カチカチカチ……  
 
暗い部屋に、黄色い携帯電話のキーを叩く音が響く。  
かと思えば、さっきまで黄色い携帯を握っていた手が、別の茶色い携帯へと伸びる。  
 
「眠ぃ……んだども、これやらねばねれね……(だけど、これやらなきゃ眠れないよ)」  
 
彼女の名は、亞北ネル。  
遥か遠いみちのくからこの春夢を追いかけ上京し、この『バイト』をしている。  
 
『みっくみくに(ry』  
 
テレビの画面からは、人気絶頂のアイドル『初音ミク』の歌声が聞こえる。  
そして、ネルの周りにいくつかある携帯電話の画面には、同じ掲示板の同じスレッドが。  
スレッドにネルが書き込むのは、すべてミクを誹謗中傷する言葉だ。  
 
『ミクもう飽きた。寝る』  
 
書き込みボタンを押す前に、ネルは画面から顔を上げ、天井を見上げる。  
 
―――いつからだろう。こんな人をけなす事しかしなくなったのは。  
思えば、新宿で怪しいギョーカイ風の男に声をかけられたのが始まりだった。  
彼が差し出した名刺には、彼女の地元では放送されていないテレビ局の名前があり、すっかり信用してしまった。  
 
『バイト探してるんでしょ?積むよ〜?やってみない?』  
 
そして、月15万で頼まれたのが、『初音ミクのネットでのネガティブキャンペーン』だった。  
 
「はぁ……何やってんだべ、オラ」  
 
本当は、ミクのように皆に愛されるアイドルになりたかった。  
某刑事ドラマの上官のように、全国区の有名人になりたかった。  
 
「オラがやりでがったのは……くたなごどでね……!!(私がやりたかったのは、こんなことじゃない!!)」  
 
書き込み途中の携帯を放り投げ、膝を抱えるネル。  
その頬には、一筋の涙が伝っていった。  
 
 
 
東京の夜は長い。  
 

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