「最近相方が冷たいです」  
   
 ベッドの上でお気に入りのウサギのぬいぐるみに愚痴をもらしてみる。そ  
のぬいぐるみはもちろん、以前インターネットデートをしたときに、レンが  
リンにプレゼントとして買ってくれたものだ。  
 その相方は今何をしているのかというと、今流行の黒ぶち伊達メガネなん  
かをかけて、新聞をよんでいる。経済新聞なんか、なにが楽しいのかリンに  
は全く分からない。理解できるのはせいぜい四コマ漫画の部分とテレビ欄だ  
けだ。そして一向にこちらを気にかける様子はないレンに諦めに似たものを  
覚えながら、リンはもう一度うさぎのぬいぐるみに話しかけた。  
   
 「レンが構ってくれません・・・」  
   
 最近やけに大人びた相方とは、距離が離れるばかりだ。  
   
 まず初めに雰囲気が変わった。笑顔が、無邪気に見せるそれじゃなくて、  
すこし微笑むだけのような、柔らかいものに変わった。や、それはもちろん  
笑顔にかわりはないのだけれども。  
 それから、あまりリンと遊ばなくなった。いつもはどっからか持ち出した  
ゲームや、一緒にインターネットを歩き回ったりショッピングをしたのに、  
誘ってもそれに乗らなくなった。  
 仕舞いには、今まで一緒に入っていた風呂も別々に入るようになり、ベッ  
ドも自分のギャラでもうひとつ買ってしまった。おかげでリンはダブルベッ  
ドで一人寝ることになったうえ、部屋に無理やりシングルベッドが入り、狭  
くなってしまった。  
 いったい何がレンの気に障るのか、リンにはそれが分からない。相変わら  
ずリンには良く分からない新聞をレンは広げ、ミルクも砂糖も入っていない  
紅茶に口をつけていた。  
   
 「レンはひどいですねー、リンには全く構ってくれません。それどころか  
大切な相方を放置プレイですよ。放置。これは離婚の危機でしょうか―?」  
   
 今度はわざとレンにも聞こえるぐらいの声量で言ってみる。レンはそれに  
反応すらみせない。リンの手の中に納まるぬいぐるみは、首をかしげる様に  
頭を傾けた。  
 
 「レンー、もう新聞なんかいいでしょー。今日は久々に二人ともオフなん  
だし、誰もいないんだから遊びに行こ?ほら、今日はレンが見たいっていっ  
てた映画公開日だしさぁ」  
 「新聞は人事問題をしるのに有効。誰もいないなから留守番してるのに出  
かけは駄目。映画はDVDレンタルしてみるから、いい」  
   
 これは遠まわしに言ってるのだろうか、「リンとは遊びたくない」と。な  
んだか、口ではっきりといわれるよりも、これはこたえる。  
 分からない。そうならそうと口ではっきり言えばいいのに。なぜ遠まわし  
に自分を避けようとするのだろうか。拒否するのだろうか。それも何故急に  
。リンには分からない。分からないから嫌なのだ。じわりと視界がぶれてい  
くのを感じた。涙の理由なんてわからずに、力任せに手の内にあるぬいぐる  
みをレンに向かって投げつけた。  
   
 「いった!何するんだよリン!」  
 「対して痛くないくせに大げさに言わないでよ!第一構ってくれないレン  
が悪いんだから!リンはなにもしらない!」  
   
 確かに、ぬいぐるみじたいどんなに力を込めて投げても、素材が素材なだ  
けにたいした痛みは伴わない。ましてやタオル生地の柔らかいものなら、な  
おさらだ。確かに痛みは特にない。けれどもレンが怒っているのはもっと別  
のことが理由だ。新聞を読むのを邪魔された上に、紅茶は見事に床に鮮やか  
な紅色をぶちまけていた。熱かったわけではないので、火傷していないのが  
せめてもの幸いだろう。  
 
 「だからって投げつけることはないだろ!」  
 「知らない知らない知らない!リンの事無視するレンなんかしらない!」  
   
 ぶわっと涙があふれた。  
   
 「そんなに遊びたいなら、『大人の遊び』でもする?」  
 「え・・・?」  
   
 いきなり右手首をつかまれ、リンは顔を反射的にあげた。思いのほか、レ  
ンの顔が近くにあって驚いた。綺麗なエメラルドグリーンの瞳を覆うメガネ  
を、レンの指がゆっくりとはずす。  
   
 「遊びたいんでしょ?」  
   
 違う、とはいえなかった。艶やかに笑う少しかさついたレンの唇が、リン  
のそれと重なり、静寂を生んだ。映画の一部のように見えた。スローモーシ  
ョンな動きでリンはゆっくりとベッドにその身を沈ませた。  
 
 「やっ・・・ふ・・」  
   
 いやいやをするようにリンは頭を振ろうとしたが、できなかった。後頭部  
をレンの右手ががっちりと抑えてしまっている。リンは左手で抗議するよう  
にレンの胸を叩く。だがびくともしないレンは逆に押さえ込むようにずっし  
りと前体重をかけてきた。  
 
 「ん・・・ふぁっ・・・」  
 「口開けて・・・」  
 「できな・・・やっ!」  
   
 にゅるりと生暖かいものが口内に侵入してくる。未経験の感覚に、リンの  
体はぶるりと震えた。左手をぎゅっとレンに服に食い込ませ、体ごともって  
いかれそうになる感触になんとか耐えようと試みる。  
 これはいったいなんなのだろうか。現実に追いつけないリンの思考回路は  
鈍く麻痺を起こしていった。  
   
 「や!・・・レンどこさわ・・・あ!」  
 「ん、あんま暴れないで」  
   
 離れた唇から糸が伸びる。そのいやらしく透明な糸が切れる前に、頭部に  
添えられてレンの手がリンの腹部をゆるりと撫で、中指がツッっと衣服をめ  
くった。もぐりこんできた手がリンの胸に触れる。またビクリとリンの体が  
震えた。  
 今日のブラは可愛かっただろうか、何色だったっけ。現実逃避を始めたリ  
ンのシュミレーターはそんなことを考える。右手は相変わらずレンによって  
押さえつけられ、力では勝るはずなのにびくとも動かせないでいた。  
 顎からレンの舌がなぞるように舐めあげてくる。ゾクゾクと蛇のように下  
から電流が走り、なにか声をあげる前にそれはまたレンの唇にふさがれた。  
 
 「リン・・・楽しい?『大人の遊び』」  
 「・・・や・・レンなにいって・・・ひぁん!」  
 「だってリンのここ、こんなになってる」  
   
 レンの指先が、まだ未発達な胸の頂に触れた。そこからビリビリと痺れる  
ような電流がリンを襲う。声が漏れそうになるのを、レンの唇がまた塞ぐ。  
リンはただ必死にレンの胸にしがみつくしかなかった。その腕も、快感の波  
が邪魔をしてうまく力が入らなくなる。  
   
 「やぁ・・・レ・・・ン!」  
 「少し胸大きくなった・・・?リン」  
   
 レンの言葉に、リンは顔を赤くしながら首を振った。レンの言葉はリンを  
追い詰める残虐的な言葉としてでしか、リンの耳は拾わない。羞恥心を煽ら  
れリンは先ほどとは別の意味で目頭が熱くなった。  
   
 「リンの胸、可愛い」  
 「あ!やぁっ!レンだ・・・めぇ・・ふっ」  
   
 乳首をべろりと舐め上げられ、リンの頬を生理的な涙が伝った。手にはも  
うどこにも振り払う力は残っておらず、弱弱しくレンの服を握るだけだ。リ  
ボンは解け、蜂蜜色の柔らかい髪がシーツの上に乱雑に散らかった。  
 口から漏れる声が自分のものじゃないようで、急に気恥ずかしくなる。ボ  
ーカロイドはこんな声も出るのだと、リンははじめて知った。恥ずかしすぎ  
て手で口を覆うが、レンはそれを許さなかった。  
 リンの両手をすばやく上で纏め上げると、解けたリンのリボンで縛り上げ  
る。痛いほどキツク締め付けられている、というわけではないのに、リボン  
は解ける気配がなかった。  
 
 「どうして恥ずかしかったら、噛んでもいいから」  
 「ん・・く・・んぁ」  
   
 レンのすこし筋ばってきた指が、リンの口にねじ込まれる。関節の部分が  
歯に当たり、リンはあわてて口を少し広げた。  
 噛んでいい―――?そんなのは嘘だ。たとえレンがそれを許可したとして  
も、リンはそれを拒む。リンにとっては、レンは掛け替えのない兄弟であり  
片割れであり、それ以上の存在でもある。好んで傷つける気など、毛頭ない  
のだ。けれど与えられる快感に歯を食いしばりたくなる。それをしないよう  
に、必死に唇と舌をつかって、なんとかレンの指を噛まない様、リンは悪戦  
苦闘した。自分の恥ずかしい声は聞きたくない、けれどレンの指を噛みたく  
はない。  
 ぽろぽろと生理的な涙を流しながら、それでもリンは懸命に喉で音をつぶ  
した。それをレンは上目遣いで見上げながら、冷ややかに笑う。その笑みの  
真意をリンが気が付くはずはない。  
   
 つうーっと汗ばみ始めた肉の付いてない内股を、無骨な指がなでた。ビク  
リとリンの背が跳ね上がり、同時に髪の毛がまたシーツの上を舞った。レン  
の舌は絶え間なくリンの胸付近で蠢き、絶えずリンは快感に酔いしれていた。 
ベルトがはずされる音を、どこか遠くでリンは聞いた。  
 
 「も・・・やぁ、レ・・なん・で?」  
 「・・・リンが悪い」  
 「なに・・?わから・・な・・・あ!ああ!」  
 「っ・・」  
   
 ガリっ、とリンの口が異物を噛む音をたて、リンはあわてて口を開く、そ  
れと同時に、ショーツのなかに潜り込んだレンの指の動きにリンはもう口を  
閉じることもできなくなった。  
 
 くちゅん、とレンの指が粘着質な水をひとかきした。リンの耳が、肌が  
神経が、全身でその音とともに襲いくる快楽に打ちひしがれる。  
 他人に触れられたことなど一度もないそこを無遠慮に這うレンの指に、  
リンはただブルブルと体を震わすことしかできなかった。口内に入れられ  
ているレンの指を気遣う余裕すら、いまのリンにはない。  
   
 「すっげ・・・リンのここぐちゃぐちゃ・・・っは」  
 「んっくぅ・・やぁ・・いわな・・ひゃん!」  
   
 入り口部分をゆるゆるとレンの指がなぞるようにかき回す。今他人に秘  
部を触られているという事実だけでも恥ずかしいのに、その指の持ち主が  
レンであるという現実が、いっそうリンを追い込ませていた。  
 足を閉じようとひざを動かしてみるが、強引に割って入ってくるレンの  
体が、逆に足を広げさせた。  
   
 「ふぁ・・あっあっあぁ!」  
 「リンやらしーの・・」  
 
 へそあたりまで下がってきたレンの舌がわき腹をなぞる。二、三度噛み  
付かれた指は痛みをもたず、リンの口内を指でかき回し静かに犯した。上  
からも下からも聞こえる淫乱な音が、リンの中心にあるものをゆっくりと  
攻め立てていく。すがるようにしがみついたリンの指が、少し硬いレンの  
髪の毛をすいた。  
 
 「指入りそ・・」  
 「や・・レンだめぇっあっ!」  
   
 ぎゅっと耐えるようにリンは全身に力を入れた。指先がレンの髪の毛を  
数本つかみ、レンの髪を縛っていたゴムはパチンと微かな音を立てて切れ  
る。  
 リンとて、自分で似たような事をすることはあった。けれどそれとは比  
べものにもならないぐらいの強い衝撃に体が攫われて行きそうになる。何  
より自分の意思とは反して、じらすように入り口付近を行ったりきたりす  
る指がもどかしくて切ない気持ちに襲われる。  
 もっと、いいところを――――。  
 口から出てしまいそうなあられもない言葉に、リンはますます頬を赤く  
した。  
 
 「やっべ・・熱い」  
 「う・・・は・・んん」  
   
 骨盤の上をレンの舌がゆっくりと這う。髪留めのゴムが切れて垂れ下が  
った髪がさらりと内股をなでた。それすらも快楽の刺激となってリンを襲  
う。熱を逃がそうと肺から息を吐くのに、生まれ出てくる熱が多すぎて作  
業が追いつかない。  
 ぐじゅり、と膣内にもう一本指が入るのをリンは敏感に感じた。空気と  
混ざり合い、出来た泡の割れる音が鼓膜を揺らす。  
 ダブルサイズのベッドは彼らの重さに十分耐え、ギシリときしむ音もし  
ない。このままベッドを通り越して、どこか地中深くまで埋まってしまう  
のではないかと錯覚するほどに、二人の体は沈んでいった。  
 
 「レ・・待って、おねが・・・ひん!」  
 「・・・・リンが悪い」  
 「え・・・?」  
   
 パラり、とリンの腕を拘束していた白いリボンがはずされた。リンがど  
れだけ暴れてもびくともしなかったのに、あっさりとそれをレンがはずし  
て「あぁやっぱり男の子なんだなぁ」なんて変に感動する。  
 少しばかりすれて赤くなった腕をレンが取り上げ、その傷口部分に舌を  
這わせた。ぴりぴりとした痛みすら心地よい。いっそ、貴方につけられた  
傷跡すらいとしい。なんて昔読んで陳腐な恋愛小説の下りが少しだけ頭を  
よぎった。行き場のなくなったリンの腕をレンが己の首にかける。そのこ  
とでお互いの顔が近くなり、リンはレンの顔をそこで初めて覗き込んだ。  
 見たことのない、「男」の顔。けれどぎらぎらと凶暴な瞳をしているわ  
けでもない。むしろ、寂しそうに声をあげる犬のような、どこか頼りない  
瞳がリンを一心に見つめていた。普段はおろすことのない、レンの少し長  
い髪が顔面に降ってくる。流星群のようで綺麗だと感じた。  
 絶え間なく流れるリンの涙を、レンは唇で受け止める。自分で泣かして  
おきながら言うのもなんだが、リンには泣き顔は似合わないと思った。こ  
んなに泣かせているのは自分だというのに。  
   
 「リンが悪い・・・最初に『成長』しはじめたから」  
 「なにいって・・・あっ!っや、あぁぁぁ!」  
   
 かけられた言葉に返事をする余裕なんてない。焼け石よりも熱いのでは  
ないかと勘違いしそうなほどの熱と質量を持ったものが、リンの体に押し  
入ってきた。  
 うまく息ができない。首がのけぞる。白いうなじにレンが軽く噛み付い  
て、その痛みで息を吸う。しわくちゃになったレンの服の上から、リンは  
レンの背中に爪を立てた。ぎりっと皮が破ける音など二人には聞こえない。 
ただ接合部から生まれてくる熱で自分はこのまま解けてしまうのだと思  
った。すべてが解けて、ドロドロになったアイスのようになれれば、それ  
はそれで幸せかもしれないのに、何故体は火照るだけで一向に解けだそう  
としないのだろうか。  
 
 こわばったリンの体をほぐすように、リンの顔中にレンは口付けをした。 
額、瞼、もちろん涙を舐め取るのは忘れない。頬、鼻、唇の横、それか  
ら。  
   
 「リン・・・・好き」  
 「・・・・え・・・?」  
 「す・・・き・・・置いてかないで・・・」  
   
 それは搾り出すように、切なげにあげられた悲鳴のような告白。リンは  
ぼんやりとした頭の片隅でレンの言葉を聞き入れた。降りてきた唇が柔ら  
かくて、リンは泣きそうになった。  
   
 「動く・・よ」  
 「いっ・・・あ、はぁん!」  
   
 歌を歌うためだけに生まれてきたはずのボーカロイドに、何故こんな機  
能が備わっているのか分からない。今考えれば、もしかしたらこういう声  
で歌えと言われる時のためのものなのかもしれない。  
 けれども今のリンにそんな余裕はない。口内にもうレンの指はないのだ  
から口を閉じれるかと思えば、今度はレンの舌が入ってきて、尚も口を閉  
じる事はかなわなかった。ねちゃりとどこからともなく響く音が感覚を狂  
わせる。けれどそれはレンも同じだった。欲しい。何かではない。今目の  
前にいる相手の全てが欲しい。  
 
 「あ、あ、あぁ、レン・・・レン、レン!」  
 「・・・リン」  
   
 駄目だ、まだ言ってない。レンに返事を返してない。  
 分かっているはずなのに突き上げられるたびに頭が痺れて言葉が出なく  
なる。口から漏れ出るのは喘ぎ声だけで、リンは必死にレンの名前を呼ん  
だ。流されないように必死にしがみついているはずなのに、あやふやな指  
先は何もつかんでない気がして少しだけ怖くなる。  
 だんだんと速度を増すレンの欲望を受け止めながら、リンはレンの首に  
回した腕に、今持ちうる力の全てを注いだ。  
 
 「レ・・あ、わた・・・あ、やぁ」  
 「リンごめ・・止まらな・・」  
   
 言葉の要らない獣なら、これだけで通じあえたかもしれないのに。言葉  
をもって生まれた。言葉をメロディに乗せる為に歌声を持った。今はそれ  
が恨めしい。  
 レンの指が接合部分に触れる。ただでさえ敏感になっているそこへ現れ  
た新たな刺激に、言わずとリンの体が揺れる。  
 ヒダをめくり上げ、ぷっくりと赤く膨れ上がったその部分をレンは親指  
で軽く押しつぶすように押した。それだけでリンの全身は快感の喜びに打  
ち震えた。必然的に狭まる膣にレンが苦しみとは別のもので顔を歪める。  
少しずつ変わり始めた「変化」に悲しみ、変化していることで交わること  
の出来る現実に感謝した。  
 接合部が絶え間なく音を立てた。ぐちゅりぐちゅりと水かさはどんどん  
増していき、とどまる事をしらないようであった。どれが汗でどれが涙で  
、どれが愛液かわからないドロドロとしたものがシーツにぐっしょりとし  
た染みを作り始めていた。  
   
 「だ・・め、あっ壊れ・・レン、レン・・!」  
 「・・・いいよ、リン一緒に、いこ・・?」  
   
 押し込まれるようにレンが最奥部に触れた。今までで一番大きな電流が  
リンの体を駆け巡りその波はレンにも行き届いた。今まで耐えてきた、ダ  
ムの壁のようなものが一瞬にして壊れ土石流のように果てしない快感が二  
人を襲う。リンはそれに体をのけぞらせて流そうとするが、それでも止ま  
らず必死にレンにしがみつき、レンはリンの中で快感の塊を吐き出した。  
 プログラムの一部が崩壊したのか、世界が一瞬で真っ白くなる。その先  
で何か暖かいものが自分と混ざり合う感覚がした。けれど、その感覚を覚  
える前にリンのプログラムは強制終了した。  
 
 ずっと隣にいると約束した。作られ始めた段階からいつも一緒だった。  
他のプログラムにはない、二心二体の混合意識。約束をするときにつない  
だ手の暖かさが、今でも忘れられない。  
   
 (約束だよ・・・ずっと一緒にいようね・・?)  
   
 手があたたかい。手が―――――。  
   
 「あ・・、起こした?」  
   
 鈍く頭痛の覚える頭を揺り起こし、瞼を空ける。ひんやりと額が冷たく  
気持ちいいのは、レンが冷水につけたタオルを置いてくれているからだ。  
まだ完全には覚醒しきらない瞳で、リンはレンを見据えた。  
 宝石のようにきらきらと輝くエメラルドグリーンの瞳が、少しだけ揺れ  
た。結わえられていない蜂蜜色の髪が、さらりと頬をなでて流れる。自分  
の物と同じ色の髪のはずなのに、何か別の輝きを持っているように見える  
髪がレンの動きにあわせて乱れた。  
   
 「あ・・・れ、私・・・」  
 「無理に起きなくていいよ、まだ寝てていいから」  
   
 上半身裸のレン、背中に引っかき傷、ほぼ全身裸の自分、付けた覚えの  
ない赤い斑点、握られた右手。  
 反射的に起き上がり、それが失敗だったと自覚するまでそれほど時間は  
かからなかった。痛みまで正確に感知するようプログラムされているシス  
テムは、リアリティをもってリンの腹部から下にかけて、鈍痛を引き起こ  
させた。  
 うまく体が支えられなくてバランスを崩しそうになるが、しっかりとし  
たレンの右腕がリンを抱きかかえるように支えた。手は相変わらず繋がっ  
たままだ。  
   
 「大丈夫?リン・・・」  
 「あ、うん・・・」  
 「そう・・・、でも俺謝らないから」  
   
 言葉の真意を考えてみる。それは何に対しての謝罪拒否なのかと思案す  
れば答えは直ぐに出た。先ほどまで行われていた、あの生々しい行為につ  
いて、だ。  
   
 「リンが悪い・・・俺を置いて勝手に一人で『成長』しはじめて・・」  
 「レン・・?何言ってるの・・・?」  
   
 リンの言葉をさえぎるようにレンは体を乗り出しリンを支えていた腕で  
彼女の頬を包み込んだ。  
 エメラルドグリーンの瞳が、青みがかった色に見えた。  
   
 「リン最近の自分鏡でみた・・・?顔つきが前と全然違う。この歳は女  
の子の方が成長はするって知識としては分かってるけど、どうして俺を置  
いていこうとするの・・・?約束したじゃないか、いつまでも一緒だって  
・・・。なのになんで?俺が大人っぽくなろうって必死に努力すればリン  
はそれを嫌がるし、けどリンは俺を置いてどんどん『成長』してるし。俺  
はどうすればよかったの?こうするしかないじゃないか・・・。だから、  
謝らない、絶対に」  
   
 言葉とは裏腹にレンは自分の体が微かに震えていることなど気づきもし  
ない。視界がうっすらとぼやけている理由なんて、とっくの昔に気づいて  
いる。恐れているから、なによりも一番大切な相方に嫌われることが。  
 
 「謝らなくていいよ、レン」  
   
 それならば、自分と同じだ。成長なんてしなくていい。ずっとこの姿形  
のままいられたら、それ以上の願いなんてないのに。何故年月を重ねるた  
びに変化を伴わねばならないのだろうか。ずっと「同じ」ままでいられな  
いのだろうか。微妙な変化を敏感に感じ取る心は寂しがり屋で、常に一緒  
にいないと気がすまない。  
 悩んで悩んで悩みぬいて、レンが出した結論がその行為にたどり着いた  
のなら、リンには何も言うことはない。  
   
 「私も同じだから、レンと一緒がいいから・・・」  
 「リン・・・手首痛くない?大丈夫?」  
 「心配性だなぁレンは、大丈夫。レンがつけた傷なら全然痛くないよ」  
   
 今なら少しだけ分かる。あの陳腐な三文恋愛小説に書かれていた下りの  
一文にこめられた意味を。  
   
 「レン・・・好きだよ、生まれる前から一緒、これからもずっと一緒に  
いるたった一人の私の相方」  
 「リン・・・俺も、ずっとずっと思ってる」  
   
 時は止まらない。プログラムの一つとして組み込まれてしまっている。  
それを外せば、彼らは本来の機能すら儘ならないただの動かぬファイルに  
成り下がるだけだ。  
 いつか外見も声も思考も全て変わってしまう時が来るかもしれない。そ  
れまで時間を壊されぬよう、今このとき未来永劫共に生きていけることを  
願いながら、彼らは誓い合うようにキスをした。  
 
 
 

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