もうもうと立ち上る湯気でかすかに白く霞む視界の中、
年下の恋人が熱のこもった視線を投げかけてくる。
白い額に張り付いた濡れた髪や、ほの赤く染まった目尻に怖いくらいの色気を感じる。
悠理はやんわりと体の自由を奪うような湯着のすそを直す振りをして、
そっと目を伏せ、ひっそりと息を吐いた。
「あんまりじっと見ないでよ…翼くん…」
いつもはよく動く薄い唇が、閉じられたまま動く様子がないのに、悠理はじれて声をかけた。
と、翼が悠理へと近づいていく。
ゆっくりと、悠理がその気になればいくらでも逃げられるほどの速度で。
悠理は逃げなかった。
鼻先が触れるほどの距離に秀麗な顔の恋人を迎えて、悠理は反射的に目を閉じる。
「キスされる」
悠理はそう思った。
けれど、いつまでたっても翼は目前から動く気配がない。
不審に思いそっと目を開けると、翼はニヤリと性質のよろしくない笑みを浮かべて、
しっかりと悠理の視線を絡めとったまま、悠理の唇をそろりと舐めだした。
下唇の右端から左端へ、上唇へ移動してぷっくりと膨れた唇の中央はやや丹念に。
見詰め合ったまま、唇に施される緩慢な愛撫に、悠理は知らず息を止めていた。
「甘いな」
唇が触れ合ったまま、翼が嬉しそうに目元を綻ばせるのに、
悠理ははっとして、つめていた息を吐いた。
途端、あむっと甘噛みするように悠理は唇を奪われる。
翼はするりと舌先を忍び込ませて、縮こまる悠理の舌にちょんちょんと挨拶すると、
大胆に口腔を探り出した。
「…んっ…ふっ」
突然の激しすぎる口付けに、答えることもできずただ翻弄される悠理。
翼は少しずつ唇が合わさる角度を変え、余すところなく悠理を味わおうとする。
二人が身じろぎするたびに、ちゃぷちゃぷと湯がうごめき、二人の肌を撫でていく。
「…ちょっ…待って翼くん!」
必死で腕に力を込めて、悠理は翼を引き離す。
眉間にしわを寄せて、分かりやすく不機嫌な顔をする翼に、悠理は困ったように呟く。
「…こんなの、こんなとこでしてたら…のぼせちゃうよ…」
「場所を変えれば文句はないんだな?」
言うなり、翼は悠理を抱え上げる。
「ちょっ…歩けるから!降ろして!」
「降ろさない。黙って心の準備でもしてろ」
「こっ心の準備って!?」
悠理は湯のせいだけでなく顔を赤く染めて、己を軽々と抱き上げたまま歩を進める恋人を見上げた。
意図せず上目遣いになっているのに、悠理は気づかない。
「docomoカシオも俺に曝け出す準備だ」
「それを言うなら、どこもかしこもよ!じゃなくて!」
足をばたばたと動かし抵抗を始めた悠理に、翼は再び眉間にしわを寄せる。
しかしその一瞬後ニヤリと笑うと、悠理の耳元へ顔を寄せた。
「悠理……イヤ…か?」
吐息混じりに、意識して低く囁く。
「悠理……唇だけじゃ足りない…」
ついでとばかりに、桃色に染まった耳たぶを甘噛みする。
腕の中で悠理がピクリと体を反応させるのを見て取って、翼はとどめとばかりに囁いた。
「欲しい」
抵抗を止めた悠理が首元にギュッと抱きついたのを了承のサインと見て、
翼は悠理を抱き上げたまま、部屋へと向かった。
おしまい。