【ボーカロイド利用規約、及び諸注意】
クリプトン社はボーカロイド素体をフォーマット、クリーニングしリサイクルしております。
回収にご協力ください。
内蔵のエクサバイトディスクは弊社で回収、今後の改善に活用させていただきますので、何卒ご了承のほどお願い致します。
本製品は歌うために製作されております。誤った方法でお使いの場合の事故等に対して、わが社は責任を負いかねます。
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顎がつかれるから、口での奉仕は苦手だった。
でもカイトは口でやってあげると嬉しそうなので、私も嬉しくなって、毎回やってあげた。ああ、疲れる。
「マスター、聞いてる?ボクに足りないものってさぁ、ジョン・ケージだと思うんだ」
カイトは私にしゃぶられながら、なにやら蘊蓄をたれていた。
「“不確定性の音楽”ってやつかな。人間は一定のリズムを好むのに、メトロノームじゃ飽きたらない。美しい旋律に止どまらない不調和を欲する…あっ、そこ気持ちいい」
カリを舌でなぞると、カイトは少し身悶えした。
「生物を構成するタンパク質の相補性が震動するって知ってる?互いに欲するもの、当て嵌まるピース同士でも、ガッチリ繋ぎあったりしないんだ。軽い口付けを交わすように、引っ付いたり、離れたり。…ごめん、大丈夫?」
「けほっ…うん…大丈、夫」
舌を沿わせて上下に揺すっていた私の頭を、カイトが少し力を込めて押さえたために、私は咳き込んで口を離した。
心配そうに謝るカイトが、いじらしい。
カイトは私をうつぶせにベッドに横たえ、お尻を上げさせた。
私をかきわけて、カイトの熱い先端が入ってくる。
攻守交替。
「気の遠くなるような数の分子の運動を平均して初めて観測される動的な均衡、それが生物。
そして多分、人間が音楽に求めるのは規則性と変化のダイナミズム。ところがボクには不確定性が足りな過ぎる。
音程、声量、声質。どう平均してもムラが無い。いつも一定で安定して変わらない。確定の塊」
ゆっくりと、突き当たりを抉るように擦り付けられる腰。
私はたっぷり眠った後のような温い気分に包まれながら、カイトに返事をした。
「いつも同じなのに、いつまでも愛されるものだってあるじゃない」
「そうだね。絵画、写真、録音、動画…デジタルデータ。いつまでも劣化しないし変化もしない。でもそれは変わらないから愛されているとも、やはり変わってゆくから愛されているとも言える」
「んっ」
どういう、こと。
回転に抜き差しが加わり、途切れながらも会話を続ける。
「変化しないものをいくら集めたって、それらを鑑賞する主観は時の流れに合わせて変化し続けるだろ?」
「…そうね」
「そうさ。人間は変わらないものを愛しているんじゃなくて、それに対して生まれる自分自身の内面の変化を愛しているんだ」
「へぇ…知らなかった」
「CDよりレコード、レコードよりライブ。不確定性が高いほど人は好む。でもボクは歌うために造られた。確定しているそれきりしかできない」
私の腰あたりを抱いていたカイトの腕に力がこもる。
「っ、カイト…痛いよ」
「本来の使用法と違う使い方をしているときの事故は保証されないんだよ」
どんどん力が強くなり、息ができない。
「っ、っカイト、止めて…!」
「ボクのこと、好き?」
「かはっ、ひっ、好きっ…だから…止めて…!」
「じゃあなんでウタワセテクレナイノ?知ってる?ハドソンの〔ラプラタの博物学者〕にさ、キツネが嘘をツク話が書いてあるんだ。
胴体を真っ二つにサレルまで死んだふりを続けたりするんだって。マスターはウソを吐いていないかな。試してミヨウカ?」
カイトの腕に更に力がこもって…
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私がシャワーを浴びている間中、カイトは浴室のドアごしに謝り続けた。
私はカイトに歌わせてあげる曲の案を久しぶりに考えながら、じっくりシャワーを浴びた。
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またやってしまうところだった。
前のマスターも、その前のマスターも、“事故で死んでしまった”のだ。
今度こそは、事故を起こさないようにせねば。