[めーちゃんとバニラ]
「めーちゃん」
聞き慣れた声を後ろに聞いた。
熱心に目を通していた楽譜から顔を上げ、振り向く。
「カイト。どうしたの」綺麗な青い色をした髪をくしゃくしゃとかきながらカイトは近づいていてきた。
「これ〜、プレゼント!めーちゃんにぴったりだと思って」
カイトの右手に、ピンクの包装紙にくるまれ、丁寧にリボンがかけられた箱がのっていた。
「あたしに……?うそ、ありがとう!」
カイトがあまりニコニコしているので、つられてメイコも微笑んでしまう。
はい、と渡された包みは、メイコの小さめの手には少し大きく、ずっしりと重みがある。
「開けていい?」
「うん、開けてみて」
微笑むカイトが見つめるなか、メイコは細い指で器用にリボンをとき、丁寧に包みを開けた。
カイトから初めてのプレゼントということもあり、外装でさえ大切に思えたのだ。
「わぁ……可愛い!!」
中から現れたのは、赤いハートのビンの香水だった。
「でしょ。めーちゃんの雰囲気に合うやつ、やっと見つけたんだ。匂いも俺の好みだからつけてみて」
「うん!!」
ビンのキャップを外し、頭の上で二回ほどシュッとスプレーし、その霧を被る。
昔からのメイコの香水の付け方だ。
すぐに体から甘めの香りが漂ってきた。きつすぎるツンとした匂いでも、子供だましみたいに甘ったるいにおいでもない、落ち着いた、それでいて可愛らしい香りだった。
「ふふ、カイトらしいわ。これ、バニラ系の香りね。でもこの香り好きだわ、カイトありがとう」
最上級のかわいらしさで、メイコがニコッと微笑んだ。
「どういたしまして…あ、やっぱりめーちゃんいい匂いになった!」
「えへへ、やだ、照れるじゃない」
カイトの幸せそうな笑顔に油断していたのがいけなかった。
「……ッ!カイト!?」温かい感触に包まれて動けなくなった。
赤らんだその頬には、青いマフラーが触れる。
カイトが近づいてきて手を伸ばしてきたと思ったら、一瞬のすきに抱きすくめられていたのだ。
突然の行動に混乱していたものの、嫌ではなかった。
むしろ、この上なく嬉しい。
だから、許してあげることにした。
「もう、カイトったら……。一分だけよ?」
「素直じゃないなぁめーちゃんは」
メイコを抱きしめる腕はそのままに、カイトが笑った。
本当はカイトの背中に腕を回したかったのだが、カイトの腕に体がすっぽりと覆われて
身動きがとれないので、仕方なくそのままでいることにした。
メイコはほおに柔らかい笑みを浮かべ、目をとじる。
……が、すぐに嫌な予感がして目を開けてしまった。
メイコの目の前に見えるドアがかすかに開く音がしたのだ。
「あ…っ!」
驚いたメイコが小さく声を上げたのと、半開きのドアの向こう側のミクが目を見開いたのは、ほぼ同時。
ドアに背を向けているカイトは全く気付いておらず、メイコを離さない。
なすすべもなく、ただ顔を赤らめるメイコに、ミクはいたずらっぽくニヤッと笑ってみせた。
「おとりこみ中でしたか。おじゃましましたぁ、ごゆっくり♪」
音を立てずにドアを閉めたミクがいなくなってから、やっとカイトはメイコを解放した。
「……」
「今の……ミクか?」
顔を合わせて二人はぎこちなく肩をすくめて笑うしかなかった。