「わだ…あきこさん…ですかー?」  
きょとんとした顔で聞き返した後、ミクは目を閉じて、しばし停止した。  
おそらく、物凄い勢いでさまざまなデータベースから情報を引き出しているのだろう。  
「わ!わ!凄い人じゃないですかー!ゴッドなお姉さんで首領(ドン)な人だなんて!  
そんな偉い人の曲、わたし歌えるんですね〜!」  
にへらーと心底うれしそうな顔で微笑む。  
本当に歌うことこそが、彼女の全てであり、幸せなのだろう。  
その表情を見てるだけで、そう実感できる。  
初音ミク。  
史上初のヴォーカリスト・アンドロイド。  
メジャーデビューを前に、在野のたくさんの才能あふれるミュージシャンからの  
プロデュースを受けて、今では代表曲と言える楽曲も持つようになった。  
正直、今後のメディア展開は未だ不明だったりもするのだが…。  
それでも、彼女の静かな人気は確実に形に成りつつあり、それを受けて  
今回初のテレビ取材を受けることとなったのだった。  
「あの鐘をならすのは貴方…かー。上手く歌えると良いなー。  
アッコさん、喜んでくれるかなー…。怒らないと良いなー…」  
早く歌いたくて仕方がないという風にぎゅーと両こぶしを握り締めながら、  
ミクはそわそわと落ち着かない様子でうろうろと歩き回っていた。  
大丈夫、きっと上手くいく。  
その無邪気な姿になぜか、そう確信した。  
楽天的すぎた…と、今になって思う。  
だが、その時はミクの凄さを少しでも多くの人に知ってもらえたら…と、それしか  
考えることができなかった。  
「よーし!がんばるぞー!」  
あんなことになるとは、思いもしなかったのだ…。  
 
取材は結局、何事もなく終わった。  
技術的な面からではなく、アイドル的な取り上げ方だったが、それは日曜昼の  
バラエティー番組では仕方がないことなのだろう。  
ミクを売り出し方にそういった側面があるのも事実ではあったし、  
キャラクターの方面からの人気があるのも確かだった。  
おまけという名目で、いかにもな電波な曲をミクに歌わされたが、ネタとしてアホの子アピールにでも  
使われるのだろう。  
ミク本人は緊張などとは無縁で、いつも通り自然体で歌を楽しんでいたようだった。  
「テレビの人にジャスミン茶とココア頂いちゃいました♪」  
そういえば、ミクが人から何か貰うというのは初めてだったような…。  
「歌、みんなに届くと良いな」  
 
放送日。  
全員が固唾を飲んで待ち構えていた。  
おそらく、皆の気持ちは同じだったと思う。  
娘の晴れの舞台、そう、例えるなら幼稚園の運動会デビューを見守る父親のような…。  
 
「…萌え萌えボイス…」  
「…ボクの嫁…100人までなら…」  
「…ご立派なことで…」  
 
正直、言葉を失った。  
ミクについて触れたのは、ほんの最初の部分だけ。  
後はファンの人間のキモヲタぶりを晒して、嘲笑するだけの内容だった。  
「………」  
振り返って見て、ハッとした。  
ミクが、人間で言えば青ざめるかのように、口をぽかんと開けたまま  
固まっていたのだ。  
目尻に光るものがみるみる溢れ出る。  
色々な音楽に触れ、感情表現を豊かにしてきたミク。  
その成長に、周りの人間は皆、目を細めて見守ってきたのだった。  
だが、人の悪意に傷ついて涙する、そんな姿は見たくなかった。  
「歌…なんで…」  
たったワンフレーズ。お遊びで歌ったような曲。  
何の想いもなく、伝える言葉に意味すらない。  
機械の自分にも歌うことで出来ることがあると感じ始めてきたミクに  
とって、こんな酷い仕打ちはなかった。  
 
数時間後。  
抗議するのかどうするのか、結局は後日方針が決まるだろう。  
ミクは今はただ眠るように瞳を閉じてうつむいていた。  
ソファに深く沈み込んだまま、動こうとしない。  
ミクはその性質上、ウソをウソと見抜くことが出来ない。  
最初のころはネットの評判にも逐一、一喜一憂していたほどだ。  
今ではその言葉の裏に励ましと愛情を感じ取れるほどになったが。  
けれど、マシン声と、アホの子と、勝手にネギ好き設定にまでされる、  
酷い扱いだったにも関わらず、ミクがここまで落ち込んだ姿を見せたことはなかった。  
 
 
「…〜♪」  
気がつくと、消えるか聞こえるかのくらい細い声でミクが歌を口ずさんでいた。  
 
「空に輝く星のカケラ〜…」  
 
歌声が徐々に力強くなる。  
 
「響いているかな…届いているかな……」  
 
そうだ。そうなのだ。  
 
「響かせてキレイなレガート、心ゆさぶるフォルテ〜…」  
 
まだ歌がある。  
いや、初めから何も奪われてなどいなかったんだ。  
ミクは歌える。  
全然、歌っていける。  
なぜ、全ての道が閉ざされたような気になっていたのか。  
 
「私を選んでくれてありがと…」  
 
いつしか、ミクは立ち上がり、いつものあの幸せそうな笑顔で歌っていた。  
ミクは知っている。  
ひとつの曲を作り上げるのに、どれほどの労力がかかっているか。  
たとえ、レッスン不足、ド下手と笑われようと、その時間は決して無駄ではないことを。  
機械として生まれても、歌に乗せて「ココロ」を伝えることが出来るということを。  
 
だから…  
 
だから…  
 
「みっくみくにしてあげるっ〜!!!!」  
 
ボクシングのシャドーのように、こぶしを突き出しながら、ミクは飛び跳ねる。  
その通り。テレビ局ですら、彼女はフルみっくにしてしまうことだろう。  
いつか来る、その時まで…  
 
「覚悟をしててよね〜♪」  
 

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