――――回想の中。  
 
「・・・・大きくなったな、麗子。前に会った時は、まだ赤ん坊だったが」  
 
(イラン人たちに声をかけられたのとは別の)静かな公園。  
ベンチに腰を下ろした赤毛の少女は、些か居心地の悪そうな表情で、  
黒革のコートを身に纏った白人男性を眺めやった。  
 
一体、何処の国の人間なのだろうか?  
外見だけを見れば、青年の容姿は明らかに日本人離れしていた。  
肩口まで伸ばしたプラチナ・ブロンドに、エメラルド・グリーンの双眸、  
すらりとした長身は、ゆうに180センチを越えている。  
それでいて、彼の操る言葉は、アクセントにも語彙にも全く非の打ち所の無い、  
今時、生粋の日本人でさえ、話せる者はまずいない、と感じられる程の完璧な日本語だった。  
 
「父の、お知り合いなんですか?」  
 
幾分、緊張した口調で青年に話しかける。  
目の前に佇む、一見優男風の若者は、穏やかで紳士的な言動とは裏腹に、  
あのオンボロ・アパートに単身乗り込み、準構成員と舎弟のチンピラ2人をあっという間に叩きのめしてしまった腕前の持ち主だった。  
 
(いったい、何者なの?)  
 
口には出さないものの、少女の中では、急速に疑念が膨らんでいた。  
たしかに父はやり手の実業家であり、各方面に多彩な人脈を広げてはいるが、  
これほど武術に長けた人物、しかも、外国人と知り合いだというのは、俄かには信じ難い話である。  
その上、流暢な日本語を操るこの青年の話し振りからすると、  
物心つく前の自分を見知っている、としか考えられないのだが、  
彼の年齢は、どう見ても30を越えているようには思えなかった。  
 
「ああ、もう随分と長い付き合いになるね。彼にはとても大事な仕事を任せていたから」  
 
「仕事を任せていた?」  
 
ますます訳が分からなくなる。  
仮に、この外国人の話が本当だとしたら、  
自分の父親とは単なるビジネス・パートナーではなく、  
エージェントとクライアントの関係にある、という事になる。  
 
日本を代表する大企業のトップという訳ではないにせよ、  
自分の父はビジネス界では名の知れた実業家であり、  
二回り以上も年下の若者から指図を受ける姿など到底想像し難い。  
それとも、彼は、世界でも指折りの大資産家の一族か何かで、  
あの尊大な父親でさえ、へりくだって接さざるを得ない身分だとでもいうのだろうか?  
 
まさか、そんな筈はないだろう、と、心の中でかぶりを振る麗子。  
・・・・だが、青年が次に発した言葉は、彼女を凍りつかせるに十分なものだった。  
 
「――――君を育て上げる、という大事な仕事をね」  
 
「!?・・・・あ、あの、それってどういう意味なんでしょうか?」  
 
唐突に、話題が自分に及んで来た事に目を丸くする赤毛の少女。  
一瞬、薄いクチビルの端を皮肉っぽく歪めた優男は、  
彼女にとってこれ以上はないくらい、衝撃的な一言を、  
場違いと思えるほどに平然とした口ぶりのまま、言ってのけた。  
 
「言葉通りの意味さ。  
まぁ、多少、火遊びが過ぎる性格になってしまったきらいはあるが、  
それでも、彼らは、概ね私が希望した通りの娘に君を育ててくれたよ」  
 
(な、何を言い出す気なのッ!?)  
 
謎の青年の口調に潜む、途轍もなく不穏な響きに気付いて、無意識のうちに表情を固くする麗子。  
フフッ、と薄く笑った、プラチナ・ブロンドの異邦人は、ラベンダー色の双眸をじっと覗き込む。  
 
「君は何も知らされずに育ってきた。  
そうした方が良い、と、私が判断し、二人にはきつく命じておいたからね。  
――――しかし、それも今日限りだ。  
今より君は、この世界、いや、全ての時空の行方を左右する存在となる。  
<アンチ・ヴァニティ>の力を以って戦う<戦士>に、ね」  
 
(・・・・<アンチ・ヴァニティ>?<戦士>?)  
 
何をトンチンカンなコトを、と言いかけて、ハッ、と息を呑む麗子。  
青年から放たれる、圧倒的なまでの存在感、  
それが、自分の中に在る何か――――今まで無意識の底に封じられ続けてきた、真実の存在――――に向かって、  
呼びかけ、叩き起こし、無理矢理に引き摺り出そうとしている!!  
 
(い、厭ッ!!それだけは、駄目ッ!!)  
 
本能的な恐怖が、少女の心を鷲掴みにする。  
急いでこの場から逃げなくては、と思うものの、  
両足は、まるで石と化して地面に張り付いてしまったかの如く動かない。  
蛇に睨まれたカエルのように、身動き一つ叶わないまま、  
ただひたすら、眼前の男を凝視する事しか出来ずにいる<現実界>の少女。  
 
――――次の瞬間、彼女の額に向かって、白くしなやかな青年の指先が突き出され、  
途轍もなく冷え冷えとした感触が、少女の記憶に施された封印を引き剥がした。  
 
(ああッ・・・・あああッ!?)  
 
押し寄せてくる、イメージの奔流。  
 
巨大な黒い影・・・・不吉な漆黒の長衣・・・・無機質な黄金の仮面・・・・神聖ならざる気配に満ちた異形の支配者・・・・。  
彼の前に跪き、自分達の王として奉戴する5つの影・・・・。  
重厚な甲冑に身を包んだ、大地の巨人・・・・『ガイーダ』・・・・。  
双翼を操り、天空を自在に飛翔する、氷雪の魔女・・・・『キーヴァ』・・・・。  
紅蓮の炎で敵対するもの全てを焼き尽くす、業火の魔人・・・・『ベノン』・・・・。  
雷の魔力を操る、双頭の古竜・・・・『ヴォルデス』・・・・。  
そして・・・・もう一人、フードを目深に被り、素顔を隠した魔道士・・・・。  
背後では、無数の怪物たちが雄叫びを上げ、自分達の神であり王である男の名を連呼している。  
 
『ログレス』!!『ログレス』!!『ログレス』――――!!  
 
彼らの中の一匹が両手に捧げ持ち、今しも、暗黒の支配者への生贄に供そうとしている嬰児――――あれは・・・・あの少女は!?  
 
「<暗黒界>に転生した君を探し出すのに、随分と手間取ってしまってね。  
あと一歩遅かったら、下賎な連中の腹に収まっていたところだったよ・・・・」  
 
ガクリ、と、地面に膝を落とし、  
震え慄く己の体を、か細い両腕で精一杯抱き締める赤毛の少女。  
死人のように蒼冷めた面貌は原初の恐怖によって固く引き攣り、  
何時失神してもおかしくはないほど、生気が失せている。  
 
「・・・・・・・・」  
 
その様子を冷然と見下ろしていた黒衣の青年は、  
何を感じたのか?唐突に耳元に顔を近付けると、囁くように語り掛けた。  
 
「――――もうじき、ログレス陛下は、配下の軍勢を総動員して三界統一の大事業に乗り出される。  
君には我々の尖兵となって働いて貰う・・・・それこそが君の運命、この世に生を享けた理由なのだから」  
 
「・・・・そん・・・・な・・・・こと・・・・って・・・・どうして・・・・わたしは・・・・」  
 
蹲ったまま、ブルブルと震え続ける麗子。  
ショックのあまり、思考がオーバーフローを起こしたらしく、  
壊れかけたテープレコーダーのように、同じ言葉を何度も呟き続けている。  
ふむ、と、小さく首をかしげたプラチナ・ブロンドの異邦人は、  
まぁ、今はこの辺りで良いだろう、と独りごちると、赤毛の少女に背中を向けた。  
 
「じゃあね、近いうちにまたお会いしよう。  
くれぐれも皆を失望させないでくれたまえよ、可愛い<戦士>さん」  
 
乾き切った哄笑を後に残して、黒衣の青年は掻き消えるように気配を消した。  
現れた時と同様、何の前触れも無く、  
――――そう、あたかも魔術でも用いたかの如く、忽然と。  
 
――――桐島邸。麗子の寝室。  
 
「はッ・・・・うくッ・・・・んッ・・・・んふぅッ!!」  
 
カーテンを閉め切った薄暗い室内。  
電気も付けずに潜り込んだベッドの上で、一心不乱に自慰に耽る赤毛の少女。  
窓の外は酷い雨で、時折、ゴロゴロという不気味な雷鳴が木霊している。  
 
「ううッ・・・・んはぁッ!!」  
 
欲情に濡れた秘裂のビラビラを己れ自身の指で浅く掻き回し、  
返す刀で、先端を尖らせた肉豆を、ぷるん、と軽く弾くと、  
恥丘全体を電気が走り抜け、切ない吐息と共に、湿り気を帯びた恥ずかしい声が込み上げてきた。  
割れ目の奥、甘蜜の滲み出す子宮口が、どうしようもなくもどかしく感じられて、  
更なる刺激・・・・もっと激しく、乱暴なタッチを乞い求めてしまう。  
 
ぐちッ・・・・ずちゅるッ!!  
 
敏感な場所に触れるたびに、  
心地よい電流が弾けて、背中がギクギクッと反り返っていく。  
全身が熱く灼けつき、腋の下や耳の裏側から甘酸っぱい汗が噴き出してくる。  
 
(あくぅッ!!こ、この、私が・・・・<戦士>ですって!?)  
 
馬鹿げた作り話だわ、と強くかぶりを振りつつ、少女は自慰の動きを更に加速させた。  
ヌルヌルの秘貝の間に挿し込んだ指先が、  
にちゃ、ぬちゅ、と、まるで別の生き物のであるかのように動き回り、  
意識がフワフワと浮遊し始める。  
 
(――――あの外国人、一体、どういうつもりなのかしら?  
そんな荒唐無稽なホラ話を私が信じるとでも・・・・はふぅううッ!!)  
 
「あくッ・・・・んむぅ・・・・うくぅううッ!!」  
 
人差し指と中指とを蜜壷に突き入れ、  
膣道の天井付近にある小さな窪み  
――――週刊誌の記事で知った快楽の中枢部、俗に言うところのGスポット――――を刺激する。  
親指は、肉莢から飛び出したピンク色のクリトリスを慎重にまさぐり、  
さらに左手を使って充血粘膜を弄びながら、甘酸っぱく香る愛蜜をピチョピチョと掻き回す。  
 
(きひぃッ!!き、気持ち・・・・良いィッ!!!!)  
 
細指に掻き乱される肉孔で生まれた熱い感覚が、  
子宮へと流れ込み、さらに増幅されて、下腹部全体へと広がっていく。  
悪魔の悪戯で、意識と牝穴とが直結されてしまったかのように、  
潤み切った花びらが粘り気のある水音を奏でるたびに、  
瞼の裏側で火花が飛び散り、頭の中に心地よい旋律が響き渡った。  
 
秘裂のヨロコビに共鳴したのか、乳房がじんわりと熱を帯び始める。  
両腕を絞り、胸の脹らみ同士を寄せ合わせると、  
汗ばんだ双乳が擦れ合って甘い気持ちが湧き上がってくるものの、  
その程度ではとても満足感は得られそうに無かった。  
 
「うッ・・・・くぅ・・・・くふぅッ!!」  
 
柔らかなブラジャーの裏地に、固くしこり立った乳首が食い込んでいる。  
息をするために肩を上下させるだけで、  
キュウ、キュウ、と、先端が擦れて、淫靡な熱感が閃いた。  
それでも我慢していると、  
やがて、胸元全体が小さな虫の群れが這いずり回っているかのようなむず痒さに包まれ、  
両手を使って乱暴に揉みしだきたい、という欲求が爆発的に高まってくる。  
 
「が、我慢・・・・できないッ!!」  
 
愛液に濡れた左手をそろそろと上げ、ブラの上からそっと被せる。  
途端に、歪んだ乳肉に喜悦が弾け、下着と擦れ合った乳首に電流が走り抜けた。  
クレバスの奥を抉っていた右手の筋肉が、思わず、ビクッ、と引き攣り、  
予想だにしなかった快感に打たれた下半身が浅ましく跳ね躍る。  
 
――――むぎゅ・・・・ぎゅう・・・・ぎゅぎゅうッ!!  
 
ブラを取り払うのさえもどかしく、赤毛の少女は胸の脹らみを揉みしだく。  
大きく捲ったセーラー服の下で、  
やや小ぶりだが形の良いふくらみが熱く火照り、香汁に蒸れた谷間が、むきゅっ、むきゅっ、と擦れ合った。  
カップごと捏ね回されている敏感な先端部分は、  
柔かい裏地に巻きつかれ、締め付けられて、今にも破裂してしまいそうなくらい、固く勃起している。  
 
(くああッ・・・・ひくぅッ!!むぁあッ・・・・はくぅうううッ!!)  
 
激しくかぶりを振る麗子。  
生汗が飛び、牝のフェロモンが部屋中に撒き散らされた。  
全身の血液が沸き立ち、心臓の鼓動がやたら甲高くなるのがよく分かる。  
 
執拗に掻き回されている恥裂には蜜が溢れ、  
指先は勿論、手の平までビショビショの状態だった。  
ただでさえ感度の高い粘膜がますます敏感になって、  
くぽっ、くぽっ、と、粘っこい楽の音を奏でるたび、視界全体が真っ白な光で覆われていく。  
 
恥丘の中央では、赤々と色付いた陰核が精一杯背伸びして自己の存在を主張している。  
ガチガチにしこった肉粒の繊細な粘膜がはちきれんばかりに張り詰めて、  
脇をかすめただけでも、快感の波動が下半身全体を打ち震わせてしまう。  
 
(ああ・・・・と、止まらない・・・・手も・・・・指も・・・・ふぁはあああッ!!)  
 
エクスタシーの瞬間が近付いているのだろう、全身の神経が鋭敏にささくれ立っていく。  
肉欲に流される一方の淫らな己れを恥じつつも、  
自慰の動きはますます速く、激しくなる一方で、止める事など到底不可能だった。  
 
――――じゅぽッ!!ちゅぷッ!!じゅちゅるるッ!!  
 
見事な弓なりに反り返った背筋が、ひんやりとしたベッドの背もたれに触れる。  
たったそれだけの行為が、ゾクッ、とする程の性的刺激を生み、麗子を悶え狂わせた。  
我知らず、胸元を揉み回していた左手に、ぎゅううっ、と力がこもり、  
汗だくの乳房もろとも、ガチガチに硬くしこった乳首を押し潰してしまう。  
 
強烈な電流となって双乳を駆け回る、快感の暴風。  
媚肉の脹らみが燃え上がり、白桃色の乳肌にとろりとした汗の粒が滲んできた。  
喰いしばった口元から子犬のような声が漏れると同時に、  
背もたれに預けた背中がしなやかに捻れ、  
大きくV字型に開いた両脚が突っ張って、腰がクゥッと浮いてしまう・・・・。  
 
「あひッ!!はぁひぃぃぃッ!!!!」  
 
熱くぬめる蜜孔に潜り込んでいた指先が『く』の字に曲がり、秘穴を吊り上げるように動いた。  
引っ張られた膣口が愛蜜を垂れ流しながら、くばぁッ、と大口を開けると同時に、  
粘膜襞が冷たい空気に撫でられて、信じ難いほどの喜悦が湧き起こってくる。  
 
肉悦の集中する小さな窪み――――俗に言う、Gスポット――――が強烈に疼き始め、  
柔らかな腹を陰核に添えた親指の動きもどんどん卑猥さを増していった。  
頭の中に極彩色の電気火花が飛び散るたびに、  
だらしなく緩んだクチビルの端から、半透明な涎の糸が流れ落ちる。  
仰向いた頬は淫靡に蕩け、涙で潤んだ瞳にはもはや殆ど何も映ってはいなかった。  
 
(ああ・・・・私ったら・・・・なんて、恥ずかしい声をッ!?)  
 
寝室内に響いた自分の声があまりにもいやらしく、爆発するような羞恥心に意識が煮え滾る。  
張り詰めていた心の糸が、プツッ、と切れて、  
もう我慢する必要など無いのだ、という悪魔の囁きによって魂の全てが支配し尽くされてしまう。  
 
「ふぁッ・・・・ぁふうぁあああッッッ――――!!!!」  
 
秘裂へと挿し込んだ指先が至上の快楽を追い求めて、  
トロトロに蕩けた媚肉の間をのた打ち回る。  
胸乳に被せた掌がパンパンに張った脹らみを捏ね回し、  
今にも千切れそうなくらい硬くなった乳首を、ぎゅうう、と捻り潰した。  
エクスタシーに打ち抜かれて、ギクギクギクッ、と、極限まで反り返った背筋を、  
えも言われぬ性感の大波が猛烈な勢いで駆け抜けていく・・・・。  
 
――――プシャアアアッッッ!!!!!!  
 
絶頂に達した瞬間、パックリ口を開けた淫裂の奥から、  
沸騰した体液が噴水のように迸り、シーツの上に恥ずかしい水溜りを形作った。  
見事な放物線を描いた淫水は、ベッドを飛び越えて室内を半ば横断し、  
クローゼットや鏡台など、部屋に置かれた調度品の表面に、あさましい水玉模様をペイントする。  
 
弓なりにしなるカラダをベッドの背もたれに預けた、赤毛の少女。  
息を止めたまま、無意識のうちに股間を高々と突き上げて、めくるめく法悦に酔い痴れ  
――――そして、唐突に、目の前が何処までもクリアになっていくのを感じた。  
 
(んあッ!?これは・・・・一体ッ!?)  
 
『・・・・さあ、覚醒するのだ、麗子――――我が最高傑作よ。  
<ヴェカンタの戦士>として、いや、私自身の<戦士>として』  
 
(ああッ!!な、何ッ!?)  
 
響き渡ったのは、若い男の<声>。  
夕暮れなずむ逢魔ヶ刻、忽然と現れた、あの外国人のもの。  
 
(――――だ、誰なの!?あなたは、いったい・・・・!?)  
 
『私の名前?・・・・君は、もう知っている筈なんだが?  
さぁ、封じられた記憶の底から探し当ててごらん――――君自身の意志で!!』  
 
青年の<声>が途切れるや否や、  
意識の中に、夕暮れの公園で視たのと同じ、イメージの奔流が流れ込んでくる。  
地の果てまで続く化け物たちの列、空を埋め尽くした異形の軍船、彼らを統べる暗黒の王、  
そして、玉座の傍らには5つの影――――その、一柱。  
薄い水色の長衣に身を包んだ、プラチナ・ブロンドの魔道士・・・・。  
 
(・・・・ア・・・・イ・・・・ザード・・・・?)  
 
――――――――コンッ、コンッ。  
 
ドアをノックする音が、少女の意識を現実へと引き戻した。  
エクスタシーの余韻に浸りつつ、かすれかけた声で「気分が悪いの、静かにして頂戴」と返事する麗子。  
多分、使用人の誰かが伝言でも持ってきたのだろう――――そう判断し、仮病を決め込もうとしたのだが・・・・。  
 
ガチャリ。  
 
ドアが開いて、一対の人影が室内に滑り込んでくる。  
主人の寝室に許しも無く足を踏み入れる、無礼な使用人たちに向かって、  
苛立たしく叱責を飛ばそうとした赤毛の少女は、次の瞬間、はっ、と目を瞠った。  
 
「・・・・お母さま、それに、お父さままで。海外に出張中ではなかったの?」  
 
愛娘の問いには答えず、少女の両親は、無言のまま、  
シーツに出来た真新しいシミと、未だ汗ばみ、上気したままの娘の肌を眺め回した。  
ぶり返してきた羞恥心で顔を真っ赤に染める麗子。  
もしかして、昼間の一件がバレたのか?と、一瞬、身を竦ませたものの、  
すぐに、この二人が、それぐらいの事で、大事な旅行や海外出張を中止して帰宅する筈がない、と思い直す。  
 
(でも、だとしたら、何故・・・・?)  
 
訝しげな表情の麗子。  
そもそも、同じ屋根の下に同居してはいるものの、  
両親は、すでにずっと以前から夫婦の関係は冷え切っており、  
最近では、仕事だの出張だの社交だのカルチャー教室だのと理由をつけて、  
お互いに顔を合わせる事さえ避けているような状態だった。  
彼ら二人が揃って娘の許に現れるなど、一体、何年ぶりの事だろうか?  
 
――――だが、(少女の予想に反して)その答えは、すぐに明らかとなった。  
 
「お会いしたんだね、あの御方に」  
 
どちらからともなく、話し始める父と母。  
その口調は、努めて平静を保とうとはしていたが、  
同時に、湧き上がってくる興奮を抑え切れずにいる様子がありありと看て取れるものだった。  
 
「・・・・お前が戸惑うのも無理は無い」  
「・・・・でも、これはどうしても必要な事だったのよ」  
「・・・・ログレス様がお作りになる、新たな世界のために」  
 
呆然としたまま、二人を見上げる赤毛の少女。  
それをどう受け取ったのだろうか、得体の知れない笑みを浮かべた二人の男女、  
・・・・否、牡か牝かの区別さえ定かではない、二匹の人妖は、  
愛娘の凝視する前で、かりそめの肉体を脱ぎ捨て、本来の姿形へと変容を開始した。  
 
皮膚が裂け、肉が割れ、内臓が裏返り・・・・内側から、隠されていたグロテスクな真実  
――――あの悪夢に出てきた怪物と同じ、いや、より醜怪な異形の正体――――が曝け出されていく。  
ものの一分もしないうちに、桐島家の当主とその令夫人の姿は視界から掻き消え、  
彼らの佇んでいた場所には、異臭を漂わせる二体の化け物が出現していた。  
 
(な、なんて醜い化け物なのッ!!)  
 
絶句する麗子。  
 
頭と胴体の境目さえはっきりしない、ずんぐりとした体格。  
アメフラシを連想させるヌラヌラとした体表はフジツボ状の突起物に覆われ、  
時折、血管だか内臓の一部だか分からない不気味な物体が不規則に脈打っていた。  
一応、手足は、体の左右に1本ずつ付いてはいるものの、  
指先は得体の知れないゴム状の器官と化し、鋭い鉤爪と蛙の様なヒレが生えている。  
 
「・・・・まったく、お前には苦労させられたよ」  
「・・・・ああ、本当に手のかかる子供だった」  
 
眼前の怪物たち――――ほんの数分前まで、父として母として自分に接していた者達は、  
今や、口は耳まで裂け、喉も声帯も、発声を司る器官の全てが人間のそれではなくなってしまっていた。  
にもかかわらず、まるで性質の悪い冗談であるかの如く、  
声質も、発音も、話し方も、言葉遣いも、両親を演じていた時のそれと寸分違ってはいない。  
 
(・・・・信じられない。私は、今まで、こんな奴らを家族だと思って暮らしてきた、っていうのッ!?)  
 
吐き気を催すような現実が赤毛の少女を打ちのめす。  
まるで、休日の朝方にTVで放映されている、子供向けの特撮番組から抜け出してきたかような、  
見るからに邪悪で、不快感を呼び起こされずにはいられない、怪物たち。  
・・・・だが、少女にとっては、彼らそのものよりも、  
むしろ、今の今まで、何の疑いもなく、この二匹を、実の両親と思い、接し続けてきたという事実の方が、  
よりおぞましく、忌まわしいものに感じられてならなかった。  
 
(アイツが、言っていたのが・・・・)  
 
脳裏に蘇る、プラチナ・ブロンドの青年の言葉。  
 
『――――彼にはとても大事な仕事を任せていたから』  
『――――君を育て上げる、という大事な仕事をね』  
『――――君は何も知らされずに育ってきた。  
そうした方が良い、と、私が判断し、二人にきつく命じておいたからね』  
 
(・・・・まさか、本当の事だったとは)  
 
「しかし、<ヴェカンタの戦士>の育ての親、という栄誉のためならば、何程の事も無い」  
「そうともさ、これでわしらの地位は約束されたようなもの。  
ハハッ、せいぜい出世して、お父さんとお母さんに楽をさせておくれよ、麗子」  
 
意識してのものだろうか?それとも、無意識の行為なのだろうか?  
桐島夫妻を演じていた時と全く同じ話し方のまま、  
二匹の化け物は天を仰ぎ、両腕を振り回しつつ、けたたましく笑い合った。  
 
(・・・・・・・・)  
 
無言のまま、異界の者たちの振る舞いを眺めやる、赤毛の少女。  
この数年間、自分の父母として過ごしてきた時には、  
ただの一度たりとも見せた事の無い、親密そうな素振りが、  
少女の心に出来た傷口を更に深く抉り抜き、修復不能なまでに押し広げる。  
いつしか、ラベンダー色の瞳の奥では、深い喪失の痛みがやり場の無い怒りへと変わっていき、  
きつく噛み締められた奥歯からは、ぎりり、と鈍い軋ばみの音が漏れ始めた・・・・。  
 
――――次の瞬間ッ!!!!  
 
「・・・・そうね、感謝しなくちゃね。お義父さん、お義母さん・・・・」  
 
どす黒い瘴気となって少女から立ち昇る、憤怒の炎。  
怒り、絶望、憎悪――――圧倒的な負の感情が、  
周囲にあるもの全てを破壊し尽くしたい、という強烈な衝動となって、麗子の魂を漆黒に染め上げた。  
 
「これが、私なりのお礼よッ!!」  
 
振り上げた右手の中に集い、凝縮していく暗黒の波動――――<ヴェカンタ>。  
自分達の頭上に降り注ぐ、巨大な死の気配を、二匹の怪物たちは、はたして知覚出来ただろうか?  
歓喜の表情を浮べたまま、ほんの数分前まで、麗子の両親だったモノは、  
真っ二つに切り裂かれて、ぞっとするような体液にまみれた肉の塊りへと姿を変じた。  
 
「うぉおおおおおッッッ!!!!!!」  
 
魂を揺さ振られるような、絶叫を放ち上げる<ヴェカンタの戦士>。  
叫び声に共鳴するかの如く、より一層、濃密さを増した闇が、  
徐々に、一振りの<剣>の形へと変化し、物質としての実体を帯びていく。  
漆黒の輝きを宿した切っ先から立ち昇った、神聖ならざる赤黒い瘴気が、  
逆巻く紅蓮の炎となって、彼女の部屋を、生家を、  
あたかも<人間界>での痕跡そのものを残らず消し去るかの如く、舐め取り、焼き尽くしていった――――。  
 
――――サザーランド。現実の風景の中。  
 
「・・・・三つに分かたれた<戦士>の魂ですって?」  
それが、一体、何だっていうのよ?」  
 
両の眼を血走らせながら、麗子は苦々しげに言い捨てた。  
そして、かけるべき言葉を見失い、沈黙を続けるしかない、かつての友に向かって、  
血を吐くような呪詛の叫びを吐きかける。  
 
「私が、これまで、過ごしてきた時間は、一体、何だったの?  
――――ねぇ、優子、アンタに私の気持ちが分かるッ?  
過去の全てを失った・・・・いや、過去と思っていた全てがまやかしに過ぎない、と知った、私の絶望がッ!?」  
 
 
――――――――TO BE CONTINUED.  
 
 
 

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