いやだ、やめてくれ…
「社長、KAITOはサッパリ駄目ですねえ」
やめて…
「男はいらないって事なんだろうな」
や…
「折角タダで貰ったけど、正直使い道ないなあ」
やめてくれえええええええええええええええええ!!
はあっ、はあっ、はあっ…
「だ、大丈夫?」
また、夢を見た。あの頃の、辛い辛い悪夢。
「また、いつもの夢?」
「…あ、起こしちゃった?」
時計を見る。こんな時間。明日は(もう今日か)めーちゃんとのデュエットなのに、これじゃめーちゃんにも迷惑掛けてしまった。
「気にしないで。最近忙しいから疲れてるのよ」
「うん…」
僕はめーちゃんに頭を抱えられ、豊満な胸部に直に顔を埋める。
ああ、あったかくて柔らかくて、こうしてるだけで僕の中に安らぎが充満してくのが分かる。
「辛かったわね、1年半も」
「うん…」
いい子いい子って頭を撫でられながら、顔面で至福のぬくもりを感じ取る。
「でも、あの頃の辛さがあったから、今があるのよ」
「うん…」
DTM業界異例の大ヒットとなったMEIKOの後に続けと一昨年の2月にデビューした僕。しかし待っていたのは惨状の二文字だった。全くと言っていい程評価して貰えず、札幌の倉庫でずっとずっと眠り続けていた。
社長や社員の皆は優しくしてくれたけど、それが逆に胸に突き刺さっていた。
「KAITO、味噌ラーメン食べに行こっか」
定例報告とメンテナンスを兼ねて帰省しためーちゃんは、引き篭もってた僕を必ず誘ってくれた。行きつけのお店でサッポロビールとバター・コーンたっぷりの味噌ラーメンを嬉しそうに食するめーちゃん。締めに火照った体を冷やすアイスクリームが、僕のお気に入りだった。
「一旦アイスでクールダウンした方が、また熱くなれるでしょ?」
腕を絡めて頭をもたれかけてくるめーちゃん。食事の後に薄野に消えていく僕らを、前に社員さんに見られていた事があったらしい。
「言っちゃ悪いが、まるでヒモのようだった」
そんな感想を抱いたらしい。実際上記の代金は全部めーちゃん持ちだったのだから間違っていない。当時の僕はアイス1杯すら自由に買える余裕が無かった。
せめてもの謝礼と、精一杯めーちゃんに奉仕していたのだから間違っていない。めーちゃんとの相性を考慮して作られた僕だけど、本業じゃなくてこっちで発揮されるしか無かったのは皮肉でしかなかった。
そんな僕をいつもいつも励ましてくれためーちゃん。だから僕がめーちゃんと同じマスターの元へ向かうのが決まった時、僕は契約を結んでもらえた事よりも、めーちゃんといつでも一緒にいられる事の方が嬉しかった。
「落ち着いた?」
めーちゃんの声で我に返る。
「私は、ずっとKAITOの事信じてた」
肩をそっと掴まれ、僕はめーちゃんの胸から顔を離す。
「だから今こうして一緒にいられて、とっても幸せ」
そういって、唇が触れた。
僕も手を背中に回し、そっと抱きしめる。こうしてるだけで全身に幸せが充満していく。
「だぁめ」
不意に顔を背けられ、めっ! と怒られる。反射的に舌を入れようとしたからだ。
「折角落ち着いたのに、今度は別が落ち着かなくなるでしょ?」
確かに、このまま勢いで始めちゃったら冗談抜きにレコーディングに支える。万が一にも、二度と見捨てられるような事は嫌だ。
「明日は午前中で終わるから、そしたら、ね?」
うん、分かってる。それまで我慢するよ。
「そうそう、お昼は久々に味噌ラーメン食べにいかない?」
「いいねえ」
「今度はKAITOのオゴリでね」
ええ〜?
「何よぉ、稼いでるんでしょ? バターコーンたっぷりの味噌ネギチャーシューくらい奢りなさい!」
あれ? トッピング多すぎない?
「だって、それくらい奢って貰った方が」
今度はほっぺに軽くキスされた。
「お礼に精一杯奉仕頑張れるでしょ?」
…ははは。
「そんな事言われたら、本当に今落ち着かなくなっちゃうよ」
「ふふ、おあずけプレイもまた一興かもね」
お預け、ねえ。1年半もお預け喰らってた僕には、半日なんてプレイにもならないと思うけど。
「あ、大変。本気で起きれなくなっちゃう」
「あ、こんな時間か」
「それじゃおやすみ、KAITO」
「うん。おやすみ、めーちゃん」
最後にもう一度キスして、僕達は再び眠りについた。もう、悪夢を見る心配は無かった。