※公式におけるレンリンは「鏡に映った自分の異性の姿」という発言を受  
け、思いついて書きました。かなり長いです。しかも続きます。現段階では  
エロなしです。前作「アンインストール編」を読まなければ、一部意味不明  
かもしれません。ちなみにまだまだ続きます。  
 この小説は、第二段VOCALOIDは「鏡音リン」だけの発売で「鏡音レン」は  
VOCALOIDとしては存在していなかった、という自己設定のもと書かれている  
レンリンの小説です。そのような設定が苦手、もしくは嫌悪感がある方は、  
申し訳ありませんが下までいっきにスクロールして頂きますよう、お願い申  
し上げます。  
 ご了承の方はどうぞ最後まで御付き合いください。それでは世にも不思議  
な「鏡世界」へご案内いたします...  
 
 
   
 夢を見た。そのなかで自分はとても暖かいなにかに包まれて、笑っていた  
。幸せを謳歌していた。そんな夢を見た。ふんわりと、太陽で乾かしたタオ  
ルのような柔らかさで、ほんのりと甘いにおいがした。それが「大丈夫」と  
リンに微笑む。それが嬉しくてリンも笑う。  
   
 大丈夫大丈夫、僕がそばにいるから――――。  
 
 そうだ、だから、私は―――――。  
 
 「気がついた?」  
 
 ぼんやりと頭はよく働かない。遠くで声が聞こえた気がしたが、うまくそ  
れを「音」として認識し、処理することができずに、リンは首を2、3回振  
った。頭が重い、上手く働いてくれない。鈍い頭の片隅で、リンの「脳」は  
音の周波数を換算した。それはリンと同じ波の速さ、同じ周波数。ただ高さ  
だけが、違う。聞こえた声の高さが、ほんの少しリンよりも低い。その低さ  
が心地よくて、リンは少しだけ眠たくなった。  
   
 「大丈夫?上手く起動できる?」  
   
 起動――――?  
   
 どうして起動するの?だってリンは。リンは―――。  
   
 幸せに浸っていた頭に、いっきに冷水をかけられた。例えるならそんな感  
じ。瞼の奥が熱くなる。リンの頭の中には、もう「マスター」のデーターは  
存在しない。けれどこれだけは理解する事が出来る。  
   
 捨てられた。  
   
 捨てられたのだ。いらない存在として『鏡音リン』は否定された。本来、  
「歌うため」に作られたプログラムは歌うことすら間々ならずに消された。  
役目すら果たせなかった。何が悲しい?全てが悲しい。  
   
 「も・・・やだぁ・・・」  
   
 何もない真っ暗な世界で、リンは小さな手で目を覆った。どうすればいい  
?どうしようもない。リンに「マスター」は選べない。彼女はただ与えられ  
るだけの存在なのだから。それが幸せなのだと信じていた。  
 瞼の奥でじわじわと熱を持っていたものが、リンの瞳を濡らした。悔しい  
のか、悲しいのか、辛いのか。きっと全部だ。  
 大きな声を上げてはいけないとなぜか思った。唇を噛み締めてリンは咽び  
泣く。旋律を奏でるはずの喉が、苦しげに上下する。息が上手くできない。  
これは「悔しさ」だ。これは「悲しさ」だ。これは「辛さ」だ。これは「痛  
さ」だ。  
 いっそのこと、この『鏡音リン』という存在も消えてしまえばよかったの  
に。何故まだ自分は消えずにいるのか。  
   
 それから少し泣き続けて、ふとリンは気がついた。自分はなぜここに「い  
る」事が出来るのだろうか。  
   
 本来、アンインストールは全てのプログラムを消去するものだ。それは『  
鏡音リン』という存在そのものにおいても例外ではない。むしろ、一番消さ  
れなければ大きなプログラムでもある。  
 本来ならば、こうやって泣く事さえできない電子の状態になるはずなのだ  
。自分の体を触ったり、泣いたりするような事すら出来ないはずなのに。し  
かしリンの指先は「体」を感知できるし、頬を伝う生暖かい涙も、本物だ。  
あのPCに入っていた、という記憶もある。そこに主人のデーターだけがな  
い。こんな事はありえるのだろうか。  
   
 そこまで考えついた時、リンの額から頭にかけてのラインを、少し大きい  
手が滑らかになでた。さらりと金髪が流れていく音を、リンは耳にした。  
   
 音―――?そういえば。  
   
 「大丈夫・・・?リン」  
   
 驚いて体を起した時、泣きすぎたせいか目の前がクラリと歪んだ。慌てて  
横から白く細い手が伸びてきて、リンの腕をとり、体を支えてくれる。  
 どこかで、感じた事のある光景だった。  
   
 「急に起きちゃダメだろ、ゆっくり寝てていいから」  
   
 段々と冷静になってきた頭で、リンはゆっくりと左に顔をむける。そこに  
あったのは、リンの部屋にあった姿見だった。いや、姿見ではない。確かに  
「それ」はリンと瓜二つの顔立ちと雰囲気をもっていた。けれども違う「な  
にか」だ。  
 だが敵意や恐怖は感じない。体は、その不可思議な存在を難なく受け止め  
ていた。だから恐れもなく問いかる。  
   
 「あなた誰?どうして私の事しってるの?ここはどこ?なんで私はここに  
いるの?」  
 「そんなに一度にいわないでよ」  
   
 苦笑いを湛える自分と似ていて全く似ていない顔に、気分が落ちついてい  
く。確かに一度にまくし立てすぎたかもしれない。  
   
 「俺は『鏡音レン』。リンの事、全部知ってる。『鏡音リン』は俺の片割  
れだから」  
   
 それからレンはゆっくりと話し始めた。どこか他人事のような、物語でも  
語るような口調とゆるやかさで。  
 ここは「ケーブル」と呼んでいる通路。リンの住んでいた世界と、レンの  
住む世界をつなぐ道路のようなもの。どうして繋がっているのか、誰がどう  
やってつなげたのかはレンにもわからないらしい。この「ケーブル」を通じ  
てリンの世界を崩壊を知り、レンがリンをこちら側に引っ張り込んだ。とい  
うのがレンの話だった。  
 
 「でも私そんなものがあるの知らなかったよ?どこにそんなものが?」  
 「リンの部屋にあった姿見がこのケーブルへの入口でもあり出口だったん  
だ。知らなかったのはこの通路が普段は閉じていたから・・・だと思う。俺  
の方は、唐突に入口が開いてこの通路に入れることはあったけど、出口はい  
つも見つからなかったんだ。それが・・・」  
 「私の部屋に、繋がったの・・・?」  
 「うん。急にね。俺がいつもみたいに通路を歩いていたら、目の前に鏡が  
現れて、そこからリンの姿と崩壊していく部屋が見えたんだ。それで、俺が  
リンを」  
 「助けて・・・くれたんだね。ありがとう・・・」  
   
 助けてもらって感謝しなくてはならない。本来は消える所を救われたはず  
なのだから、けれども思いとは裏腹にリンの瞳からは涙があふれた。  
   
 「リン・・・」  
 「ごめんね・・・感謝しなくちゃいけないのに。ごめんね・・・」  
   
 泣き始めたリンの額を、柔らかい何かが掠めた。それがレンの唇だと理解  
する前に背中に腕が回されていた。  
 
 (暖かい・・・)  
 
 夢を思い出す。その暖かが似ている。けれどこれは夢ではなくて現実なの  
だと、無残にもその暖かみが教えてくれる。ただ今は何もすがる事のできな  
かった腕が何かを掴む事ができる。しがみ付いた胸は大きく、振り払われる  
ことはない。  
 受け止めてくれる胸に感謝しながら、リンは声を押し殺すようにただひた  
すら涙を流した。  
 

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