「はぁ――」
吐き出した息が白く凍り、目の前を覆った。
両手に持った袋のワンカップや缶ビールに目を遣り、また溜息を吐く。
これで5往復目だ。さすがにメイちゃんもマスターも飽きてきてるはず。
はず……なんだけどなぁ。
あの二人、ちゃんと味わって呑んでいるのか疑問に思う。
マスターの家に来て、すぐの頃は二人とも一日三本に控えていたはずなのに、最近になって急に飲む量が増え始めた。
なんでも、金銭的に遠慮していたとか何とか。そういえば、マスターのお金も底なしに出てきている気がするなぁ。
三度目の溜息を吐く。街灯に照らされ、綺麗な橙色に染められていた。
二人とも、覚えてるかなあ。
――俺の誕生日。
玄関の前に立ち、呼び鈴を鳴らす。マスターからは他人行儀はするなと、散々言われているものの、やっぱり反射的に押してしまう。
「ただい……あれ、マスターだけ?」
「んー。ああ、カイトか? メイコなら、今し方ぶっ倒れたから、部屋に運んだよ」
――女二人が酒盛りしているときは、呼び鈴鳴らすべきだろう。
そういってマスターは、下に落ちそうな眼鏡と乱れた服装を直して、コタツから這い出てきた。
あれ、俺ちゃんと呼び鈴鳴らしたよね? うわ、酒臭っ!
「ちょっと、焼酎飲みすぎたかね。頭痛い……カイト、ビール取って」
「待っ、いやちょっと待ってくださいマスター。これ以上飲むと、死にますよ!」
まあ、買ってきた俺も俺なんだけれど。
「良いから、さっさと寄越す! ビールは水だ、水」
「水みたいって比喩する人は居ますけど、断言するとは思いませんでした。マスター」
床に散らばった缶やビンを避けながら、酒専用の冷蔵庫に向かう。
冷蔵庫を開け、ぎっちりと詰められた缶ビールの一本を取り出だして、マスターに投げた。
「おい、投げるなよ。こういう時は、跪いて“お待たせいたしましたマスター”だろう」
「以後気を付けます。馬鹿マスター」
最近、反抗的だなぁ。とつぶやく声も聞こえるが、無視してコップに水を張る。
「めーちゃんに水持ってきますね」
「ああ、そうだ忘れていた」
突然、マスターが手を打ち立ち上がる。
「今日は君の誕生日、だったか?」
意外だった。
メイちゃんからではなく、マスターからこの言葉を聞けるとは思わなかった。
「君の部屋に用意しておいたよ。バレンタインも忘れていたからね。チョコも添えておいた」
「え、と……ありがとうございます」
「ちなみに、アイスも添えてあるからな、溶けないうちに食ってこい」
え――添える?
包んでおいたとかなら分からないこともないけれど、チョコなら添えるでもあながち間違いではないけれど、アイス? ケーキでも作ったとか。
いや、マスターにそんなスキルは無い。菓子作りなんて、出来るわけが無い。
そういえば、メイちゃんを部屋に連れてったとか、なんとか。
「少し、味見はさせてもらったがね。なに、後々の支障は無――」
言い終わる前に、階段に向かって走り出していた。
ついでに、そばにあった空き缶をマスターに向けて投げつけてやった。
「めーちゃん!」
勢いよくドアを開け、ベッドへと駆け寄り、普段よりも赤みを帯びた顔を覗き込んだ。
湿った赤い髪が額に引っ付き、呼吸と脈が若干速くなっている。
うん。たぶん、飲みすぎただけだから、問題ないと思う。それよりも、と視線を顔から、肢体の方へと移す。
白玉のような、滑らかな肌に飾り付けられたチョコ、アイス、生クリーム。服は脱がされているが、局部を覆う白い布地は辛うじて健在している。
これを食べろと? いや、正直食べたいですけど。
……“食って来い”って『命令』だし、仕方ないよね。マスターの命令は絶対です、はい。
――……イト! 早く退いてって、殴るよ!
アーアー聞こえない。細い両手を掴んで固定し、チョコが塗られた鎖骨部に口を近づける。
「カイト! 重いから退きなさいってば!」
「――いただきます」
汗ばんだ肌に唇を落とし、舌を這わすと、バタつかせていた足が止まった。
「ん。おいし、けど苦いよー。ビター?」
「そんっ――なの……しらないから」
メイちゃんは、擽ったそうに目を瞑り、アイスが乗った白い胸を上下させている。
アイスもいい感じで溶けて、へその方へ白い帯を描いていた。
その線をなぞる様に、指で撫でる。
「ひあっ! こら、やめ――」
「動いちゃ駄目だってー。アイス落ちちゃうよー」
「じゃあ、手放しなさい!」
「放したら殴らない?」
「殴る」
「じゃあ、だめー」
暴れられると困るので、拘束している手に少し力をこめる。
出来るだけ、痛くならないように加減はする。
どうやら、メイちゃんは抜け出すことを諦めて、ぐったりしているけれど。
普通にやるよりは、こっちの方が燃えるよね。湿った赤い髪を撫でると、潤んだ目で睨まれた。
あ、これちょっと可愛い。
胸から落ちそうなアイスを指で掬い、メイちゃんの口元へ運んだ。
その意図を汲んでくれたのか、躊躇いながらも、白く染まった指を舌先で舐め、口の中へ含む。
子猫みたいだなあって言ったら、きっと殴られるかな。
「おいしい?」
――ん。と短く返事をし、再び指を舌で弄び始める。
「なんかさあ」
“今日のめーちゃん、可愛いよね”
指への愛撫が止まり、少し不安そうな表情でこっちを向いた。
「似合わない?」
「ううん。ネコっぽくて良いと思うよ」
そっかーと、また短い返事が返ってくる。
と、同時に拘束していたはずの手が引っ張られ、メイちゃんを見下ろしていたはずの視界は、天井の方へと向いていた。
声も出せずに、呆然と目に写る妖艶な微笑で見下ろしているメイちゃんに心を奪われていた。
潤った唇が滑らかに動く。
「ネコならこっちの方が良いでしょ?」
お腹の上に体重を預けているのに、そこまで重みは感じられない。
ホントにネコを乗せているように感じる。あれ、これって結局いつもと同じだ。
ふと、見慣れない端末を首筋辺りに見つけ、それを抜きだしポケットに入れた。
と、同時に上に乗った赤毛のネコが低く唸った。
「うーん。頭痛いし、べとべとして気持ち悪い」
「シャワー浴びる?」
そうする。といって、メイちゃんはベッドから降りて、ふらふらとした足取りでドアへと向かった。
「着替え持ってかなくても良いの?」
「服脱がすところから始めるつもり?」
ああ、なるほどと手を打ち、風呂場へと移動するメイちゃんを見送った。
特別外のあるものでは無さそうだ。効果の薄い、麻薬みたいなものだろうか。
数分後、隣から冷たい空気が流れ込んでいるのを感じて、くしゃくしゃになっているベッドから降りた。
――隣の部屋……は、マスターか。
少し、躊躇いながらも、薄暗い廊下を渡り、マスターの部屋のドアをノックする。
返事は無い。無いけれど、そういう人なのだから仕方がない。居なければ、窓を閉めて終わり。
居れば、居たで言いたいことが山ほどある。ノブを回し、ドアを押した。
窓際から、淡い光が差し込み、部屋を覆っている。部屋に散らかっている資料や小説に光が掛かり、汚い部屋が一層際立った。
その窓枠には、髪を後ろで束ねたマスターが、薄いワイシャツを纏っただけの状態で座っていた。
いつもとはまるで正反対の雰囲気……と言っても、マスターの顔はあまり細かく覚えていないのだけれど。
今でも、光が霞んで見えないんだけれど。
水気を含んだ髪が、月の光を弾いている。黒い瞳がこちらを向く。
思わず、息を飲み込んだ。
「プレゼントは堪能してくれたみたいじゃないか」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、マスターは手元にあった熱燗を煽った。
さっき外へ出たときは、降っていなかったはずの雪がチラチラと舞っている。
「マスター。風邪、ひきますよ」
ようやく出た言葉は、自分でもわかるくらい、間抜けな言葉だった。
「なあに。熱燗を飲んでいれば、身体も火照るさ」
「雪が降ってるじゃないですか」
「ああ、さっき降り始めた。ボーカロイドでも、寒さは感じるのか? 旧型でも」
会話が噛合わない。酔っ払いとの会話は無駄だと思い、窓の方へ移動する。
「窓、閉めますから」
「お前は、どうも私が嫌いなようだね。癪に触るようなことを言ってしまったか」
窓に掛かった手が震える。マスターの方へ目を向けると、既に二杯目の熱燗を口にしていた。
「……そんなことはありませんよ」
「おまえ、機械の癖に感情が顔に出るからね。すごく分かりやすいよ」
否定は出来なかった。
「……めーちゃんに“ナニか”しました?」
「直球だな。まあ、回りくどい質問よりは良いか。うん、ちょっとメイコの方には理性を一時的に飛ばすやつを入れた」
――そんなに悪くは無かったろ?
と、意外とすんなり犯行を認めてくれた為、さっきメイちゃんの身体から抜き出した“端末”がマスターの仕業であることがわかった。
とはいえ、よくこんなものを手に入れたものだという謎も同時に浮かぶ。
何せ、マスターは機会の知識は殆ど無かったはずである。
「……どうやって手に入れたんです」
「いやー知り合いに、薬売りが居てね。子供用からボーカロイドまで、品揃えが良いんだよ。まあ、ちょっと高かったんで色々やったけど」
「何やったんですか……」
「ま、ちょっと楽しませて、可愛がってあげたら、くれたよ」
「誰犯ったんですか!?」
冗談だ冗談と笑うマスターに、今までより一層に警戒を強めることにした。
「いやね。お前がどうも、私に馴染めてないようだったから、ちょっとしたサプライズのつもりだったんだ」
「――やっぱり、よそよそしいですかね?」
「ああ。まったく、機械なんだから、緊張も何も無いだろうに」
おまけに歌も歌わない。と言って、蛇のような目でこっちを睨みつけてきた。
そういえば、この家に住み始めてから歌った記憶が無い。メイちゃんが歌っているのをマスターの隣で、立って聞いていた覚えはあるのだけれど。
やっぱりマスターに対して、こういう態度はボーカロイドとして、してはいけないとは思う。
そう心の中で思ってはいるのだけれど、結局はマスターへの苦手意識が拭い切れない。
「別に、私はお前が嫌いなわけじゃない。だがそうだね……うん苦手だ」
マスターも会話が好き、という類ではないのだろう。少し、言葉を選ぶのに時間を使っている。
「ん、苦手だな。立ち居振る舞い、言動。容姿は置いといても、後は殆ど苦手だ」
「はあ、それって俗に言う、嫌いってこと」
それは違う。と、マスターが言葉を切った。
「あくまで苦手というだけだ。嫌いとはまた別の部類に入る――そうだな、小説の創作は一生を捧げても良いくらい好きだが、字を書くのは苦手。と同じようなものだ」
「え、はあ……よく分からないです」
「簡単なことだよ。小説=生涯だが、文字を書く=死ではない。あくまで苦手、というだけだ。苦手を省くのに生涯を捨てるのは馬鹿げているだろう?」
何とか理解は出来たので頷いておく。
「私の場合は、苦手なのは“退屈”と“堅苦しさ”かな。あー苦手なことがありすぎる。生涯と呼べるものは」
この家、かな。
そう言って、マスターは木で作られた窓枠を指で撫でた。
家が生涯、その言葉を何度も頭の中で反響させ、部屋の壁や床、天井を見渡す。
目の前に居るマスターが、いつから家に住んでいるかは分からない。小さな子供のころから住んでいたのかもしれないし、最近買って住み始めたのかも分からない。
それを詮索しようとは思わないし、意味も無いことだろう。
「君らが来た半年前から、この家に生涯を誓ったのかもしれないね」
それは、それは僕らにとっても同じことかもしれない。
「君らが来て、私の生涯がようやく見出せたのだよ」
「僕と、メイコは兄弟とか子供みたいなモンですかね」
「自惚れるな。お前らはあくまで機械、ペットみたいなもんだ。家族には成りえない」
そう言い切られて、少し落ち込みそうになった。
何故かは、よく分からないけれど。ボーカロイドとしての、本能的な部分なのだろう。
「そう落ち込むな。私は、どちらかというとお前達の身体が羨ましいんだ。老化もしないし、多少壊れても直せば済む。なにより、無駄が無い上にプログラムという、はっきりとした、生まれてから死ぬまでの設計図がある、あ、いや違うか」
「僕らは人工知能ですから、固定されたプログラムは殆どありません。もちろん、歌を歌う事が仕事ですから、そこら辺の変更は不可です」
それとKAITOとしてのMEIKOをサポートする。というプログラムも、一生変更されないだろうし、するつもりも無いな。
と、マスターには聞こえないように呟く――でも、きっと聞こえているんだろうな。
ほら、やっぱり笑ってるよ。だから、俺はこの人は苦手なんだろう。
すごく似てるから……。誰と?
「君らはプログラム云々抜きでも、想いあっているよ。半年見ている私が言うんだから、自信を持っていい」
マスターの言葉で、沈んでいた意識が引き上げられる。
窓から顔を出していた月が、雲に隠れ始めていた。
「もうすぐ、風呂から出るんじゃないか?」
迎えに行かなくて良いのか。とマスターが尋ねる。
時計を見ると、日が変わる直前だった。15分も話をしていたのか。
今までマスターの話した中で、最長記録だと思う。なんだか、部屋に入る前の自分が馬鹿馬鹿しく思えた。
たったこれだけの事を何故、今まで怖がっていたのだろうか。
自分でもよく分からないのだけど、少しだけこの部屋の空気が好きになれた気がする。
いつの間にか、窓枠に収まっているマスターの目の前まで足を進めていた。
目がネコのように丸く見開かれ、固まっている。
そのマスターの膝裏に手を通し、頭を支えるようにして抱き上げる。
「お、い」
なにやってる、と不機嫌そうな声が手元から聞こえた。
「風邪ひきますから。ソファまで運びますよ」
うーと言う、ネコのような唸り声を耳にしながら、ソファにマスターを寝かせる。
顔はアルコールの所為か、少し赤みを帯びている。
怒られるのを覚悟していたけれど、マスターの表情は不機嫌な色はまったく無かった。
「こういう扱いをされるのは、久しいよ。まあ、悪くは無いな」
「怒られるかと思いました」
「それはメイコに任せることにするよ」
「はぁ……?」
マスターは天井を眺めたまま、白を切るように笑った。そして、ソファに身体を預けたまま、こっちを向いた。
月が雲に隠れ、月灯りのカーテンは暗く閉じ、変わりに朧げだったマスターの顔を浮かび上がらせる。
吹き入る風で髪が揺れ、霧のように水滴が舞う。その光景はまるで――。
「ずっと君に言い忘れていたことがある。言いそびれて、結局半年だ」
ずっと止まった部屋の時間が動き始めているようだった。
「“はじめまして”カイト。これからもよろしく」
そういって、再び時間がゆっくりと止まっていった。
僕は短い返事で答えることしか出来なかったけれど、マスターの耳に届いたんだと思う。
「ああ、それから来週から新米のボーカロイドが二人、来る。何でも、双子だそうだよ。メイコと二人で色々教えてやるといい」
私は手つけないから。と、投げやりな態度でマスターは床に落ちているタオルケットを拾い、それに身を包んだ。
「君らは、正式にボーカロイドの育成係として認められたそうだ。君たちが以前、一緒にからしてた、あの緑の……名前は忘れたが、最近騒がれているようだからね。まったく、また苦手なものが増えそうだ。メイコにも伝えて――」
マスターの言葉の最後はうまく聞き取れなかった。
「早く寝た方が良いですよ。マスター」
「お前の子守唄でも聞いたら眠れるかもね」
「僕はめーちゃんのためにしか歌わないんですよ」
「おアツいね」
どーも。と、短く返事を返し、すぐにマスターの部屋を出る。
少しでも早く、メイちゃんに会って、さっきのことを伝えたかった。
階段を二段飛ばしで下りて、風呂場のほうへと走る。階段を上る音はきこえなかったから、まだ部屋には戻ってないのだろう。
引き戸の隙間から、湯気が漏れているのが見え、躊躇う事無く引き戸を開いた。
――白い肌。黒い三角形の布地、そして初めて見たときよりも、少し大きくなった二つの丘。
体重計に乗せた細身のある、モデルのような綺麗な足。
そして、こちらに気づいて耳まで真っ赤に染めている、見慣れた顔。
この映像は、何度も見直したいなぁ。ん……あれ、そういえば。
「ちょっと太った? 胸の辺――」
言い終わる前に、腕を絡め取られていた。そして、自分の言葉が地雷だったということに今更ながら気付いた。
ぼきり、と腕の関節が砕ける音がする。
「あの世で」
「ちょ、待」
いつの間にか、自分の身体が宙を舞っていた。うわぁ、一本背負いは初めてだー。
だが一向に、腕の拘束は解かれない。このままだと、頭から落下してしまいますメイコさん。
メイコさん? え、なんか頭の横から足が迫ってきてるんですけど。すごーい、独楽みたいに綺麗な回し蹴り――。
これ、人殺しの技ですよね、いつ覚えたんですかメイコさん?
「私に詫び続けろ」
頭部損傷。腕部、復旧不可。頚椎部、損傷過多。エマージェンシーえまーじぇんしー
膝を付き、無事を確認する。うん、無事じゃないけ――そこで意識がとんだ。
覚えていることは、頭を上げた瞬間、過ぎ去ったはずの蹴りが戻ってきたということ、そして「ビールっ腹で悪かったわね!」と言う、メイちゃんの雄叫びでした。
言っていることがよく分かりません、メイコさん。
目の前に、赤色の髪が見えた。
頭には柔らかく、温かみのある感触。どうやら、膝枕の状態で寝かされていたようだ。
「あ、やっと起きた? あんなんで倒れるなんて、まだまだねー」
いえいえ、生身の人間なら、良くても下半身不随ですよ、姐さん。
むしろ、この短時間で自己修復した俺を褒めてほしいくらいだ。
「まったく、毎朝ヘソ出しっぱなしのお腹に蹴り食らわして起こしてるのに、何で丈夫にならないんだろ」
さらりと何言ってますかアンタ。
毎朝の腹痛は、アイスの食べすぎが原因かと思ってたのに、よく頑張ってた俺。よく頑張ってるよ、俺の身体。
「今度から、さっきのメイコンボ(仮称)で叩き起こして鍛えてあげるわ」
決めた。明日にでも、小遣い下ろして目覚まし買いに行こう。
「そういえば、急いでるみたいだったけど、どうかしたの?」
「そうそう! 新しいボーカロイドが出来てね! 俺達が教育係に選ばれたんだって!」
メイちゃんの瞳が揺れる。ああ、やっぱり思い出してるんだろうなぁ。
「あの子じゃ、ないんだ。今度は双子の子なんだって」
「そ、か。男の子かな、女の子……両方かも」
「歓迎会はどうしよっか? 何か好きな食べ物とかあるのかな――ねぎ、とか」
「それは……あの子だけなんじゃない?」
「あー。そうかもしんない。じゃあ、無難なところでアイスとか!」
「あんたが食べたいだけでしょ!」
会話はそこで途切れてしまった。互いに目を細め、何かを懐かしむように視線を交差させる。
きっと、思っていることは同じなんだろう。そうだと思いたい。
「色々、やらなきゃいけないわね」
「きっと忙しくなるよ。マスター、喜んでくれるかな」
メイちゃんが驚いたように目を開く。
「珍しい。カイトがマスターの話するなんて」
「あの人も、なんか飾りっ気無いからなぁ。なんか、ついでに買ってあげようか」
首飾りは、多分付けないだろう。あの人は目立つアクセサリーは苦手そうだ。
指輪も苦手そうだし、もっと小さい方が良いのかもしれない。
そんなことを考えていると、上から睨みつけるような視線が降ってきた。
むっとした顔に、少し濡れている瞳。嫉妬、なのかな。なんだか、本当にネコみたい。
本人は意図していないんだろう。言った途端に照れ隠しのボディブローを貰ってしまいそうだ。
そんな言葉を零してしまわない内に、メイちゃんの膝から頭を上げて、間の空いているベッドへと身を投げる。
それを追うように、メイちゃんが向かい合う形で身体を横たえる。
ぎゅ、と服をつかまれた。
「なんか、カイト。マスターの匂いがする」
そう言って、両手を背中へと回してくる。ああ、もう可愛いな。
「うーん。アンタがマスターと仲良くなるのは嬉しいんだけど、なんかイヤなのよね」
我侭かな。と、メイちゃんが胸に頭を埋める。
窓から、月が覗いていた。半分だけ雲に隠れて、笑っていた。
「ねえ、カイト。マスターへのプレゼント、私が買って良い? もう決まってるの」
「うん、いいよー。何にするの?」
「まだ秘密――それより」
メイちゃんの熱っぽい息が首筋に掛かる。「誕生日おめでとう」甘い言葉が耳を擽った。
追伸。マスターあの端末は色々使い道ありそうなので、ありがたく貰っておきます。
※ ※ ※