『――――彷徨える魂たちよ』  
 
漆黒の闇の中、駆け抜けていく幾千もの光芒・・・・。  
<明>と<暗>の狭間に位置する黄昏の都、サザーランドに封じられていた、<戦士>の魂魄に向かって、  
彼女――――多元宇宙の均衡を司る女神であり、<夢幻界>を統べる女王たる、<幻想王女>ヴァリアは、  
静謐さを湛えた口調で語りかけ、その行く先を指し示す。  
 
『還るのです、<現実界>へ。本来、貴女達が存在する筈だった<世界>へ・・・・』  
 
『・・・・そして、力を貸して下さい。彼の地で戦っている<戦士>たちに・・・・』  
 
瞳孔の無い双眸に浮かんでいるのは、  
かつて、冒した過ちに対する深い悔恨・・・・  
そして、己の行いが招き寄せてしまった事態を糺し、  
多元宇宙に存在する数多の<世界>をあるべき姿に戻さなければならない、という決然たる眼差し。  
 
そのための手段は、今は無きサザーランドの管理者にして調律者であった老人が、  
己れの全存在と引き換えにして提供してくれた。  
然程遠くはない昔、自らの手で放逐したあの野心家――――アイザードの腹心であり、  
主が<暗黒界>に去って後も、その遺産とも云うべき魔道装置を維持し続けてきた老賢者。  
彼の本当の気持ちが奈辺にあったのか?今となっては知る術とてないが、  
最期に吐露してくれた言葉は、おそらく、真情であったに違いない・・・・。  
であるからこそ、女神は自己の過ちと正面から向き合う覚悟を決める事が出来たのだった。  
 
『・・・・これで良いのですね、ニゼッティー・・・・』  
 
 
<現実界>。東京都心部。  
 
『・・・・ザザ・・・・東京都内で発生した謎の地殻変動は・・・・  
現在に至るまでまったく終息の気配を見せておらず・・・・被害は更に拡大しています・・・・』  
 
携帯型のラジオから聞こえてくる、雑音混じりのニュース音声に、  
三々五々集まってきた避難民たちから、疲労に満ちた嘆息が漏れる。  
先だっての直下型大地震とマグマ噴出  
――――<暗黒五邪神>が一柱、炎邪ベノンによってもたらされた災厄である――――の傷も癒えぬうちに、  
立て続けに襲いかかってきた天変地異によって東京は壊滅的打撃を受け、  
生き残った人々は疲れ切った身体を寄せ合うようにして、何時来るかもしれぬ救援を待ち続けていた。  
 
『・・・・政府は非常事態宣言を発令し・・・・』  
『・・・・通信・交通の寸断は、首都圏のみならず全国に及んでおり・・・・』  
『・・・・世界各地で頻発する地震や火山活動の活発化について、国連は・・・・』  
 
無論、彼らには知る由も無い事だが、  
<暗黒界>の中枢から発した歪みは、既に三界に存在する全時空へと波及し、その根幹部分を着実に蝕んでいる。  
幾つもの<世界>が次元断層に呑み込まれて消滅し、  
かろうじて潰滅の運命を免れた<世界>も、刻一刻と勢いを増大させていく<暗>の諸力により変容を余儀なくされて、  
生命の死に絶えた不毛の地へと変わりつつあった。  
 
パアァアアア――――ッ!!!!  
 
突如として周囲を明るく照らし出す、純白の輝光。  
本能的に上空を仰ぎ見た人間たちは、  
無数の光点が、幾層にもわたって重々しく垂れ込め、光を遮っている暗雲を突き破り、  
彗星のように長大な尾を引きながら地上に降り注いでくるのを目の当たりにした。  
 
「お・・・・おい、今度は何だよッ!?」  
「隕石でも落ちてきたのか?」  
「もしかして、ミサイル・・・・核攻撃かッ!?」  
 
一瞬にして、パニックに陥る人々。  
殆どの者は、蜘蛛の子を散らすようにして逃げ惑い、  
少しでも安全だと思える場所を探して、半ば廃墟と化したビルや建物の下へと潜り込む。  
 
・・・・だが、群衆の間には、その場から動けず――――あるいは、動かずに、  
天空から迫り来る不可思議な光芒をじっと見つめ続けている者もいた。  
多くは、年若い女性・・・・より具体的に言えば、10代後半の、最も感受性の強い時期にある少女たち。  
彼女たちの耳、否、頭の奥には、光の中から語りかけてくる、神々しいまでの威厳に満ちた<声>が響き渡っていた。  
 
『・・・・<現実界>の者達よ――――わたくしの名は、ヴァリア・・・・』  
 
 
<暗黒界>。ログレスの居城地下。最深奥部に程近い、鍾乳洞。  
 
「れ・・・・麗子?麗子なのッ!?」  
 
ヴァルナの掲げる杖の先、青白い魔法の灯りが照らす、闇の奥――――、  
足を止めた人影に向かって、蒼髪の少女・・・・優子は、  
膝下近くまで溜まった地下水の水溜まりの中を、バシャバシャと音を立てつつ、駆け寄ろうとする。  
 
「待て、優子!様子が変だッ!」  
 
背後から制止の声を発したのは、もう一人の仲間である、風のドラゴン・ドラゴ。  
<暗黒界>に生を享けた者として、  
彼の両眼は二人の<戦士>たちよりもずっと暗闇に慣れ親しんでいる。  
 
―――次の瞬間、  
彼の言葉を掻き消さんばかりの巨大でおぞましい咆哮が、  
不浄な瘴気に閉ざされた洞窟内の空気を震撼させた。  
 
――――ヴァアアアアアッッッ!!!!  
 
野獣のような、いや、野獣そのものと言って良いうなり声と同時に、黒い人影が跳躍する。  
直後、周囲を覆う闇のヴェールよりもなお昏い、<暗>の気が膨れ上がったかと思うと、  
強烈な衝撃波となって<ヴァリスの戦士>へと降り注いだ。  
 
ガキィィィン!!  
 
間一髪のタイミングで、愛剣を構え直して斬撃を受け流す優子。  
だが、発動した防御障壁は、巨大な剣圧の全てを防ぎ切るには不充分だった。  
相殺し切れなかった衝撃波が後方へと抜け、仲間たちに襲い掛かる。  
 
「きゃあああッ!!」  
 
吹き飛ばされ、水飛沫と共に地下水の中へと倒れ込む銀髪の魔道士。  
咄嗟に詠唱した防御呪文が間に合ったため、それ以上のダメージを受ける事はなかったが、  
もう一人の仲間・・・・ドラゴの方は、彼女ほどの幸運には恵まれなかった。  
 
「ぐはァッ!!」  
 
苦悶のうめきを発して、ドラゴンの巨体が崩れ落ちた。  
根元から断ち切られた片方の蝙蝠羽根が、肉の裂ける鈍い音を立てながら落下していき、  
傷口から勢い良く溢れ出した竜族の青い血が水面を真っ青に染めていく。  
 
「ドラゴッ!!」  
 
地響きを立てて倒れ込む戦友に、異口同音に叫び声を上げる<戦士>たち。  
紙一重の差で急所からは外れているものの、  
翼を失った竜は、もはや、二度と天空を舞う事は叶わない。  
事実上、戦闘能力の全てを失ったに等しい、と言っても過言ではなかった。  
 
「ぐガぁアアアアッ!!!!」  
 
たった一撃で、ドラゴを半身不随の状態へと陥らせた黒い怪物が、  
勝ち誇るかのような雄叫びと共に、両腕を振り上げる。  
 
――――その禍々しい姿は、麗子であって麗子ではなかった。  
 
優子とヴァルナが身に纏っているのと同じ物であった筈の黄金の甲冑は、  
かつて、ログレスから与えられた装いと同様の、漆黒の肌合いへと変貌を遂げていた。  
 
・・・・否、<ヴェカンタの戦士>の防具は、  
たしかに、<ヴァリスの戦士>のそれとは対極に位置する、神聖ならざる雰囲気を漂わせてはいたものの、  
同時に、ぬばたまの光沢を放つ黒曜石を彫り込んで作られたかの如き優美さをも兼ね備えていた。  
 
だが、今、赤毛の少女の全身を覆っているのは、  
流れ出した血が凝固して出来たかのような、どす黒く濁り切った戦装束・・・・。  
見る者に与える印象としては、戦場に赴く戦士が着用する鎧というよりも、  
むしろ、怪しげな妖術に手を染めた魔道士が身に帯びる呪術的な装身具のイメージに近い。  
 
・・・・加えて、彼女のカラダ自体、もはや五体満足とは言えなかった。  
 
サザーランド上空での敗北の代償として失った右腕と右足は、  
義手と義足の代わりに、先程、ドラゴの片翼を薙ぎ払った斬撃を生み出した、奇怪な形状の邪剣へとすげ替えられている。  
生身の肉体との接合部分には、金属とも皮革ともつかない材質の、触手めいたパイプ状の器官が何本も走り、  
少女から強制的に搾り取ったエネルギーをおぞましい刀身へと供給し続けていた。  
戦闘では無事だった筈の左腕にも、猛禽類の鉤爪を思わせる鋭利なクローと不気味な籠手が装着されており、  
かろうじて、元々の四肢の形状をとどめているのは左脚のみ、という状況。  
 
何より、優子を慄然とさせたのは、妖気を帯びた双眸だった。  
磨き抜かれた紫水晶を連想させる、ラベンダー色の瞳は血の色に染まり、  
物静かで理知的な光を湛えていた眼差しは跡形も無く消え失せて、  
代わりに、覗き込んだだけでぞっとする、狂気と憎悪を孕んだ眼光が熾火のように燻っている。  
 
「い、一体、何があったのッ・・・・!?」  
 
悲痛な面持ちで問いを発する蒼髪の少女。  
変わり果てた姿の親友から返ってきた答えは、殺人剣と化した右腕の一閃だった。  
 
「ううっ!!」  
 
明確な殺意を帯びて襲い掛かってくる、暴風のような斬撃を、  
<ヴァリスの戦士>は、双剣を用いて受け止める。  
背後では、<夢幻界>の王女が、ドラゴの傷に杖をかざして、一心不乱に治癒呪文を詠唱していたが、  
<暗黒界>の中心ともいうべきこの場所では、<明>の力は阻害されて、効果を発揮し難く、治療は遅々として進まない。  
 
やむを得ない、と判断した優子は、<レーザスの剣>を右手で保持したまま、  
左手に構えた<ヴァリスの剣>をコンパクトに振り払った。  
切っ先から放出されたエネルギー波が目の前の漆黒の<戦士>をとらえ、胸元で爆ぜる。  
斬撃の威力自体は(意図的に)低くしていたものの、  
眩く輝く光に目を射られたらしく、身体を仰け反らせて苦しげに呻いた怪物は、  
態勢を立て直すべく、後ろ跳びに大きく跳躍して洞窟の天井へと後退を図った。  
 
「麗子ッ!?わたしよ、分からないのッ!?」  
 
鍾乳洞の壁面に木霊する、哀切な叫び。  
だが、剣と化した右足を岩盤へと突き刺し、蝙蝠のように洞窟の天井にぶら下がった赤毛の少女からは、  
ヴヴヴ・・・・、という押し潰れたうなり声が返ってきただけで、返答は無かった。  
その挙動は、返事をする意思が無いというよりも、  
むしろ、自分に向かって何らかの呼びかけが行われた事実そのものを把握出来ていない、と形容する方が適切かもしれない。  
 
「無駄だ、優子・・・・」  
 
背後から掛けられた言葉に振り返ると、  
ようやく傷口が塞がったドラゴが、幽鬼のような表情を浮かべていた。  
片翼を?ぎ取られたダメージが完全に癒えた訳ではないらしく、声音は非常に弱々しい。  
 
「あの姿は、おそらく、<ヴェカンタ・オア>と融合したんだろう。  
真正の<戦士>としての適合性がある分、デルフィナよりもっと深い所まで同化が進んでしまっている」  
 
「そ、そんな・・・・」  
 
プラチナ・ブロンドの女エルフの最期を思い出し、絶句する<ヴァリスの戦士>に、  
風のドラゴンは感情を押し殺した口調で冷酷な現実を宣告する。  
 
「残念だが、もう手の施しようが無い。  
ああなってしまっては、最早、彼女は――――元には戻れない」  
 
「・・・・・・・・」  
 
両の眼を大きく見開いた蒼髪の少女から、言葉にならない喘ぎが漏れた。  
凍りつくような悪寒が全身を走り抜け、一瞬、目の前が真っ暗になる。  
何とか理性を保ち続けるためには、意志の力を総動員しなければならなかった。  
 
「ま、まさか・…嘘でしょう!?」  
 
今にも泣き出しかねない面持ちで問い質すヴァルナ。  
優子ほどには麗子との付き合いが長い訳ではない銀髪の魔道士だったが、  
さすがに受けたショックは大きいようだった。  
 
・・・・だが、ドラゴは沈痛な面持ちでかぶりを振っただけ。  
彼の判断の正しさを証明するかの如く、  
鍾乳洞の天井では、再び禍々しい瘴気に包まれた異形の<戦士>が犬歯を剥き出しにして敵愾心を露わにしている。  
 
――――ヴぁアアぁアアアッッッ!!!!  
 
奇怪な叫び声と共に、岩盤を蹴って急降下してくる、黒衣の少女。  
 
「麗子ォォッ!!」  
 
哀しみに打ちひしがれた絶叫を放ちつつも、  
優子は、半分以上反射的に、<ヴァリスの剣>を持ち上げ、迎撃姿勢をとった。  
・・・・だが、ショックのせいだろう、ほんの一瞬、否、半瞬だけ、動作に遅れを生じてしまう。  
十分に展開し切れなかった防御障壁を掻い潜り、無防備な喉笛へと迫ってくる、必殺の鉤爪・・・・。  
 
ドンッ!!  
 
何かに背中を押されて、蒼髪の少女の身体は前のめりに傾き、  
そのまま、足元の水たまりへと叩き付けられた。  
直後に、彼女の頭のあった位置から、グサリ、という肉を抉る鈍い音が響き渡り、  
ドラゴンの青い血液が倒れ込んだ<ヴァリスの戦士>の上へと降り注いでくる。  
僅かに遅れて、ヴァルナの呪文が聞こえ、杖の先から迸った不可視の力が、  
水の中の優子に第二撃を振り下ろそうとしていた黒衣の<戦士>を打ち据えて、後方へと弾き飛ばした。  
 
「ヴぁアアアアッッッ!!!!」  
 
解き放たれた<明>の魔力に全身を灼かれる、異形の怪物。  
苦痛に満ちたうなり声を上げながら、地面をのた打ち回る。  
 
その隙に水面から半身を起こした優子は、愛剣を支えに素早く体勢を立て直した。  
真っ先に視線を巡らせ、安否の確認を試みたのは、  
自分の身代わりになって麗子の一撃を受け止めてくれた、風のドラゴン――――。  
 
「ま、まさかッ!?」  
 
驚愕のあまり、言葉を失ってその場に立ち尽くす、<ヴァリスの戦士>。  
駆け付けてきたヴァルナも、魔法の灯火で傷口を照らし出し・・・・思わず、息を呑む。  
<ヴェカンタ・オア>の鉤爪は、強靭な鱗と分厚い筋肉によって守られていた筈の胸郭をいとも易々と貫き、  
心臓にまで達する、瀕死の重傷を負わせていた。  
流出した血液の量は、先程、片翼を?ぎ取られた時の比ではなく、  
足元の水辺はおろか、周囲の岩肌にまで、青色のペンキをブチ撒けたかのようにベットリとこびり付いている。  
奇跡的に即死は免れていたものの、もはや、手の施しようが無いのは明らかだった。  
 
「・・・・ユ、優・・・・子・・・・」  
 
最後の力を振り絞り、何かを伝えようとする瀕死のドラゴン。  
半ば反射的に、その傍らに膝をついた蒼髪の<戦士>の目元からは、  
銀色に輝く涙の滴が死斑に覆われ始めた戦友の相貌の上に零れ落ちる・・・・。  
 
「・・・・に・・・・して・・・・やるん・・・・お前・・・・の・・・・で・・・・れ、れい・・・・」  
 
おそらくは『麗子を』と言ったのだろうが、  
最後の単語は、ゼイゼイという荒い吐息に掻き消されて、少女の耳には届かなかった。  
直後、緑の巨体がゆっくりと傾ぎ、己れ自身の血で青く染まった冷たい水面へと沈み込んでいく。  
 
(・・・・ドラゴ・・・・)  
 
デルフィナに続いて逝った、異界の友の亡骸の前で、  
瞑目したまま、両手をきつく握り締め、肩を震わせる、<ヴァリスの戦士>。  
全ての音が死に絶えた世界の中で、最期の言葉が虚ろに響き渡る・・・・。  
 
『楽にしてやるんだ。お前自身の手で――――・・・・を』  
 
「・・・・優子」  
 
事切れたドラゴを見つめたまま動こうとしない、<現実界>の少女に向かって、  
躊躇いがちな口調で声をかける、<夢幻界>の王女。  
 
かけがえのない同志であった風のドラゴンを喪ったショックは察するに余りあるが、  
彼の命を奪った黒衣の怪物が、態勢を立て直して反撃してくる可能性を考慮すれば、  
いつまでも悲嘆に暮れているのはあまりにも無防備すぎる。  
加えて言えば、彼女の背後・・・・鍾乳洞の最深奥部においては、  
<古の封印>に封じられし魔の解放が秒読み段階に突入している筈だった。  
もはや事態は一刻の猶予も許されない、と言っても決して過言ではない。  
 
――――そのように思考した上で、ヴァルナは、  
優子の感情を慮りながらも、彼女の意識を現実へと呼び戻そうと試みる。  
その意図する所に気付いたのだろう、蒼髪の<戦士>は、  
半ば体を引き摺るようにしてドラゴの遺骸の傍から身を起こすと、  
(依然として背中を向けたままではあったが)静かに口を開いた。  
 
「分かってる――――だから、お願い、先に行って・・・・もう、時間が無いわ」  
 
「ッ!?」  
 
<ヴァリスの戦士>の漏らした、呟きにも似た言葉に、  
<夢幻界>の少女は、一瞬、雷に打たれたかの如く全身を硬直させた。  
 
・・・・あの怪物は自分が引き受ける、  
だから、ヴァルナは先に進んで、<古の封印>を破壊して欲しい・・・・。  
優子は、そう言い放ったのである。  
 
常識的には考えられない話だった。  
たしかに、自分たちが、犠牲を払いつつ、<暗黒界>の中枢にまで侵入したのは、  
<古の封印>を破壊し、封じられた邪悪な存在が完全復活を遂げる前にこれを叩き潰すためである。  
魔の解放が間近に迫っている今となっては、一刻も早く<封印>の許へと辿り着かねばならず、  
戦力の分割自体は、やむを得ない判断だと言えなくもない。  
 
――――だが、それならば、この場に残って麗子・・・・であった異形の<戦士>を引き付けておくのは自分、  
そして、<古の封印>に向かうのは優子、という分担こそが最善の選択の筈である。  
 
麗子を足止めに送り出したからには、<封印>を守っているのは、<暗黒王>ログレス自身。  
いくら自分が<幻想王女>ヴァリアの娘であり、<ヴァリスの戦士>として覚醒を遂げた身であるとはいえ、  
容易に勝利できる相手ではない。  
加えて、もし仮に、彼の撃破に成功したとしても、  
母ですら消去し切れず、封印するしかなかった存在を、自分一人で何とか出来るとは到底思えなかった。  
どう考えても、任にあたるべきなのは、  
<ヴァリスの剣>と<レーザスの剣>、すなわち、<三界>に並び立つもの無き聖魔の双剣を携えた、彼女の方だろう。  
 
(それぐらいの事は重々承知している筈。なのに、何故・・・・?)  
 
背を向けたまま振り返ろうとしない目の前の少女を、じっと見つめる<夢幻界>の魔道士。  
黄金の肩当ての尖端が小刻みに上下しているのは、震え  
・・・・どう堪えようとしても決して押し隠せない、動揺の故に違いない。  
では、それは、一体、何によってもたらされたものなのだろうか?  
 
(・・・・ドラゴを喪った哀しみ?)  
 
いや、違う。  
無論、優子の心中は、眼前で散った戦友の死を悼む感情に満ち溢れているに相違ないが、  
同時に、それが為に、戦いの行方に関わる重大な選択を見誤る程、彼女の心は脆くは無い筈だ。  
 
(・・・・ドラゴの生命を奪った存在への怒り?)  
 
あり得ない話ではない。  
自分だって、彼を殺した麗子、  
否、彼女を殺人マシーンに作り変えた<暗黒界>の支配者への怒り  
――――<夢幻界>の住人であるヴァルナにとって、最も忌避すべき負の感情――――で煮え滾っているのだから。  
・・・・でも、そうであるのならば、ログレスとの戦いに赴こうとしないのは何故だろう?  
 
(・・・・仲間を守れなかった悔しさ?それとも、自分に向けた憤り?)  
 
どうだろうか?  
確かに、自分の知る限り、優子ほど仲間を大切に思う<戦士>はいない。  
ヴォルデスやデルフィナを喪った時の彼女の強い自責の念は、傍にいた自分にもひしひしと伝わってきた。  
そして、今もまた、目の前の少女は、ドラゴを死に至らしめたのは己れの無力さ故だ、と考え、  
自分を責め苛んでいる事は想像に難くない・・・・。  
 
――――だが、本当にそれだけなのだろうか?  
 
(もし、いずれでも無いとしたら・・・・)  
 
もう一つの可能性に思い当たった瞬間、  
黙りこくったままの優子を見つめていたヴァルナは、心の中で、あっ、と小さく叫び声を上げた。  
立ち上がりはしたものの、背中を向けたまま、  
一言たりとも発しようとはしない、彼女の真意とは、すなわち・・・・。  
 
(そうか・・・・きっと、あの震えは・・・・恐怖のため)  
 
麗子を手に掛けねばならない――――その事自体への恐怖。  
そして、もはや、殺す以外に麗子を止める手段が存在しない以上、  
その役目を果たせるのは、自分しかいない、  
否、麗子殺害という十字架を自分以外の誰かに負わせたりは出来ない、という・・・・覚悟。  
 
綯い交ぜとなったその二つの想いを前にしては、  
三界最強の<ヴァリスの戦士>といえども、戦慄する以外に為す術を知らないに相違ない・・・・、  
少女の内面に思い至った銀髪の魔道士もまた、掛けるべき言葉を見失い、押し黙るしかなかった。  
 
――――ヴアアアアアッ!!!!  
 
少女たちの沈黙を押し破ったのは、  
怒りと苦痛によって、より一層、禍々しさを増した咆哮・・・・。  
直後、凝縮された殺意の塊が、鍾乳洞の岩肌を蹴り立てこちらに向かってくる。  
 
「お願い、ヴァルナ・・・・私もすぐに行くから」  
 
途方も無い自制心を働かせて、全ての感情を殺しつつ発せられた言葉には、  
<夢幻界>の魔道士に一切の反論を許さないだけの力が込められていた。  
 
(優子・・・・)  
 
いたたまれなくなったヴァルナは、悲しげな表情を浮かべたまま、踵を返し、  
ごめんなさい、と、消え入りそうな声で謝罪しながら、タンッ、と地面を蹴った。  
恐るべき殺気を撒き散らして突撃してくる黒衣の少女とは針路が交錯しないように迂回しつつ、  
洞窟の奥に向かってひたすら突き進んでいく。  
 
伏せられた目元に、蒼髪の<戦士>を想う涙を貯め込んだ、彼女の胸を満たしていたのは、  
今となっては、彼女の悲壮なまでの願いを叶えるしかない、という決意と、  
全ての決着を優子一人に押し付けてしまう事への慙愧の念。  
――――ログレスや封じられた魔とどう戦うか?など、もはや些末事でしかなかった。  
 
「これって、運命、なのかな・・・・」  
 
ヴァルナの姿が見えなくなったのを確認した<現実界>の少女は、  
独りごちるような口調で、眼前に着地した漆黒の怪物に向かって語りかける。  
<夢幻界>屈指の術者である銀髪の少女の放った、強大な<明>の魔力を相殺すべく、再活性化した<ヴェカンタ・オア>の作用により、  
かつてのクラスメイトの身体は、文字通りの意味での異形へと変貌を遂げていた。  
 
「・・・・違う、よね?」  
 
<レーザスの剣>を足元へと突き立て、<ヴァリスの剣>を両手で構え直した優子は、  
改めて、麗子・・・・であった存在と正面から相対する。  
その表情は、悲しみを突き抜けた先にある、ある種の諦観にも似た境地に達しているようにも見受けられた。  
 
「運命、なんて言葉では片付けたくない。  
だって、わたし達、自分の・・・・自分たちの意志で、ここまで辿り着いたんだから。  
たしかに、ログレスやアイザードやヴァリアさまの思惑に散々振り回されてきたのは事実だけれど、  
それでも、結局、最後の最後は、わたし達自身で判断し、選択してきた・・・・筈よ」  
 
「ヴ・・・・ヴヴヴ・・・・」  
 
「・・・・だから、その結果も、自分自身で引き受けなくちゃならない。そうでしょ、麗子?」  
 
唯一つ、赤みを帯びたダークブラウンの頭髪を除いて、  
全身の殆どが<ヴェカンタ・オア>に侵蝕され、変わり果てた姿と化した親友と対峙しつつ、  
それでも、蒼髪の少女は、変わる事無く、彼女の名前を呼びかけた後・・・・おもむろに愛剣の切っ先を向けた。  
 
ヴァあああァああああッッ!!!!  
 
狂ったような雄叫びを上げて、漆黒の怪物が跳躍する。  
先程、優子に向かって放った――――そして、身代わりとなったドラゴの心臓を撃ち抜いた――――のと同じ、  
右腕と一体化した邪剣と左手の鉤爪とが同期した、必殺必中の二連突き。  
 
対する<ヴァリスの戦士>は、愛剣の一閃で、急降下攻撃の突進力を殺ぎ落とすと、  
間髪を入れず、実体化させた<風の盾>  
――――アイザードの持っていた<ファンタズム・ジュエリー>の力によって生成された円形の小盾――――を、  
円盤投げの要領で、彼女の胴を目掛けて投げ付けた。  
 
ゴぉがァあああァァッ!!  
 
狙い違わず、怪物の胴に命中した<風の盾>から、強力な大気の魔力が放出されて、  
どす黒く濁った色合いの結晶に覆われた四肢を絡め取る。  
必死に抵抗を試みる異形の<戦士>だが、  
<ヴェカンタ・オア>とは対極の性質を有する聖なる宝玉が変じた<風の盾>が相手では分が悪いらしく、  
不可視の力場に抑え込まれた手足は微動だにしない。  
 
「・・・・許して、麗子」  
 
溢れ返る涙で視界を曇らせながらも、  
呼吸を整え、精神を集中して、<ジュエリー>のパワーを引き出し、蓄えていく、蒼髪の<戦士>。  
薄青色の双眸には、もはや、一片の迷いも躊躇いも存在していなかった。  
 
ビュオオオッッッ!!  
 
魂の奥底から湧き立つような、強大な<明>の霊気が、  
地水風火雷、五大元素のエネルギーの奔流となって、少女の華奢なカラダを押し包んだ。  
暗闇に閉ざされた地の底には存在する筈のない、逆巻く疾風に煽られて、  
長い蒼髪がバサバサとはためき、大天使の率いる軍勢の掲げる旌旗の如く、宙空を駆け巡る・・・・。  
 
「わたしが・・・・わたしが、全部、背負うッ!!  
全部背負って、必ずみんなを救ってみせる!!・・・・だからッ!!」  
 
身体から溢れる、かつて一度として経験した事の無い程の圧倒的なまでのパワーが、  
神聖不可侵なる力場を形成して、重く垂れ込めた<暗>の気を斬り払っていく。  
<ファンタズム・ジュエリー>に由来する諸力をコントロールするのは、  
最強の<ヴァリスの戦士>にとっても容易ではなかったが、  
全ての感覚を極限まで研ぎ澄まし、意識を集中し切った彼女は、見事にその大任を果たしていた。  
 
その一方で、<ヴァリスの剣>の刀身は眩いばかりの輝きに包まれ、金床で打たれる玉鋼のように赤熱している。  
許容限界を遥かに超えたエネルギーを受け入れたせいで、  
<ヴァリス・オア>の組成までもが自壊しかけているに違いなかった。  
この状態で、限界を超えて内部に溜め込んだ力を放出しようとしたならば、  
<剣>は勿論、己れ自身にも反動が襲い掛かり、最悪、もろともに吹き飛んでしまうかもしれない。  
 
――――それでも、優子は、最早立ち止まろうとはしなかった。  
 
「地よッ!!我が許に集い、我が敵を討てッ!!」  
 
裂帛の気合いと共に、地邪ガイーダの残した<ジュエリー>の力、<アースクエイク>が解き放たれる。  
ゴオオオッ!!という地鳴りと共に、凄まじい衝撃波と化した膨大なエネルギーが、  
幾層にも積み重なった鍾乳石の地面を破砕しながら、怪物の許へと突き進んでいく。  
 
――――グガぁアアアぁアアアアッ!!!!  
 
衝撃波からの回避も防御も出来ぬまま、  
直撃を受け、魂も凍るような悲鳴を発する、異形の<戦士>。  
濛々と立ち込めた砂塵と巻き上げられた大小の石片によって視認は叶わなかったが、  
<ヴェカンタ・オア>との融合によって形成された、漆黒の甲殻には、  
随所に大きなヒビが入り、一部は毀たれて、防御力の大半を喪失してしまっていた。  
 
(ごめん、麗子・・・・)  
 
胸の奥で、最後にもう一度だけ、謝罪の言葉を口にする優子。  
続く攻撃は、全身を鎧う神聖ならざる黒衣を剥ぎ取るだけでは済まないだろう。  
少女が今から味わう、肉を裂かれ、骨を断たれ、臓腑を潰される、地獄の責め苦を想像すると、胸が張り裂けそうになる。  
 
――――それでも、彼女には、もはや、攻撃の手を緩める事は出来なかった。  
 
「----凍てつく水よッ!!我が許に集えッ!!  
風よッ!!火よッ!!雷よッ!!我が敵なる、不浄の闇を討ち滅せッ!!」  
 
掛け声のたびに、胸の奥で<ファンタズム・ジュエリー>が光と熱を発し、  
開放される膨大なパワーが、ガクン、ガクン、と恐るべき負荷となって、<ヴァリスの剣>へと跳ね返ってくる。  
それに必死に堪えながら、ひたすら精神を集中し、宝玉の力を集束させて、前方へと撃ち出していく優子。  
ほんの少しでも気を抜けば、エネルギーへのコントロールは失われ、  
魔力は拡散して消え去るか、あるいは、暴走して術者の心身を喰らい尽くしてしまうかもしれない。  
いかに<ヴァリスの戦士>であろうと、<ジュエリー>を複数個並立、しかも、連続して発動させるなど無茶も良い所であり、  
彼女の前にヴァリアによって召喚された<戦士>たちの誰一人として、  
(たとえ、それが可能な状況であったとしても)試みようさえしなかった、言わば、『禁じ手』と言って良い。  
 
(・・・・それでも、やらなくちゃならない。  
たとえ、この身が砕け散ろうと・・・・麗子は、わたしが・・・・わたしが・・・・)  
 
「うあああああッッッ!!!!」  
 
怒号とも嗚咽ともつかない叫びと共に、優子は真っ赤に燃え盛る愛剣を擲った。  
我が身に宿った力の最後の一滴まで注ぎ込んだ切っ先は、  
大気の魔力で動きを封じていた<風の盾>もろとも、黒衣の少女のカラダを貫き、大爆発を引き起こす。  
すでに、<アースクエイク>や<アイスフェザー>をはじめとする、波状攻撃を浴びて、  
満身創痍の状態だった異形の肉体が、  
凄まじいエネルギーの奔流に押し包まれ、灼き尽くされていく・・・・。  
 
「グぁアアアアッッッ!!!!」  
 
目も眩むような純白の閃光の中から断末魔の悲鳴が響き渡った。  
相前後して、度重なる負荷を受け容れ続けて、限界に達していた<ヴァリスの剣>が、  
ボロボロと崩れ去り、物質としての実体を失って、光へと還っていく。  
幾星霜にもわたって、数多の<戦士>の手を渡り、共に<暗黒界>との激闘を繰り広げてきた  
――――それは同時に、彼女たち全員の死を看取ってきた、という事でもあるが――――  
<明>の聖剣の最期を脳裏に焼き付ける、蒼髪の少女。  
薄青色の双眸は、新たに湧き出した涙によって濡れそぼり、キラキラと輝いていた・・・・。  
 
――――ボゴォッ!!  
 
勢い良く崩れ落ちた岩盤の中から身を乗り出した銀髪の少女・・・・<夢幻界>の王女にして<ヴァリスの戦士>たるヴァルナは、  
眼前に広がる光景に、思わず、言葉を失った。  
 
目の前に聳え立つ、巨大な黒曜石の一枚岩。  
ぬばたまの光沢を帯びた表面には、一つ一つの鎖の輪が自分の背丈ほどもある鉄鎖が幾重にも巻き付けられ、  
びっしりと赤錆の浮いた地金の奥からは、弱々しい燐光  
・・・・限りなく弱体化してはいるが、未だ消滅してはいない魔力が内包されている証しがまたたいている。  
 
「信じられない。これが、全部、<ヴェカンタ・オア>で出来ているなんて」  
 
神聖ならざるモノリスの根元は、  
地表に姿を現している部分の外周だけでも数十メートル。  
地上に向かって屹立しているその高さに至っては、何処まで伸びているのか?想像すら及ばない。  
女王ヴァリアの娘として生を享けて以来、  
様々な流派の魔術――――無論、<明>の領域に属するものに限られるが―――を修めてきた、彼女だったが、  
これ程までに巨大な魔法物質に遭遇した経験は一度も無かった。  
 
「・・・・これが、<古の封印>!!」  
 
圧倒的なまでの存在感を放つ、漆黒の巨大モニュメントに威圧されるヴァルナ。  
さいわい、母の施した封印は、弱まってはいるものの、未だ無に帰してはいないらしく、  
<ヴェカンタ・オア>の発する瘴気には、少女の前進を妨げる程の力は存在しなかった。  
その事を確かめた上で、勇気を振り絞り、一歩一歩、慎重に近付いていく。  
・・・・だが、<封印>の刻み付けられた鉄鎖まであと少し、という地点まで接近したところで、  
彼女の足は、一歩たりとも前に進む事を拒否してしまった。  
 
――――ドクン、ドクン、ドクン・・・・。  
 
漆黒の闇の奥から聞こえてくる、否、頭蓋骨の内側に直接響き渡る、禍々しき胎動。  
そして、一切の光を遮り、透過を許さない、ぬばたまの棺よりもなお黒々とした、  
途轍もなく不浄で邪悪な気配を漂わせる何者かの影が、  
銀髪の<戦士>の原初的な恐怖を呼び覚まし、  
まるで金縛りにあったかの如く手足を縛めて、進退の自由を奪い去ってしまう。  
 
「くうっ・・・・ど、どうしてッ!?  
<古の封印>まで、あともう少しなのに・・・・あの<封印>さえ、破壊すれば!!」  
 
予想外の出来事に、取り乱した表情を見せる<夢幻界>の魔道士。  
だが、何とかしなければ、という意志とは裏腹に、  
両足は地面に縫い付けられてしまったかの如く、微動だにしない。  
 
――――ドクン、ドクン、ドクン・・・・。  
 
邪悪なるモノリスから放たれる波動が、  
意識の中に直接入り込んできて、ぞっとするような楽の音を掻き鳴らす。  
戦慄のあまり、息苦しさを覚えながら、弱々しく喘ぐヴァルナ。  
 
・・・・その刹那。  
周囲を取り囲む暗闇よりも、なお昏く澱んだ、漆黒の思念が、  
呪詛の如き、憎しみのこもった<声>となって、少女の心臓を鷲掴みにする。  
 
『破壊すれば、どうだと言うのだ?』  
 
「ひ、ひィっ!!」  
 
恐怖に顔面を歪めつつ、背後を振り返った銀髪の王女。  
魔道士としての第六感は、  
敵の本体は目の前には無く、聞こえてきた<声>はまやかしに過ぎない、という事実を、  
半ば本能的に察知して、警告を発しようとしたものの、  
それよりも早く、<声>の持つ、途轍もない禍々しさが、理性を圧倒してしまっていた。  
 
『・・・・無力な小娘よ、お前に何が出来るというのだ』  
 
あたかも、周囲の闇そのものが一斉に吼えかかってきたかの如き、  
耳を聾する哄笑が哀れな獲物の五感を席巻し、暗黒の色に塗り潰していく。  
自我の全てが侵食されるかのような、おぞましい精神攻撃は、  
たとえ幻覚に過ぎないと頭では理解出来ていても、到底平静でいられるものではなかった。  
恐慌に駆られ、冷静な判断力を失ってしまった少女は、  
かつて、<暗黒界>に足を踏み入れて間もない頃に優子が経験したのと同様の幻・・・・  
四方八方から押し寄せる無数の触腕によって、絡み付かれ、自由を奪われる、  
現実と見紛うばかりのリアルな幻覚の中に、為す術もなく呑み込まれていく――――。  
 
「ひィッ・・・・や、やめてぇ・・・・」  
 
無慈悲なる黒い腕によって足首を掴み取られ、高々と持ち上げられた、ヴァリアの愛娘は、  
絶望と嫌悪に表情を引き攣らせながら、弱々しくかぶりを振った。  
太股の付け根に位置する、乙女の最も大事な場所を守る丈の短いプリーツ・スカートが、  
重力の法則には逆らえずに、下側・・・・逆さ吊りにされた上半身の方向に向かって垂れ下がり、  
視界の端でヒラヒラと揺れ動く。  
 
(い、いやぁ・・・・こんな恰好、恥ずかしいッ)  
 
どのような原理によるものか?まではヴァルナ自身にも判然としなかったが、  
こんな切羽詰まった状況下であっても、乙女としての羞恥心は正常に働いているのだろう、  
半ば本能的に、銀髪の少女は、少しでも股間の露出部分を少なくしようと試みる。  
もっとも、別々の触腕によってがっちりと拘束されている両腕は如何ともし難く、  
せめて膝を閉じようと続けた涙ぐましいまでの努力も、何の成果も生み出す事は無かったのだが。  
 
「ああッ!!」  
 
ささやかな抵抗など意に介する事無く、猛々しい漆黒の凌辱者たちは、  
左右の足首を掴み取ったかと思うと、一切の躊躇いなく、がばぁッ、と大きく割り拡げた。  
膝までを覆う黄金色のブーツに包まれたしなやかな両脚が、伸びやかなV字を描き、限界まで引き延ばされる。  
恥ずかしさのあまり、かぁっ、と頬を赤らめる<夢幻界>の王女。  
元々決して十分な面積とは言えない腰布は完全に捲れて、目隠し布としての機能を放棄してしまい、  
全くの無防備状態で曝け出された純白の下穿き越しに、  
澱んだ空気の感触がふっくらと盛り上がった畝肉を包み込んでいる。  
 
(はうう・・・・み、見られている。わたくしの大事な場所が・・・・)  
 
目元から溢れる羞恥の涙が視界を薄ぼんやりと曇らせる。  
<暗黒界>の支配者は、あれっきり、<声>を発する事無く、沈黙を守っていたが、  
圧倒的なまでの存在感は周囲の空間内に満ち満ちていた。  
飾り気の無いシンプルなデザインのショーツ越しに、  
羞じらいに火照る秘裂が透かし観られているようにさえ感じられる。  
 
――――と、まるで、秘めやかなるその想いを読み取ったかの如く、新たな触腕が近付いてきた。  
 
「ひぁッ!?」  
 
我知らず、その場所へと意識が向いていたせいだろうか、  
いやが上にも鋭敏さを増していた恥丘に、硬くて冷たいモノが押し当てられた。  
四肢に巻き付いているものより一回り細く、ゴツゴツと節くれだった黒い手指が、  
薄布に守られた割れ目に食い込んできて、無遠慮に這い回ろうとする。  
 
「いや・・・・ぁあッ!!」  
 
湧き上がってくる異様な感覚に抗う、<夢幻界>の王女。  
押し流されてはならない。気をしっかり持たなければ――――  
だが、そう思えば思うほど、刺激を受けた秘裂の奥は熱く疼いて、少女の心を悶え狂わせた。  
柔らかな谷間が異物によってグリグリと圧迫を受け、下着の布地で肉畝がしごかれるたび、  
花弁の粘膜が、ピクン、ピクン、とひくつき、敏感な戦慄きを返してしまう。  
陰核を収めた細い莢が揉み込まれ、股布の中央に深い皺が刻まれると、  
布目の奥から半透明な粘っこい液体が滲み出てきて、恥ずかしい染みが徐々に面積を広げていく。  
 
「あ・・・・ああッ・・・・あう・・・・あぁうッ・・・・!!」  
 
天地が逆さにされた身体が羽交い絞めにされ、細いウエストがガッチリと固定された。  
背中が押し上げられ、代わりに腰がゆっくりと引き下げられていく。  
今から自分の身に何が起きようとしているのか?本能的に察知して、表情を凍りつかせるヴァルナ  
・・・・だが、両腕も両脚も漆黒の触腕によってきつく縛められ、持ち上げる事も縮める事も叶わない。  
 
(ああッ・・・・も、もうダメぇ!!)  
 
絶望に打ちひしがれる魔道士の目の前に、  
<暗黒王>の物言わぬ僕たちの中でも、ひときわ猛々しく、醜怪なフォルムをした一体が姿を現し、  
大蛇のようにのたくりながら、身動き一つできない哀れな獲物のカラダを這い進んでいく。  
 
ビリィイィッ!!!!  
 
か細い破断音と共に、内股から幾分かの湿り気を帯びたショーツが破り取られた。  
ねっとりと凪いだ空気が無毛の恥丘を愛撫し、生白い尻たぶの表面を細かく粟立たせる。  
 
「い・・・・いや・・・・いやぁ・・・・」  
 
赤黒く燃える不浄の焔が、未成熟な秘裂の輪郭を浮かび上がらせる。  
巧みな愛撫によって生み出された内奥からの熱は、  
既に幼い蕾を三分咲き程度に開花させ、花弁の表面を愛液の滴でうっすらと光らせていた。  
 
――――キュッ、キュルッ、キュルルッ・・・・!!  
 
いつの間にか、反転した肉莢の内側から頭を覗かせていた豆粒台の真珠玉が、  
ゴツゴツとした指先に挟み込まれ、扱かれるようにして弄ばれる。  
先刻までの下着越しの愛撫とは比べ物にならない、喜悦のわななきが、花弁一杯に広がっていき、  
膣壁粘膜が、じわわっ、と潤みを帯びていった。  
 
「はッ・・・・ぁあうッ・・・・んはぁ・・・・!!」  
 
意志の力では押し止める事の出来ないゾクゾク感が、切迫した喘ぎ声となって口をつく。  
グロテスクな黒い手は、容姿とは裏腹に、なかなかのテクニシャンぶりを発揮して、  
初心な少女を昂ぶりへと導き、濡れそぼらせていた。  
三分咲きに過ぎなかったピンク色の花びらは、  
五分咲き、七分咲き・・・・と、加速度的に開花速度を増大させていき、  
湧出する体液も、ドロリとした粘度の高い蜜汁から、サラサラの愛潮へと変化していく。  
 
(アッ・・・・くはッ・・・・ヒハぁアッ!!)  
 
次第に快楽の虜となっていく、銀髪の王女。  
そして、涙に覆われた視界が眩い輝きによって満たされ始め、  
うなじの少し後ろ辺りにチリチリするような熱さを感じた――――その時。  
 
グリィィィッ!!!!  
 
トロリとしたヌメリに覆われた秘裂を漆黒の触腕が無理矢理に押し開き、  
はちきれんばかりの己れのカラダを奥に向かって突き入れた。  
あまりにも太く、あまりにも硬く、  
そして――――ぞっとするほど冷たく凍えきった、まるで鋼鉄の塊の如き異形の器官が、  
マシュマロのような陰阜を強引にこじ開けて、女膣へと潜り込んでくる。  
 
「いひっ!?・・・・ヒギィいいいィィィッッッ!!!!」  
 
一瞬にして、天国の雲の上から無間地獄の底へと叩き落とされる、少女の五感。  
程良く湿りかけていたとはいえ、セックスの経験など皆無に等しい  
――――それ以前に、<夢幻界>の住人として生を享けた彼女は、  
<現実界>の男女の間で営まれる生殖を目的とした性行為自体に馴染みが薄かったが――――、  
ヴァルナの膣孔にとっては到底耐えられる刺激では無かった。  
 
「うぐッ・・・・くッ・・・・ああ・・・・ぐあああッ!!」  
 
カラダがバラバラになるような激痛が、  
灼熱感を帯びた衝撃波となって、猛烈な勢いで脊髄を駆け昇っていく。  
無慈悲な肉クサビの尖端が子宮口を押し破り、更に奥へと突入してくると、  
視界全体が真っ赤に染まって呼吸が出来なくなってしまう。  
 
(こ、壊れちゃうッ!!)  
 
有無を言わせず、グイグイと押し込まれてくる異物によって、お腹の中身が荒々しく押し広げられていく。  
意識をグチャグチャに掻き回す、どっしりと重い存在感。  
カラダの内部に感じるソレは見てくれ以上に太く硬く、ゴツゴツと節くれだっていた。  
暴力的な、否、暴力そのものと言って良い、凌辱によって、膣襞が磨り潰され、こそぎ取られていくたびに、  
粘膜洞の中で蠢くグロテスクな拳のシルエットが、白く清らかな恥丘に、モコリ、モコリ、と浮き上がる。  
 
フィストファック、などという卑俗な言葉は知る由も無い<夢幻界>の乙女にも、  
今、自分が強要されているこの辱めが真っ当な性の営みではではない事ぐらいは容易に理解出来た。  
痛みは勿論だが、それ以上に、際限なく膨張する恐怖が、彼女の心を容赦なく蹂躙し、打ちのめしていく。  
 
「あ・・・・ぐぅう・・・・ゆ、優・・・・子・・・・た、たすけ・・・・て・・・・」  
 
半ば白目を剥き、口元からは白泡を吹きながら、必死に助けを呼ぶヴァルナ。  
心臓は早鐘のようなリズムでせわしなく脈動を刻み、  
全身の血管を流れる血液は、今にも沸騰せんばかりに熱く燃え盛っていた。  
心の中は失神していないのが不思議なくらいの負の感情で満たされ、  
毒々しく濁りきった<ヴェカンタ>の焔によって舐め尽くされようとしている。  
 
――――そして、  
王女の遠のきかけた意識の内奥には、  
<暗黒王>の二つ名に恥じない、ログレスの黒々とした思念が入り込み、  
侮りと蔑みのこもった嘲笑を放ち上げるのだった。  
 
『・・・・フン、仲間を呼びたくば呼ぶがいい。  
たとえ幾千幾万の軍勢が来ようと何程の事も無いわ。  
ヴァリアの救けとて、<暗黒界>の地の底までは届くものか・・・・』  
 
「麗子・・・・麗子・・・・」  
 
鍾乳石の上に横たわる異形の少女・・・・  
必死に取り縋る優子の双眸は涙に濡れ、名を呼び続ける声は掠れ果てて、  
今にも消え入りそうな程に弱々しい。  
 
「お願い・・・・目を開けて・・・・返事をしてよ・・・・」  
 
意識を失ったまま横たわる赤毛の親友の左手  
――――つい先程まで指先を覆っていた、鉤爪付きのガントレットは実体を喪失して剥がれ落ちている――――を、  
関節が白く浮き出る程に固く握り締め、肩を震わせながら咽び泣く、蒼髪の少女。  
見る影も無く、憔悴しきった表情からは、  
<ヴァリスの戦士>としての使命感に裏打ちされた勇猛さも凛とした美しさも完全に消え失せてしまっていた。  
 
「・・・・っ・・・・」  
 
何回目、あるいは、何十回目の呼びかけの後だろうか、  
もはや永遠に閉じられたまま、微動だにしないのでは?とさえ思われた、短い睫毛が、ピクリ、と動いた。  
泣き腫らした目を瞬かせつつ、親友の顔を覗き込む優子。  
 
「れ、麗子ッ!?」  
 
「おっきな声出さないでよ・・・・傷に響くわ・・・・」  
 
血の気の失せた相貌を僅かに歪めて、囁くような呟きを漏らした赤毛の少女は、  
慌てて口を閉じる優子の仕草に微かな可笑しみを覚えて、すっ、と目を細くした。  
もう少しカラダに力が残っていれば、破顔と共に吹き出していたに相違ないが、  
<ヴェカンタ・オア>との強制的な融合によって、辛うじて死神の振り下ろす鎌から逃れていた彼女は、  
それを失った今、起き上がる事さえ叶わぬ身となり果てている。  
こうして瞼を持ち上げ、言葉を紡ぐだけでも、意志力を総動員しなければならない現状は、  
自分に残された時間が決して多くはない、という冷酷な現実を自覚させていた。  
 
「来て・・・・くれたのね」  
 
ヒタヒタと迫り来る死の実感に堪えながら、声を絞り出す麗子。  
全身が石と化したかの如く重く沈み、冷えきっている中、  
おそらくはほんの少しばかり残っている<戦士>のパワーが懸命に損傷部位の回復を試みているらしく、  
両脚と右腕の傷口だけが妙に熱を孕んでいるかの如く感じられる。  
 
(きっと・・・・この傷の痛みが消えた時が・・・・私の最期ね・・・・)  
 
そう、直感した少女は、四肢のうちで唯一失われずに残っている左手に僅かに力を込めて、  
殆ど食い込まんばかりにきつく握り締められている親友の手指をそっと握り返した。  
 
「あ・・・・ううっ・・・・」  
 
感極まったのだろう、自分の上に倒れかかり、号泣を始めた優子を見やりつつ、  
普段だったら、暑苦しい真似はやめて、と即座に撥ね退けるトコロだけれど、  
と、赤毛の少女はいささか苦笑気味に表情を変化させた。  
無論、そんな邪険な態度を取ろうにも、今の自分は消耗の極に達していて、  
母親の乳を求める赤子のように抱きついてくる親友を振り払う事など、到底不可能である。  
 
(・・・・まぁ、いっか。最後ぐらいは、ね・・・・)  
 
クスッ、と、微苦笑めいた笑みを浮かべた麗子は、  
そっと肩の力を抜き、蒼髪の少女の抱擁に身を任せた。  
気が付くと、光彩を失いかけたアメシスト色の双眸が、大粒の涙によって覆われようとしている。  
 
(フフ、私も、随分と涙腺が弱くなったみたい・・・・一体、誰のせいかしら?)  
 
すでに瞳孔は拡散を始めていたものの、  
幸いな事に、そのスピードは未だ緩やかで、意識には清明さが残っている。  
全身の感覚は殆どなくなり、生死の境界を分かつバロメーターと位置付けた、傷口の痛みさえも徐々に希薄になりつつあるが、  
終局の刻が到来するまでには、もう少しだけだが、余裕がありそうだった。  
 
最期に何を言い遺すべきか?しばらくの間、瞑目して自らに問いかけた赤毛の少女は  
――――やがて、意を決したかのように両眼を見開くと、静かに言葉を紡ぎ始めた。  
 
「泣くのはやめて・・・・優子」  
 
――――我ながら、月並みなセリフだな、と思わないでもなかったが、  
麗子には、やはり、それを言い遺さずに逝く事は出来なかった。  
<ヴェカンタ・オア>に冒されて、身も心も暗黒に染め上げられてしまった後の記憶は曖昧だったが、  
正気を失い、ログレスの暗示に操られるまま、目の前の少女と戦っていたのだけは憶えている。  
挙句の果てに、<ヴァリスの剣>によって刺し貫かれ、こうして死を待つばかりの状況に追いやられて、無二の親友を更なる悲嘆に暮れさせている・・・・、  
斯様なまでに情けない死に様を晒した<戦士>が、今まで存在しただろうか?  
 
(何よりも口惜しいのは、あの約束を守れなかったコト・・・・。  
<ヴァリスの戦士>として生まれ変わった時の、もう二度とあなたを悲しませないって・・・・あの誓いを・・・・)  
 
だからこそ、最後にこれだけは言い残しておかなければならないのだ。  
もうすぐ死出の旅路の第一歩を踏み出そうとしている自分に対して、責任を感じる必要は無い、と。  
自分のこの死は、全て自らが招き寄せた因果の結果であって、  
優子は最後の場面に居合わせただけに過ぎない、という事実を・・・・。  
 
(・・・・そう、あなたの事だから、ちゃんと伝えておかないと、いつまでも気に病み続けるでしょ?  
もっとも、きちんと伝えたトコロで、簡単に納得してくれるような、聞き分けの良い性格のあなたじゃ無いってのも知ってるケド・・・・)  
 
「いいのよ・・・・優子・・・・あなたのせいなんかじゃない・・・・。  
何もかも・・・・全部・・・・私自身が招いた事・・・・なんだから・・・・」  
 
 
――――案の定、蒼髪の少女は、その言葉を耳にするなり、  
うっううっ・・・・、と、ひときわ激しく嗚咽しながら、盛大にかぶりを振り始めた。  
予期した通りの反応に、胸の奥でひそかに苦笑を漏らす麗子。  
もはや、間近にある筈の優子の顔すら明瞭には映し出せなくなった瞳を中空に彷徨わせながら、  
死に瀕した少女は、短いようで結構長かった、今までの人生を振り返る。  
 
始まりは、暗い闇の底・・・・  
サザーランドの実験施設に据え付けられた、巨大な魔道装置の奥で生成された、うすぼんやりとした魂の原型・・・・  
やがて、三つに分かたれた、その中の一つが、自分・・・・。  
<暗黒界>・・・・アイザード・・・・与えられた偽りの両親・・・・  
桐島家という名の牢獄、あるいは、実験用モルモットの飼育小屋・・・・  
Rape・・・・アイザードとの再会・・・・告げられた真実・・・・<現実界>との別れ・・・・  
ログレス・・・・<ヴェカンタの戦士>・・・・。  
 
「そう、悪いのは・・・・いつだって私の方・・・・あなたは、ちっとも悪くなんてなかったのよ・・・・」  
 
「・・・・で、でもッ!!わ、わたしは・・・・アナタを・・・・!!」  
 
全く泣き止もうとする気配の無い分からず屋の親友をどう説き伏せたものだろうか、と思案顔になる赤毛の少女。  
可能であれば、とことんまで時間を費やして、認識の誤りを正してやりたいところだったが、  
残念ながら、手持ちの砂時計の砂粒は絶望的なまでに残り少ない。  
 
・・・・優子との邂逅・・・・戦い・・・・<アンチ・ヴァニティ>・・・・  
アイザードの策謀とその末路・・・・ヴォルデス・・・・サザーランド・・・・ニゼッティー・・・・  
沈みゆく夕陽の中で迎えた、決着の時・・・・。  
 
「救ってくれたじゃない・・・・私を・・・・」  
 
「・・・・救った・・・・?」  
 
涙でグショグショになった相貌を持ち上げて、自分の言葉を反芻する蒼髪の少女。  
何はともあれ、泣き声が止んだ事に胸を撫で下ろし、  
死に瀕した少女は、蒼白を通り越して土気色へと変色しつつある唇を僅かにほころばせた。  
 
敗北・・・・<アンチ・ヴァニティ>の否定・・・・  
浄化される魂・・・・<ヴァリスの戦士>としての覚醒・・・・ヴァルナ・・・・  
ログレスへの叛旗・・・・ヴォルデスとの別れ・・・・捕囚と再洗脳・・・・<ヴェカンタ・オア>・・・・  
最後の戦い・・・・そして、今――――刻一刻と近付いている、終焉の瞬間。  
 
(・・・・今までずっと・・・・私なりに・・・・運命から逃がれようと、足掻き続けてきたつもりだったけれど・・・・  
――――結局のところは・・・・逃げてばかりの一生、だったわね・・・・)  
 
学校からも・・・・両親からも・・・・桐島家からも・・・・<現実界>からも・・・・ログレスからも・・・・アイザードからも・・・・  
何より、自分自身からも・・・・。  
 
深い悔悟の念を滲ませつつ、独りごちる麗子。  
学校にも、家庭にも、社会的立場にも、世界そのものにも、安らぎを見出せず、  
それら全てをかなぐり捨ててまで手に入れた筈の、<ヴェカンタの戦士>の座にも満足できなかった・・・・一生。  
――――だが、今にして思えば、自らの行動の全ては、結局のところ、単なる逃避に過ぎなかったのではないか?  
確かに、三界に生を享けた時から課せられていた運命は、この上なく過酷なものだった。  
だが、自分は、運命を嘆き、最大限抗っているフリをして自分自身を納得させつつ、  
実際には、運命との戦いを放棄してより安易な道へと逃げていただけではなかったのだろうか・・・・?  
 
(・・・・そう・・・・サザーランドで、優子の言葉を聞いて、その心に触れるまで・・・・私はずっと逃げてきたわ・・・・。  
もしも、優子に出会わなければ・・・・私は・・・・今も逃げていたかもしれない・・・・  
運命を口実にして・・・・自分自身を欺きながら・・・・)  
 
「・・・・優子・・・・あなたに会えて・・・・良かった・・・・」  
 
万感の想いと共に、感謝の言葉を口にする赤毛の少女。  
すでに手足の感覚は完全に消え失せ、痛みも熱も何も感じなくなってしまっていた。  
全身の体温は急速に下がり始め、胸郭の内側で脈打つ心臓の律動も頗る緩慢なものとなっているのが自分自身でもよく分かる。  
 
(・・・・そろそろ、刻限のようね・・・・)  
 
底知れぬ深淵へと意識が引き込まれていくのを覚えながら、麗子は今生最後の息を啜った。  
ああ、これが死というものなのか・・・・  
きっと、この僅かな呼気を吐き出した瞬間に、自分の魂は肉体から追い立てられ、  
因果地平の彼方に向かって押し流されてしまうのだろうな、と直感的に悟る。  
 
――――と、不意に、視界が、パァッ、と明るくなり、  
何処までも清浄で、暖かな純白の光が、もはや何も映らなくなったラベンダー色の双眸を満たし始めた。  
 
 
かつて、一度だけ経験した事のある、あの光・・・・。  
 
<暗黒界>の桎梏に囚われた私の魂を解き放ってくれた、あの光・・・・。  
 
運命に絶望して、あらゆるものから逃げ続けてきた私に、自分自身の心と真摯に向き合う事の大切さを教えてくれた、あの光・・・・。  
 
<明>の・・・・<ヴァリス>の・・・・否、違う・・・・この三界のうちで唯一人、最後の最後まで私を信じ抜いてくれた、少女の・・・・光。  
 
 
「・・・・ゆ・・・・ゆうこ・・・・」  
 
 
 
「ありが・・・・と・・・・う・・・・」  
 
 
 
 
――――――――TO BE CONTINUED.  
 
 

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