「大丈夫ですか? 真田先生」
「あはは、らいじょ〜ぶらいじょ〜ぶ」
頬を紅く染め、陽気に笑い声を上げながらひらひら上下に手を振る真田に、悠里はちょっと困ったような顔で笑った。
真田が悠里に告白をしてから、三ヶ月ほど。
明確な答えを悠里から得られぬまま、幾度となくデートの誘いを繰り返してふたりきりで出かけること十数回。
ふたりの仲は、徐々にではあるが、縮まっていた。
それは良く言えば同僚以上恋人未満。しかし悪く言えばお友達状態。
たかが三ヶ月。されど三ヶ月。
その時間は真田の心にじりじりとした焦りを齎していた。
この可愛らしい同僚教師を心憎からず想っているのは、自分だけでないことを真田は良く知っている。
意識は、されていると想う。けれど決定打は、ない。
そんな現状を打破しようと、真田はあれこれ考え、ついにひとつの策に打って出た。
男らしくない、いささか卑怯な手だと想いつつも、週末の夜、悠里を食事に誘って――。
「もう、呑みすぎですよ、真田先生」
それは酔わせて本音を訊き出そうと言う、古典的な手だった。
しかし、悠里は頬を淡く染めてはいるものの(その様がまた可愛らしい)至って平時と変わりない。
逆に、真田はけらけらと陽気に笑うものの、会話の内容はどこか支離滅裂で、呂律も覚束ない。
少々の申し訳なさと多大な下心を含んだ計画は、見事に失敗。
――真田は悠里が輪っかの称号を得るほどの酒豪だとは、知らなかったのだ。
結局悠里を酔わそうと何時もよりも急ピッチ且つ杯を空けまくった真田は情けなくも見事潰れてしまい、
そんな真田を家へ送り届けることも出来ず(悠里は彼の家を知らなかったし、ひとりタクシーに乗せるにも不安な状態だった)に
困った悠里は、とりあえず彼を休ませようと自分の家へと連れ帰ったのだ。
「はい、お水です」
「ん〜、あんがと……」
差し出されたミネラルウォーターを、どこか緩慢な動作で受け取る。
冷たいそれをぐっと一気に呷って、ソファに座った真田は部屋の中をきょろきょろと見回した。
白とピンクを基調とした女性らしい部屋は、掃除も整頓も行き届きとても居心地の良い空間を作り出している。
「南せんせーの部屋、女の子らしくてキレイだねぇ〜」
感心したようにそう言う真田はどこか幼い子供のようで、悠里はそのほほえましさにくすりと微笑った。
「ありがとうございます」
しかし礼を言う悠里の無防備な笑顔に、にわかに真田の眉間に皺が寄った。
グラスをローテーブルに置くと、傍らに膝を付いた悠里の二の腕をぐっと掴んだ。
酔っているとは思えない(あるいは酔っているからこそ加減の出来ない)力の強さに、悠里が眉を顰める。
「ね〜、みなみせんせい。いっつもこーいうこと、するの?」
「はい?」
どこか間延びした声は、しかし無視しがたい強い響きを孕んでいた。
「酔った男を部屋に入れて、介抱なんてしちゃうの?」
「真田、先生……?」
先程までの陽気な笑顔や子供のような表情とは一転して、目を据わらせて詰め寄ってくる真田に、悠里はぼんやりとその顔を見つめた。
「もしかして、おれなら安全だとか思ってる? ……忘れてる? おれだって男だし、それに……君が好きなんだよ」
「え。そ、それは、その……」
ストレートな告白の言葉に、間近から見つめる視線の強さに、ほんのりと上気していた悠里の頬が赤味を増す。
そんな彼女の反応に、真田はますます悠里に顔を近づけた。
「ねぇ、南先生。――おれのこと、どう想ってるの?」
――それは、はじめて聞く答えを求める言葉。
突然のことに悠里は戸惑うように幾度も双眸を瞬かせ、視線を泳がせる。
ピンクのルージュに彩られた可愛らしい唇が、言葉を捜すように閉じたり開いたりを繰り返す。
その姿に、理性まで酔わせてしまった真田は限界を迎えた。
「きゃっ……!?」
ぐい、と掴んだ腕を強引に引き寄せると、その唇に口付けた。
「ん、ちょ、真田先生……!?」
「南先生……」
驚き逃れようと身を捩る悠里を抱き込んで、抵抗を封じる。
抱き締めた身体は華奢で、はじめてふれた唇は想像以上にやわらかく、真田を酷く興奮させる。
宥めようと開かれた唇に舌を捻り込むと、腕の中で悠里はびくりと肩を竦ませた。
「ん、んっ……さなだ、せんせっ」
アルコールの名残を残す舌を自分の舌で絡め取り、真田は夢中で悠里を貪る。
濡れた音と共に零れる声はどこか甘く酔いの回った思考をますます酩酊させた。
「は、ぁっ……」
ふ、と力が抜け傾ぐ身体をそのままソファに押し倒す。
薄茶色のやわらかな髪が、ふわりと甘い香りを漂わせ広がる。
口付けに潤んだ瞳は、怯えているようにも、どこか期待するようにも見えて。たまらず真田は細い首筋に唇を落とした。
その行為に、悠里が慌てて覆い被さる身体を押し返す。
「さ、真田先生、待ってください!」
「――結構待ったと思うけど、おれ」
白いシャツのボタンをひとつひとつ外しながら、静止の言葉を紡ぐ唇を塞ぐ。幾度も角度を、深度を変えキスを繰り返す。
胸板を押し返していたちいさな手が、ふるえながらぎゅっとジャケットを掴んだ。
その反応に気を良くして、真田はボタンをすべて外したシャツの中に手を潜り込ませた。
淡いピンクの下着に包まれたふくらみを、そっと手中に収める。
「あっ……!」
その感覚に、ぴくりと悠里の身体が跳ねる。それを宥めるようにやさしく撫で回すと、ブラジャーを引き下げ、直に指を這わせた。
やわらかくふるえる乳房に指先を食い込ませ、その感触をてのひらで味わうように揉みしだく。
「スッゲーやわらかい……」
ぼそりと呟けば、悠里は羞恥に頬を染め背けた顔を隠すようにその上で手を交差させた。
「真田先生、お願いですから待って……や、あんっ」
きゅ、と頂を摘まれて、悠里の声が跳ね上がる。
指先で擦りたてればそれはぴんと勃ちあがり、そのたびに彼女はいやいやをするように首を振るう。
そんな悠里の反応に、真田はそっと細い腕を掴んで下げさせると、ちいさな耳に低く囁いた。
「南先生……悠里、ちゃん。――おれにこうさせるの、いや?」
上気した眦を親指で撫でると、潤んだ瞳がそろそろと真田を見上げる。
躊躇うように濡れた唇がふるえる。その誘惑に抗いきれず、真田は答えも待たずにキスを落とした。
「……じゃ、ない……けど……」
重ねた唇の合間から零れた声は、甘い唇に酔う真田の耳には届かない。
けれど、その反応はけっして拒絶ではなかったから、彼はそのまま行為を進めた。
片手を乳房に残し、ゆっくりとてのひらをまろやかな曲線に沿って下ろしていく。
「っ、さなだ、せんせっ……」
タイトスカートの中に手を侵入させれば挟むように脚を閉じられたが、指先でくすぐるように撫でれば力なく開いてしまう。
下着に護られた付け根にふれると、じんわりとした熱とかすかな湿り気が伝わってきた。
その感触にどくどくと鼓動が早まるのを感じながら、ゆっくりと下着の上から割れ目をなぞる。
幾度も幾度もやさしく繰り返せば、指先に感じる熱と湿り気が増し、悠里がせつなそうに眉根を寄せて身悶えた。
「あ、あ、はぁ……ん、んっ……」
熱を孕む吐息に、比例するように真田の思考も身体も熱を帯びる。
下腹部に集まる熱に急かされ、遂に指をショーツの中に差し入れた。
「ん、うっ……!」
くちゅり、と音を立ててふれたそこは、薄布一枚越しとは比べ物にならないくらい熱くぬめって真田の指先に纏わりつく。
「はぅ……さなだせんせい……」
甘く呼ばれる声は心地よいが、どこか物足りない。綻んだ花弁の奥にぐっと指を突き入れて、真田はねだる。
「ひゃうッ! あ、あぁ……」
「……真田先生、じゃなくて、正輝」
まとわりつく柔肉をかき回し、探るように内壁を擦っていけば、やがて悠里はびくりとおおきく身体をふるわせた。
「ふ、あっ……ま、さき……や、そこ……」
「ん、ここ……?」
「あ、や、ダメっ……!」
強く反応を示した場所を執拗に擦り、挿入させていない指先でその上でふるえるちいさな突起を押し潰した。
「あ、あぁ、んッ!」
一際高く甘い声を上げ一度おおきく背を撓らせると、悠里は全身を弛緩させゆっくりとソファに沈み込んだ。
糸を引く蜜を絡めた指をそっと引き抜くと、真田はじっと悠里の嬌態を見つめた。
軽い絶頂を迎え艶めく顔に、蕩けた光を浮かべる双眸。淡く染まる肌。
うっとりと、惹き寄せられるように、せわしない呼吸を零す唇に口付ける。
「悠里ちゃん……悠里……」
「はっ……正輝、さん……」
音を立てる口付けの合間に名を呼ばれれば、限界だった。
ピンクのショーツを剥ぎ取るように脱がせると、自分のベルトを外しジッパーを下げ
既にはちきれんばかりに膨らんだそれを引っ張り出し、快楽の余韻にひくんひくんと息づくそこに先端を押し付ける。
生々しい熱に、悠里がおおきく双眸を見開いた。
「あ……」
「……いい?」
訊ねれば、悠里は慌てたように真田の肩を押した。
「ち、ちょっと待って! 真田せんせ……正輝さん……!!」
「だめ。もう待て、な……」
悠里の制止を振り切るように、腰に力を入れて――。
「ん〜……」
ぼんやりと霞がかった頭を刺激するように、ぱちぱちと瞬きを繰り返すと、真田はむくりと上半身を起こした。
視界に映る見慣れぬ光景に、ぐるりと周囲を見回す。
白とピンクを基調とした、女性らしい部屋。掃除も整頓も行き届いた、とても居心地の良い空間。
「あれ、ここ……?」
何故自分がこんな場所にいるのか。ソファの上で首を傾げかけて――急激に蘇った記憶に目を見開いた。
「……!!?」
愛しい女性の甘く濡れた声。やわらかな唇にすべらかな肌、華奢な身体。そして熱い――。
「う、うわ、おれ、なんてことをッ!?」
昨夜の出来事――自分が仕出かした行為に、耳から首から顔を真っ赤に染め、頭を抱え首を振る。
「あ、あの。真田先生……」
「うわっ!?」
後ろからちいさく声をかけられ、まるで機械仕掛けのようにぎくしゃくと振り向けば――。
この部屋の主で真田の想い人である年下の同僚が、どこか恥ずかしげに頬を染めて立っていた。
「……おはようございます」
「あ、あぁ……おはよう、ございます……」
挨拶を交わしたまでは良かったが、すぐにふたりの間に気まずい沈黙が落ちる。
一秒毎に重くなる空気に、真田はがばりとソファから飛び起き、床に手を着き勢い良く頭を下げた。
ガッ!
「ごめん!!」
「さ、真田先生、今すごい音が……」
驚いた悠里の声が頭上から聞こえる。床にしたたかにぶつけた額は痛むが、そんなことは二の次だ。
「謝ってすむ問題じゃないけれど、ゴメン! ごめんなさい!」
よりによって酔った勢いで迫って、同意も得ないまま寸前までコトを進めてしまった。
恋人でもないのに。いや、このまま振られても一言も言い訳できない失態だ。
――最後までしてしまわなかったことだけが救いだが、寸前で寝落ちとは、男としてはほとほと情けない気分にもなる。
いやいや、なにを考えているんだおれ!と葛藤を押し込め、真田はひたすらに頭を下げる。
「ごめん! 本当にごめんなさい!!」
「……真田先生、顔を上げてください」
ふ、と空気が動く。
そろそろと視線を上げれば、悠里が正面に膝を付いて自分を覗き込んでいた。
落ち着きなく揺れる瞳には、それでも怒りの色は見当たらない。
「その……怒ってません、から……」
頬を真っ赤に染めて、それでも悠里はそっと微笑んでくれている。
「いや、じゃ……ないですから」
「南先生……」
ぼんやりとその可愛らしい顔を見つめていると、今度は悠里が頭を下げた。
「えっ!」
「私の方こそ、すみません。何時までもお返事をしないままで……」
「そんな! 南先生はなにも悪くな……!」
思わぬ言葉に慌てて彼女の頭を上げさせようとちいさな肩を掴めば、顔を上げた悠里は瞳を潤ませて、真っ直ぐに真田を見上げた。
どくん、と心臓が跳ねる。
「ですから……。ですから、もう一度、答えを訊いて貰ってもいいですか……?」
「南先生……」
「……悠里、です」
「……ゆう、り……」
どくどくと、高鳴る鼓動はそのまま心臓が壊れそうなほどに激しく脈打つ。
声も出せずにひたすらに悠里を見つめていると、ふいに彼女は視線を逸らせ「それから……」と言い辛そうにもごもごと呟いた。
「今度はきちんと、その……ひ、必要なもの、を……用意してから、お願い、します……」
耳まで紅く染めて告げられたその言葉に首を傾げさせかけて――はた、と思い当たった記憶に、
再び真っ赤になって真田は勢い良く頭を下げた。
ガツンッ!!
「〜〜ッ!! す、すみませんでしたあぁっ!!」
end