颶風と共に繰り出された剣が迫ってくる。槍で受け流すのにはあまりにも重量があり、エイミは  
しかたなく身をひねってそれをかわす。が、打突は予想よりもわずかに速く、鎧の肩の部分を砕いた。  
エイミ自身に直接のダメージはないが、長年使いこんできた鎧は衝撃に耐え切れず、砕かれた肩の  
部分を出発点として全体に亀裂が走り、ほどなくして残骸が地面にぼろぼろと崩れていった。  
 エイミはちっと舌打ちをし、後方に飛び退き間合いを取る。だが、注意力を欠いていたエイミは背を  
木の幹にしたたかに打ちつけてしまう。鎧の下に着込んでいた鎖帷子だけでは衝撃を吸収しきれず、  
ぐっと息が詰まり、その場に崩れ落ちてしまう。  
 平原と森林とでは勝手が違う。木々の密集した場所では長柄を得物とする自分が不利になると  
わかっていながら、それでもエイミは戦いをしかけた。今ここで仲間の仇を逃がすわけにはいかなかった。  
 エイミは槍を杖に立ち上がろうとするが斬撃によって容赦なく弾き飛ばされ、咽喉元に切っ先が突きつけられる。  
「あたしの最期の時ぐらい、そんな辛気臭い兜、はずしてくれたっていいんじゃないかい、グレイ」  
 エイミは、自分に大剣をつきつけている鈍色の甲冑を着込んだ男に対し、恨めしそうな笑みをむける。  
「それとも、罪の意識とやらで会わす顔もないとでも?」  
 グレイは微動だにせず、声も発しない。一分の隙もなく金属に覆われた顔からは表情など読み取れない。  
「あんた、どうしてあの子を殺したのさ。あの子の、レミアの気持ちを知らなかったわけじゃないだろう」  
 何の反応も示さない相手に対し、エイミはだんだんといらつき始める。  
「グレイ、答えな!」  
 エイミは剣を突きつけられていることも忘れ、威勢を張る。  
 グレイは剣をおさめ、  
「……俺がレミアを殺した」  
 一言そう言い、エイミに背をむけ歩き出した。  
 この言葉は完全にエイミの神経を逆撫でした。  
 
「待ちな、グレイ!」  
 エイミは走って追いかけ、こちらを振り返ったグレイの横っ面を殴り飛ばした。手の甲がひどく  
痛むが気にしてなどいられない。  
「あたしが聞きたいのはそんなことじゃない。どうしてレミアを殺したのかだ!   
あんたのことをあんなにも慕ってたあの子を理由もなく殺したっていうのか!?」  
 しばしの沈黙の後、グレイは兜を脱ぎ、言った。  
「エイミ、お前にはわからない」  
 兜の下のグレイの顔はどこかおぼろげだった。だが、頭に血が上ってしまっている  
エイミには気付く余裕もない。  
「ああわからないね! ひとりで抱えこまれたらわかるものもわからない!」  
 エイミは怒鳴りながら、両手の拳をグレイの胸板に叩きつける。無意識なのか、瞳からは  
大粒の涙がこぼれている。  
 グレイは甲冑を殴るエイミの手を絡め取ってそのまま抱き締め、目蓋の上に口付けた。  
エイミは何が起きたのかわからず、一時動きが完全に停止する。  
「な……に……!?」  
 あまりに突然のことにさしものエイミも動揺を隠し切れず、少女のように頬を赤らめる。  
「エイミ……」  
 グレイは名を呟き、耳元から首筋のあたりまでねちっこく唇を押し当てていく。その間に  
右手は鎖帷子の下へと忍び込み執拗に胸を弄っている。握りつぶすように強く鷲掴みに  
したかと思えば、羽毛でなぞるかのようにそっと撫でていく。  
「っや……! ぁんっ……ふっ、くぅ……」  
 手甲をしたままの冷たい愛撫がエイミの理性を蕩かし、普段の彼女からは想像できない  
艶っぽさを含んだ声を上げさせる。  
「なんで、こんな……」  
 現実とは思えぬことが起き、力が抜けてしまっているエイミはあっさりと地面に押し倒される。  
覆い被さるように上にいるグレイと視線がぶつかった。  
 
「女なんか、抱けばどうとでも丸め込めると思ってるのか」  
 衝動的にエイミは訊ねていた。グレイの口が微かに動く。何と言っているのか聞き取れない。  
今何て言ったんだ? と聞き返すよりも早く、エイミは背中がざわつくような快感に襲われた。  
グレイの手が下腹部にまでおよび、くぷり、くちゅ……よ卑猥な水音を奏でている。濡れていること  
はなんとなく自覚してはいたが、こうやって音を聞かされると、事実を目の前に突きつけられたようで  
羞恥の念を掻きたてられる。  
「ひっ……はぁ、ん……!」  
 エイミの身体が弓なりに仰け反り、自分の意志に関らず、グレイの指を自ら深く受け入れる。  
 
 エイミは思考を放棄した。  
 
******  
 
 じゃら、という鎖の揺れる微かな音が鼓膜を刺激し、束の間の眠りについていたエイミの意識を呼び覚ました。  
 エイミはぎりっと音がするほど奥歯を噛みしめる。自分を縛めている手枷を引きちぎろうと腕を振り動かすが、  
鎖がこすれ盛大な音がしただけだった。呪によって強化された手枷の前に、人の膂力など無力だった。  
 無駄だと知りつつ、エイミは暴れ、この状況からどうにか逃れようとする。その度に、連日、昼夜問わず、拷問を  
受け続けてきたせいでできた傷が悲鳴をあげ、身体中に鈍痛が走る。それでもエイミは諦めようとはしない。  
「あたしは、死ねないんだ……」  
 自分に言い聞かせるようにエイミは呟く。  
「やっと、あいつの居場所をつかんだのに。あいつの、グレイの」  
 グレイ、という名がこぼれた瞬間、エイミは胸のあたりが熱く痛むを感じた。グレイを倒すために得た竜紅玉が  
身の内で脈動しているせいだろう、とエイミは自身の動揺を隠す。  
「……あたしは、まだ、死ねない」  
 
「――左様」  
 金属製のいかめしい扉が開き、そこから声が投げかけられた。  
「おぬしにはまだ死んでもらっては困る」  
 二度と聞きたくもない声が聞こえ、エイミは声のした方をきつく睨みつける。  
 あらわれたのは、齢七十に届こうかという老翁だった。髪は白く退色し、顔には幾重にも皺が  
刻まれており、老齢であることを強く感じさせるが、唯一、双眸だけは衰えを知らず、常人には  
計り知れぬ何かが宿っている。  
 ヴィルノアの軍事参謀、ガノッサ。  
 采配を振るった戦では常勝不敗を誇り、大陸随一と賞される知略によってヴィルノアを現在の  
ような有数の軍事大国へと押し上げた天才軍師――エイミのような一介の冒険者と関りあうことの  
ないはずの人物であった。  
「そろそろ教えてもらおうか、ドラゴンオーブのありかを。生憎、儂の気は長くないのでな」  
 耳に纏わりつくような声で言いながら、ガノッサは持っていた杖をエイミの腹部へとねじり込む。  
 エイミは眉間に皺を寄せ、悲鳴をかみ殺し、  
「はっ、強欲ジジイめ。そんなもの知らないって言ってるだろ。まったく、老い先短い爺さんは人の話を  
聞かないうえに頭ががっちがちで嫌だねえ」  
 と言って口の端をつりあげてみせる。  
 見え透いた挑発であったが、「老い先短い」のところでガノッサの表情がぴくりと動いた。  
「……小娘よ、あくまでも白を切るか」  
 ガノッサの立っている所を中心として地面に光の円が浮かび上がり、そこから生じた風がマントをはためかせる。  
 エイミは、自分にむかってかざされた手に魔法の光が集まっていくのを見、どこか冷静に死を悟った。  
 
 
終  

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