――――<鏡面世界>。  
 
「あぐッ・・・・あぁあああッ!!」  
 
青白いスパーク光が少女の華奢な身体を包み込み、  
髪の毛の焼ける異臭が、石壁に囲まれた牢獄の中に広がっていく。  
びっしりと汗粒の浮かんだ顔面を激痛に歪めながら、銀髪の<戦士>――――カナンの<銀の勇者>レムネアは、全身を襲う高圧電流から逃れようともがき続けていた。  
・・・・だが、しなやかに伸びた色白な手足は、赤錆の浮いた鉄製の枷と鎖によって、背後に設えられた磔柱へと繋がれており、  
どれだけ必死に力を振り絞ろうとも、拘束を脱する事は叶わない。  
 
「ククッ、なかなか良い声で啼くじゃないか。ゾクゾクしてくるよ」  
 
苦悶に歪む虜囚の横顔を眺めつつ、陶然とした表情で囁きかけるのは、  
拷問牢の主である紅毛の看守――――エルス大陸の<雷の戦士>ライディ。  
二つ名の示す通り、雷の力を自由自在に操る特殊能力を持つ彼女は、  
磔刑台に縛められた獲物が、気を失ったり、限界を超えた負荷によって精神に異常を来したりしないよう、  
絶妙な加減で体内に流し込む電流のエネルギー量を調節しつつ、苦痛と恐怖だけを与えている。  
 
「ハァ・・・・んぐッ・・・・ハァハァッ・・・・うくぅう・・・・」  
 
何度目かの電撃を放ち終えた拷問吏は、衰弱しきった様子の囚人の姿に、電圧を最低出力にまで引き絞った。  
この辺りで少し休ませなければ、さしものレムネアも耐え切れなくなる恐れがある。  
実際、息も絶え絶えの有様で、白目を剥きかけている<銀の勇者>のカラダからは、プスプスと幾筋もの白煙が立ち昇り、  
心なしかくすんで光沢を失っているようにも見える防具の表面では青白い火花がバチバチと飛び跳ねていた。  
長時間にわたって、高電圧の電撃に曝されたせいだろう、  
十字架に懸けられた四肢の筋肉はビクビクと不規則な痙攣に覆われている。  
 
「少しだけ休ませてやるけど、まだまだ責めは序の口だよ、勇者サマ。  
アンタには、もっともっとブザマにのた打ち回って貰うから、せいぜい覚悟しとくんだねッ!」  
 
憎々しげに言い放つと、電撃使いは、囚人の胸元に向かって手を伸ばした。  
激しい拷問によって半ば外れかけている深紅の胸甲に指をかけると、  
ぐぐっ、と力を込め、強引に引き剥がす。  
現れたのは、サイズは標準的だが、形の良い曲線に恵まれた美しい乳白色の双果・・・・  
その片方を無造作に鷲掴みにすると、今度は一転、ねっとりと絡みつくようなタッチで揉み始める。  
 
「ああッ!?」  
 
「おやぁ、どうしたんだろうねぇ?乳首がどんどん硬く尖っていくよ?  
・・・・ははぁ、もしかして、アンタ、責められて感じるタイプかい?」  
 
「ち、違・・・・ッ!わ、わたしは、そんな・・・・くはぁあッ!!」  
 
必死にかぶりを振りながら否定に努めるレムネアだが、  
乳房全体を、ぎゅうぎゅうと形が変わるほど、捻り込まれると、  
堪らず、悲鳴と嬌声とが半々にブレンドされた叫び声を放ち上げてしまった。  
たちまち湧き起こる甲高い嘲りの笑いが、銀髪の少女のプライドを深々と抉り、踏みにじる。  
 
「アーッハッハッハッ!一体、何が違うってんだい、<勇者>サマ?  
ほらほら、遠慮してないで、マゾの悦びを堪能したらどうだいッ!?」  
 
言葉で責め嬲りつつ、拷問吏は更に指先に力を加えていく。  
徐々に高まっていく圧迫感に苦悶の表情を浮かべる銀髪の<戦士>。  
だが、乱暴極まりないタッチで揉み回されているにも関わらず、  
生汗に濡れそぼった脹らみはあさましく打ち震え、その中心に位置する淡いピンク色の突起はカチコチにしこりきっている。  
 
「フフッ、乱暴にされた方が燃えるんだろ?小綺麗なカオして、まったく、とんでもない淫乱だねぇ。  
それとも、カナンじゃあ、そういうのが流行ってるのかい?」  
 
まるで別の生き物であるかの如く、ピクピクと跳ね回り始めた乳首が摘み上げられ、  
キュッ、キュッ、キュッ、と根元からしごき立てられる。  
 
「んぅッ・・・・くううッ」  
 
一瞬、脳裏にフラッシュバックしたのは、  
<銀の勇者>としての天命を知る以前、カナンの各地を放浪していた時期に味わった屈辱。  
同じ村で生まれ育った幼馴染であり、初恋の人でもあった<青銅の勇者>――――アッシュを探す旅の中で、  
不覚にも囚われの身となった奴隷商人の根城での、恥辱に満ちた数日間の監禁生活、  
そして、邪悪な闇の魔法によって意志を奪われ、抵抗する術を奪われた状態で受けた、数々の非道な仕打ち・・・・。  
出来れば二度と思い出したくなかった悪夢のような記憶が、今、自分が置かれている状況と重なり合い、  
悔しさのあまり、カナンの乙女は、我知らず、目元に涙を滲ませてしまう、  
 
――――と、そこへ、もう一人の看守が姿を現した。  
 
「随分とお楽しみじゃない、ライディ。そんなにコイツが気に入ったの?」  
 
足音はおろか、気配すら殆ど消したまま、牢内に入ってきたのは、  
メタリック・シルバーとブラックのシンメトリーが特徴的なプロテクト・スーツに身を包んだ女忍者。  
屈辱に打ち震える囚人の様子に嗜虐の焔を燃え立たせている相棒に向かい、コケティッシュな笑みを浮かべると、  
自慢のツインテールをなびかせつつ、磔刑台の周囲を一周する。  
 
「アスカか、傷の具合はどうだい?」  
 
「アステクターのリジェネレーション能力を甘く見ないでよ。もう行動に支障は無いわ。  
今からアイツの所に行って、たっぷりとお礼をしてあげるつもり」  
 
ニヤリ、と、陰険に微笑む<変幻戦忍>。  
よくよく目を凝らせば、ほとんど修復が完了した状態ではあるが、  
プロテクト・スーツの肩口から脇腹にかけて、袈裟懸けに斬り裂かれた跡がうっすらと残っている。  
そのダメージは、レムネアの捕縛に成功した戦闘の最中に負わされたもの、  
大した事はない、という本人の言とは裏腹に、  
あともう数ミリ傷が深く、回復に時間が必要となる、と判断されていれば、  
<鏡使い>に見切りを付けられ、廃棄処分とされていた可能性もあり得た程の深手だった。  
 
「ったく、容赦なくやってくれたものね、アンタのお仲間。  
たしか、ヨーコって名前だったっけ、あの青い鎧のヤツ?  
『絶対に殺すな』っていう命令があるから、生命までは取らないけど  
――――代わりに、死んだ方がマシって思い、味わせてやるんだからッ!!」  
 
愛くるしささえ感じさせる面立ちにはおよそ似つかわしくない冷酷な口調で言い放つと、  
ツインテール忍者は細くしなやかな手指をひらめかせた。  
 
「何だ、ソイツは・・・・暗器、いや、毒針の類か?」  
 
「まぁ、平たく言えばね――――そうね、ちょっと実演してあげるから、場所代わって頂戴」  
 
相棒の返事に、一瞬、渋い表情を浮かべるライディだったが、  
好奇心には勝てなかったらしく、レムネアの脹らみから手を離し、次いで、半歩後ろに引き退った。  
アリガト、と短く礼を言って、前に出た忍術使いは、  
不安に顔を強張らせる女囚を、壁際に追い詰めたネズミを甚振る性悪猫のような視線で睨み据える。  
 
「さて、と・・・・カナンの勇者サマ、正直、アンタにはさほどのうらみは無いんだけどさ、  
まぁ、恨むんだったら、あの<レダの戦士>を恨んでちょうだいなッ!!」  
 
言うが早いか、<変幻戦忍>は、手にした鋼鉄製のニードルを、  
先程、ライディによって防具を毟り取られ、一糸まとわぬ姿をさらけ出している双乳の中心  
・・・・ツンツンに尖り切った勃起乳首に向けて、突き立てた。  
 
「ひぎっ・・・・あぎぃいいいいいッッッ――――!!!!」  
 
最も敏感な場所を正確に抉り抜く鋭い痛みに、絶叫するレムネア。  
数センチメートルにも達しているだろうか、  
肉突起の真ん中を刺し貫いた真っ黒な凶器の先端が乳房の奥深くにまで潜り込み、  
灼熱感を帯びた激痛と共に、おぞましい異物感を撒き散らす。  
 
「本能寺忍法・往生針。  
――――コイツを突き刺された奴は、押し寄せる法悦の中、命果てるまでイキ続けるんだ。  
まぁ、今回は、狂い死にはしない程度に手加減してるケドさ」  
 
「おいおい、マジかよ?死ぬまで続くアクメなんて!?」  
 
よもや自分たちの会話が聞こえた訳ではないだろうが――――そんな余裕は微塵も無い筈だった――――、  
苦痛と異物感、そして、それらに倍する恐怖に襲われて、  
拘束された体をガクガクと揺らしつつ、駄々を捏ねる赤子のようにかぶりを振る銀髪の少女。  
彼女の悲痛な叫びをバックコーラスに、プロテクト・スーツの忍術使いは、得意顔で説明を再開する。  
 
「外から見ただけじゃあ、ちょっと分からりづらいだろーけど、  
実は針の内側は空洞になっててね、クスリが仕込んであるの。  
時間が経てば経つほど、面白いモノが色々と拝見できるようになるわ――――ホラ、こんな具合にね」  
 
「な、何ッ!?胸・・・・オ、オッパイがぁッ!!」  
 
まだアスカの言葉が終わらないうちに、  
引き攣っていたレムネアの表情の中に戸惑いの色が浮かんでくる。  
困惑と不安に満ちた視線の先には、どす黒い鉄針によって串刺しにされた、生白い胸元。  
 
それだけでも目を背けたくなるほどの無残な光景だが、ここに来て、更なる異変が生じていた。  
往生針に深々と貫かれている肉突起の周り、普段は直径1センチにも満たないサイズの乳輪が、  
異物が突き刺さって腫れているというだけでは説明がつかない程に大きく拡がり、根元からぷっくりと盛り上がっている。  
カチコチに勃起した乳首自体も、このまま破裂してしまうのではないか?と思えるぐらい、体積を増大させ、  
長大な針を咥え込んで、ビュクン、ビュクン、と卑猥なダンスを踊っていた。  
 
――――と、次の瞬間。  
 
ぷじゅッ・・・・ぷしゃぁあああッッッ!!!!  
 
水風船が破裂したかのような不快な音と共に、肉突起が暴発した。  
ジンジンと疼く乳腺を脈打たせつつ、後から後から噴き上がってくる、ねっとりとした白い液体を、  
驚愕の眼差しで凝視するカナンの乙女・・・・。  
 
「ど、どうしてッ!?一体、わたしに何をしたのッ!?」  
 
恐怖に表情を歪める銀髪の少女。  
信じ難い事だったが、自分の胸から放出されている粘汁は、見た目といい、匂いといい、母乳に相違ない。  
だが、妊娠中でも無い自分の乳から、突如、母乳が噴出するなどという事が起こり得るのだろうか・・・・?  
 
(ま、まさか、この針のせいだというのッ!?)  
 
ずくん、ずくん、ずくん、と、重い疼痛感が乳房の内側に広がるたびに、  
濃厚な乳液が見事なアーチを描いて飛び出していく。  
不思議な事に、ミルクを溢れさせているのは、二つある脹らみのうち、魔針を打ち込まれた方だけで、  
残る片方は、いつもよりも若干張りを感じる程度で、射乳の気配は全くなかった。  
その事実は、レムネアの予測の正しさを指し示すものだと言って良いだろう。  
 
「どう、凄いでしょ?」  
「ああ、たしかに。一体、何がどうなってるんだ?」  
 
目を丸くするライディの前で胸を張る、<変幻戦忍>。  
ひとしきり噴出が収まり、がくり、と脱力する女剣士を横目に  
――――未だ針の根元付近からは粘り気を帯びた液体がチョロチョロと漏れてはいたが――――、得意満面で質問に答える。  
 
「詳しくは、本能寺忍法の秘伝中の秘伝なんだけどさ。  
要は、針に詰まってる薬の成分には、人体に作用して、その働きを活発化させる効き目があるってワケ」  
 
手の中の兇器――――今しがた使用したのと同じものがあと数本残っている――――を指先でクルクルと回転させながら、  
女忍者は饒舌にまくし立てた。  
 
「今回は胸に使ったから、オッパイがああなっちゃったけど、本当はもっと色んな使い方が出来るんだよ。  
モチ、媚薬成分も含まれてるから、場所によっては、もっとタイヘンなコトになっちゃうし。  
たとえば、女のコの一番大事なトコロ、とかさ」  
 
そう言い放つと、忍術使いは、意味ありげな視線を、拘束された少女の下半身  
・・・・未だ何とか腰にへばりついている紅色のアーマーショーツによって保護されている、デルタ地帯へと向ける。  
 
「・・・・ひ、ひぃっ」  
 
粘ついた眼差しに気付いた銀髪の囚人が、磔刑台の上で小さく悲鳴を上げる。  
クスクスと忍び笑みを漏らしつつ、ゆっくりと彼女の傍に近付いていくツインテール忍者。  
 
「オイオイ、まさか本気じゃないだろうな。  
そんなトコロに打ったら、ホントに死んじまうぞ?」  
 
思わず、不安げな表情を浮かべた相棒を尻目に、  
磔柱のすぐ傍まで歩み寄った女看守は、粟を生じてカタカタと震える太ももを魔針の尖端でゆっくりと撫でつけ、  
・・・・わざとらしくため息をついて、肩をすくめてみせた。  
 
「分かってるわよ。あの御方の命令にだけは逆らえない、ってコトぐらい。  
第一、さっきも言った通り、あたしはコイツにはそこまでの恨みは持ってないんだしさ。  
・・・・ってコトで、あたしはそろそろ退散するから。  
ああ、往生針は刺したままにしとくから、適当に遊んでやってちょうだいな」  
 
小さく鼻を鳴らすと、<変幻戦忍>は、往生針の端を、人指し指の先で、ビン、と弾いた。  
漆黒の筒先へと伝わる振動が、乳肉の奥深く潜り込んだ魔針をブルブルと揺り動かし、  
かろうじて小康状態を保っていた乳腺細胞をグチャグチャに掻き回す。  
 
「ひぎぃッ・・・・イ、イヤアァァアアァァァッッッッ!!!!!!」  
 
再び、狂ったような絶叫と大量のミルクを放ち上げ、白目を剥きながら悶絶する囚われの少女を後に残して、  
けたたましい哄笑を響かせながら拷問牢を退出していくアスカ。  
橙々色の双眸には、自分を破滅の一歩手前にまで追い込んだ<戦士>に対するとめどない復讐の欲求が、  
炎の竜となってとぐろを巻き、赤々と燃え盛っていた――――。  
 
 
――――小一時間ほど前。  
 
「きゃあああッ!!」  
 
甲高い悲鳴と共に、華奢なカラダが地面に叩きつけられる。  
 
「キャロンッ!!」「だ、大丈夫ッ!?」  
 
相前後して発せられた、仲間の様子を気遣う声は  
少し離れた所にいる二人の少女  
――――カナンの<銀の勇者>レムネアとアシャンティの<レダの戦士>朝霧陽子のもの。  
叶う事ならば、すぐにでも駆けつけて、無事を確かめたいのだが、  
それが出来ないのは、各々、眼前に容易ならざる難敵を迎え、武器を向け合っているからに他ならない。  
 
「クククッ、他所見してる余裕はないぜ」  
「そうそう、他人を気にかける前に、自分の心配をした方が良いわよ?」  
 
ニヤニヤしながら、異口同音に挑発の言葉を口にする、二人の<戦士>。  
 
レムネアと対峙している方が、  
要所要所を金属製の防具で強化した、黄色いボディ・スーツを身に着け、  
青白くスパークする電気火花を帯びた長剣を構える、<雷の戦士>ライディ。  
陽子の正面に立ち塞がっている方が、  
シルバーとブラックの配色が美しい、プロテクト・スーツ<アスタクター>を身に纏う、<変幻戦忍>本能寺アスカ。  
 
電撃能力を有するパワー型のファイターと変幻自在の忍術を駆使するニンジャという違いこそあれ、  
二人共、歴戦の<戦士>であるレムネアや陽子とも互角に渡り合える戦闘能力を持つ、恐るべき敵に他ならない。  
 
――――そして、彼女たちの向こうには。  
 
「うう・・・・」  
 
全身を襲う痛みに呻きつつも、  
<リバースの剣士>は、愛刀を杖代わりにして、何とか地面から体を引き起こそうとする。  
短いマントの付いた深紅のボディ・スーツは勿論、  
トレードマークのポニーテールも、未だ随所にあどけなさの残る面立ちも、  
土埃にまみれて、不潔な泥が方々にこびりついてはいるものの、  
惑星ラルの大地の力を宿した<リバースの剣>の加護によるものだろうか?  
今の所、骨が折れたり、内臓器官が傷付いたりするような、大きなダメージは受けていないようである。  
 
・・・・だが、邪悪な襲撃者は、すぐ傍にまで迫っていた。  
 
「へえ〜、チビのくせに、意外と丈夫じゃないの」  
 
ふらつきながらも、ようやく立ち上がったキャロンの前に現れたのは、  
禍々しい笑みを満面に張り付けた、黒衣の双剣使い。  
オレンジ色の髪房を乱暴に掴むと、有無を言わさず、引き摺り上げ、  
もう一方の手に持った邪剣の柄で、容赦なく、鳩尾を殴り付ける。  
ひゅう、という掠れた声と共に、再び吹き飛ばされ、地面に叩き付けられる小さな身体。  
 
「うぐッ・・・・あああッ!!」  
 
「キャハハハッ、いいザマねッ!!  
ホラホラ、さっさと立ちなさいよ。今度は、その顔をボコボコにしてあげるからッ!!」  
 
二本の剣をヒュンヒュンと振り回しつつ、悠然と歩を進めてくる黒衣の処刑人。  
その容貌は、キャロンの良く知る――――だが、決してこの場にいる筈のない、少女に酷似していた。  
 
女王ヴァルナによって<夢幻界>へと召喚された、<戦士>の一人、  
ララマザー芸術王国の王女、<白翼の騎士>シルキス。  
年の頃も剣士としての腕前もほぼ同じ、  
加えて、奇しくも一国の王女として生を享けた、という出自までもが共通しているものの、  
生後間もなく都を追われ、辺境の一農夫の孫娘として自由奔放な子供時代を過ごした自分とは異なり、  
彼女は、王宮の中で、両親や家臣たちの細やかな愛情と配慮に包まれて、  
いずれ一国一城の主、もしくは、その伴侶となるべき者としての教養と心構えを教わりながら育った、まさしく正真正銘のプリンセス・・・・。  
この戦いが終わって、故郷に戻り、再建されつつある王都ゴモロスの王宮に入るとしたら――――無論、あくまで仮定の話であるが――――  
『自分もこんな風になりたい』と願わずにはいられない、優しく、落ち着きのある、知勇兼備の姫君だった。  
 
(ううっ、ち、違う・・・・アイツはニセモノ、あのコとは断じて違うッ!!)  
 
体中がバラバラになりそうなくらいの激痛に表情を歪めつつも、  
<リバースの剣士>は、キッ、と、強い視線で目の前の敵を睨みつけた。  
 
本物のシルキスは、この<キョウセイメンカイ>には同行せず、ヴァニティ城を守っている筈。  
いや、それ以前に、<白翼の騎士>の双剣は、気高く清浄な魔法剣で、  
眼前にたたずむ魔剣士が纏っている、漆黒の邪剣などでは断じてない・・・・!!  
 
「ま、負けるもんか、アンタみたいなニセモノなんかにッ!!」  
 
思いがけない気勢をぶつけられた二刀流使い・・・・<鏡使い>によって作り出された魔生物は、小さく息を呑んだ。  
半ば無意識のうちに、一、二歩、後ずさり、ハッと我に返って、ようやく踏み留まる。  
 
(・・・・よし、その調子よ!)  
 
女忍者の身体越しにキャロンの健闘ぶりを眺め、心の中で盛大なエールを送る陽子。  
勿論、状況は悪いままだが、彼女の闘志は些かも衰えてはいない。  
この分ならば、もうしばらくは一人でも頑張れるだろう。  
 
(その間に、何とかして、この二人を突破しなければッ!)  
 
レムネアもまた、ライディに向かって油断なく剣を構えつつ、キャロンを救う手立てについて思考を巡らせる。  
オリジナルの<白翼の騎士>に比べれば、偽王女の剣筋は明らかに荒っぽく、  
攻撃の素早さや正確さではなく、パワーで押しまくるタイプに見える。  
いくら、本物と同じ、二刀流の使い手とはいえ、  
自分か陽子のいずれかが加勢に駆けつける事が出来れば、おそらく、さほど苦労せずに倒せる相手だろう。  
 
(陽子、行ける?)  
 
短く、アイコンタクトを送る、銀髪の女剣士。  
カナンとアシャンティ、<戦士>として歩んできた戦場は違えども、  
幾度となく死線を乗り越えてきたベテラン同士、  
いざという時には、会話に頼らずとも、意志を通じ合わせる事は決して難しくはない。  
 
(うん。あたしが行く。サポートをお願い)  
 
(了解。私が連中の注意を惹き付けるわ)  
 
一秒にも満たない、僅かな時間、  
実際の動作と言えば、ほんの2、3回、互いの目を覗き見ただけに過ぎなかったが、  
少女たちにとってはそれだけで十分だった。  
ラピス・ブルーの甲冑を纏った<レダの戦士>は、いつでも突進を掛けられるように下半身にバネを貯め込み、  
深紅の鎧に身を包んだ<銀の勇者>は、意図を悟られないよう、ごくさりげない動きを装いつつ、  
じりじりと二人の敵のほぼ中間地点へと体を移動させていく。  
 
(仕掛けるわよッ!!タイミングを外さないで前に出てッ!!)  
 
陽子に最後の一瞥を送った次の瞬間、レムネアは大きくステップを踏み込み、  
正面にいる<雷の戦士>ではなく、<変幻戦忍>の胴に向かって白刃を突き出した。  
意表を衝かれたアスカだが、さすがは忍者というべきだろうか、反射動作だけで強烈な突きを躱してのける。  
・・・・だが、それはカナンの<戦士>にとって想定内の事態だった。  
 
「くそッ、お前の相手はアタシだろうがッ!?」  
 
うなりを上げて振り下ろされるライディの豪剣。  
銀髪の少女は、後ろ跳びで後方へと避けながら、  
剣を握っているのとは異なる手から、隠し持っていた短剣を放り投げる  
狙いは、正面の紅毛の<戦士>ではなく、向こう側にいるツインテール少女  
・・・・ただし、彼女を倒すのは自分のこのフェイント攻撃ではない。  
 
キンッ!!  
 
案の定、カナンの女剣士の放った短剣は、アスカが構えたクナイによって弾き返される。  
この程度の小細工になど引っかかるものか、と薄笑いを浮かべる女忍者  
――――だが、次の瞬間、その表情は凍りついた。  
 
「てりゃあぁあッッッ!!!!」  
 
裂帛の気合いと共に飛び込んできたのは、愛剣を大上段に掲げた<レダの戦士>。  
サイドポニーを打ち揺らしつつ、猛ダッシュで斬りかかっていく彼女こそが、本当のフェイントだった。  
忍術使いの口元が、しまった、という形に動いた刹那、  
女神の加護を享けた聖剣の切っ先が一陣の旋風となって振り下ろされ、  
メタリック・シルバーのプロテクト・スーツを、右肩から左脇腹にかけて深々と切り裂いていく。  
 
「なっ、ア、アスカッ!?」  
 
血飛沫の代わりに、黒々とした瘴気を噴き上げつつ、地面に倒れ込む<変幻戦忍>。  
激昂に駆られたライディは、長剣の剣先に雷霆を纏わせ、  
相棒を斬り倒したアシャンティの女戦士に怒りの斬撃を浴びせようとするものの、  
一呼吸早く、美しく輝く白銀の髪をなびかせた女剣士が彼女の正面に割って入り、壁を作った。  
 
「て、てめぇ、図りやがったなァ!!」  
 
目の前の少女にまんまと一杯食わされてしまった、と気付いて、歯ぎしりするエルス大陸の電撃使い。  
だが、こうなってしまっては、キャロンの救援に駆け付けようとする陽子を阻むのは不可能だった。  
それどころか、偽シルキスが倒されるまでに<変幻戦忍>の戦闘復帰が叶わなければ  
――――そうなる可能性は高いと言わざるを得なかったが――――  
三人を相手に戦う羽目に陥るのは必至、もはや、自分に勝ち目は無いと断言して良いだろう。  
 
(チィッ・・・・舐めたマネをッ!!)  
 
怒り心頭に発しつつも、<雷の戦士>は、一秒毎に敗北の気配が濃厚になっていくのを肌で感じていた。  
<レダの戦士>の接近に気付いた黒衣の双剣使いからは、  
一体何をやってがるんだ!?という凄まじい罵声が飛んでくるが、もはや、言い返す余裕すら無い。  
傷付いた女忍者を庇いながら撤退するか?あるいは、見捨てて自分だけで逃げ延びるか?  
電撃使いの頭を占めていたのは、不面目極まりない二者択一だけだった。  
 
(よし、ひとまずは上手くいったようね)  
 
レムネアの口元に、はじめて小さな笑みが浮かぶ。  
無論、相対する女戦士を見据える視線には些かの緩みも生じてはいなかったが、  
身のこなしには、明らかに、先刻までとは打って変わった余裕が生まれていた。  
 
(・・・・あとは、彼女をこの場に足止めし続けるだけでいいわ)  
 
――――だが、その直後、事態は再び急転する。  
レムネアの全く予期しなかった存在からの、想像すら出来なかった手段での介入によって・・・・。  
 
『――――ククッ、<戦士>共め、予想外に健闘しておるようじゃな』  
 
遠見の鏡の前にたたずみ、遥か彼方の荒野で戦いを交える少女たちの姿を眺めている、<鏡使い>。  
髑髏面に穿たれた禍々しい眼窩の奥に、陰鬱な笑いが浮かび上がる。  
 
『・・・・・・・・』  
 
姿見に向かって白骨化した両手をかざし、肉の削げ落ちた口蓋の内側で何事かを呟くと、  
奇怪に捻じくれた指先から赤黒く濁った瘴気が滲み出し、  
鏡に映る被造物の一人――――魔力によってシルキスの姿形と能力を写し取った、ドッペルゲンガーへと染み渡っていく・・・・。  
 
「な、何ッ・・・・これは一体ッ!?」  
 
陽子が異変に気付いた時には、既に手遅れだった。  
否、どれだけ気を張って、起こり得る事態全てに備えていたとしても、  
こんなフェイント、いや、"反則技"を見抜くのは不可能だったに違いない。  
 
僅か数回、剣を合わせただけで圧倒する事に成功した偽王女の全身が、  
突如、風船のように膨らみ始めたかと思うと、驚く間もなく、バァン、と弾け飛んだ。  
中から飛び出してきたのは、大量の血反吐と臓物ではなく、  
魔生物を創造し、仮初めの生命を吹き込んでいた何者かの悪意そのものが具現化したかの如き、漆黒の瘴気。  
 
「ヨ、ヨーコッ!!」  
 
咄嗟に駆け寄ろうとしたキャロンに向かい、来てはダメッ!!と、声を限りに制止する陽子。  
同時に、手にした<レダの剣>を放り投げる。  
・・・・それが、残された時間でサイドポニーの少女が取る事の出来た行動の全てだった。  
 
「に、逃げてッ!!優子と妖子にこの事を・・・・お願い、早くッ!!」  
 
最後にそう叫ぶと、<レダの戦士>の身体は、  
<鏡使い>のどす黒く濁った思念に捉えられ、呑み込まれていく。  
直後、無我夢中で拾い上げた友の剣を胸に掻き抱いた惑星ラルの王女が呆然と立ち尽くす目の前で、  
彼女の体は、強大な魔力が空間を捻じ曲げて作った次元断層に吸い寄せられ、  
何処とも知れぬ地へと強制転送されてしまった。  
 
「そ、そんな・・・・」  
 
先刻までの優位が一瞬にして崩れ去る光景を目の当たりにして、  
愕然と目を瞠るしかなかったのはもう一人の<戦士>・・・・レムネアも同じだった。  
無論、その好機をむざむざと見逃すほど、  
彼女と対峙している<雷の戦士>は、お人好しでもフェアプレイ精神の持ち主でもない。  
 
――――意識を失う直前、銀髪の少女の双眸が最後にとらえたのは、  
(おそらくは、敵の卑劣さと己れの無力さに対して悔し涙を滲ませながら)全力疾走で戦場から遁走していく、  
キャロンの小さな背中だった・・・・。  
 
 
――――<鏡面世界>。レムネアの牢とは異なる、拷問部屋。  
 
「はぁう・・・・くッ・・・・ううう・・・・くはぁあッ!!」  
 
乙女の柔肌を容赦なく責め苛む異様な感触に、  
サイドポニーの少女は、悲鳴とも嬌声ともつかない激しいえずきがこみ上がるのを感じた。  
 
より正確に言えば、悲鳴が7割、嬌声が3割、といった所だろうか?  
あの黒い瘴気を浴びて気を失い、この部屋で目を覚ました時、  
すでに自分のカラダは悪辣な拘束具によって緊縛され、完全に自由を奪われていたのだが、  
それ以降、徐々にではあるが、後者の占める割合が上昇してきているのがよく分かる。  
 
(く、悔しいッ!!)  
 
ハァハァと荒く呼吸を注ぎながら、陽子は恨めしそうに全身をきつく食い縛る拘束具を眺めやった。  
アシャンティの大地の守護者・女神レダの加護の象徴である、レダ戦士の甲冑・・・・  
だが、今、彼女の瞳に映っているのは、神秘的な光沢を帯びたラピス・ブルーの色合いではなく、  
その表面をすっぽりと覆い隠している、クリスタルガラスの反射光だった。  
 
外見は、鏡というより、粉々に砕いたガラス片を接着剤を使って一塊に繋ぎ合せたような感じに近い。  
乱雑に並んだクリスタルの結晶が、めいめい勝手に光を乱反射してキラキラと輝いている姿は、  
遠くから眺めればそれなりに美しく映るかもしれないが、  
すぐ近くにいる者にとっては、単なるガラス屑の寄せ集め以外の何物でもなかった。  
 
そして、肌に突き刺さるその拘束感は、おぞましい、の一言に尽きた。  
おそらくは何らかの邪悪な魔力によるものだろう、紺碧の鎧の持つ加護の力は阻害され、  
防御力は勿論、外部から与えられる苦痛を緩和する機能さえ、一切働かなくされてしまっている。  
代わりに、もたらされたのは、ぞっとするような冷たさと重苦しさ、何より、容赦なくギリギリと皮膚に食い込んでくる、不快な感覚。  
 
――――その上、更に。  
 
「う、ううッ・・・・あぐぅううッ!!」  
 
時折、口元をついて漏れ出してくる苦悶の呻きは、全身の生命力が吸い取られていく故に他ならない。  
<鏡使い>の闇の秘術は、女神の加護を失った<戦士>の心身を蝕み続け、  
生命の最後の一滴まで根こそぎ奪い尽くそうと貪婪な牙を剥き出していた。  
 
(くうう・・・・ダメ、抵抗できない・・・・こ、このままじゃあ・・・・)  
 
どうやら、一度に吸引出来るエネルギーはさほど多量ではなく、  
また、さほど頻繁な間隔で実行可能という訳ではないようだった。  
だが、力が奪われるたびに、苦痛に対する抵抗力、更には抵抗の意志そのものが、  
弱められていくかのように感じられ、陽子の心を寒からしめている。  
 
おそらく、全身を拘束している魔水晶の感触が時間の経過と共に薄れていき、  
自由が奪われている、という感覚自体が鈍磨しつつある事実とも無関係ではないだろう。  
このままでは、肉体の生命力が残らず吸い尽くされるのを待たず、  
精神の方が追い詰められて、完全に屈服してしまうかもしれない――――。  
 
(も、もしかして・・・・ライディやアスカもそれが原因であんな風に!?)  
 
完全な正答ではないものの、彼女の推理はほぼ正鵠を射ていた、と言っても良かった。  
・・・・惜しむらくは、その事実は現状の改善に何ら寄与するものではなかったが。  
こうしている間にも、魔水晶に覆われた体からは生体エネルギーが啜り取られ、  
心からは光と熱が失われて、徐々に消耗させられていく。  
 
『ククッ、どうやら真相に辿り着いたようじゃの。  
・・・・じゃが、最早手遅れじゃ。ほどなく、お主も我が意のままに動く人形の一つとなる』  
 
姿見に映し出された捕囚の表情を眺めやり、薄笑いを浮かべる<鏡使い>。  
ライディのたっての願いによって、しばらくの間、生体エネルギーの吸引を猶予しているレムネアの方も  
――――エルス大陸の電撃使い(のコピー)の言によれば、  
『エネルギー吸引中の人間に拷問を加えた場合、反応が今一つ物足りない』という事だった――――  
さほど遠くない将来には、目の前の少女の後を追う事になるだろう。  
 
『ラルの小娘を取り逃がしたのは残念じゃが、まぁ、さしたる問題はあるまいて。  
<夢幻界>に潜り込んだ麗夢の方も、そろそろ首尾を上げ始める頃合いよの。  
クックックッ、哀れな<戦士>共め、  
万に一つ、この世界から逃げおおせたとしても、最早ヴァニティ城には戻れまい・・・・』  
 
 
――――――――TO BE CONTINUED..  
 
 

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