ミクが三人に向かって、高らかに、浪々とした声量をぶつける。
音速の波が突き抜け、リンの体はバラバラに弾けとんだ。
背後にいたカイトは一瞬早く反応して…二手にわかれた。
――――――
【ハッハッハッ。いや〜、ミクってあんな強かったんだな。さすが我が妹】
「笑ってんじゃないわよ!バカ!アホ!」
ミクに闇討ちを試みた三人(カイトリンレン)だったが、結果は返り討ちであった。
「なんっっであんな強いのよ!」
リンは首から下がなくなり、カイトの腕に抱えられている。
打ち取られた武将の生首がしゃべっているようで気持ち悪い。
【まぁミクは俺らより売れてるからなぁ。人気補正(?)かかってんじゃん?】
「うっさい!首無いくせにしゃべってんじゃないわよ!」
リンは首から下が無いが、カイトは首だけ無くなっていた。
ちなみに、横隔膜を振動させて音声を発している。
首無し胴体が生首引っ提げてる後ろ姿はさながらデュラハンである。
いやー丈夫なボーカロイドで良かった。
人なら死んでる。
【はっ!いいこと思い付いた】
「何よ」
カイトはおもむろにリンの頭部を持ち上げて、自分の首に乗せた。
【…マフラー巻けば違和感無し!】
「いっぺん死ねばいいわバカイト」
【すげーナイスアイデアだと思ったんだがダメか】
「超・論・外!」
【う〜む、そうか…ちょっと他の人の意見も聞きたいな。このままカラオケ屋入ってみよう】
「ちょ…止めて!止めなさい!バカか?お前バカか!」
【んっん〜♪野〜沢ウォーケン〜現るあらわる〜♪】
「止めてー!」
―――――――
一方その頃、レンはミクの猛攻を躱しながら走っていた。
「あははははは、待ってよぉ〜レンんん〜?」
ミクとレンの距離、およそ100m。車、壁、電柱、街の様々な障害物の陰をレンが移動する。
するとレンが一瞬前にいた位置がドロドロに溶け出す。
ミクの声があまりに高エネルギーで、集中した地点の原子が励起して"沸騰"したのだ。
「やばい!死ぬ!死ねる!助けてっ!!!」
さしものレンも半べそである。いや、もうほとんど号泣か。
「レン、落ち着け。とりあえずミクをまくぞ」
レンの腰、垂れ下がる装飾の紐でくくり付けられたカイトの生首が口を開く。
「まくったってあんな猛攻凌ぎながらじゃ逃げるのに精一杯だよっ!」
会話しながらもレンは走り続け、街の障害物は次々蕩けてゆく。
「ま〜まかせとけ。考えがある。あそこのマンションの…そうだな、4階目指せ」
「建物なんか入ったらもう逃げ道ないじゃん?!」
「まかせとけっつってんだろ?昇れ昇れ」
「マジかよ…うう、死にたくない」
レンは泣きながらマンションの階段を駈け登った。
「レ〜ン〜?どこかな〜」
ミクの声も昇ってくる。
「やばいよ!このあとどうすんのさ!」
テンパってレンはあわあわだ。
「ミクをぎりぎりまで引きつけて、あっちのビルの三階ちょい下、壁に跳べ」
「ちょ…跳べってなんだよ!こっから跳んだら死ぬって!」
「死なねーようになってんだよ。躊躇すんな!歌姫来たぞ!」
ミクが下の階まで昇ってきた。
「レンみぃつけたぁ」
咄嗟に手摺の陰に隠れると、コンクリート製の手摺がチーズのように蕩けた。どのみちこのままじゃ死ぬ。
「…本当、死なない?」
「信じろ。跳べ」
「くそぅ、なんでこんな目に会うんだ!」
レンは床を踏み締めて走り出した。
カイトの目には今しがたレンが踏み締めた床が蕩けてゆくのが目に写った。
「走れ走れ走れ!!!死にたくなきゃ走れ〜!!!」
「うおおおおお!」
そして、跳んだ。
「アーイキャンフラーイ!」
ぶら下がってるだけのカイトが叫ぶ。
(ぶっ、ぶつかる!)とレンは思ったのだが、自然と身体が反応した。
どう動けば良いのか、すべてが分かる。"身体が覚えて"いる。
三階の少し下、コンクリート壁にタップ、壁に向かって前方宙返りし、落下に合わせ二階の手摺に手を掛け勢いを削ぐ。
引っ掛けた手を離し、残り二階層分の高さを飛び下りて、膝のクッションで受け流した。
三階壁でキャスパーフリップ、二階手摺でダンクハング、二階からのハイスタップでフェニッシュ。である。
先ほどのマンション三階からミクがポカンと二人を見ている。
しばらく走って距離を稼ぎ、完全にまいてから路地に逃げ込んで一息つく。
「はぁはぁ…ふぅ。なんで俺あんなこと出来たんだろ…」
当然の疑問である。レンは歌以外に特別スポーツはしていない。
もっとも、人並にスポーツをやっていてもあんな軽業は不可能だが。
「ははは、すげぇだろ?俺が仕込んでおいた」
生首が自慢げに揺れる。
「仕込んでおいたって…俺何も練習とかしてないよ?」
「ああ、お前のメモリにyamakashi.exeをぶっこんどいたんだ」
「い、いつの間に」
「ぬっふっふっ、他にも仕込んであるぜ?秘密だけどな」
「…」
なんだが脳みそいじくられてるみたいで、ものっそい不安だ…。
「まぁとにかく、一回家に寄ってから街行くぞ。リュニオンだ」
生首カイトは喜々としている。なんのかんので兄弟喧嘩を楽しんでいるのだ。
―――――――
カラオケボックスの一室、払った料金一人分の二人は、壮大なまでの温度さをはらんだまま歌いまくっていた(歌ってるのは一人だけ)。
【ジャコビニ!!!!りゅうぅせいだほおおおぅぅ!!!!】
「あああ、うるさいいいい!耳塞げないからよけいつらいっ!」
机に置かれた生首リンは、胴体カイトの絶唱を強制的に聞かされていた。
しかも、生首リンの髪やら耳やらにはポテトフライが沢山刺さっている。
注文した挙句味わえないことに気付いた胴体カイトが遊んだ跡だ。
【ぅおとこぉなら、漢なるぁぁあ!レイテの島に無念に散ったぁ!】
と、ここでドアが開き、乱入者が現れる。
「意志を受け継ぐぼぉーるを仇にぃ!誓い倒すぜ大りぃーぐぅぅ!」
入ってきたのはレンだが、歌に乱入したのは生首カイトだった。
耳を塞ぐレンの腰あたりで、ストラップのごとき生首カイトが絶唱する。
【「男ならやってみなぁぁぁ!超人ガッツでやってみなぁぁぁあ!!男なら漢ならぁぁあ!超人ガッツでやってみなぁぁぁあ!!!翔べ!!不死鳥!!!」】
DAMの採点は98点だった。
【あ〜惜しい】
「もうちょっとだったのになぁ」
元は一人の胴体と首が楽しげにしゃべっている。
気持ち悪い。
【「えいっ!ドッキング〜】」
某AIBOの充電器に連結する時発する音声を真似ながら、二人(?)は再び一人になった。
「うーん、身体があるっていいねぇ。喜べお前ら。首と胴体、二回戦分データ取れたし、次は勝てる」
「まだやるの…?」
「私もう早く帰って身体直して欲しいわ…」
「何しおたれてんだお前ら?レン、リンのニューボディ運んで来い」
「…うん」
「えっ?私のニューボディ?」
「そうだ。家から運んできた」
そうカイトがいい終わるまえに、それは運ばれてきた。
「こ、これは…!」
再インストールの手間を省くために首が外されている以外、基本的な形は同じである。
だが、その背中には、全体が白く、黒で縁取りされた、重々しい兵器の羽が追加されていた。
「鏡音リン、地上戦用フィンファンネル追加型、だ」
「…勝てる…これがあれば勝てるわ!やってやりましょうよ、第二ラウンド!」
「おっ、リン乗り気になったな。んじゃ作戦会議いきますか」
「…帰りたいよぉ」
レンの泣き言は華麗にスルーされ、初音ミクぼっこぼこ作戦会議は進行していった。
…もちろん、リンの頭に刺したポテトフライをつまみながら。