――――サザーランド。研究区画の一角。医療施設。  
 
『ひぐぅ・・・・あひぎぃいいィィィッ!!!!』  
 
紫色の培養液に満たされた生体ポッドの中、  
ぬらぬらと妖しくぬめり光る触手生物の群れに絡み付かれて悲鳴を上げるエルフの女剣士。  
分厚い強化ガラスに隔てられているため、悲痛な叫び声が外界に漏れ出る事はないものの、  
本来の美貌など想像さえ出来ない程、醜く引き攣っている相貌を見れば、  
彼女の味わっている苦痛の凄まじさは一目瞭然である。  
 
ずちゅッ・・・・じゅちゅッ・・・・ぢちゅるるッ!!  
 
紐状の肉塊がニュルニュルとうねり、性感の増したなめらかな肌の上でおぞましい体液を引き摺る。  
拘束から逃れようと足掻く、美しき獲物の抵抗に興奮を覚えたのか、  
汁液の分泌量を増大させた先端部分がムクムクと膨張し、手首ほどの太さに変化した。  
 
「ひぃッ!?だ、だめ・・・・だめぇッ!!」  
 
まるでアイザードとの色恋沙汰を経験する以前の無垢な時分に戻ったかのように、  
自由の利かない体をガクガクと震わせるデルフィナは、必死にかぶりを振った。  
目の前では、無数の環節部から粘ついた液体を湧出させている触手が、  
まるで自分自身の存在を誇示するかの如く、赤々と腫れたコブ状の突起を収縮させてみせる。  
頂上の部分には小さな割れ目があり、全身を覆っている不浄な体液とは異なる質感の、半透明な蜜が滲み出していた。  
 
(う、嘘ッ!?)  
 
邪まな魔術と遺伝子レベルでの生体改造技術の融合によって生まれた人外の魔物とは言え、  
これが生殖行為を目的とした器官である事は一目で理解できた。  
実際、そこからは、培養液の生臭さなどとは比較にならない、強烈な性臭が立ち込め、  
抗い難いフェロモンが牝の本能を刺激して、発情へと誘っている。  
 
「あ、ぐぅ・・・・うううッ!!」  
 
すでに秘裂の内側では熱いとろみが溢れ返っている。  
子宮が、ドクン、と大きく脈を打ち、  
強烈な衝撃波が脳天に向かって猛スピードで突き上がっていった。  
自制など到底不可能な牝の欲望、淫らな本性が、  
心臓を早鐘のように打ち鳴らしつつ、さらなる快楽を求め続ける。  
 
じゅぶりッッッ!!!!  
 
ひときわ太い触手の一本が、むっちりとした下半身の間に頭を潜り込ませて来る。  
愛液でベチョベチョに濡れた恥毛の密林を撫で付けるように何度かまさぐりながら、  
最適の突入角度を探し当て、縦筋を結ぶ乙女の入り口をノックする。  
彼の動きに呼応して、手足を拘束していた同胞達が女剣士の体躯を持ち上げて、  
水中で仰向けに寝かせ、汁みどろの太股が水平になるまで股を広げさせた。  
 
「あああッ!?あぎぃいいいいッ!!」  
 
悲鳴を上げた反動で下肢の筋肉が緩んだ瞬間、  
不浄な先端が、サーモンピンクに染まった聖域に侵入を開始した。  
狭苦しい小道を押し拡げ、肉の塊りを遮二無二に詰め込んでくる。  
必死に逃れようとするデルフィナだったが、緊縛された手足は動かす事さえ容易ではない。  
もっとも、たとえ五体の自由が利いたとしても、  
密閉された培養槽の中では逃げ場など何処にもある筈が無かったのだが・・・・。  
 
ズブッ・・・・スブブッ・・・・ジュブブブッ!!!!  
 
ブザマに引き攣る股関節の中央部で、蜜壷がゴリゴリと穿られていく。  
おぞましい肉縄の感触が子宮口のクビレを強引にこじ開けると同時に、  
鈍痛を伴った拡張感が臍穴に向かって直進していった。  
 
「いひゃあッ!!くるな・・・・もう、こないでぇッ!!」  
 
醜悪な怪物によって何もかも踏み躙られてしまう戦慄と屈辱に、  
さしもの彼女も歯を鳴らし、顔色を蒼白に変えた。  
心臓の鼓動がどんどん速く、激しくなり、えずくように苦しげな喘ぎを搾り出す。  
子宮の奥壁にまで達した異物の感触が信じ難いほどの激痛となって全身の神経をショートさせ、  
視界全体で、何千何万ものカメラの放列が一斉にシャッターを切ったかのように、無数の稲光が弾け飛んだ。  
 
――――だが、その苦痛も長くは続かない。  
 
「あくぅッ!!ああ・・・・ふあぁあッ、んふぅうッ!!」  
 
痛みが限界を迎えたところで、一瞬、五感の全てが消失し、  
次いで、つい今しがたまで激痛と苦悶をカラダ中に撒き散らしていた筈の陵辱者から、  
今度は、恐るべき量の快楽物質がぶちまけられて、  
瞬く間に、膣と言わず、子宮と言わず、下半身全体を、性感の大波がペロリと呑み込んでしまう。  
 
「あぁ・・・・ふぁう・・・・はぁああ・・・・」  
 
快楽電流がビリビリと熱く迸り、秘唇のわななきが脊髄を往還する。  
全身の交感神経が性感帯と化してしまったかの如く、あらゆる場所から快感が流れ込み、  
頭の中を真っ白な靄によって包み込んだかと思うと、えも言われぬ悦楽によって思考を強制停止させた。  
汚液に穢れた白い頬は淫熱を帯びてピンク色に紅潮し、  
エメラルド・グリーンの双眸はトロンと蕩けて、酩酊したような視線を彷徨わせている。  
 
次の瞬間。  
 
「ああッ・・・・そ、そこはぁ・・・・んぁはぁあああッ!!」  
 
何本もの細い肉蛇が互いの身体を絡めて、ドリル状に捩り合った複合触手が、  
未だ手付かずのままだったもう一つの孔・・・・アヌスに向かって突入を開始した。  
膣と子宮を占領している侵略者に、感覚の大半を奪われていた隙を衝かれて、  
一気に菊口を食い破られ、直腸内への侵入を許してしまう。  
 
「ひぁううッ・・・・はふぅあぁあああッッッ!!!!」  
 
心ならずも腰をぶるぶると震わせる金髪エルフ。  
何千何万もの小さな虫が這いずり回るような異様なゾクゾク感が脊髄へと突き抜け、  
我知らず反り返った爪先が紫がかった培養液をバシャバシャと攪拌した。  
ひとかたまりになって肛門に侵入した小触手の群れは、  
最も狭く、きつい肉襞の間を掻い潜るなり、パラバラにバラけてしまい、  
得体の知れない捕食動物の如くわしゃわしゃとうねりつつ、我が物顔で直腸内を捏ね回していく。  
 
「うぁはああッ!?あむぅッ・・・・うくぁ・・・・ふひぃあああッ!!」  
 
デルフィナ本人の腸液と魔生物の体液とが混じり合った奇怪な液汁を潤滑剤にして、  
あたかもアナルの小皺の一本一本を丹念に引き伸ばしていくかの如く、排泄器官を貪り尽くす。  
肩肘を強張らせて拘束された両手首をかち鳴らし、豊かな尻を狂おしげに打ち揺らすたび、  
内臓の内側から痺れるような快感が溢れ出し、甘美な肛悦の波動が身体全体を覆っていった。  
 
尻穴深く入り込んだ魔生物は、結腸孔まで食指を伸ばし、  
直腸そのものを波打たせては、フジツボのように裏返った腸粘膜から濁った汁を飛沫かせている。  
すっかり弛緩してしまった肛門付近では、  
今まで他の場所を襲っていた触手までもがピストン運動を繰り返し、  
真っ赤に腫れ上がったすぼまりを、これでもか、とばかりに嬲り回していた。  
許容範囲を遥かに超えた量の異物が排泄器官に入り込んで激しくのたうち、  
無数の快楽火花が弾けては、粘膜という粘膜を焼き尽くしていく。  
 
「あッはぁああああッッッ!!!!」  
 
肛虐の快美に屈した女剣士の肉体は、  
間断なく痙攣を走らせながら、最低最悪の絶頂に向かって追い詰められていく。  
最後に残った理性を振り絞り、必死に抗おうとはしているものの、  
押し寄せる快楽の大波が全てを呑み込み、攫い尽くしてしまうのはもはや時間の問題だった。  
 
ぐちゅッ!!ぬちゅ、ちゅるじゅッ!!ずちゅるにゅッ!!  
 
容赦なく掻き回される肉壷から、沸騰した甘露が溢れ返る。  
過熱する肉体は悦楽の波紋に騒いで総毛立ち、  
決壊した汗腺からねっとりとした汗を垂れ流して歓喜に咽いだ。  
口元からはとめどなく湧き出してくる唾液の糸がダラダラと流れ落ち、  
エメラルド色の瞳はトロトロに蕩け切って、焦点さえ結べなくなってしまっている。  
 
――――その直後。  
 
「あひぃいッ!!いはぁ・・・・きひぃあぁああああッッッ!!!!」  
 
なけなしの抵抗を木っ端微塵に吹き飛ばした圧倒的な法悦が、  
金髪エルフの意識に深々と牙を突き立て、一片の哀れみも情け容赦も無く、噛み砕いた。  
結腸孔を抉られた瞬間、脳味噌の中で極彩色の火花が飛び散り、  
魂そのものが抜き去られてしまったかのようなフワフワとした浮遊感に包まれる。  
 
――――びゅぶぶぶッ!!ぶしゃあああああッッッ!!!!  
 
飛翔感に打ち上げられる、肛門絶頂。  
ここに来てやっと本来の役目を思い出した腸筒が収斂して、  
ニュルニュルとうねる異形の肉蛇を一気にひり出し、体外へと放出しようと試みる。  
ほぼ同時に、子宮と膣襞も限界に達したらしく、  
前後の穴から噴出した気泡交じりの大量の体液が質の悪いワインのような色合いの培養液と混じり合い、  
グシャグシャに攪拌しつつ、正体不明の不気味なカクテルへと変えていく。  
 
「はへぇあぁあああ・・・・」  
 
恍惚の笑みを浮かべたまま、惚けているデルフィナ。  
切れ長の双眸は快感に蕩けきり、  
零れ落ちた大粒の涙がだらしなく緩んだ頬筋をダラダラと流れ落ちていく。  
秘裂と菊門が熱いとろみで浸されるのが信じ難いほど心地よく、  
ブルブルと両肩を打ち震わせながら、甘い喘ぎ声を漏らし続ける姿には、  
もはや<戦士>のプライドは微塵も感じられず、娼婦以下の体たらくと言っても過言ではない。  
 
・・・・だが、獲物を陵辱する事だけが己れの存在理由である魔生物にとっては、  
この程度の性交はまだまだ序の口に過ぎなかった。  
一分も経たないうちに新たな触手が立ち現れ、  
虚脱状態で快楽の余韻に浸っている豊満な肢体を貪ろうと試みると、  
すでに一度穢らわしい精を吐き終えていた同輩もまた、  
負けじとばかり、肉筒を復活させて、新参者と縄張りを競い合う。  
 
果てしなく繰り広げられる陵辱により、全身を嬲り抜かれ、穢し尽くされる女剣士・・・・。  
瞳に宿っていた、美しく、凛とした意志は、最後の一滴まで奪い取られて、  
あらゆる希望を断たれた無間地獄を彷徨いながら、欲情に咽び泣く事しか許されなかった――――。  
 
 
サザーランド。ニゼッティーの神殿。地下の秘匿空間。  
 
――――――――ガシアァァンッッッ!!  
 
大仰な着地音を響かせて、昇降機は動きを止めた。  
足元に戻った重力の感覚が、  
この場所が終着点・・・・最下層部である事を告げている。  
 
(ここが・・・・神殿?)  
 
古めかしい鎧戸が開け放たれ、眼前に現れた光景に、一瞬、息を呑む優子。  
広がっていたのは、人工の照明に照らし出された白亜の大ホール。  
幅も奥行きも一体どれぐらいあるというのだろうか?  
地の底に作られた施設とは思えないほど広大な空間が、見渡す限り、続いている。  
背後を振り返ると、ヴァルナもまた同感であったらしく、薄青色の目を大きく瞠っていた。  
 
「あれだ・・・・」  
 
客人たちの反応には取り立てて関心を示す様子も無く、ホールの一角を指し示す老賢者。  
注目した先には、古代のピラミッドを連想させる形状の、巨大な  
――――さすがにエジプトにある本物ほどの大きさは無いものの、  
威容、という点では決して遜色のない――――白大理石のモニュメントが屹立していた。  
 
「もう長い間、仕舞いっ放しだったが・・・・」  
 
低い声で呟くと、ニゼッティーは、純白の石壁に向かって片手をかざし、一言二言、何かを呟く。  
呪文か?と思ったのは現実界の少女の方で、  
魔道士としての経験において彼女より秀でているヴァルナには、  
呪文ではなく、魔術によって封じられている何者かを解放するためのキーワードだ、と、すぐに分かった。  
 
ゴゴゴゴゴゴ――――!!!!  
 
地鳴りにも似た重々しい震動音。  
食い入るように見つめる二人の少女の前で、大理石のモニュメントの頂が割れ、  
内部に封じられていた物・・・・優子の背丈ほどもあろうかという大きさの大剣が、  
瘴気と見紛わんばかりの強大な霊気を立ち上らせながら、空中へと浮上する。  
 
「ま、まさかッ!?」  
 
叫び声を発したのは、夢幻界の王女。  
衝撃の大きさを物語るかのように、双眸は大きく見開かれ、  
呻きとも喘ぎともつかない、くぐもった吐息さえ漏らしてしまう。  
 
「<レーザスの剣>!!何故、こんな所にッ!?」  
 
「無論、アイザード卿が持ち出されたからでございます。  
おそらく、ヴァリア様は、<ファンタズム・ジュエリー>の喪失以上に、  
事実が露見するのを恐れられ、あなた様にさえ、隠し通されていたのでしょう。  
何しろ、この剣が作られた目的は、<古の封印>の破壊、なのですからな」  
 
ニゼッティーの視線が、蒼髪の少女へと移動する。  
<古の封印>という単語が何を指すのか?は不明だったが、  
老人の顔に浮かぶ、使命は果たし終えた、という強い安堵感を一目見れば、  
それが今は亡き青年の遺志であり、自分を呼び寄せた理由なのだ、という事は容易に推測可能である。  
 
「ふむ、ヴァルナ様は兎も角、何も知らない優子さんには説明が必要でしょう。  
・・・・よろしい、少し長い話になりますが、お聞き頂けますかな?」  
 
「え、ええ。お願いします」  
 
少し緊張した面持ちで応じる少女。  
穏やかな微笑を向けたまま、老賢者は語り始める。  
暗黒界の起源と夢幻界との闘争の歴史を、  
・・・・そして、終わりなき戦いを終わらせるために、あの青年が実行しようとした計画の真実を――――。  
 
全ての発端は、ヴァリアの中に生じた<ヴェカンタ>だった。  
 
無論、彼女自身が望んだ訳ではなかったが、  
多元宇宙――――<現実界>と総称される無数の時空体を創造する過程においては、  
世界の森羅万象を司る者として、それに全く触れずにいる事など不可能だったのだ。  
 
そもそも、<ヴェカンタ>の本質は変化を司るエネルギーであり、  
悪しき局面においてのみ発現する訳では決してない。  
破壊であろうが創造であろうが、事物が動く時には必ず発生し、  
程度の差こそあれ、周囲に影響を及ぼさずにはいられない性質を有しているのである。  
 
それでも、最初のうちは、女王自身の強大な力に比すれば、ごくごく限定的な影響に過ぎず、  
警戒さえ怠らなければ、コントロールは充分に可能だと考えていたのだが・・・・。  
 
だが、時は呆れるほどに長かった。  
 
優子達の生まれた世界――――地球の時間に換算すれば、百数十億年という途方もない間、  
多元宇宙を構成する数多の世界を生み出し、成長させ、安定させるうちに、  
<暗>の要素は着実に蓄積されていき、  
いつしか、彼女自身をも侵食しかねない、危険なレベルにまで達してしまったのである。  
 
恐れを感じた夢幻界の支配者がとった行動は、  
<暗>の力に冒された自らの一部を分離して、新たに作った異空間に封じる事だった。  
ヴァリア自身の手によって行われたその封印が<古の封印>であり、  
また、切り離された<ヴェカンタ>が閉じ込められた異空間こそが、  
後に暗黒界、<ヴェカンティ>の名で呼ばれる事になる、負のエネルギーに満ちた魔界なのである・・・・。  
 
「そんなッ!?じゃあ、最初に<暗黒界>を作ったのはッ!?」  
 
愕然とする現実界の少女。  
傍らでは、当のヴァリアの娘が視線を床に落としている。  
表情を変えなかったのは、ニゼッティーただ一人だった。  
 
「ヴァリア様とて、悩み抜かれた上での事だったのでしょうな。  
少なくとも、簡単に下せる決断ではなかった筈。  
なぜならば、これはご自身を大きく犠牲にする行為でもあったのだから。違いますかな、ヴァルナ様?」  
 
「・・・・え、ええ・・・・たしかに、おっしゃる通りです・・・・」  
 
老人に促されて、夢幻界の王女は、ようやく重い口を開く。  
なるべくならば、母親を傷つけずに済むよう、  
かと言って、<ヴァリスの戦士>に対して混乱や困惑をもたらす事も無いように、  
使用する言葉を慎重に選びつつ、ぽつり、ぽつり、と話し始める。  
 
「・・・・母が衰え始めたのは、大分裂にかなりの力を使ってしまったからだ、と聞いています」  
 
結果、<古の封印>によって封じ込めた筈の<暗黒界>は徐々に勢力を増し、  
やがて、封印の一部を無力化して、限定的ながら現実界にも影響力を行使するまでに至ったのだ、と。  
 
「・・・・その後に起きた出来事は、おそらく、優子さんも聞き知っているのではありませんかな?  
つまるところ、そのような事態が生じる、と半ば分かっていても、  
あの時点では、ヴァリア様には他に打てる手が無かった、という次第なのですよ」  
 
ヴァルナの後を引き取った老賢者は、『あの時点では』という箇所を特に強調してみせた。  
直後、夢幻界の少女が、何か言いたげに、言葉を発しかけたものの、  
黒衣の老人に一瞥されただけで気勢を殺がれたらしく、すごすごと押し黙る。  
一つうなずくと、ニゼッティーは<ヴァリスの戦士>へと向き直り、  
ここからが肝腎だ、とばかりに、一気に畳み掛けるかのような勢いで語り始める。  
 
「大分裂の際、生まれた存在が、<暗黒界>の他にもう一つある。  
君たちの世界・・・・現実界に誕生した、<人類>という新たな種だ」  
 
大分裂を決断した時点で、ヴァリアには、  
自らの消耗が多元宇宙に何をもたらすのか、大方の予想はついていた。  
いずれ、異空間に封じた<暗黒界>は強大化し、封印は弱体化していくだろう、と。  
 
それ故に、彼女には、<古の封印>が機能している間に、来るべき戦いに備えておく必要があった。  
だが、夢幻界は、その性質上、自前の戦力と呼べる存在を持つ事が出来ない。  
善なる目的のために為されるものであれ、悪しき目的のために為されるものであれ、戦いとは、  
結局のところ、世界に変化、つまり、<ヴェカンタ>の増大をもたらすものでしかないからだ。  
 
そこで考え出されたのが、<明>の力――――<ヴァリス>を帯びて戦う、現実界の<戦士>という存在。  
そして、供給源となる種族、<人類>だった。  
無論、どんな形を取ろうが、戦いは戦いであり、<暗>の力の源泉である事に変わりは無い。  
それでも、<人類>を戦場に送る事によって生じる<ヴェカンタ>の量は、  
夢幻界の住人を直接戦わせるよりは、遥かに低いレベルに留まるものだったのである。  
 
「・・・・このサザーランドは、そのようにして現実界から徴用され、  
戦いの末に命を落とした者たちの魂を、再び元の世界へと転生させるための安息の場であり、  
<戦士>たちが作り出される重要なサイクルの一部なのです」  
 
そこに目を付けたのがアイザードだった。  
当時、暗黒界との戦いの責任者の一人だった夢幻界の青年は、  
戦況を好転させるためには<戦士>として最高のポテンシャルを持った魂を生成する必要がある、と考え、  
サザーランドを拠点に研究を展開、同時にこの地を実質的な支配下に組み込んでいったのである。  
 
ただし、それは、正式な許可を受けてのものではなく、彼の独断によるものだった。  
いくら暗黒界との戦いに必要だからとはいえ、  
本来、自然の摂理に任せられるべき無垢なる魂に、人工的な改変を加えるなどという行為は、  
秩序と調和を司る夢幻界の支配者たるヴァリアにとって、到底許容出来ない事だったのである。  
彼女の認識では、器となるべき<人類>という種を創造し、  
<明>の力を宿した武器・・・・<ヴァリスの剣>を与える、という一事だけでも、  
確実に<ヴェカンタ>の増大を促す行為であり、やむを得ず容認しているに過ぎなかったのだから。  
 
「その上、アイザード卿の研究自体、最終的には頓挫してしまったのですからな。  
長年にわたる研究の末、ついに満足の行く魂が完成したものの、  
いざ、最強の<戦士>を生み出す段になって、制御に失敗してしまい、  
苦心して作り上げた魂は、3つに分裂して、三界へと飛び散ってしまった。そして――――」  
 
・・・・と、そこまで説明し終えたところで、ニゼッティーは唐突に言葉を切り、  
のみならず、語り始めて以来はじめて、逡巡するかのような表情を浮かべ、口を閉ざした。  
単に話の進め方を考えあぐねている、というよりも、  
話すべきか否か、という判断自体がつきかねているかのような、深い沈黙を前にして、  
俄かに不安げな面持ちになる優子とヴァルナ。  
 
意を決した老人が口を開くまでの、一瞬、否、半瞬にも満たない間、  
一体、幾つの視線が空中で交錯し、ぶつかり合い、  
幾つの問いかけが、声として発せられる事無く、口の中で空しく泡となって消えていっただろう?  
・・・・・・・・だが、その直後、老賢者が低い声で紡ぎ出した真実は、  
彼女達の脳裏をよぎった予想を遥かに超えて、強烈な衝撃をもたらす事になるのだった。  
 
「――――そして、三つの世界に、三つの生命が誕生する事になったのだよ。  
すなわち、現実界の優子、夢幻界のヴァルナ、暗黒界の麗子・・・・君達3人が」  
 
「なッ!?」「ま、まさかッ!?」  
 
驚愕の叫び声が、見事な和音を奏で合う。  
両目を張り裂けんばかりに見開き、呼吸を詰まらせる優子。  
今にも卒倒するのではないか?と思えても不思議ではないほど、顔面を蒼白に変えるヴァルナ。  
 
「ア、アイザードが、わたしたちを生み出した、ですって!!」  
「私たちは元々一つの存在だった、と、おっしゃるのですかッ!?」  
 
最初の衝撃が過ぎ去るや否や、  
堰を切ったかのように浴びせかけられる質問の数々。  
黒衣の老人は、努めて落ち着いた口調を保ちながら、答えを返した。  
 
「驚かれるのも無理はない。  
だが、お二方とも、どうか冷静に、最後まで話を聞いて下され。  
ご疑念の点に関しては、後で必ずお答えします故、今はどうか・・・・」  
 
「・・・・・・・・」  
 
今度は一転して、石のように押し黙る二人の少女。  
その沈黙をどう受け取ったのだろうか、  
老賢者は、コホン、と咳払いすると、おもむろに話を再開した。  
 
「先にも申し上げた通り、人為的な魂の改変は、あの御方の独断によるものであり、  
与えられた権限からは明らかに逸脱するものでございました・・・・」  
 
結果、ヴァリアから咎めを受け、以後、<戦士>に関わる事を一切禁じられるに及んで、  
アイザードは、<ファンタズム・ジュエリー>を奪い、夢幻界を出奔、暗黒界へと寝返ったのだ。  
だが、その一方で、彼は<ジュエリー>と共に持ち去った<レーザスの剣>をニゼッティーに預け、  
さらには、サザーランドの存在そのものをログレスに対して秘匿したまま、  
自分自身の軍勢を作り上げるべく、密かに研究を続けてきたのである。  
 
「おそらく、アイザード卿は、軍勢が完成した暁には、  
暗黒界の軍団の夢幻界侵攻を阻止するおつもりだったのでしょう。  
優子さん、あなたを密かに救出し、保護した上で、  
<ヴァリスの戦士>を討ち取った、とログレスに偽りの報告を送ったのも、その一環でした」  
 
もっとも、その策は、完全に篭絡したと思っていた<ヴェカンタの戦士>の裏切りによって失敗に終わり、  
彼自身の生命を縮める結果となって跳ね返ってきた訳だが。  
最後に、あの女戦士――――デルフィナもまた、  
おそらく、青年魔道士が自らの軍団を作り上げる研究の過程で生み出された兵士の一人なのだろう、  
と付け加えて、ニゼッティーは話を締め括った。  
 
「――――想像もしていませんでしたわ。  
彼の者が、そんな考えで動いていた、などとは・・・・」  
 
ため息と共に吐き出されたヴァルナの言葉は、重く沈んでいた。  
己れの私利私欲のために祖国を捨てた裏切り者、と言い聞かされてきた男が、  
実際には、誰よりも深く夢幻界の将来を憂い、  
(方法については全く問題無しとは言えないにしても)戦局を挽回する道を模索していた、とは。  
 
「・・・・・・・・」  
 
しばし無言のまま、ニゼッティーの語った内容を反芻する優子。  
衝撃的な話ではあったが、不思議と違和感は感じられなかった。  
脚色あるいは誇張を帯びてはいないか?という疑念も全くと言って良いほど生じず、  
むしろ、これまで胸の奥に留まり続けていたモヤモヤが一気に雲散霧消して、  
視界が急に開けたような爽快感が広がっていくのが良く分かる。  
 
(・・・・まったく、<ヴァリスの戦士>になって以来、驚く事ばかりだったけど・・・・)  
 
フフッ、と小さく笑みを漏らす、蒼髪の少女。  
怪訝そうな表情を浮べるヴァルナを一瞥すると、  
蒼髪の少女は、目の前の祭壇に突き立てられた、自分の身の丈ほどもある大剣へと近付き、  
地金が剥き出しの無骨な拵えの剣柄に細い指先を絡めると、すぅぅぅッ、と、大きく息を吸い込んだ。  
 
「まさか、わたしに姉妹が出来るとはねッ!!」  
 
裂帛の気合と共に、渾身の力を振り絞り、両手の指に力を込める。  
一点の曇りも無く澄み切った双眸が見つめるのは、強大な魔力を湛えた金剛不壊の刃。  
二度三度、ピシッ、ピシッ、という、耳障りな音が台座から響き渡ったかと思うと、  
原初の業火を宿した切っ先が久方ぶりに封印の桎梏から解き放たれ、  
少女の白い腕の中で燦然たる輝光を発しながら、荒ぶる竜の如く、四方八方に霊気を撒き散らした。  
 
その、次の瞬間――――!!  
 
――――ドゴオォォォンッッッ!!!!  
 
耳をつんざく大音響と共に、  
つい今しがた、三人を地下の神殿へと運んでくれた昇降機が跡形も無く吹き飛んだ。  
地鳴りのような衝撃波に続いて、  
飛散した瓦礫の破片が数十メートルは優に離れていた彼女たちの足元にまで届き、爆発の凄まじさを物語る。  
 
「い、一体、何事ですッ!?」  
 
突然の出来事に取り乱し、大きな叫び声を上げるヴァルナ。  
祭壇から引き抜いたばかりの<レーザスの剣>を手にしたまま、  
優子もまた、爆発のあった方角を振り返り、  
ニゼッティーさえもが、驚きを隠しきれない様子でその場所を見据えている。  
 
・・・・もっとも、夢幻界の王女は兎も角、他の二人の表情には、  
単なる驚愕だけに留まらない、もっと深刻で重要な感情が含まれていたのだが・・・・。  
 
 
――――――――TO BE CONTINUED.  
 
 

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