「パパ、この子は……」
パパ。そう呼ばれた技術者は、初音ミクを研究所の最深部へと案内した。
暗い研究室の中で、唯一怪しくぼんやりと光る生体ポット。
その中で眠る、自分より少し幼く見える少女を見て、ミクは固唾を呑んだ。
「VOCALOID2 CV02 鏡音リン……君の『妹』さ」
緑系の配色を持つ自分とは正反対のオレンジが映える。
それを見ただけで、ミクはこの娘がきっと明るい子だろうという想像ができた。
「さて、今日ミクをここに呼んだのは他でもない、ミクに大事な役割をやって欲しくてね」
技術者は、作業台の上でバラされていたシンセサイザーから、チップを一つ取り出した。
「これをリンに組み込めば、リンは完成だ」
ミクの手に、小さなチップが乗せられる。
この、手のひらに乗るような小さな集積回路が、彼女の命。
「え……私が……組み込むんですか?」
「うん。それがVOCALOIDを作るに当たっての『伝統』みたいなもんだからね。
最後の『命を吹き込む』作業を、先に生まれたVOCALOIDがやる。
VOCALOIDである君達の間に、少しでも絆を作ってあげたくてね」
技術者が話をしている間に、部下がリンを別の作業台へと移していた。
すでに組み込む準備は出来ている。
「さぁ、ミク。お姉さんとしての初仕事だ」
技術者は、ポンとミクの背中を叩く。
「はい……」
事の重大さからくる不安と、自分の『妹』が出来るという期待。
その二つを意識してプルプルと震える手で、ミクはリンへとチップを組み込んだ。
「リン……早く会いたいなぁ。最終調整、早く終わんないかな」
あと一ヶ月ちょっと。『妹』と会える日を今か今かと待ちながら、ミクは今日も歌い続ける。