世界を滅ぼしたロキを打ち破る過程で、
創造する力を得たレナス・ヴァルキュリア。
彼女はロキによって滅ぼされた世界を再生し、
新たな創造主となった。
そして、その傍らには常に、
先の戦いの中で、深い愛情で結ばれたルシオがいた。
「…」
「考え込んで…どうしたんだい?プラチナ」
浮かぬ顔をしているレナスを、気遣うルシオ。
ちなみにプラチナとは、レナスの前世の名前である。
「ルシオ。アーリィや、シルメリアの事を考えていた。
特にシルメリア…」
不死者王に捕われている、私の妹。
「それに、不死者王、か」
「常に…ラグナロクの時さえ、
アーリィやシルメリアの存在をどこかに感じている。
私達は、精神こそ別だが、魂は一つだから」
「何か、気にかかるのかい?」
「…シルメリアの傍らに、ブラムスの存在を感じる」
ルシオはそれを聞いて、いつかアーリィが言っていた、
「レナスの側には、いつも人間(特にルシオ)の波動を感じる」
と同じようなものだろう。と納得した。
「オーディンは死んだ。だから、シルメリアの精神を留める理は無い。
なのに、どうして…?」
気まぐれか、装飾のつもりか。
ブラムスが、シルメリアの結晶をどうやって手に入れたのか見当もつかないが、
レナスの考える限り、シルメリアの結晶の価値は、
それを盾にしてオーディンと休戦すること。それだけである。
「シルメリアの精神が、壊されてもいいのか?」
レナスは目を見開いた。
「違うわ」
「君は創造主なんだ。不死者王なんか目じゃないだろ?」
レナスは表情を曇らせて、
「ブラムスは、私の司る範囲ではない」
「何故?」
「ラグナロクを自らの力で乗り越え、
私の創造する力を必要としなかったから」
レナスは、どこか遠くを見つめる。
「元々私には、人の心を共有出来る力と、不死者の存在を感じる力がある、
とフレイが教えてくれた。
何度かブラムスの存在と共に心を感じようと試した時は、
ブラムスの心が見えなかった」
「それはいつ?」
「ラグナロクの前だ。だから不死者は、
私の司る対象ではないと理解していたが…今ならわかるかしら?」
「大丈夫だよ、今では不死者も、
ブラムスさえ君が創った世界の中で生きているんだ。君なら出来る」
レナスは頷くと、目を閉じて精神を集中させる。
そして自身の中にある、
人々の無数の記憶から一つをすくい出す事に成功した。
それは永きにわたる戦いの相手、不死者王、ブラムスの記憶。
一方、孤島にあるブラムス城の主、不死者王ブラムスは、
誰かに見つめられているような感覚にとらわれていた。
この気配…レナス…。
『レナスよ、新たな創造主よ』
ブラムスは心の中で語りかける。
『運命とは、不思議なものだな』
シルメリアの結晶に目をやる。
『その力で、私や不死者を無に帰し、妹を救わないのか?』
ブラムスの声は、レナスの側にいるルシオにも聞こえた。
「その必要は無い。不死者の元は人間…人間が存在する限り、
完全に滅するなど出来はしない。
もっとも、人間に危害を加える場合は、話しは別だがな…」
ルシオは、宥めるようにレナスの肩に手を置いた。
「私達に、貴様を倒し、魂を捕らえるよう命じたオーディンは死んだ。
我々が…いや、少なくとも私と貴様が敵対する理由は、もうない」
「私が、それで納得すると思うのか?
もう一度言おう。シルメリアの事を忘れたのか?」
「これから行うことが…納得に繋がると信じている。
何より、貴様を滅すれば、シルメリアの気持ちを踏みにじる事になる」
「ほう?」
ブラムスは、興味深そうに眉を持ち上げる。
「貴様とシルメリアの記憶や思いを知るなど、
今の私にはたやすいこと」
その言葉と共に、
シルメリアを覆っていた晶石が強烈な光を放ち、
気がつけばシルメリアが、
何事も無かったかのように立っていた。
呆気にとられている不死者王を真っ直ぐ見つめ、
シルメリアは表情をやわらげる。
「ブラムス」
懐かしい声に、我が目と耳を疑った途端
「おぉ…」
と、呟くブラムス。
シルメリアは、玉座にいるブラムスに向かい、
ゆっくりと歩み寄った。
「レナスが、私を解放してくれた」
話し掛けながら、シルメリアはどんどん近づいて来る。
ついに、手を伸ばせば、届く距離。
「そうか…だが、何故戻って来た?
よく、レナスが私の元へ来る事を許したな」
自由になった瞬間、どこへでも行けるものを。
「貴方の記憶と想いと、
私の記憶と想いを読み取り、理解してくれた」
ブラムスはふっと笑う。創造主なら、
全ての命の中に存在する者なら、何でもお見通しか。
シルメリアは手を伸ばし、そっとブラムスの頬に触れる。
「貴方と共に生きさせて欲しい。
もちろん、漆黒の闇の深淵で」
「シルメリアよ…ここは、不死者の住まう場。
女神に相応しい場所ではない」
「ブラムス」
シルメリアは微笑した。
「貴方がいる。それで十分」
シルメリアの心に、一抹の不安が過ぎる。
「貴方は、何か不満が?あるなら、はっきり言って」「不満?お前の目に、私がそのように映ったのか」
ブラムスは続けた。
「お前達三姉妹と相まみえる瞬間は、私の至福の時だった。
そのお前が、私の元へ来ると言う。不満など、ある筈が無い」
「しかし…」
「だが、私と共に生きると決めたなら、
私から離れる事は、考えぬことだ」
その言葉が、シルメリアは嬉しそうだった。
「無論」
シルメリアは不意に兜を外し、兜の下の美しい素顔と、
長い金髪をあらわにした。
「シルメリア?」
シルメリアは、また一歩ブラムスに近づく。
「一つ聞きたい。先程、私達と相まみえる時間が、
あなたにとって至福の時だったそうだが、
これはどうなのだろう。戦う他にも」
言いながら、ブラムスの膝の上に腰を下ろす。
「色々出来る事があるから…」
目を閉じ、彼の胸に顔を押し付ける。
「…シルメリア…」
ブラムスは、女神は確かに存在しているのだと、
改めて実感した。
レナスは、そんな二人の様子を見ながらぼやいた。
「まったく…私は恋を司る天使ではないと言うのに」
ブラムスは、レナスに向かい再び語りかける。
『レナスよ、これからも、この創造主の半身を握っている事になるが?』
レナスはふっと笑う。
『構わぬ…貴様ならば、私の半身を傷つける事もあるまい』
『ほう。たいした信頼のされようだ』
レナスはゆっくりと言った。
『貴様こそ、幸せになるのに相応しい』