※公式におけるレンリンは「鏡に映った自分の異性の姿」という発言を
受け、思いついて書きました。かなり長いです。しかも続きます。現段階
ではエロなしです。前作を読まなければ、一部意味不明かもしれません。
どうやらまだまだ続きます。
この小説は、第二段VOCALOIDは「鏡音リン」だけの発売で「鏡音レン」
は存在していなかった、という自己設定のもと書かれているレンリンの小
説です。そのような設定が苦手、もしくは嫌悪感がある方は、申し訳あり
ませんが下までいっきにスクロールして頂きますよう、お願い申し上げま
す。
ご了承の方はどうぞ最後まで御付き合いください。それでは世にも不思
議な「鏡世界」へご案内いたします...
「本当にいいの?・・・だってリンは・・・」
「いいんだよ、俺がリンと一緒に居たいから我侭を通すだけだから。そ
んな顔をしないで。さ、お腹がすいただろ?今ご飯でも作るから少し待っ
てて」
「うん・・・ありがとう」
それじゃあ、と部屋から出て行くレンを手を振って見送る。ドアが完全
にしまってから3秒後、倒れこむようにリンはベッドにその体を沈めた。
頭が酷く痛む。泣きすぎた後遺症だろう。目を閉じるとそこからじんわり
と鈍い痛みが拡散した。
あれから、リンには選択を迫られた。
考えてみたら泣いている場合などではないのだ。リンには考えならなけ
ればならないことが山ほどあった。これからどうすればいいのか、皆目検
討がつかないがこのまま放っておけばウィルスにやられたり、ホームレス
ならぬファイルレスになってしまう。なりたくなければ考えるしかない。
リンはもう答を与えられるだけの存在ではないのだから。
いつも与えられるばかりだったから、こうやって自分でなにかを得よう
とするなんて初めてかもしれない。まず何から考え始めればいいのかすら
リンには分からなかった。
どれだけ一生懸命考えても考えても名案は出てこなかった。レンはその
間ずっとリンの横に座って手を握っていてくれた。暖かかった。時間だけ
が刻々とすぎていく中でレンが一つの提案を出した。
(もし・・・もしもだけど、どこへも行くあてがないなら俺の家においで)
(レンの家・・・?)
思慮外の提案。と言うわけでもなかった。もしかしたらどこかで自分は
それを望んでいたし、願っていたのかもしれない。けれど、いざ言われて
見るとやはり申し訳なさがこみ上げてきた。
(うん、俺の家。そこそこに広いしリンの部屋になりそうな所もあるか
ら。なによりこのケーブルがいつ切れるか分からないからね。このままこ
こにいると危ないよ)
(でも、レンにそんな迷惑・・・)
(もしリンが気負いするなら、『居候』っていう形で構わないよ。お手
伝いだってしてもらう。落ち着いて将来の方向性が決まるまでの間、ね?)
あぁ、なんて優しい。本当にこの優しいレンがこんな落ちこぼれの片割
れなのだろうかと疑わしくなるほどに。
(うん・・・)
生まれて初めて自分で選んだ選択は、他人からの助言を得たものだった。
すうっと肺一杯に空気を吸い込む。レンの匂いで満たされたその空間は
アロマテラピーのように自分の肌にすっかりとなじんでしまった。いや、
それだけじゃない。
昔、自分がかつて「マスター」のPCにいたとき、与えられていた部屋と
つくりがとても似ているのも落ち着く原因なのかもしれない。家具の配置
はまるで鏡にでも写した様に真反対だったが、ベッドの柔らかさや椅子の
座り心地。観葉植物の成長具合。何もかもがそっくりだ、恐ろしいほどに
。けれどそれを疑問に思うことはなかった。
リンにとって「外」の世界へ出ることは始めだし、知識も殆んどない。
もしかしたらみんな似たような物なのかもしれないと思えば、それはあっ
さりと納得がいった。ましてレンは自分の片割れなのだから趣味や嗜好品
が似ているのも説明がつく。
カチッカチッと時計の秒針が進む。ぐるぐるぐるぐると同じところを廻
っているだけのはずなのに、時間が進んでいくのは本当に不思議だ。レン
の家にきてから既に20分が経過していると言うのに、これからどうすれ
ばいいのかは全く浮んでこなかった。
変わりに、枯れ果てたはずの涙が出てくる。ボーカロイドはこんなにも
泣き虫だったのだろうか。いや、違う。ただリンが泣き虫なだけなのかも
しれない。
悲劇のヒロインにはなれない。だから活躍する勇者に自らならなければ
ならないのに、勇者の手には剣も盾もない。
それでも時計の針は進む。秒針に合わせるようにコンッコンッ、と軽く
ドアがノックされた。慌てて涙を拭いながら掠れた声で「どうぞ」と言っ
た。
「リンご飯でき・・・泣いてたの?」
「う、ううん。違うの、えっと、ちょっと埃が目に入って、えっと」
悲しそうな表情でレンがリンを見つめる。寂しげな瞳に訴えられた言葉
が詰まった。開け放たれたドアの奥からは素敵ないい匂いが漂っているの
に食欲は全くと言っていいほどない。
この部屋も、暖かい食事も寝床も好意で与えてくれているというのに、
この体たらくはなんなんだろう。今度はレンへの申し訳なさで瞼が熱くな
った。泣いてはいけないと自分をいさめても、次から次へと溢れてくる。
止まらない。
「ごめっ・・・レン、ごめ。違うの、違う・・・」
「リン・・・」
頭上から降ってくる優しい声はこんなにも近くにあるというのに。
「ね、リン。手を出してみて」
「・・・?」
「いいから、右手かして」
うろたえる間もなく右手がとられ、レンの左手と重なる。大きさもほぼ
同じ、違うのは爪の長さぐらいのそっくりな体温と感触がじんわりとなに
かをほぐしてくれる。
明るい部屋の中でも視覚ではっきりと捉えられるほどの淡く眩い光が重
ね合わせた掌に宿ったかと思うと、そこから体に流れ込んでくる。
水のように透明で、澄んでいる。これは。
「メロ・・・ディ・・・・・・?」
「うん。俺が作った曲。今リンの中に送り込んでるから、歌詞もあるで
しょう?ね、歌ってみて」
頭の中は既に曲と歌詞をインプットしている。不思議と、この曲は前か
ら自分のために作られたように体にフィットしていた。初めてなのにどう
歌えばいいのかが分かる。声の大きさ、強弱、質、発声、ブレス。誰に何
を言われるまでもなく、リンは息を吸い込み口を開いた。
「――――――――――っ」
またボロボロと涙がこぼれた。今日一日で一体どれぐらいの涙を流した
のか分からないほどに。けれどこれは今までとは違う。
(歌える。リンは、歌えるんだ―――)
歌える喜びに体が満ち溢れている。それと同時に、やはり自分は一人で
生きていくのは難しいのだと絶望に落ちてゆきそうになる。
重ね合わせた手からじんわりと流れ込んでいくメロディが今リンの体の
全てを支配した。今日、泣くのはこれで最後だ。
生まれて初めて歌声を響かせる。ボーカロイドとしての生きがいで、喜
びで全身が打ち震えていた。あぁ、これが生きる事なのか。これが歌うこ
となのか。これが、ボーカロイドとして。
「―――と、レン。アリガト・・・・」
「――――うん」
重ね合わせた手から漏れ出る光は、絶えることなく光り輝いていた。