シェオーリア。バアル・ベオルの居城。  
 
「・・・・あッ・・・・ああッ・・・・くあああッ・・・・ひぐッ・・・・あぎひィィィッ・・・・!!」  
 
金襴と色とりどりの絹布で飾り立てられた豪奢な寝台の上、  
全身、白く輝く生汗にびっしょり濡れそぼった全裸の少女が、  
獣のように四つん這いになり、あられもない嬌声を、引っ切り無しに放ち続けている。  
 
年の頃は、まだ16、7歳、といったところだろうか。  
際立って美人という訳ではないが、あどけなさの残る目鼻立ちにブラウンのポニーテールが良く似合う、  
出会う者の多くが自然と親しみを感じるような顔立ちの持ち主だった。  
 
・・・・無論、絶え間なく襲いかかってくる苦痛と快楽によって、  
ほとんど痛々しいまでに、捻れ、歪んでいなければ、の話であるが。  
 
――――朝霞涼子。  
シェオーリア創造神の一柱、女神レヴィアスによって異世界より召喚され、  
伝説の聖剣<レヴィア・ソード>を託された、<レヴィアスの戦士>。  
女神の加護と人々の祈りを胸に宿し、世界を蝕む魔の者共を討滅すべく、  
単身立ち上がった、シェオーリア最後の希望の光。  
 
・・・・だが、幾多の苦闘の末、辿り着いたこの城で、魔王バアル・ベオルとの決戦に敗れた少女は、  
<戦士>としての力の全てを失い、共に闘ってきた同志たちの助命と引き換えに、  
今や、魔王とその配下の獣欲に奉仕する、哀れな奴隷の身へと転落を余儀なくされていた。  
 
「・・・・フフフ、母上、いかがですか、ボクのテクニックは?  
大きさでは、まだ父上のモノには敵いませんが、  
母上に気に入って頂けるよう、技術を磨いて参ったのですよ・・・・」  
 
涼子の背後には、膝立ちになった少年の姿。  
高々と突き上げられた白桃色の尻丘を冷然と見下ろしながら、  
未成熟な体躯に似合わぬ、妙に落ち着き払った態度で腰を前後させ、  
硬くそそり立った逸物で、彼女の女性器を容赦なく責め上げている。  
 
少年の名は、イオ。  
バアル・ベオルに犯され、身篭った涼子が産んだ息子で、  
魔王と<戦士>の二つの血を受け継ぐ、シェオーリアの次代の支配者である。  
 
美しい、たが、凍てつくような冷たさに満ちた、中性的な美貌の持ち主で、  
黄金色の双眸には邪悪な知性の光が漲り、薄い唇は常に酷薄な笑みを湛えて微笑んでいた。  
少女の胎からこの世に産まれ落ちてから、わずかに三月あまりだったが、  
すでに、その外見は、人間の齢で言えば、十二、三歳に相当する水準にまで発育を遂げており、  
知能と体力は更に一回り、胆力と精力はニ回り以上、成熟した状態にある。  
 
「あひィィッ!!い・・・・いひィィッ!!ぐうう・・・・ああッ・・・・がッ・・・・あはぁあああッッ!!!!」  
 
自信に満ちた魔皇子の言葉どおり、その腰使いは堂に入ったもので、  
昨日までの実母、今日からは実母兼愛人であるポニーテールの少女は、  
怒涛のように押し寄せる肉悦の大波にあられもない叫び声を上げながら、下半身を打ち揺らしている。  
 
最後の戦いに敗れ、<戦士>の矜持と共に、処女の純潔をも奪われてしまったあの日から数ヶ月、  
昼夜を問わず繰り返された、陵辱、暴行、調教、洗脳・・・・。  
それらは、汚れを知らぬ純粋な少女の精神をどす黒く染め上げ、  
恐怖と絶望によって、がんじがらめに縛り上げるに至っていた。  
 
汗と唾液に濡れまみれ、ビクビクと激しい痙攣に包まれている生肌は、  
実の息子から注ぎ込まれる欲情の滾りにあさましく反応し続け、  
父親程ではないとはいえ、充分に立派な大きさの男根によって掻き回される陰裂からは、  
ぐちゅっ、ぐちゅっ、という艶かしすぎる楽の音が響き渡り続けている。  
そこには、シェオーリアの民を魔王から救うべく立ち上がったレヴィアス神の処女戦士の面影は既になく、  
徹底的な陵辱と調教によって馴らしつけられた、牝奴隷の姿があるだけだった・・・・。  
 
 
 
惑星ラル。"昼の地"(ミュウ)。ゴモロスの峡谷に程近い、辺境の村。  
 
下草の生い茂る休耕地。  
飛行を終えて地上へと舞い降りた翼竜(キーラ)が、眠たそうな目で主人の顔を見上げている。  
 
「はいはい、ご褒美ね・・・・そんなもの欲しそうな顔しなくたって、ちゃんとあげるわよ」  
 
腰に腕を当てながら、少女は、図体の割りには鈍重でスタミナも乏しい、  
そのくせ、食欲だけは旺盛な、自分の騎竜に向かい、小さくため息をついてみせた。  
本来、キーラは夜行性の生き物で、昼間動き回るのは苦手としているのだが、  
コイツの場合は、種族としての習性に更に輪をかけて頼りないのでは?と常々感じている。  
 
「・・・・グルルル・・・・」  
 
喉を鳴らして催促するキーラに根負けして、  
懐から彼の大好物のニンジンを取り出した少女――――キャロン。  
頭頂部のやや後ろで束ねた豊かなオレンジ色の髪の毛に、  
遠く西の山裾に沈もうとしている夕陽の光がやわらかく注いで、黄金色に光り輝かせていた。  
美味しそうにニンジンをパクつく相棒を眺めているうちに、  
渋い表情は消え去り、代わりに、ふふふッ、という無邪気な微笑みが浮び上がる。  
 
王女キャロン。13歳。  
惑星ラルの主要部分を版図とする同名の王国の支配者一族、ラル王家の血を引く第1位の王位継承権者であり、  
王国に伝わる神秘の武器<リバースの剣>に認められた、伝説の剣士でもある。  
 
彼女が生まれてすぐ、国王とその妃であった両親は、  
突如、外宇宙から襲来してきた魔道士ラモー・ルーによって殺害され、  
国土の半分も侵略者の手に落ちて、長きに渡る暗黒の統治を受け容れる事になった。  
崩壊する王都から7人の衛士に護られて落ち延びた、嬰児キャロンは、  
魔王の刺客を欺くため、衛士の一人、ルークの孫娘として、辺境の村に匿われ、  
自らの生い立ちと運命とを知らぬまま、一介の村娘として育てられたのだった。  
 
転機が訪れたのは、キャロンが10歳の時である。  
惑星ラルの空に浮かぶ4つの月が重なる時、伝説の剣士としての力に覚醒した少女は、  
<リバースの剣>を操り、魔道士ラモー・ルーを見事打ち倒して、  
父母の無念を晴らし、同時に、ラル王国存亡の危機を取り除いたのだった。  
 
それから3年、キャロンは、肉体的にも精神的にも、  
「女の子」から「少女」へと至る過程の中間、きわめて微妙な時期へと差し掛かろうとしていた。  
背丈もぐんと伸び、最近になって、しなやかな身体のラインにも女性らしい凹凸が目立つようになっている。  
お転婆ぶりは相変わらずで、お目付け役のルーク老人や第一衛士のライケなどは密かに頭を抱えていたが、  
それでも、彼らの目には映らない部分で、彼女の内面は徐々に変わりつつあった。  
 
「・・・・こんな暮らしが、ずっと続けばいいのに・・・・」  
 
地平線へと没していく太陽を見つめながら、ぽつり、と呟きを漏らすキャロン。  
ラモー・ルーの侵略と10年に及ぶ暗黒の統治によって荒廃した王国も、  
近年、次第に活気を取り戻し、それに伴って、王家の再興を求める声も各地で高まりを見せていた。  
これまでは、国土の再建が先だとか、壊滅的打撃を受けた王都に代わる新たな都が決まらないだとか、  
色々と理由を付けて即位を先延ばしにしてきたのだが、それもそろそろ限界に近付いている。  
だが、自分が王女であるという事実は受け容れたものの、  
王宮の奥で文武百官に傅かれて窮屈な毎日を送らねばならないのは、キャロンには到底堪えられない事だった。  
 
(・・・・いっその事、王位も何もかも捨てて、  
何処か遠い所に、ラルの民の誰も知らない場所に、行けたらいいのに・・・・)  
 
碧色の瞳に浮かぶ、哀しげな光に気付いたのか、  
ニンジンを食べ終えたキーラが、静かに鼻先を寄せてくる。  
その頬を優しく撫でながら、やるせない声で呟きを漏らすキャロン。  
 
「・・・・でも、アンタじゃムリよね。  
そんな遠い所に行こうとしたら、背中一杯にニンジン積まなくちゃならないから  
・・・・きっと、重くて飛べなくなっちゃうに違いないもの」  
 
 
 
アシャンティ。レダ教徒の地下神殿。翼の間。   
 
(・・・・どうして、また、この場所に来ちゃったんだろう・・・・)  
 
沈んだ口調で独りごちる陽子を、  
遥か頭上から、背中の翼を大きく広げた女神のレリーフが見下ろしている。  
目の前には、古びた日干し煉瓦の台座の上に鎮座する橙々色の小さな椅子・・・・"レダの翼"のコクピット。  
先の戦いの折、崩壊する浮遊城から陽子たちを乗せて飛び立った筈の機体は、  
まるで何事も無かったかのように、元通りの形で翼を休めている。  
 
(・・・・もう、逃げない、って・・・・決めたのに・・・・)  
 
操縦席に寄りかかり、力なく身体を預ける少女――――否、<レダの戦士>。  
側頭部で結わえた特徴的なポニーテールが小さく揺れ、  
細い肩口から張り出したラピス・ブルーの肩当ての先が微細な震えに包まれていた。  
 
(・・・・また・・・・逃げてきちゃった・・・・この世界に・・・・)  
 
伏せられた睫毛の間から水晶色の涙滴が滲み出し、  
凍えるように白く透き通った頬筋をゆっくりと零れ落ちていく。  
ゴツゴツとした金属装甲の無骨な感触が、悲しみで火照った肌に容赦なく突き刺さる。  
 
並木道での告白・・・・優しい言葉・・・・束の間の幸せな時間・・・・  
・・・・だけど・・・・あの人は、もう、あたしの許には・・・・。  
 
「・・・・ヨーコ、ここに居たのか」  
 
背後からの声に、慌てて目元を拭う陽子。  
振り返った先には焦茶色の体毛に覆われた老犬の姿・・・・  
(しょぼくれたその見てくれからはちょっと想像も出来ないが)アシャンティ随一の神学者リンガムである。  
 
「部屋にいなかったと言うて、ヨニが捜しておったぞ」  
 
「え、えぇと・・・・ゴ、ゴメン・・・・ちょっと、独りになりたかったから・・・・」  
 
ふむ、と、一つ頷くと、  
リンガムは、じっ、と値踏みするような眼差しを少女に向けた。  
普段は、学者らしくもなく、軽口や冗談を好んで口にする、愛嬌たっぷりの老犬だが、  
伊達に齢を重ねている訳ではないらしく、こういう時の態度は威厳と思慮深さに満ちている。  
 
(・・・・・・・・)  
 
心なしか、気圧されるものを感じて、視線を逸らす陽子。  
言葉をかけようとして果たせず、老神学者は小さくため息をついた。  
アシャンティの地勢や社会、あるいは、レダ教の教理や信仰についてならば兎も角、  
この種の感情については、自分の専門分野からはかけ離れている。  
 
それは、同性であるヨニでも同じだろう。  
これまでの人生の大部分をレダ教最後の巫女として歩んできた彼女は、  
本格的な恋愛を経験した事は、おそらく、ただの一度も無い筈である。  
まして、恋に破れ失意に喘ぐ苦しさが如何ばかりのものかなど、  
想像した事すらない、と言っても過言ではないだろう。  
 
(・・・・まぁ、今は、一人きりにしておいた方が良かろう・・・・)  
 
しばらく逡巡した後、そう結論づけたリンガムは、  
陽子に向かって、もうしばらくしたらヨニの所に顔を出すように、と言い置くと、  
くるり、と踵を返し、そのまま『翼の間』から退出していった。  
あるいは、「ジョシコオセエ」から呼び止められるかもしれない、とも思い、  
わざと歩調を落として、なるべくゆっくりと彼女の側から遠ざかっていったのだが、  
幸か不幸か、それは杞憂に終わる。  
 
・・・・・・・・後には、<レダの翼>と少女だけが残された。  
 
 
 
夢幻界。ヴァニティ城。一室。  
 
水盤の水面がユラユラとさざ波立ち、  
映し出されていた少女の姿が掻き消えて、別のものへと置き換わる。  
小さく息を吐く、青みがかった銀髪の少女――――幻想王女ヴァルナ。  
疲労しているせいだろう、華奢な体が小刻みに揺れている。  
 
「・・・・もう、お休みになられては?」  
 
傍らに控えていた赤毛の側近が声を掛けたが、  
ヴァニティ城の主は無言でかぶりを振り、再び水盤の映像に意識を集中した。  
長時間にわたる儀式の影響で、元々色素の薄い肌が、蒼白、と言っても良いくらい血の気を失っている。  
見かねた麗子は、再度口を開いて、休息を促した。  
 
「どうか、ヴァルナさま。このままでは、彼女達よりも先に、ヴァルナさまの方が・・・・」  
 
「・・・・・・・・」  
 
真っ赤に充血した双眸で、最も信頼する臣下に一瞥を投げかけるヴァルナ。  
だが、麗子は(今度ばかりは)譲る気配を見せず、  
主の許に歩み寄ると、静かにその肩を抱き寄せた。  
人肌のぬくもりがじんわりと伝わり、夢幻界の支配者の疲れきった身体に染み渡っていく。  
 
「麗子・・・・」  
 
抗おうとしたものの果たせず、  
幻想王女は、そのまま赤毛の少女の腕の中ににカラダを預けた。  
力の抜けた眼尻から一筋の涙が零れ、頬筋を伝って流れ落ちる。  
重く圧し掛かった憂いが線の細い横顔に隠しようの無い陰影となって現れ、  
心中に垂れ込めている苦悩の深さを物語っていた。  
 
「あまり、ご心配なされませんよう。  
彼女達は、皆、<戦士>です。  
危険が存在している、という事実さえ分かれば、容易く敵の手に落ちたりはしない筈」  
 
「分かっています。ですが・・・・」  
 
反論しようとしたものの、ヴァルナの体力はすでに限界に達していた。  
すぐに息が上がって、咳き込んでしまう。  
 
(麗子の言う通りですわね・・・・このままでは、わたくしの方が先に倒れてしまうでしょう)  
 
・・・・何と情けない女王だろう、と自嘲しながら、銀髪の少女は言葉を切った。  
先代の幻想王女・・・・母ヴァリアであれば、これしきの事で疲弊したりなどしないだろう。  
事実、彼女は、母の傍らに在った何百年かの間に、  
ヴァリアが、今、自分が行っているものよりも遥かに高度で負担の大きい術式を、  
楽々と使いこなしている姿を何度と無く目撃していた。  
その頃は、いずれは自分も母のような力を会得出来る筈、などと、自惚れた考えを抱きもしていたのだが、  
実際にこうしてヴァリアと同じ立場に立ってみると、  
単なる経験の差によるものだけではない、もっと根本的な部分での力の開きを痛感せざるを得ない。  
 
<現実界>(リアリティ)の名で総称される無数の平行世界により構成される多元宇宙・・・・  
原初以来繰り返されてきた、<明>の力<ヴァリス>と<暗>の力<ヴェカンタ>の相克は、  
今も世界のそこかしこで、激しく火を噴き上げながら、歴史を紡ぎ上げている。  
 
<明>の力を奉じる<夢幻界>(ヴァニティ)においては、  
先代ヴァリアの時代、<ヴァリスの戦士>麻生優子を見出した事で、  
一時期、大きく<暗>の側に傾きかけていた世界の流れを引き戻すのに成功していた。  
ヴァリアは、<暗>の力を奉じる<暗黒界>(ヴェカンティ)の王、メガスから優子を守って生命を落としたが、  
その犠牲によって生き永らえた<ヴァリスの戦士>はメガスをも葬り去り、  
彼女の復仇を果たすと共に、<暗黒界>の力を再び大きく減退させた。  
 
――――そして、現在。  
 
一子ヴァルナが亡き母の跡を継ぎ、<夢幻界>の頂点に立っていた。  
だが、決して凡庸な人物という訳ではないものの、  
彼女は幻想王女としてはまだ未熟であり、母の領域に達するのはまだまだ先の話だろう。  
幸い、<暗黒界>は二度にわたる敗北によって有能な指導者の多くを失い、  
さらに、残った者達の間で次代の支配者の座を巡り、血で血を洗う抗争が勃発して、  
<夢幻界>に侵攻する余力は完全に無くなっていた  
 
それ故に、世界は、不安定ながらも一応の均衡を保ちつつ、時を刻み続けている  
・・・・否、その筈だった。  
 
異変が起きたのは数日前の事だった。  
 
平行世界の一つ、『エルス大陸』で、戦士が一人、忽然と<消失>した。  
ライディという名のその少女は、彼女の世界における<明>の力の受容体、  
平たく言えば、<ヴァリスの戦士>の『エルス大陸』版、といった所の存在である。  
無論、正真正銘の<ヴァリスの戦士>である優子や麗子に比べれば、その実力は若干見劣りするのは否めないし、  
そもそも、彼女は、<明>の力と<暗>の力とが永遠の闘争を続けている多元宇宙の真実も、  
<夢幻界>や<暗黒界>の存在も、一切、知る事無く(あるいは、知らされる事無く)暮らしていた。  
大気中の雷の力を自在に操る事が出来る自分の能力が<明>の力の加護によるものであり、  
これまでの人生の中で繰り返してきた数多の冒険と戦いが、  
実は、『エルス大陸』における<明>と<暗>の相克からもたらされた必然である事など露ほども知らぬまま、  
彼女は、<雷光の戦士>の二つ名と共に、自分の生まれた世界の中だけで生きてきた存在なのである。  
 
そのライディが、突如として、何の前触れも、また、痕跡も無く、『エルス大陸』から消えた。  
 
単に、生命を落とした、という訳ではない。  
たとえ肉体が死を迎えたとしても、霊魂はその世界に存在し続ける。  
死後の世界に行くか、輪廻に従って転生を果たすか、はたまた、永遠に地上を彷徨い続けるか、  
各々の平行世界を律している因果の法則によって行き場は異なるものの、通常は消滅という事にはならない。  
稀に霊魂も失われてしまう事態も無い訳ではないが、その場合でも、世界に存在したという痕跡は残る。  
 
・・・・だが、ライディはその何れとも違っていた。  
突如として、彼女の存在は『エルス大陸』から切り離され、何処とも知れぬ場所へと消え失せたのである。  
同時に、『エルス大陸』における<雷光の戦士>の存在は、一切合財、全て無くなってしまっていた。  
今や、少女の事を記憶している者は世界の何処にも存在せず、  
彼女にいささかでも関わりのある全ての事物は何もかも綺麗に失われてしまっていた。  
 
――――あたかも、ライディという少女は、最初からこの世界には存在していなかったかのように・・・・。  
 
突然の凶報は、ヴァニティ城を震撼させた。  
ある世界に生まれた者が、その世界における存在の全てを消し去られて行方知れずとなる  
・・・・そんな事が起こり得るとしたら、考えられる可能性は一つしかない。  
 
世界の因果律の中で行われるものとは異なる、時空を跨いでの転生・・・・すなわち、<戦士>の召喚。  
 
<暗黒界>の何者かが、<暗>の力を用いて次元に断層を穿ち、  
ライディを、<ヴェカンタの黒き戦士>とすべく、連れ去ったのである。  
かつて、暗黒王ログレスが、麗子を言葉巧みに篭絡して、暗い道へと誘い入れたように・・・・。  
 
――――だが、一体、誰が、何の目的で???  
 
<戦士>の召喚には大変な労力が必要となる。  
現在のヴェカンティでそれだけの力を有している者がいるかどうかは甚だ疑問であり、  
また、もし仮に<戦士>の召喚が可能なだけの力を蓄える事の出来た者が居たとしても、  
<暗黒界>の現状を考えれば、まずは自らの覇権確立のためにその力を用いようと考えるのが普通だろう。  
ヴェカンティを統一し、ログレス、メガスの死によって空位となっている支配者の座を我が物とした上で、  
<ヴェカンタの黒き戦士>を招き入れ、ヴァニティに侵攻する・・・・それが常道というものなのだが。  
 
どうやら、ライディを召喚した人物はそういった思考の持ち主ではないらしい。  
あるいは、他に、何か目的があっての事なのだろうか・・・・?  
 
情報の収集と分析に明け暮れていたヴァルナの許に、第二の知らせが届いたのは昨夜の事だった。  
平行世界の一つ、『地球』――――優子や陽子が暮らしているのとは別の次元に存る『地球』である――――で、  
夢守の民の戦士、綾小路麗夢が、忽然と、<消失>したのである。  
 
状況は、ライディの時と全く同じだった・・・・。  
 
二度目の凶事の報告を受けた後、ヴァルナはこの部屋に籠もりきり、  
一睡もする事無く、多元宇宙に散らばる<戦士>たちの安否を確認して回っていた。  
優子、涼子、キャロン、陽子、カナンの<銀の勇者>レムネア、第108代魔物ハンター・真野妖子、  
アルテナの三戦士・朱鷺田茜、紺野藍子、竹川みどり、ララマザーの王女シルキス・・・・。  
 
これまでに確認できた限りでは、ライディと麗夢の他には姿を消した者は見当たらなかった。  
・・・・だが、油断は出来ない。  
相手は、ログレスやヴァリアですら、そう頻繁には行えない筈の<戦士>の召喚を、  
短時日のうちに二度も成功させる程の力の持ち主である。  
加えて、何が目的で、これほどの労力を必要とする行為を続けているのか、皆目見当が付かない。  
 
「・・・・麗子。やはり、休息は後にします・・・・」  
 
憔悴しきった声で呟くヴァルナ。  
赤毛の少女の表情が、ピクリ、と緊張が走る。  
(彼女の予想通り)続いて発せられた言葉は、  
擦れかけて酷く聞きにくかったものの、決然とした意志の滾りに満ちていた。  
 
「儀式の準備を・・・・彼女達をこの城へ呼び入れます。  
可能な限り多くの<戦士>を、この危険な状況から救い出さなければ・・・・!!」  
 
 
――――――――TO BE CONTINUED.  
 
 
 

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