  
 
・・・・だが、自分の前に横たわっている現実はどうだろう?  
今まさに圧倒的な悪意によって焼き尽くされようとしている世界の、  
一体何処を探せば、そんなものが残っているというのだろうか?  
 
(・・・・もう、戻れないのね。  
何も知らなかった・・・・知る必要さえなかった、わたしには・・・・)  
 
ゆっくりと顔を上げるリアリティの少女。  
胸の奥で静かにかぶりを振り、セピア色に染まった記憶の欠片を心の抽斗へとしまい込む。  
真っ赤に泣き腫らした目元から、最後の涙がキラキラと尾を引きながら滑り落ちていった。  
 
「――――そうでしょう、アイザード?」  
 
ぽっかりと開いた胸の隙間を埋め合わせるかの如く、すうううっ、と深く息を吸う優子。  
握り締めた拳の間から仄かな光が零れ出し、  
温もりに満ちた心落ち着かせる波動が、喪失の痛みを和らげていく。  
 
そして・・・・。  
 
目の前が、パアーーーッ、と開け、  
心象世界の白い光の壁が取り払われるのと同時に、  
禍々しい瘴気に満ちた炎の壁が再び立ち現れる。  
 
「はあああああッッッッ!!!!」  
 
身体の奥からこみ上がってくる、強大なエネルギー。  
黄金の鎧が、かつてのように、否、それ以上の何かを得て、燦然と光り輝いていた。  
両手の中では、完全に実体を取り戻した<ヴァリスの剣>が、  
細身の刀身から、今まで感じた事もない強大な闘気を立ち昇らせている。  
 
「・・・・風よッ!!」  
 
無意識のうちに、紡ぎ出された言葉・・・・いや、呪文。  
直後、裂帛の気迫と共に斬光が一閃し、  
立ち塞がる毒々しい色の業火を、一瞬にして、邪悪な魔力もろとも、切り裂き吹き飛ばした。  
 
「な、何ィッ!?」  
 
予想もしなかった反撃に、思わず、デルフィナを嬲る動きを止めるヴェカンティの魔人。  
汚らわしいそのカラダに向かって、炎の牢獄を一撃で消し去った斬撃  
――――<剣>本来の力に、宝玉のパワーが組み合わさった、強烈な衝撃波――――が襲い掛かり、  
局地的な竜巻のような勢いで、女剣士から暗黒界の大貴族を引き剥がす。  
そして、まるで、風に舞う木の葉の如く、彼を巻き上げると、  
墓標のように黒々と聳え立つ、高層ビルの頂きへと放り投げてしまった。  
 
「・・・・うう・・・ゅ・・・・ゆう・・・・こ・・・・?」  
 
あおりを喰らって地面に投げ落とされたデルフィナが、  
青白い顔色のまま、しかし、地獄の責めから解放された安堵感に表情を緩めつつ、  
よろよろと体を起こし、駆け寄ってくる<戦士>を仰ぎ見る。  
 
・・・・と、輝きを取り戻しかけた隻眼に驚愕が走り抜けた。  
 
「・・・・ッ!?ま、まさか!?」  
 
均整の取れた面立ちと腰まで伸ばした艶やかな蒼髪が印象的な、現実界の美少女。  
彼女のカラダと重なり合うかの如く、背後に寄り添っているもう一人の人影  
――――薄い水色の長衣を纏った、プラチナ・ブロンドの魔道士。  
忘れもしないその横顔に愕然と目を凝らした女エルフに向かって、  
まるで、悪戯のバレた悪童のような笑いを浮かべた彼は、  
次の瞬間、一陣のつむじ風と化して優子の左腕へと絡み付くと、何かの形へと姿を変えた。  
 
「だいじょうぶ、デルフィナさん!?」  
 
心配そうに掛けられた言葉に、ハッ、と正気付く金髪の美女。  
・・・・あ、ああ、と曖昧に返事を返しつつ、  
蒼氷色の瞳は、自然に、とある一点へと吸い寄せられていった。  
 
「・・・・優子、それは?」  
 
「え?な、何だろ・・・・これ?」  
 
パートナーの怪訝そうな視線に、戸惑いの表情を浮べる<ヴァリスの戦士>。  
どうやら、指摘を受けるまで、自分に起きた変化に気付いていなかったらしく、  
何処からともなく左肘の真ん中に出現した、薄い水色をした円形の防具――――盾に、目を丸くしていた。  
 
ほぼ完全な円形で、直径はおよそ30ないし40センチメートル、  
平板ではなく、中華鍋を少し平たくしたような形状をしている。   
やや灰色がかったライトブルーの地肌には翼を広げた鳥をモチーフにした装飾彫りが刻み込まれ、  
落ち着いた風合いの、なめらかな光沢が表面を覆っていた。  
地金の色合いや意匠のセンスは微妙に異なっているものの、  
決して冷たくはなく、むしろ、まるで身体の一部であるかの如く肌になじむその感触は、  
身に纏っている黄金の甲冑と何ら変わりない。  
 
「何だか良く分からないけど、ガイーダやギーヴァの時と同じみたいね。  
アイザードの<ファンタズム・ジュエリー>が新しい力をくれたようだわ」  
 
呟きながら、優子は瞼を閉じ、呼吸を整えた。  
五感を研ぎ澄まし、周囲の空間に存在する様々なエネルギーに知覚の網を投げかけて、  
自らの推測が正しいかどうか?見極めようと試みる。  
 
「やっぱり、そうだわ・・・・以前よりもずっと明瞭に、大気や風の流れを感じ取れる。  
たぶん、自由自在に操ったりも出来るんじゃないかしら」  
 
(まるで・・・・あの人みたいに)  
 
声には出す事無く、そっと胸の奥で独りごちる蒼髪の少女。  
・・・・もっと正確に言えば、この盾には、単なる魔力だけではなく、  
あの青年の意志や存在といったものが封じられているように思えてならなかった。  
あたかも、今この瞬間、彼が傍にいて、<ジュエリー>からエネルギーを獲得し、  
魔道力として転換する方法を指南してくれているかの如く――――。  
 
「ところで・・・・もう、大丈夫なのか?その・・・・何ていうか・・・・」  
 
先刻優子が発したのと同じ科白を口にしながら、探るような眼差しをパートナーに投げかける女剣士。  
もっとも、言葉は同じであっても、込められている意図は全く別物である。  
そして、おそらくはその問いかけが来るのを半ば予期していたのだろう、蒼髪の少女は、  
静かに微笑むと、ゆっくりとした口調で答えを返した。  
 
「振りかかる火の粉は払わなきゃね・・・・」  
 
あくまでも穏やかな口調。  
――――だが、デルフィナは、その奥に、  
今までの彼女からは一度として感じた事のない、強い決意を嗅ぎ取っていた。  
そう、迷いを捨て去り、引き返す道を自らの手で断ち切った者のみが持つ、  
啓明の輝き、あるいは、不退転の意志を。  
 
「ヴァリアが私を選んだ時点で、選択の余地なんか無くなっていたのよ。  
ボヤボヤしていたら、現実界が・・・・わたしの生まれた世界が滅茶苦茶にされてしまうだけ」  
 
――――こんな風に、と言わんばかりに、  
痛みのこもった視線を無残に焼け焦げた市街へと向ける現実界の少女。  
 
・・・・でも、わたしは怖かった。  
選択の余地など無い、と頭では分かっていても、  
実際に廃墟と化した東京を目にするまで、どうしても受け容れられなかった。  
単に戦いが恐ろしかったのではない。  
無論、強大なログレスの軍勢に恐怖を抱かなかったという訳ではないが、  
戦いそのものよりも、彼らを相手に戦い抜く能力を手にする事の方がずっと恐ろしく思えたのだ。  
 
「・・・・だって、世界を護れるほどの力なら、逆に滅ぼしてしまう事だって可能かもしれないでしょ?  
そんな計り知れないパワーを引き受けるのが――――怖くて堪らなかったの。  
クラスの友達とテレビや雑誌の話題で盛り上がったり、成績や進路に悩んだり・・・・  
家と学校を結ぶ円の中での物事だけ考えていれば良かった、聖心女子学園の麻生優子ではなくなって、  
否も応もなく、世界の行方を左右する存在になってしまう・・・・運命が・・・・」  
 
「それが、怖くて堪らなかったの・・・・」  
 
喋り終えて、小さく息を吐くパートナーを見つめながら、  
どう返事をしたものか、と思案顔になるデルフィナ。  
・・・・だが、すぐに肩をすくめると。  
 
「現実界人というのは、いちいち面倒な事を考えるんだな。  
以前も言ったが、生まれついての<戦士>の私には、正直、お前の気持ちは理解し難い」  
 
率直な――――ある意味、率直過ぎる――――回答に、  
そうだね、と苦笑を漏らすしかない、蒼髪の少女。  
 
(でも・・・・一番辛いのは・・・・)  
 
表情には笑みを浮かべたまま、心の中からは笑いを消す。  
代わりに浮かび上がってくるのは、切ないまでの寂しさ、  
・・・・そして、もう一つ、赤毛の級友の相貌。  
 
(・・・・戦う相手を、選べないって事かな・・・・)  
 
パチパチパチパチ・・・・・・・・。  
 
不意に頭上から響き渡る、乾き切った拍手の音。  
耳障りな笑い声に続いて、侮蔑に満ちた言葉が響き渡った。  
 
「いや〜、ごちそうさま〜。実に感動的なお話でしたねぇ。  
揺れ動く乙女の心情、現実界人の言う、メランコリックってヤツかしら〜」  
 
<ヴェカンタ>の瘴気を身に纏い、  
空中から地上へと舞い降りてくる暗黒五邪神・炎邪ベノン。  
先刻にも増して邪悪さを増した凶相には、他者に対する嘲りの感情が満ち溢れている。  
 
「・・・・まァ、今回だけはそこのメス豚ちゃんに同意するわ。  
現実界人の感傷にいちいち付き合っていられる程、アタシもヒマじゃないんだから。  
フン、何がメランコリックよ、阿呆らしいッ!!」  
 
「こ、このッ!!言わせておけばッ!!」  
 
冷笑まじりの嘲弄に、怒気を露わにする女エルフ。  
・・・・と、今にも掴みかからんばかりの彼女を、静かな声が制止した。  
 
「その顔・・・・もう二度と見たくないから、宇宙にでも吹き飛ばしてやるわ」  
 
出会って以来、一度も耳にした事の無い、冷然たる口調に、  
デルフィナの眼帯に覆われていない方の目が、ビクッ、と見開かれた。  
一方、<ヴァリスの戦士>は、(半ば無意識に)自分を振り向いたパートナーを無視して、  
口元を固く引き結び、怒りを孕んだ眼差しでじっと眼前を睨み据えている。  
白銀色に光り輝く愛剣の切っ先を、醜悪な笑みを浮かべた宿敵の胸元に向けたまま――――。  
 
「お〜〜、コワイコワイ。  
そんな怖いカオで睨まれたんじゃあ、退散するしかないわねぇ。  
そうだわねぇ・・・・地面の下に逃げるってのはどうかしら?」  
 
小馬鹿にした態度を崩す事無く、両腕を地面に押し付けたベノンの唇が、  
二言三言、不吉な響きのする呪文を紡ぎ出す。  
直後、彼の全身は、煮え滾る溶岩のようなオレンジ色の流動体へと変じていき  
あれよあれよという間に、ズブズブと地中に吸い込まれて、二人の視界から消え失せてしまった。  
 
「なッ、何だ?奴め、一体何をする気だッ!?」  
 
叫び声を発する女剣士。  
彼女の問いに答えるかの如く、突如、大地が激しく鳴動し、激しい揺れが二人を襲った。  
魔性の業火の洗礼を浴びて、基本構造に大きなダメージを受けていたビルの群れが、  
基底部分の直下で起きた激震に耐え切れずに次々に倒壊し、  
無数の鉄骨とコンクリート塊とガラスの破片が頭上から雨霰と降り注ぐ。  
慌てて障壁を展開し、さらに空中へと難を逃れる優子とデルフィナ。  
二人の後を追いかけるかのように、濛々たる粉塵の中から、得体の知れない黒々とした岩塊  
・・・・否、山容とでも形容すべき、巨大な大地の隆起が湧き上がってくる。  
 
「グバババババ・・・・!!!!」  
 
大地の底。漆黒の暗闇の中。  
オレンジ色の炎と化したベノンが猛烈なスピードで降下していく。  
目指すは、地殻の裏側に眠る灼熱の坩堝――――マントル層。  
 
「ログレス陛下の仰られた通りだわッ!!  
<ヴェカンタ>の力は現実界に確実に浸透し変貌させつつあるッ!!」  
 
ならば、この世界の火のエネルギーの流れに干渉し、支配下に置くのも容易なハズ  
――――オカマ魔人の読みは正解だったらしい。  
地球の中心でグラグラと煮え立っているマグマの熱が、  
信じ難いほどの膨大な魔力に変換されて自分のカラダを潤してくれる。  
全身に漲る巨大なパワーを以ってすれば、  
小癪な<戦士>もクソ生意気なエルフも、このトウキョウとか言う、薄汚い都市の燃え残りもろとも、  
跡形もなく焼き尽くしてやる事が可能だろう・・・・。  
 
「べ、ベノンめ・・・・あんな事までッ!!」  
 
からくも難を逃れたパートナーの口から、呻きにも似た呟きが漏れた。  
彼女を抱きかかえたまま、地上の光景を見下ろす優子にも言葉が無い。  
 
東京都心のド真ん中に、巨大な活火山が出現していた。  
天高く噴煙を噴出する火口の周囲では、  
流れ出した溶岩と真っ黒に煤けた市街の残骸とがごった煮となり、  
引っ切り無しに隆起と沈降を繰り返しながら、奇怪な山塊を形作っている。  
 
「現実界に来てまで、とことん趣味が悪いな・・・・」  
 
吐き捨てるような女剣士のセリフ。  
どうやら、不気味な山容は、にやついた笑いを浮べる暗黒五邪神の表情を模したもののようだった。  
蒼髪の少女もまた、心底嫌そうな顔をしていたが、  
眼下の噴火口――――全てを呑み込まんと欲して開かれた炎邪の顎から、  
血の色をしたマグマの奔流がせり上がって来るのを見て取ると、  
大急ぎで、張り巡らせた大気の防壁に更なる魔力を注ぎ込んだ。  
 
ズゴゴゴゴォオオオォォォ――――ッ!!!!  
 
ぞっとするような爆発音と共に、  
大地の底から吸い出されたエネルギーが火竜となって上空に舞い上がった。  
機敏な空中動作で、噴火の直撃をかわす優子だったが、  
溶岩の飛沫は何千何百もの火球となって襲い掛かり、  
不可視のバリアーに弾かれては辺り一面に青白い魔力の火花を撒き散らす。  
 
『グバババッ!!どうだい、アタシの力はッ!!』  
 
ビブラートの掛かった不気味な濁声・・・・正確には思念が、頭の中にやかましく響き渡る。  
同時に、山塊全体がギシギシと地響きを立てながら蠢動し、  
怒れる大地と一体化した魔人の形相が、より一層、邪悪なものへと変化していった。  
 
『グフフフ、滾る・・・・カラダが滾るわッ!!  
今や、地球の内部に詰まっているマグマの全てが、  
アタシの血となり肉となってエネルギーを与えてくれるぅぅッ!!』  
 
ベノンお得意の大言壮語だったが、  
今度ばかりは単なる誇大妄想と決め付ける訳にもいかない。  
「ベノン火山」は、最初の爆発の後も勢いを減じるどころか、  
回を重ねるごとに着実に噴火規模を増大させ、間隔も次第に短くなっていた。  
 
「どうするんだ、優子ッ!?」  
 
隻眼のエルフが切迫した口調で訊ねてくる。  
空中を飛び回っている限り、直撃をかわし続ける事は容易だろうが、  
今のペースで噴火が繰り返されれば、東京はおろか、関東一円、いや、日本列島全てが、  
已む事を知らない火山活動とそれに伴う地震や津波によって大被害を蒙るのは明らかだった。  
 
「・・・・・・・・」  
 
すぐには答えずに、目の前で起きている情景にじっと目を凝らす<ヴァリスの戦士>。  
今まで戦ってきた怪物たち、あるいは、ガイーダやギーヴァといった暗黒五邪神と比べてさえ、  
ベノンのパワーは圧倒的であり、破格と言っても過言ではないだろう。  
・・・・だが、しばらくして、パートナーに向けられた少女の表情には、  
およそ、この場の雰囲気にふさわしいとは思えない、穏やかな微笑が浮んでいた。  
 
「どうするもこうするもないわ・・・・自分の力を信じるだけ」  
 
「なッ、お前、まさかッ!?」  
 
半ば本能的に、パートナーの態度の裏に隠された意図を看破した女剣士が、叫び声を発する。  
――――だが、その時既に、蒼髪の少女は、大気の魔力を封じた丸盾を後に残して、  
悪魔の火口に向かって突入すべく、空中に身を躍らせ急角度で降下していた。  
 
「デルフィナさんは、ここを動かないでッ!!」  
 
一言言い残したきり、もはや、女エルフの制止を一顧だにせず、  
白銀色に光り輝く愛剣を握り締め、猛スピードで吶喊していく優子。  
一点の曇りもない、清澄な霊気を纏った切っ先の目指す先、  
視界一杯に横たわるヴェカンティの大貴族の禍々しい凶相目がけて、ただ一直線に――――。  
 
『グギャギャギャッ!!笑止、笑止ィッ!!  
今のアタシの前では、<ヴァリスの戦士>など敵ではないわッ!!』  
 
嘲笑と共に、ゴボゴボと喉を鳴らす暗黒五邪神。  
大地の底から、強烈な硫黄の臭いのする噴気に包まれた、オレンジ色の溶岩流が込み上げてきて、  
噴火口全体が真紅の炎色に染まっていく。  
 
そして・・・・・・・・。  
 
ズドドドォォォオオンッッッ!!!!  
 
腹に響く轟音と共に、山容を一変させるような大噴火が巻き起こった。  
高々と噴出する高熱のマグマが、荒れ狂う竜巻の如き火山ガスが、高射砲の弾幕を思わせる溶岩弾が、  
火口の上空一帯を包み込み、急降下してくる少女を包み込んでしまう。  
 
「ゆ、優子ォォォッ!!!!」  
 
銀灰色の円盾にしがみ付いたまま、悲痛な絶叫を放ち上げる女エルフ。  
安全圏に居て直撃を免れた彼女でさえ、  
噴火の際に生じた衝撃波で危うく吹き飛ばされそうだったのである。  
大地の怒りをそのまま体現するかの如く立ち昇った特大サイズの火柱に向かって、  
真正面から突っ込んでいく友の姿に、恐慌に駆られたとしても責める訳にはいかないだろう。  
 
『ヒャハハハッ!!消し飛べェェッ!!  
地獄の業火に焼かれて、儚く燃え尽きるがいいわッ!!』  
 
灼熱の溶岩に呑み込まれた<ヴァリスの戦士>に、  
己れの勝利を確信した炎の魔人が狂気の雄叫びを放ち上げた。  
一方、金髪のエルフはと言えば、目の前で起きた惨劇が信じられないのか、  
独楽のように回転する円盾にしがみついたまま、必死にパートナーの名を呼び続けている。  
 
――――と、次の瞬間。  
 
「こ、これは・・・・?」  
 
蒼白に変じた頬に舞い落ちたのは、ひとひらの羽毛。  
眼尻から流れ落ちる熱い涙滴に触れた途端、  
一抹の冷気を残して蒸発した不可思議な感触に、殆ど無意識の動作で上空を仰ぎ見るデルフィナ。  
視界に映ったのは、背中に清らかな氷雪の霊気で出来た純白の双翼を背負った現実界の少女・・・・  
分厚く垂れ込めた雲間から降り注ぐ一筋の光条に乗って、  
まるで、天から遣わされた大天使の如く、地上に舞い降りようとしている神秘的な姿だった。  
 
「ゆ、優子ッ!?」『チィッ、小娘がぁッ!!』  
 
歓喜と憎悪、二つの叫び声が天空に木霊する。  
仲間の無事を心からの安堵の表情で迎える女剣士には、穏やかな微笑みを、  
仕留め損ねた獲物の姿に悪鬼の形相を見せる魔将軍には、厳しい眼差しを、  
各々送り届けながら、蒼髪の少女は背中の聖翼を大きく広げ、<ヴァリスの剣>を構え直した。  
 
『ええい、しゃらくさいわねェッ!!  
ギーヴァの力を解放したぐらいで、今のアタシを倒せるとでも思ってるの!?』  
 
怒気を露わにした魔将軍が溶岩で形成された顔面を真っ赤に染めた。  
地の底から汲み出したエネルギーが最高潮に達した「ベノン火山」は更なる成長を遂げ、  
頭部に加えて、胴体や手足まで揃った完全形に進化したばかりか、  
大地の束縛からさえ解き放たれ、一個の生命体へと変貌を遂げようとしている。  
何億トンものマグマによって形作られた、巨大と形容するのさえ憚られるほどの大巨人は、  
完全に直立したならば、おそらく成層圏にまで達する身の丈に、  
僅かに身じろぎしただけで日本地図を書き直さねばならなくなるような、桁外れのパワーを備えている筈だった。  
 
「そうはさせないッ!!」  
 
決然とした口調で宣言した<ヴァリスの戦士>が、再度、聖なる白刃を、  
真下――――赤黒く焼け爛れた両腕を伸ばし、空中の敵をはたき落とそうとする生ける火山――――に向けた。  
 
『たわけた事をッ!!アンタに何が出来るってのよッ!!』  
 
身の毛もよだつ咆哮と共に異形の巨人が半身を起こし、  
大気に触れて真っ黒に冷え固まった溶岩の目玉が、  
小五月蝿く飛び回る双翼の少女を、じろり、と睨み付ける。  
未だ完全に凝固しきってはいない「皮膚」の隙間から真っ赤なマグマの滴を垂れ流しつつ、  
ゴツゴツとした指先が迫ってきて――――不意に、停止した。  
 
「こうするのよッ!!・・・・<アイス・フェザー>!!!!」  
 
一瞬、<ヴァリスの剣>が青白い煌きを発し、  
次いで、少女の体を包み込むかの如く、  
無数の羽毛――――氷点下の冷気をまとった純白の魔弾が出現する。  
 
『ぐぬぅうううッッッ!!』  
 
今まさに、少女の五体を捻り潰さんとしていた黒い左手が、  
何千もの氷雪の刃を突き立てられ、ボロボロと崩れ落ちていった。  
更に、愕然として目を瞠る炎の巨人を目がけて、天空から無数の矢羽根が降り注ぐと、  
ヒマラヤの巨峰にも匹敵する巨躯を氷雪の牢獄へと幽閉して、  
かつて優子自身を凍死寸前にまで追い詰めた、ギーヴァの死の息吹を吐きかける。  
 
『グォオオオッ!!アタシを・・・・舐めるなァァァッ!!』  
 
絶対零度のブリザードに全身を切り刻まれながら、  
憤怒に満ちた雄叫びを放ち上げるヴェカンティの魔人。  
分厚い岩盤に守られた心臓部・・・・暗黒王から与えられた<ジュエリー>の欠片が赤熱し、  
ジワジワと手足を凍てつかせ、動きを鈍らせていく魔性の冷気を押し戻すと共に、  
周囲を包囲する凍てついた白刃の群れを次々に蒸発させていく。  
 
――――だが、ベノンの抵抗もそこまでだった。  
 
「風よ!!大気の縛めとなって、炎の力を封じ込めろッ!!」  
 
凛とした掛け声が響き渡ると同時に、  
今まで専らデルフィナの守りに用いていた、アイザードの宝玉のパワーが、  
はじめて宿敵との決戦の場に投入される。  
 
『うぐ・・・・ぉおぉ・・・・か、カラダが・・・・うぉおォォォッ!!』  
 
強大な風の魔力が、巨人の四肢を絡め取り、  
雁字搦めに縛り上げて、身動きをとれなくしてしまう。  
のみならず、第二の<ジュエリー>の魔力は、  
これまでの戦いで冷え固まり、大小無数の亀裂を生じていた巨体の内部に易々と侵入し、  
全身を流れるマグマの血流へと作用して、各地でエネルギーの循環を阻害し始めていた。  
 
無論、命綱に等しい体熱の供給を断たれては、  
いかに規格外の怪物といえども、凍てつく寒気に抗し切る事など夢物語である。  
すでに手首から先を喪失していた左右の腕が真っ白な氷に覆われて動かなくなったのに続いて、  
完全に凍りついて脆くなった下肢が自重を支えきれなくなり、ガラガラと自壊していく。  
胴体と頭部だけは、<ジュエリー>に守られて、何とか崩壊を免れているものの、  
それらとて、終焉の刻を迎えるのはもはや時間の問題に過ぎなかった。  
 
『ううう・・・・バ、バカな・・・・このアタシが・・・・こんな、小娘に・・・・』  
 
断末魔の苦悶に打ち震えるヴェカンティの大貴族。  
真っ白な霜に覆われたその額に、冷たい感触  
・・・・全身を凍りつかせている冷気よりもなお冷たい、鋼の塊が突きつけられた。  
<ヴァリスの剣>――――直感的にそう悟ったベノンは、  
もはやピクリともしない手足を動かそうと、半狂乱に陥りながら無様にのた打ち回る。  
 
『ひ、ひぃぃッ・・・・や、やめろ・・・・やめろぉッ・・・・!!』  
 
「わたしはもう迷わない。  
お前たちが己れの野望のために世界を破壊するというなら、必ず止めてみせる。  
そして、麗子を取り戻す・・・・わたしの生命に代えても」  
 
静かに言い放つと、優子は、恐怖に凍てつく炎の魔人の表情を透徹した眼差しで睨めつけた。  
そして、醜悪な氷のオブジェと化した顔面に向かって、  
磨き抜かれた水晶のように一点の曇りも無く澄み切った刃を、正確無比に振り下ろす。  
 
「砕け散れッ!!アース・クエイクッッッ!!!!」  
 
(・・・・終わった、な・・・・)  
 
次元の狭間。時間と空間が重なり合う、秘密の暗渠。  
幽鬼・・・・それも、今やヒトガタとしての輪郭をかろうじて維持しているに過ぎない、あやふやな存在が、  
時折、チラチラと不気味に明滅を繰り返しながら、仮初めの生に執着し続けていた。  
 
(・・・・いや、終わりの始まり、と言うべきか・・・・)  
 
流れるようなプラチナ・ブロンドの長髪も、  
怜悧な知性を湛えていたエメラルド・グリーンの双眸も、  
今では、半分以上透き通ってしまい、周囲の空間と殆ど見分けが付かない有様だった。  
 
――――だが、それでいて、彼・・・・かつて、アイザードという名で呼ばれていた存在の残り滓は、  
まるで、自分が置かれている現状を愉しんでいるかの如く、不遜な笑みを浮かべている。  
 
(ガイーダが斃れ、ギーヴァが死に、今また、ベノンが滅ぼされた。  
残るはヴォルデスだけだが、ヤツとて時間の問題だろう・・・・)  
 
ククク、と喉を鳴らす青年魔道士。  
死に絶えた者の中に、彼自身の名が数え上げられていないのは、  
負け惜しみか、はたまた、深い意味のあっての事か・・・・。  
 
(・・・・では、私も行くとしようか。<導き手>の待つ、約束の地・サザーランドへ・・・・)  
 
 
 
――――――――TO BE CONTINUED.  
 
 

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