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 メルティーナはひどく苛立っていた。ぎりぎりと音が聞こえてきそうなほど奥歯を噛みしめ、  
眉根に幾本も皺をよせている。しかし、口さえ閉じていれば女神に勝るとも劣らない、と賞される  
彼女の美貌は伊達ではなく、苛立った顔もまた美しかった。  
 ストレスの原因は、学院長であるロレンタにあった。もっとも、最近のメルティーナが苛立つ  
原因のほとんどがロレンタだと言っても過言ではない。メルティーナにとって不倶戴天の敵で  
あったレザード・ヴァレスが学院を追放されて以来、ストレスはロレンタによってのみ齎される。  
 ストレス解消や気分転換には幽体離脱でもしてあたりを少し散歩するのが一番なのだが、  
今日はそれが出来ない。メルティーナは魔力を封じられてしまっていた。勿論ロレンタによって、だ。  
ちょっとした手違いで実験場を一つ壊滅状態に陥らせてしまったため、メルティーナはその  
処罰を受けていた。あんな脆い実験場に存在価値なんて無いのよ、と屁理屈にも似た抗議を  
したがまったく聞き入れられず、現在に至る。  
「……ったく、冗談じゃないわ」  
 メルティーナはワインをグラスになみなみと注ぎ、味や香りを味わうでもなく一気に呷った。  
口の端から漏れた一筋のルビー色の液体が細い顎をつたい、つ、つ、つ、と喉元まで下がっていく。  
「――やけ酒ですか。貴女ともあろうものが情け無い」  
 人の神経を逆撫でしかしない男の声が部屋の入り口の方から聞こえた。メルティーナは  
反射的に手に持っていたグラスを投げつける。グラスは男に届く前に、甲高い音を立てて  
粉々に砕け散った。  
「レザード……何しに来たのよ!?」  
「久し振りに会った学友に対する最初の挨拶がそれですか」  
 レザードは眼鏡を指で押さえ、やれやれとでも言わんばかりに肩を竦めて両手を広げる。  
この男が、人を馬鹿にする時決まってする仕種だった。  
「一度だってあんたのことを“おともだち”だと思ったことなんて無いわよ!」  
「ああ、失礼。“恋人”でしたね」  
「冗談のつもり? 全っ然面白くないわ」  
 レザードは挑発に乗らず、無言のままメルティーナのもとへと近付いていく。さっき調子に乗って  
呷ったツケがやってきたのか目が霞み始め、メルティーナはレザードの表情がよく見えなかった。  
 
「あんた何しに此処に来たワケ!?」  
 怒鳴りつけながら、メルティーナは椅子から立ち上がり数歩後退る。追い詰めるかのように  
じりじりと距離を縮めてくるレザードに対し、メルティーナは恐怖のようなものを感じていた。  
あまりにも高いメルティーナのプライドは恐怖の存在を否定するが、身体は小刻みに情けなく  
震えてしまっている。  
 レザード・ヴァレスがどこか狂った得体の知れない男だということは前々から知っていたが  
今まで恐怖を感じたことはなかった。目の前にいる男は、追放される前の彼とは何かが明らかに違う。  
「おや、身体が震えているようですが。どうかしたのですか、メル?」  
 くっくっく、というお得意のくぐもった笑いを漏らしながら、白々しくレザードは訊ねる。  
「“メル”なんて気安く呼ばないでくれる? 馴れ馴れしくされるのは嫌いなの」  
 メルティーナは胸の前で腕を組み、努めて平静を装う。震えているところを見られただけでも  
恥ずかしくて、腹が立ってしょうがなかったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。  
魔力を封じられているということを悟らせないようにしなければ。レザードが此処に来たのは  
何かの目的があってのことなのか、それともただの気紛れなのかはわからないが、どちらに  
せよ魔力が無いことを知られるのは得策ではない。  
「いい加減、何しに来たのか答えなさいよ! 焦らされるのも嫌いなの」  
 
「余裕がありませんね、メル」  
 レザードは歩調を速めることも緩めることもなくメルティーナに近付いていく。二人の距離は、  
ちょうど部屋の真中に置いてある小型の円形テーブル一つぶんまで縮まっていた。  
「あんた耳悪いんじゃない!? 馴れ馴れしくされるのも焦らされるのも嫌いだって言ってるでしょ!   
これ以上はぐらかしたりすんなら叩き出すわよ!!」  
 メルティーナは逃げ出したい気持ちをどうにか堪え、とにかく大声を張り上げる。  
「やれやれ、昔は散々私に対して愛の言葉を囁いていたというのに」  
「バッカじゃない! 耳だけじゃなく頭もイかれちゃってんじゃないの!?」  
「私はいつだとて正気ですが」  
「あんたの正気は十分狂気よ」  
「メルにだけは言われたくありませんね」  
「……どういう意味よ?」  
「さぁ」  
 ――ああそれよりも、そろそろ言葉遊びは止めにしましょうか。  
 おもむろにレザードは口の端を歪め、メルティーナの腕を掴んで自分の方へと引き寄せた。  
下らない口論がしばらくは続くと思っていたメルティーナは完全に不意をつかれ、何が起こった  
のかわからなかった。  
 レザードは耳朶に口を寄せ、囁く。  
「焦らされるのは嫌いなのでしょう?」  
 
「まさかあんたに『性欲』なんてものがあったとはね」  
 平静を装い、メルティーナは言った。  
「性欲? まさか」  
 メルティーナの華奢なおとがいを握り潰すかのように強く掴み、レザードは嗤う。  
「これは女神を手に入れるための過程の一つですよ」  
 女神を手に入れる……?  
 誰でも理解できる、しかし誰も理解しようとはしないであろう言葉をレザードは発した。  
 はぁ? 何それ。現実の女に相手にされないからってついに怪しい宗教に走っちゃったってワケ?  
 などとメルティーナが罵倒するよりも先に、レザードが口を開く。  
「メル、ホムンクルスを知っていますか? まぁ、知らなくとも構いませんが――」  
「知ってるわよそれくらい。あんたのトコにいる緑色の不っ細工でしょ」  
「あれも確かにそうですが……」  
「冗談よ、ちゃんと知って――」  
 と言いかけて、メルティーナは重要なことを思い出す。ホムンクルスとはいわゆる人造人間。  
そしてその材料は、エルフと人間の、半々。  
 女神を手に入れる、についてはまだ見当もつかないが、少なくともレザードはメルティーナの  
身体を使ってホムンクルスを創ろうとしていることだけはわかる。  
「級友の誼みです、命までは取りませんよ。それに、私の意に添わない身体であれば  
他をあたるだけですから」  
 レザードは悪漢めいた微笑を浮べ、グローブをしたままの指をメルティーナの身体に這わせる。  
ごわごわとしたグローブの感触が、不快と快楽とをないまぜにしたものを呼び起す。  
 メルティーナの眉間に皺が寄るのを見届けてから、レザードは指を挑発的な線を描いている  
胸のあたりへと向けた。指は身体の中心をなぞるかのように、つ、つ、つ、と緩やかに下降していく。  
それに伴い、ぶづり、という耳慣れない音を立てて、服の前を留めていた紐飾りが切れ、  
肌蹴た服の隙間から白い胸元がのぞいた。  
 
「さすが変態。随分器用なことが出来るじゃない」  
 動じることなく、メルティーナはおどけた様子で軽口を叩いてみせる。  
「おや、これは意外ですね。てっきり抵抗すると思っていたのですが」  
「抵抗? するわよ勿論、あんたがどうしようもないマグロだったらね。  
選ぶ権利は私にだってあるのよ」  
 メルティーナは高慢に言い放ったが、次の瞬間すぐさま表情が歪む。自分に似つかわしくない、  
甘ったれた嬌声を漏らさずにいるのが精一杯で、レザードが服の隙間から手を潜り込ませ、  
乳房を鷲掴みにしたのだと気付けるまでにかなりの時間を要した。  
 自覚は無いが、メルティーナはアルコールが入ると感度が良くなるタイプだった。些細な刺激  
でも可笑しいほどに身体が反応してしまう。  
 レザードは意味ありげに微笑み、服の前を大きく開きメルティーナの胸を剥き出しにした。  
外気に晒され、豊かで形の良い乳房はふるふると微かに震え、胸の頂にある淡い桜色の  
突起はいじらしくぴょこんと尖っている。  
 ここでようやっとレザードは手にはめていたグローブを外し、直にメルティーナの肌に触れた。  
「ひぁ…っ……」  
 レザードの指は氷を思わせるほどに冷たく、メルティーナは声を噛み殺しきれない。  
 微笑をたたえたまま、レザードは強く胸を揉みしだいていく。乳首には一切触れず、  
やわやわとした乳房だけを執拗に嬲った。当人の性格はともかく、身体の方は刺激に対して  
極めて素直で、愛らしい突起は触れて欲しいとでも言わんばかりにその存在を主張する。  
「……レザードッ!」  
 程無くしてメルティーナは口を開いた――いや正確には、本能によって口を開かされた。  
危うく、触れて欲しい、と哀願しそうになったが、人一倍高いプライドのおかげでどうにか  
名を呼ぶだけにとどめられた。  
「何か?」  
 レザードは素知らぬふりをして訊ねる。そのいかにもなわざとらしさがメルティーナの怒りを  
誘ったが、どうするわけにもいかず、ただ歯を食いしばり押し黙るしかなかった。  
 
 アルコールも手伝っているとはいえ、胸への愛撫だけで理性が狂い始めているメルティーナを  
密かにあざ笑い、レザードは胸を弄んでいた手を片方、ミニスカートの中へと滑り込ませた。  
男のものにしては細く長い指は、蜘蛛の足のように生理的嫌悪を催す動きでもって秘部を  
刺激する。既に濡れているらしく、下着越しに湿り気が伝わってきた。  
「あ…ぅ…んっ」  
 メルティーナはたまらず鼻にかかった息を洩らした。触れられた秘苑は反射的に、異物を  
排斥するかのようにきゅうっときつく絞まる。  
「初心な生娘でもあるまいし、こんなに簡単に感じてしまってどうするんです」  
 半ば呆れたようにレザードは言う。  
 感度は良くなっているが認識力が低下してきているメルティーナは、レザードの挑発を  
理解するのにかなり時間を要した。  
「この私が、あんたみたいな変態で感じるわけないじゃない!」  
 と反論できた時には既に、円形テーブルの上に押し倒され、足を左右に大きく押し広げられ  
ていた。テーブルの上に置いてあったワインのボトルが倒れでもしたのか、背中がひんやりと  
冷たい。スカートはつけたままだったが、下着は剥ぎ取られてしまっている。  
「……説得力というものがまるでありませんね」  
 レザードはふぅとため息をつき、メルティーナの下腹に息づく叢の中から、ぷくりとわずかに  
顔をのぞかせている肉芽を軽くつまみあげる。  
「ん、ぁふっ……!」  
 今までのものとはまた別種の刺激にメルティーナは軽く身体を仰け反らせた。そのせいで  
テーブルはがたがたと音を立てて震える。  
「まぁ、認めるも認めないも貴女の自由ですが」  
 薄く笑い、レザードはとろりとした蜜でしとどに濡れている部分に顔を近づけた。  
「やっ、ちょっと、何すんのよ!」  
 さすがのメルティーナもこれには焦る。上体を浮かせ、レザードの髪の毛をつかんで  
どうにか止めさせようと試みる。  
 倭国を除いては、口唇愛撫というものがほとんど浸透していなかった。メルティーナは知識  
として、そういうものがあるということは一応知っていたが、知っているのと実際にやるとなるの  
とはまったくの別問題だ。  
 
 

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