それは月のきれいな晩のこと。
「おだんご、おだんご、おだんごこねて〜かわいいうさぎにささげましょ♪」
即興の歌を唄いながらおだんごをこねる私。今日は十五夜、お月様がきれいに見える日・・・らしい。
ここはマスターの実家。なにもない田舎。マスターいわくこの日は月を見ながら団子を食べるのがこの里の風習なんだとか。
「マスターお団子できましたー」
「了解。じゃあ縁側に置いといてー」
お団子をお皿に盛って縁側に行くと、マスターが縁側に座っててあらかじめ用意していたお酒を一気飲みしていまし・・・ってええ!?
「ちょ!?マスターなに一気飲みしてるんですか!体に毒です!急性アルコール中毒になっちゃいます!」
「はは、これくらい大丈夫さ、心配性だなミクは。それに飲まずにやってられるか、こんなに綺麗な月なんだ。飲まなきゃ失礼ってもんだろ?」
顔を真っ赤にしてマスターは意味不明なことを言う。まったく明日からはお酒抜きですよ?なんて思いつつ私はマスターの隣に座り、空を見上げ
「・・・わあ」と感嘆の声を上げた。
そこにあるのは都会では見られない星空と虫たちの唄い声。そして・・・あまりに、あまりにも綺麗なお月様。
その光はおだやかでやさしくて、なのに切なくて苦しくて、私はなぜだか不安になった。月の光を見ているとまるで月に吸い込まれそうな気がして・・・。
「どうしたんだい?ミク。もしかして怖いのか?」
「あ・・・」気がつくと私はマスターの腕をつかんでいた。
「ごっごめんなさいっ!」ぱっと手を離す私。なぜだかマスターは寂しそうな顔をしている。
「ミクが不安になるのも仕方がないさ。月は太古から人の心を揺さぶる存在だからな。昔の人は月の神=死なんてものを連想してたくらいだ」
「それってまるでデ○ノート・・・!」
「・・・空気をよんでくれ、ミク」
そんなことを言いながらマスターはお酒を口に運び、わたしの作った団子をぱくぱく食べていた。お味はどうですか?なんて聞きたっかたけどマスターの顔を見ているとそんな質問は意味がないようだった。
とてもおいしそうに食べてくれている。私も一口。う〜ん物足りない。ネギ分がたりなかったか・・・!
お団子も食べ終わり、私は後片付けを始めた。マスターは月をまだ見ている。そんなに好きなのだろうか。私はまたしても不安になってしまった。なぜだかこのままだとマスターが消えてしまう気がして。
「マスター、秋の風はお体に触ります。家の中に入ったらどうですか?」
「ああ、ごめん。ちょっと昔のことに思いをはせてたんだ。すぐに戻るよ」
「昔のこと・・・ですか?」
「うん。僕はね、小さいころから昔の物語が好きで、特にかぐや姫が好きだったんだ。月からお姫様が来るって凄いロマンじゃないか。
いっしょに歌って、ご飯を食べてお話をする。それだけでもとても素敵なことだ。だから小さいころはずっと月を見てすごしてきた。こうやってるといつかかぐや姫がやってくるんじゃないかとね」
「・・・それでかぐや姫はマスターのところに現れたんですか?」
「いや・・・来てはくれなかった、最近までね。そもそもかぐや姫って竹から生まれるだろう?それに気づいた僕はもう大人になっていた。失笑ものだ。けれど僕の夢は叶ったんだ。そう・・・君が来てくれた。」
「え・・・?」マスターはおかしなことを言う。
「君が我が家に来たときのこと覚えてるかい?あれは月の綺麗な夜だった。家にでかい荷物が来たからあけてみれば君が生まれてきたんだもの。あの時は驚いたし、うれしかった。
その箱から生まれた君はまるでかぐや姫のように清楚でかわいらしかったからね。君を手に入れるためなら世界の男たちは火鼠の皮だろうと龍の首の珠だろうと取りにいくだろう。そう感じた。」
マスターは妙にまじめな冗談を言う。なんだろう顔が火照ってきた。
「わっわたしそんな上品な存在じゃないです!だっ第一私はただのボーカロイドで・・・歌うことを目的として作られたロボットなんですよ?」
声がうまくでない・・・!
「そうかもしれない。けれど僕にとっては君はかぐや姫なんだ。僕は子供のころから・・・君を待ち望んでいた」
あああああああああ・・・!なんでこの人は歯の浮くような台詞をべらべらしゃべりますか!酔ってる?そうか酔ってるんですね!ってマスターどうしたんですか?そんなにまじめな顔をして・・・
マスターの顔が近づいたと思った瞬間、私は唇を奪われた。抵抗なんてできるわけなかった。
「ミク・・・君がほしい」
そう言ってマスターは月明かりの元、私を押し倒した。