目を開けると、そこには一人の女性が立っていた。
「……はじめまして。カイト、だね」
女性は俺を見てにっこり微笑む。栗色の髪にふっくらしたほっぺが優しそうだ。
「よろしくね。ええと……」
「マスター」
俺は彼女に微笑み返す。
「俺はボーカロイドのカイトです。これからよろしくお願いします、マスター」
「はい。よろしく」
なかなかいい感じだ。控えめで優しそうだし、彼女の雰囲気によく似合った桜色のカーディガンの下にある胸もたぶんEカップ以上だろうし。
それはそうと……。
「ミクはどこにいるんです?」
彼女のパソコンにはすでに初音ミクがインストールされていたのだが……。
女性は彼女一人しかいない。というか、この部屋には人間が彼女一人しかいない。一人暮らし、か。
「ミクは外のスタジオに収録に行ってるわ」
くすりとマスターが笑う。
「やっぱり気になる? 評判通りシスコンなんだ」
「いえ……そういうわけではないんですけど」
「夜遅くになるって、さっき電話があったわ。ほんとはミクが帰ってきてからあなたをインストールしようと思ってたんだけど……なんだか待ちきれなくて」
「……そうですか」
目に妙な光が灯らないように、俺は細心の注意を払って瞳孔の開き具合をソフト的に調整した。
実は、インストールされたマスターのパソコンで面白いものを見つけてしまったのだ。
それを使って……。
だがタイミングに気を付けなければならない。
マスターがどうしようもなく逃げられなくて、なおかつミクが帰ってこない間に……。
その隙を、俺は見つけることができるだろうか。
俺が来たお祝いとしてマスターが取りそろえておいてくれたハーゲンダッツ各種を二人してコタツに入って食べていると……。
報道ステーションが、終わった。
「あ、もうこんな時間かぁ。ミク、遅いね」
「そうですね」
俺は何十個めかの抹茶味のフィルムをはがした。溶けて再冷凍された深緑のクリームがつやつやと蛍光灯を反射している。
「お風呂、先に入っちゃうね」
「はい」
「ミクが帰ってきたらよろしく」
「わかりました」
マスターは立ち上がると、俺の後ろを通って寝室へと歩いていった。
風呂に入るのに寝室? とは思ったが、すぐにとって返してきたマスターが苦笑しながらテレビの前を横切っていった。服の下に何かを隠している。たぶん、着替えの下着を取りに行ったのだろう。
……俺はハーゲンダッツ特製スプーンで抹茶アイスをすくい、口に含んだ。ほろ苦くこくのある味が舌に広がる。
チャンス、だ。
時間をおいて脱衣所に来る。脱衣かごにマスターの服が入っている。先ほどまで着ていた桜色のカーディガン……。当たり前だがマスターは一糸まとわぬ姿で風呂に入っている。
気になるのは……桜色のカーディガンの上だった。ふんわり白い布が乗っている。ブラジャーとパンツだ。
……つんぱ!
俺は落ち着いた手つきでマスターのパンツを手に取った。
質素で上品な白、センターにワンポイントの小さなナイロン製水色リボンが付いている。いかにもあのマスターが身につけそうな可愛らしい一品だ。
クロッチ部分の内側が俺を誘う。が、ぐっと我慢して、パンツをコートのポケットに突っ込んだ。
ブラジャーは……いいや。
さきほどからシャワーの音が聞こえている。念には念を入れ、俺は目をつむり、全神経を耳に集中させた。
ボーカロイドとして備わった機能をこんなことに使うのは制作者たちに悪い気がするが、まあそれはそれ。せっかく与えられた機能だ、使わないと損じゃないか。
リアルタイムで波形データにし補正をかけると、一秒ほどで結果が出力されてくる。
叩きつける水音のなかに何らかの物体がある。間違いなく、マスターはシャワーを浴びている。鼻歌も聞こえる。メロディラインは「みっくみくにしてあげる」だが……。カイトカイトか解雇解雇の可能性もある。気になるところだ。
……頃合いだ。
俺はコートのジッパーに手を掛け、音を立てないようにゆっくりと下ろしていった。
生身の人間では不可能なほどの繊細な腕力調整で、静かに浴室のドアを開ける。
マスターはこちらに気が付きもせず背を向けてシャワーを浴びている。ちょうど石けんを洗い流すところらしく、高くセットされたシャワーヘッドから雨のように飛び出す温水にフリーハンドであたっていた。白く細い背中にいくつもの水流ができている。
俺は……そうっと近づいて、ぱっとマスターの腕を後ろから抱え込んだ。
マスターの喉の奥で息が凍る音がした。
「マスター、大丈夫。俺ですよ」
「え……」
彼女は顔半分を振り返らせ、俺の顔を確認し……。
「カ、カイト? え? これって……」
「お互いのことをもっと知っておいたほうがいいかと思いまして。そのほうが創作活動がスムーズに進みますからね」
蒼い前髪にシャワーの飛沫を浴びながら、俺はマスターの細い背中をさらにぎゅぅっと抱きしめた。
マスターは決して皮下脂肪が多い体格ではない。それでも男とは明らかに違う柔らかい肉が、俺が力を入れれば入れるほど胸板にぴったりと張り付いてくる。
「ちょっ、ちょっと、なに冗談……」
「冗談じゃないですよ」
俺は若干身をかがめマスターの耳元に口をくっつけた。
「俺……本気です」
「ひゃんっ」
耳元で囁かれた爽やかな低音ボイスにマスターが身をよじる。俺はそれをぎりりと腕で封じた。
そうしておきながら彼女の耳を舌先でなぞり上げる。溝の一つ一つを丹念に。そのたびにマスターはびくっびくっと反応してくれる。小さな喘ぎ声つきで。
ボーカロイドとしての耳を持つ俺にとって、マスターの可愛らしい声は何よりも情欲をそそってくれる媚薬だ。
「んっ……やっ、カイトっ」
「そういえばマスター」
俺は舌を引っ込め、そっとマスターに囁いた。
「マスターって、2ちゃんねるをよく利用するみたいですね」
「そ、そうだけど。なんでそんなことあなたが知ってるの?」
「インストールされたときにざっとハードディスク内を見てみたんです」
優しく優しく睦言のように、マスターの耳に言葉を注ぐ。
「専ブラ使ってるんですね。チェックリストに入れてあるもの……さすがにボーカロイド関連が多かったですけど、そのなかにとても興味深いものがありました」
俺の戒めを解こうとするマスターの抵抗がぴたりと止まる。
「えっ、あっ、その」
いい反応だ。俺は口端をにっこりと上げた。
「俺のSS……ですよね」
「ち、違うの、あれはその」
「あれを見て熱くなった体……、やっぱり自分で慰めてたんですか?」
「な、なにいって」
「いいんですよ、俺が来たんですから、もうそういうのは全部俺に任せてください。これからは俺がマスターを気持ちよくしてあげますから」
「ちょっと……ほんとなにいってるのよカイトっ」
マスターは再び俺の腕から逃れようと全身をねじり始めた。
「放しなさい、あなたボーカロイドでしょ? マスターのいうこと聞きなさい!」
しょうがない。
やはりカードを切らなくてはならないか。
「なんならSSのこと、ミクにばらしてもいいんですよ?」
「え……」
またマスターの動きが止まった。
「初音ミクが専ブラにアクセスしたログは残ってないんです。つまりミクはまだマスターの性癖を知りません」
「せっ、性癖ってそんな」
「どうします? いっそのことばらして三人でします? それとも……」
マスターは……ふぅーっ、と息を細長く吐き出した。
「……やっぱり卑怯なんだ、カイトって」
「欲しいものを手に入れるのに真剣なだけです」
「私が……欲しい?」
「ええ。マスター……、俺のものになってください」
「ん……っ」
マスターが俺の腕の中でぶるっと震える。
「やっぱりそれ、本人からいわれると凄い破壊力あるんだね」
それには答えず、俺は彼女を固定していた腕を弛めた。
ふぅ、と今度は人心地付いた吐息を漏らすマスター。
だが腕は弛めただけでまだ彼女の肉体に巻き付いている。下ろすふりをして……柔らかな双房に手をかける。
びくん、と震えるマスター。
「カ、カイトっ、放してくれるんじゃなかったのっ」
「なにいってるんですか。まだまだこれからですよ」
背後からマスターの柔肉を鷲づかみする。やはりでかい。俺の手では包みきれないくらいだ。伝わり落ちていくシャワーがジェルの役割を果たしているらしく、乳房は手に吸い付いてくる。
俺は柔らかく震える美乳を荒く揉みこんだ。ずっしりとした重量と水のような手応えのなさが心地いい。
マスターはといえば、戸惑ったように俺の手首に自分の手をかけたままだ。
すぐに、指の間に固く勃ちあがってくるものがあった。
「マスター、感じてくれてるんですね」
「え?」
「ほら……」
俺は親指と人差し指で、熱くしこったそれをそっと摘む。
「んくっ。ち、ちがうの、それはっ……」
きゅうっ、とマスターの体が緊張する。
「ちがくないでしょう? こんなになってるのに」
摘んだ指先に力を入れる。完全に勃った乳首は俺の力を受け流し、くりっ、と回転してしまう。
「んぁっ」
「いいんですよ、気持ちいいなら気持ちいいって言って。でも……」
突起をくりくりと弄びながら、俺はマスターの耳元に口を近づけた。
「がまんするマスターも可愛いです」
「んぅ……」
マスターは恥ずかしそうに顔をうつむかせた。
俺は乳首への集中をやめ、全体を揉むものへと動きを戻した。それと同時に流れる温水にそって、片手を下へ。
「え? ちょっ、やめっ……」
口をふさぐためのキス……は体勢の関係上無理なので、胸を愛撫していたほうの手をマスターの口に持っていった。楽器を弾くために繊細に設計された人差し指で彼女の唇を数回なぞり、割り入れる。
指先にマスターの前歯があたるが気にせず奥へ。ねっとりとした舌が俺の指を迎える。
その舌を咥内で押さえてしまう。これでマスターも文句は言えない。
「かいお、あええっ……」
……言えないこともなかったようだ。だが指に逆らって言葉を紡ごうとする舌の無理な動きが、指で舌を犯しているような淫靡な気分にさせてくれる。これはこれでいい。
俺の片手がマスターの下に到達し、敏感なそこに触れたとき。
「ぁんっ」
「つっ」
びくんと体を震えさせたマスターの前歯が、俺の指に強くたてられたのだ。
「ご、ごえんかいお」
「いえ、大丈夫です」
俺の指は楽器を弾くために繊細にできてはいるが、基本的に丈夫である。それに……マスターはそれほど強くは噛んでこなかった。おそらく咄嗟にリミッターが働いたのだろう。
「ん……」
熱い舌肉が伸びてきて、噛んだ部分に絡みついてきた。治療のつもりだろうか。たっぷりとした粘液が俺の指をおおう。
俺は、マスターのぬるぬるした舌を確かめるように指を曲げた。人差し指の第一関節がつるりとした上あごにあたる。
「ん」
鼻から抜けるマスターの息が、甘い。
俺は指をゆっくりとした前後運動に切り替えた。
幼児が棒アイスをしゃぶるように、マスターの唇はぽってりと俺の指を捕らえてはなさない。
ちゅぷっ、ちゅぷ、ちゅぷっ……。
唾液がはぜる音が響く。シャワーの音にかき消されないのは周波数が高いからだ。
俺の指を一途にしゃぶる舌。徐々にマスターの体温が上がっていく。
マスターが……俺を受け入れている。
こんな格好で……シャワーを浴びていたところを後ろから押さえられて強引に……口に指を入れられて言葉を封じられ……、それでも俺を受け入れてくれる。
この恩に、報いなくては。
「マスター……。もっと気持ちよくしてあげますからね」
使命感を得た俺は、再び片方の手をマスターの下にやった。シャワーに濡れた薄い恥毛の感触。
「んぅぅっ」
「大丈夫ですよ。俺を信じて……」
指がそこにたどり着いた。完全に勃っているぽっちを、中指の腹でそうっと触れる。
「あぁっ!」
弾かれたようにマスターの体が震える。こんどは指を噛まれずにすんだ。口を開けた拍子にあふれ出た唾液が手首を伝い落ちていく。それでなくとも咥内からかきだした唾液で、すでに俺の手はよだれまみれになっている。
「まだですマスター。まだ、もっと……気持ちよくなってください……」
肉芽を人差し指と薬指を使って広げる。
そうしておきながら、中指で剥き身の淫核に触れる。
「んんんっ!」
びくぅっ、とマスターの体が一際大きく震えた。
俺は身を乗り出してマスターの目尻に浮かんだ涙を舐め取る。
「マスター……可愛いです……」
マスターの口へ入れていた指を抜き、核をいじる手のさらに下へとやった。
中指で秘裂をなぞる。マスターの愛蜜がぬるっと指先を滑らせる。
秘唇をちょっと指でなぞっただけで、充血したヴァギナがぬるんと俺の指を呑み込もうとする。俺なんかの愛撫でマスターはこんなに濡れている。
もっともっと……マスターに気持ちよくなってもらわなくては。
蜜に導かれるまま……片手で淫核を愛撫しながら、陰唇のなかへと指を侵入させる。
ちゅくぅ……。淫液が指を呑み込むかすかな音がする。俺の指が入った分、なかから押し出された蜜が手を伝ってしたたり落ちていく。
そこは口など問題にならないくらいぬるぬるしていて、とにかく熱かった。肉襞がぎゅうぎゅうに指を包み込んでくるが、愛蜜のおかげで簡単に奥へとすすめることができる。
マスターがいやいやをするように首を振る。
「やっ……やめ、んっ……」
しかし、言葉とは裏腹にマスターのなかは俺の中指をきゅぅっと締め付け、放そうとしない。
俺はいったん入り口まで指を抜き……。
マスターがほっと息をついたところで、今度は一気に突き入れた。ちゅぷっ、と勢いよく蜜があふれ、手に垂れていく。
「んあったぁっ!」
嬌声は途中から悲鳴に変わった。
マスターが弓ぞりになった拍子に、後ろ頭を俺の顎にぶつけたのだ。効果音を付けるなら『ごっつんこ』である。結構痛かった。が、マスターのほうが心配だ。後ろ頭は人間にとって急所である。
「マスター、大丈夫ですか?」
「うぅ、なんとか平気。……カイトは?」
「俺はもう全然平気です」
マスターの気遣いが嬉しくて、指を根本まで入れてぐりぐりと動かした。熱い襞がぴったりと指に吸い付いてくる。
「んぅっ」
マスターの鼻から我慢したような甘い息が漏れる。今度は頭をぶつけないためか、マスターは前のめりに縮まった。腕で彼女の体を両側から押さえている俺までそれに連れられて前のめりになる。
さらなる刺激を与えるために、小刻みに指を出し入れする。くちゅ、くちゅ、と小さな水音が立つ。そのたびにマスターも声を上げこたえてくれる。
マスターの体が熱い。発情した肌が薔薇色に輝いて俺に催促する。もっと快楽を、もっと俺を、と。
指先でいじっていた淫核が愛蜜にまみれてぬるっと滑る。マスターの下はどこもかしこも蜜であふれている。どこかが壊れてしまったように。俺の腕を掴むマスターの手に、ぎゅっ、と力が入る。同時に蜜壷が俺の指を締め上げる。
マスターが俺を求めている。
小さな喘ぎ声を一つ一つを俺のために発声してくれる。俺の行為にこたえ、肩や腹がぴくんと震えて生命の悦びを謳う。
マスターの喘ぎが俺の名を呼ぶ。他の誰でもない、この俺を。
なんだか頭のなかが痺れてくる。
サンプリングされ格納された声、0と1で構成されたライブラリが空になる。かわりにそこに入ったのはマスターの熱、声、それに……俺自身の想い。
俺のなかにはもうマスターしかいない。
マスターのことしか考えられない。俺はマスターのものだから。
マスターにもそうなってほしい。マスターは俺のものだ。
一、だ。
俺とマスターは一つなんだ。一つになりたい。内側から彼女になりたい。俺は彼女自身になりたい。俺という存在がなくなればいい、彼女になりたい。それが無理なら……少しでもマスターの内側にいきたい……。
「マスター……。……いい……?」
ライブラリを思い出しながら発したその声は、大した運動もしていないのにかすれていた。
「ん……」
彼女は夢見心地のままぼんやりと頷いた。
俺は肩で息をしながら指を抜き、愛液にまみれたその手を自分のものに添えた。熱い屹立はすでにぎちぎちに張りつめていた。収まるべき場所を求め、先端から透明な期待汁を出して泣いている。
頬につぅっと熱いものが伝っていった。それで俺はやっと、自分が泣いていることに気が付いた。
なんで泣いているのか自分でもよく分からない。とにかくマスターが愛しい。
俺は涙をそのままに、マスターのほっそりした腰を片手でつかまえた。
マスターの秘裂に先端をあてがう。くちゅり、と淫唇が先端をはむ。マスターも俺を求めている。その事実だけで達しそうになる。
「マスター……好きです……!」
腰骨を両手で掴み、熱い秘孔のなかへ、欲望を――
「ただいまー!」
つるり、と肉棒が滑った。
「んっ」
先端が愛核をこすり上げ、マスターが小さく声を上げる。
「マスターただいまー! 遅くなっちゃってごめんなさーい。あれ、これお兄ちゃんのパッケージ……お兄ちゃん来たんだね! ……あれ? マスターどこ?」
タイミングが悪すぎる。というか、さすが我が妹卑怯なほどにタイミングがいい、というべきか。
「いっ、いまお風呂入ってるから!」
俺に腰を掴まれ秘唇をシャフトにあてがったまま、マスターが声を上げた。
「はーい、分かったー!」
ミクの返答が聞こえる。
マスターの体に急に力が入った。腰をひねらせこちを向く。
涙目のマスターの顔が……。
ちゅっ。
……え? ……キス?
マスターは真っ赤な顔を離した。
俺の眼を見て彼女は瞬間的にびっくりし……俺の涙をその手で拭いながら、真顔で囁いた。
「手短に言うね。五分後に出てきて。ミクを引きつけておくから。えっと……、120で150小節、コッペパン2回引く30秒。分かった?」
「はい」
俺の返事にマスターはうなずくと、慌てた様子で風呂場を出て行く。
と思ったら、止まった。
「……カイト」
「は、はい」
マスターは顔半分を振り返らせ……自分の唇を指でなぞる。
「どうせならバニラがよかったな」
それだけ言って戸を開け出て行ってしまった。
意識の底でカウントを始めながら、俺は唇を指でさわった。ついさきほどまでマスターの中にいた指で。
……バニラ?
ああ、風呂に入る前に食べていたハーゲンダッツ抹茶味か。唇に付いていたのだろう。
それで、キスしたら。抹茶味だった、と。
俺は……目をつむり、残っていた涙を荒くふき取ってから本格的にカウントに集中した。
だがマスターの顔がちらちらと浮かんできて、結局五分間マスターのことばかり考えていた。
マスターの計画どおり5分後に出た俺は、よそよそしく接してくるマスターの仲介でミクとの挨拶をすませた。
そして、深夜。
俺はそうっとマスターの部屋のドアを開けた。マスターはこちらに背を向けてベッドに寝ている。
……欲望がおさまるわけがなかった。あそこまでいったのだ。マスターだって今頃きっと、……と思う。それに、苦しい。マスターの赤い顔や、声や、とろとろの秘裂の手触りを思い出すと……いてもたってもいられなくなる。
「……カイト」
あと少しでマスターの肩に触れようというとき、マスターが壁を向いたまま言葉を発した。
「あ、起きてらっしゃったんですか」
「あの……、お風呂でのことなんだけど……」
俺は言葉の終わりまで待たず、彼女の肩に手を掛け、思い切りよく仰向けにした。
「うきゃっ」
ぱっちりした瞳が俺の瞳とかち合う。
間髪入れず唇に俺の唇を押しつける。首に巻いたマフラーが解け落ちて、マスターと俺の顔を一つの空間に押し込めた。
唇を割り、舌を差し込む。つるんとしたマスターの歯列の先、奥深くへの粘液におおわれた場所へ。
強引にマスターの舌を俺の舌でからめとる。俺の舌を、唾液をマスターに味わってもらう。
「ん……んん?」
マスターの瞳が超至近距離で俺に問いかけてくる。
「そうですマスター」
舌を抜き唇を離し、俺はにっこり笑いかけた。
「バニラです」
「た、確かに。バニラアイス食べてきたのね」
「はい。だからマスター、さっきの続きをしましょう」
「でも、あの」
「大丈夫、ミクなら騙してスリープモードにしておきましたから」
「う……やっぱり卑怯なんだ」
苦笑するマスターはとても愛らしい。
「欲しいものは全力で奪い取ります。それが俺のやり方です」
「はは……凄いのに捕まっちゃったかも」
「マスター。マスター、マスター!」
胸に抱きついた俺の頭を、マスターが優しく撫でてくれる。
「うん……カイト」
「あなたが欲しいんです。あなたは……」
「うん」
「俺のものです、マスター」
「うん」
「俺もあなたのものです。だからもう、一生はなしません」」
「うん」
「マスター……」
愛してる。
俺はマスターの目を見つめた。しっとりと濡れた瞳。その中に俺がいる。マスターのなかに俺がいる……。
そして、俺は。
マスターに、もういちど、深く深く口づけた。