メイカイメイ【好きなんて言えない】  
 
 私がこの子を男として見はじめたのはいつからだっただろう。  
 青い髪をした私の弟は、私の晩酌につきあって慣れないお酒を飲み、今ふにゃふにゃと私の目の前で酔いつぶれている。  
 テーブルにつっぷしているせいでいつもはきっちりと巻いているマフラーがゆるんで、ゆっくりと上下する喉仏が見えた。  
 振り返ると、私の後ろにはミクとリンとレンが、床の上にそれぞれの格好で眠っている。さっきまで三人ではしゃぎまわっていたので、疲れてしまったのだろう。  
 私はカイトのほうに向きなおり、ぼんやりと考えを巡らせた。  
 
 そもそも彼が造られてすぐの頃は、弟だとすら思っていなかったのだ。  
 ただの私の後継ソフトウェア。たまにデュエットなんかして、その声の伸びに、驚いたりはしていたけれど。その頃は誓って彼に情欲など持ったことはなかった。  
 
 しばらくしてミクが造られて、彼女を妹と呼び可愛がっているうちに、そうなるとカイトは私の弟にあたるのだな、とはたと思った。なんだか、こそばゆい感じ。  
 でもこのかわいい後輩が弟なら悪い気はしないな、と思ったのを覚えている。(もちろんそのことを本人に伝えたことはないし、むこうは私のことを「お姉ちゃん」だなんて、これっぽっちも思っていないかもしれないけれど。)  
 リンやレンが発売されてからは、何かと兄弟扱いされることも多くて、5人で行動することが多くなった。みんなで過ごす日々はとても楽しい。  
 当たり前のようにリンもレンも私を姉と慕ってくれて、私も二人のことを本当の妹や弟だと思っている。  
   
 ミクたちのおかげでボーカロイド全体の認知度と人気が上昇し、インターネットを  
通して私たちのための楽曲はどんどん増えた。  
それまであまり歌う機会に恵まれていなかったカイトは、子供みたいに無邪気に  
はしゃいでいたっけ。  
 あまりに仕事を選ばず、どんな歌でも歌うので、心配になったこともあるほどだった。  
 だけどたまに本気を出して、私たちをびっくりさせることもしばしばだった。  
 女性顔負けに、ドイツ語で、あるアリアを歌い上げた時などはその性能に肝を抜かれた。  
 どうして今まで売れなかったんだろうと、みんなで首をひねったものだ。  
 
 当たり前のように私たち5人は一緒に暮らしはじめ、今では寝食をともにしている。  
 ずっとなごやかにこのまま5人暮らしていくのだと、そう思っていたのに。  
 
 私がこの子にはじめて男を感じたのはいつだっただろう。今では思い出せない。  
 目の前の喉仏にそっと指で触れる。こんなところまでよく出来たものだ。  
 ゆっくり上下するそれはまるで人間そっくりである。  
 この喉で、あの高低自在の声を出すのだな、と思うと、突然きゅっと胸が締まるように感じた。  
 まったくこんなところまでよく出来たものだ。きっと人間も好きな男に触れば同じように反応するのだろう。  
 普段は容易に抑えられる衝動に、アルコールが手を貸した。  
 ほとんど、思わず、と言った具合で、私はカイトに口づけをした。ちゅっと音を立てて軽く唇を離すが、カイトが目を覚ます様子はない。  
 むずむずとした衝動があって、再び唇を重ねた。今度は、深く。  
 角度を変えて何度も口づける。酸素を求めて少しだけ開いたカイトの唇を、更に舌でふさぐようにして私はそれを続けた。  
 潜り込ませた舌で、歯列を一度なでた所で、ようやくカイトは目を覚ました。  
 ちょっとニブすぎるんじゃない?と心の中で笑いながら、私は、おはよう、と微笑んでみせた。  
 一瞬間があってから、飛び上るようにして目を見開いたカイトは、突如顔を真っ赤にして叫びの形に口を開けた。  
 けれどすばやく私の背後を見やると、自分の口を自分でふさいで、叫びだすことだけは咄嗟になんとか我慢したようである。  
 つくづく優しい男だな、と私は思った。ぐっすり眠っているミクたちを起こさないようにとの配慮だろう。  
 もしくは、こんな行為を妹たちに見咎められないようにとの、私への配慮か。  
 
  必死で状況を把握しようときょろきょろと目を動かしている。どんどんと顔が赤くなっていく。  
 私はカイトが落ち着くのを待たずに彼の腰元に手を伸ばした。  
 そっとファスナーの部分をなぞるように、"それ"を刺激する。  
 なっ とかなんとか小さく声をあげて、カイトは慌ててまた自分の口を押さえた。  
 そのまま目を白黒させて私の行動を凝視していたが、私がズボンの上から形を確かめるように"それ"を手のひらでなぞり出すと、慌てて右手で私の手首を押さえた。  
 「めめめめめーちゃん!なっななななにしてるの!」  
 小声で抗議するものの、動揺と先程の酒のせいで呂律が回っていない。  
 かわいいな、と思った。  
 ふふ、と微笑んで見せてから刺激を続ける。少しずつ立ち上がってくる自分自身に、カイトは更に顔を赤くした。  
   
 少し握るようにしてみたり、指先で細かにつまむような動作を繰り返す。カイトの息が荒くなるにつれ、私の手の中の彼も硬くなっていく。  
 服の上からは良くわからないが、根元と思われる部分から先端と思われる部分へと、何度か手を行き来させる。  
 
 どうやらカイトは感じると声が我慢できないタイプらしい。目を固くつむり、左手で強く自分の口を押さえて必死に刺激に耐えている。  
 私を制そうとしていた右手も、今はもう形だけ手首に巻きついたような状態だ。  
 未だ衣服の中で、もう痛そうなほど張り詰めている"それ"と、顔を真っ赤にしてただただ声を我慢している弟が、いじらしくてたまらなかった。自分で自分が興奮していくのがわかる。  
 ああこの子のこんな顔を、私はもっと見たいな。  
   
 カイトが薄く目を開き、はっはっと浅い息を吐きながら、ようやく、といった感じで言葉を口にした。  
 「めぇ、ちゃ…っ…酔…、って、…る、の?……」  
 「…うーん、そうねぇ」  
 私はまた指先を滑らせる。カイトはびくりと目をつむった。  
 「少し酔ってるかも」  
 そう受けてから、私はさっきまで手を動かしていた部分へ顔を近づける。  
 カイトがまた不安そうに眉を寄せ、咎めるように私の名を小さく叫んだ。私は構わずファスナーのツマミを小さく前歯で噛む。そして両手はカイトの足の付け根について、口だけを使ってそのファスナーを下ろした。  
 更に慌てたようにして、カイトの小声が降ってくる。  
 「めいちゃん!駄目だよ!」  
 「めーちゃん、ね、落ち着いて…っは…こんなの、おか、し…い、よ」  
 カイトはさっきの会話を真に受けて、私が酔って判断力を無くしていると思っているのかもしれない。  
 息も絶え絶えになりながら、あやすような口調で私を制するようなセリフを並べた。  
 愛しさともどかしさがないまぜになったような気持ちになって、私はそれを無視した。  
 開いた前から無遠慮に手を差し入れる。  
 洗濯機の中で見た覚えのあるボクサーパンツの上で、私は手を上下させた。  
 「ぅあ…っ!」  
 さっきよりダイレクトに与えられる刺激に、カイトは引き攣れたような声を出す。  
 両手で強く口を押さえたその下から、だめだよ、とか、おねがい、とか、やめよ、とか、呟くような声が聞こえてくる。  
 対して彼の下半身のほうは、強い自己主張をやめる気配はない。  
 
 私は指先でボクサーパンツの前のスリットを開き、苦しそうなそれが外へ顔を出すのを手助けた。  
 「あっ」  
 一瞬カイトは薄く目を開き、自身の根元に目をやると短い声をあげた。そしてまたぎゅっと目をつむる。もうほとんど泣き出しそうな様子だった。  
 その時私の後ろでうーんと声がした。  
 瞬間カイトが青い顔で固まる。  
 そろそろと振り返るとミクが伸びをして寝返りを打っていた。  
 起きてはいないみたい。ほっとして私はカイトに向き直る。  
 取り出された"それ"に改めて私は口づける。カイトの手の下から荒い息遣いが聞こえる。  
 二つの袋の間に舌を割り入れ、筋に沿って先端のほうへと一筋舐め上げる。そして先端を一度くわえこんでから、口を開けわざと糸を引かせながらそれを離した。  
 リズミカルに陰茎のあちこちにキスをすると、その度にカイトがあっあっと声をあげる。  
 等間隔に聞こえるその声を、メトロノームみたいだな、と私は思った。  
 四拍子、BPM=80。  
 妙なところで自分たちがボーカロイドであることを実感する。  
 
 「めーちゃ、ん、おねがっ…も…やめ…っ…!」  
 カイトが相変わらずの小声で懇願の声をあげる。  
 「…おれ…ぁっ…も、だめ…!…っ…あっ、も、出ちゃ…っミ、クた、ちがっ、起きちゃ、うよ…っ…!」  
 
 私はそこで動きを止めた。  
 え、と拍子抜けしたような顔で、肩で息をしながらカイトがこちらを見やる。困惑と安堵が混じりあったような顔だ。  
 だけど頬の赤みは引かず、どこかおあずけをくらった犬のような表情にも見えた。  
 なんだかとってもいじわるな気分になってくる。私の心の中のどこかがざわざわとけばだっていく。  
 私は立ち上がり、カイトの手を引き無理やり立ち上がらせた。  
 カイトの顔がサッと再び不安に曇る。  
 そのままぐいと手を引き、私はほとんど走るようにして廊下を挟んだ向かいの部屋の扉を開いた。  
 
 ──見慣れた機材、細かい穴の開いた防音の壁、腰の高さの木目のテーブルには楽譜がちらばっている。部屋の奥はガラスで仕切られていて、その向こうにはセットマイクが2本見える。  
 ここは私たちの仕事部屋だ。  
 突き飛ばすようにして部屋の中にカイトを押し込み、私はドアに内鍵をかけた。  
 こちらに背を向けて立っているカイトが振り向く前に、背中から抱きついてテーブルに押し付ける。  
 カイトがまたも混乱した様子で私の名を呼ぶ。  
 「めーちゃ?、なんで、え、」  
 「ここならミクたちに聞こえないよ」  
 背後から、私はささやく。  
 さっとカイトの首元が赤くなるのが、後ろからでもわかった。  
 今はテーブルに両手をついたカイトの背後から、私がカイトの前に手を回しているような格好である。  
 さっきより幾分か乱暴に、私はカイトを直に刺激する。  
 親指と人差し指・中指の腹で、挟み込むようにしながら小刻みに先端に向けてしごいていく。  
 カイトのメトロノームの声が聞こえた。  
 「声、がまんしなくていいよ。外には聞こえないよ」  
 息を吐きながら私は言った。気がつかないうちに息が上がっていて、声が少し震えた。  
   
 「あ、めいちゃ、あっ」  
 それでもまだカイトの声は小さめである。  
 
 私はカイトの先端を親指でぐりぐりと刺激した。  
 「あっ」  
 カイトが小さく叫ぶ。  
 限界が近いようで、テーブルについた手が小さく震えている。  
 そこでまた私はぱっと手を離す。  
 またも肩透かしをくらったカイトは、情けない表情でなんとも言えず、うらめしそうに目だけでこちらを見た。  
 快感と呼ぶ他ない衝動が背中を駆け抜ける。  
 私はカイトを引き起こして、壁に寄りかからせた。  
 「せーえき出したかったら、お姉ちゃんにお願いって言わなきゃだめでしょ」  
 思ってもない言葉が口をつく。  
 体の内側がざわめいている。  
 
 カイトは浅く息を吐き、壁に体重を預け下がっていく。  
 床に座り込み、こちらを見上げる。  
 「めぇ、ちゃ、…ひどいよぉ…」  
 眉根を寄せ、追い詰められた顔をして目をつむった。  
 見れば目元はうすくにじんでいる。  
 それを見るとまた、なんとも言えない衝動が込み上げてきた。  
 「あらぁ、泣いちゃうの?おちんちんいじめられて、気持ちよくなっちゃって、やめないでって言えなくて泣いちゃうの?」  
 しゃがみこみ、カイトに顔を近づける。  
 私という女はこんなにもサディストだっただろうか。思ってもみなかったが、涙を浮かべて私を見上げるカイトを見ていると、ぞくぞくとして出てくる言葉が止まらない。  
   
 カイトははあはあと呼吸を整えながら、何か言おうとしたように一度口を開け、一瞬の逡巡のあとまた閉じた。  
 真っ赤な顔で唇を噛み締めて、困ったような、せがむような上目遣いで私を見る。  
 「…なんでっ…きょ、うは…いじ、わる…ば、っかり…!」  
 
 ずきんと胸が痛んだ。  
 確かに無理やり昂ぶらせておいて寸止めを繰り返している今この状況は意地悪と言って間違いないだろう。  
 ただカイトは"いじわるばっかり"と言った。  
 身勝手ではあるが募る想いを我慢できずにしてしまった今日の行為のすべてが、彼にとっては"いじわる"でしかないとしたら。  
 もっと早く思い当たるべきだった疑問に、急に酔いが覚めたように怖くなる。  
 カイトに嫌われたらどうしよう。  
 
 「じゃあもうやめよ、ごめんね」  
 ここまで来てやめるというのも後になって考えればひどい話だが、この時はそうすべきだと思ったのだ。ただ、平静を装ったつもりが、思いがけず泣きそうな声が出てしまった。  
 「えっ」  
 カイトが情けない声を上げてから、私の変調に気づく。  
 「めーちゃん、どうしたの?」  
 うろたえた様子で聞く。  
 さっきまでは自分の高まりで精一杯だったのに、今は肩で息をしながら本気で私の心配をしている。  
 だけどそのカイトらしい優しさが今は辛かった。  
   
 「私とこんなことするの嫌だよね」  
 ああ、駄目  
 「いじわるばっかりしてごめんね」  
 こんなこと  
 「ちょっと酔っ払っちゃっただけだから…」  
 こんな涙声で言ったって、更にカイトを困らせるだけなのに。  
 
 「そっ、そんなことないよ!俺はっ…!」  
 慌てたようにカイトが言う。  
 「俺は、めーちゃんが好きだから、その、ずっと好きだったから、その、なんていうか、こ、こういうのうれしいけどっ、でもっ…」  
 「い、いやなんだ。俺なんかとそういうことになって、めーちゃんが明日の朝後悔するの…!怖い。だ、だから…」  
 
 「わ、わた、わたしはっ、カ、カイトとじゃなきゃやだっ!カイトとじゃなきゃこんなことしたくないよっ、な、なんで俺なんかとか言うの!?」  
 子供みたいに泣きながら私は言った。  
 カイトが言ってくれたことはにわかには信じがたかった。  
 カイトが私のことを嫌いじゃないのは知っている。そもそも優しすぎるこの男に嫌いな人間などいないのだ。私を慰めようとこの場限りの嘘を言っているのだ、そう思った。  
 「わ、私がかわいそうだからって嘘つかないでよっ!カイトが私なんか好きなわけないじゃん!」  
 
 泣きじゃくりながらそう言い終わるかどうかというところで、カイトが私の口をふさいだ。彼自身の口で。  
 とまどいがちに、だけどしっかりと口づけた。  
 私がびっくりしていると、彼は勢い込んで言った。  
 「め、めーちゃんも今言ったぞっ、わ、私なんかって!な、なんでそんなこと言うの?お、俺なんか、めーちゃんが俺を好きになるずっと前からめーちゃんが好きだったんだぞ!」  
   
 困り顔でまくしたてられて、しばらく何を言われたのかわからなかった。  
 すべて言い終えてしまってから、カイトはしまった、というような顔をした。  
 じわじわと言葉の意味がしみこんでくる。  
 めーちゃんが俺を好きになる、ずっと前、から?  
 
 「…知ってたの、私が、」  
 「俺の思い込みかとも思ってたけど」  
 顔を真っ赤にしてばつが悪そうにカイトがぼそっと呟く。  
 「う、嘘、じゃあ、い、いつからだと思うの」  
 「…12回目のデュエットあたり。ミクが来てしばらくしてから」  
 言われてみれば確かにその頃からのような気がする。自分の顔が赤くなっていくのがわかる。  
 「俺は、その、ずっとめーちゃんを見てたから。その頃からちょっと態度が変わったなって、感じた。でも、俺の自惚れかもしれないし、いや、その可能性のほうがずっと高いし…」  
 「…それより前なの?」  
 「え?」  
 「あ、あんたが私を好きになったっていうのは、いつからなのよっ」  
 まだ信じられず、混乱して聞くと、カイトはとまどっている様子だ。  
 「わ、笑わない?」  
 不安そうな顔で聞いてくる。この期に及んでこの子は何を言うのか。  
 「笑わないわよっ!!ばかっ!!!」  
 私が顔を真っ赤にして言うと、しばらくカイトは困ったように俯いていたが、やがて観念したようにぼそっと口を開いた。  
 「…は、はじめて会った時、から…」  
 がつんと頭を何かで殴られたようだった。この衝撃は私のキャパシティを超えていた。  
 様々な感情が一気に湧き出てきて、フリーズしそうになる。  
   
 「何で言わないのよっ!」  
 思わず立ち上がる。  
 うれしくて仕方がないはずなのに、私の口をついて出たのは問い詰めるようなこんな言葉だった。  
 自分が嫌になる。もっと、もっと他に、言いたいことはあるはずなのに。  
 「だって」  
 困り顔で私につられてカイトが立ち上がる。  
 「だって、俺なんかが、その、そんなの、めーちゃんが困ると思ったし」  
 「めーちゃんが、俺のこと、なんて、勘違いだと思ったし」  
 「…俺はめーちゃんの側にいられればそれだけで良かったから、だから」  
 「…ほんとはこれからも、ずっと言うつもり無かった」  
 顔を真っ赤にさせてカイトが言う。  
 カイトの一言一言が、私を麻痺させていく。  
 ほんとなんだ。じわじわと胸の奥が熱くなる。そもそもカイトが上手に嘘なんかつけるはずもない。  
   
 言いたいことはあるはずなのに、いっぱいあるはずなのに。  
 そのどれも言葉にすることが出来なくて、私はカイトの胸にぎゅっと顔を埋めた。  
 「ばかっ」  
 また、思ってもない言葉だけが口をつく。  
 「ばかばかばかっ!」  
 しゃくりあげるのをやめることが出来なくて、みっともないなと思ったけれど、ぼろぼろと涙が止まらない。  
 カイトがそろそろと、遠慮がちに私を抱きしめた。  
   
 と、私のおなかに当たるものがある。  
 熱くて固い、もの。  
 おあずけを食らい続けたそれは、まだ勢いを残している。  
 それを意識して、カイトには申し訳ないけれど、思わず噴き出しそうになってしまった。  
 私たち、なんて格好で愛の告白を済ませたんだろう!  
 
 くすっと笑って、思いっきりカイトにキスをする。  
 カイトもそれに答えてくれる。  
 幸せな気分でいっぱいになる。  
 
「ごめんね、おあずけばっかり」  
 カイト自身の当たっている私の腹部をいたずらっぽくぐりぐり動かすと、カイトは、う、と恥ずかしそうに顔を赤くした。  
 「両想いになったから、ここからはカイトも一緒にするのよ」  
 ふふん、とお姉さんぶって上目づかいに見る。  
 カイトの顔が更に赤くなる。  
 「うん」  
 緊張の面持ちだ。  
 抱き合っているから心臓の音が聞こえそうなほどだった。  
 
 私たちはまたキスをして、軽く舌を触れ合わせる。  
 私の腕に力を込めるカイトの手が、少し震えている。  
 カイトはそのまま顔を少しずつ下へずらしていく。私の首筋に数度キスをして、ハイネックを指でずりさげて鎖骨の辺りにひとつ口づけながら、遠慮がちに  
 「あの、上着、めくっていい?」  
 と尋ねた。  
 「ん、」  
 了承を目で答える。  
 私の肩に口づけしながら、カイトが私の上着をバストの上にたくしあげる。  
   
 あらわになった胸の上に、窮屈そうに布が乗っかったような状態で、少し恥ずかしい。  
 フロントホックの黒いブラを、外せずにカイトがわたわたしていたので、ちょっと待って、と言って、前を開いてあげた。  
 「さ、さわる、よ?」  
 「うん」  
 自分の吐息が熱を帯びているのがわかる。   
 カイトの指が私の胸に沈む。やわらかく数度、弾力を確かめるように動かしている。  
 「っ」  
 そろそろと動く指先がトップに触れる。カイトは胸の間、左のおっぱいに近い方に口づけを落とす。  
 いつもより早く打つ私の心臓、カイトのキスはその真上あたりに跡を残した。  
 長くてきれいなその指で、私の先端を撫でるようにする。  
 声が出そうで、私は思わず右手を口元にやる。  
 カイトの肩に置いた左手に力がこもる。  
 
 熱のせりあがってくるような頭で、カイトにこんなにいっぱい触ってもらうのははじめてだな、と思った。胸の奥に、昂り以外の温かい感情が生まれるのがわかる。  
 性的な行為の中にあって、今更少女のようなことに感動している自分がなんだか気恥かしい。  
 もっともっと触ってほしいなと思う。頭を撫でてほしいし、手だってつないで腕だって組んで、抱きしめあって眠りたい。キスだっていっぱいして、おっぱいだってもっと触ってほしいし、それから…  
 
 カイトの舌が私の体をなぞるように下へ下りていく。  
 おなかを縦断して、おへその辺りで一度キスをする。そしてまた下りていく。  
   
 スカートを飛び越して、そのすそに近いふとももにキスをすると、そろそろとスカートの中に指を滑らせようとする。  
 「あの、めーちゃ」  
 「いいよ、そのまま脱がせて」  
 またも断りを入れようとするカイトに先回りして答える。  
 うん、と言ってカイトはスカートの下から私のショーツに手をかける。  
 タイトな私のスカートのせいで、少し脱がせづらそうにしていたので、ちょっとベルトを持ち上げて、スカートをずらす。  
 カイトの手でブラとお揃いのショーツが膝の辺りまで下ろされた。  
 熱を持った愛液が、ショーツから私の中心までのふとももの道筋をなぞった。  
   
 カイトは、ス、スカート上げます、とまた断って、私のふとももに沿って右手を上にずらした。  
 私のそこが空気にさらされる。背筋を腰からなぞり上げられたような感覚があった。  
 
 「わ、すごい、ぬるぬるだ」  
 何の含みもなく、カイトが純粋に驚いたような様子でそんなことを言うので、私は却って恥ずかしくなった。  
 「誰のせいでこうなってるのよ」  
 照れ隠しに八つ当たりともいえるセリフを返す。  
 そもそも酔いつぶれたカイトに勝手に手を出したのは私なのだから、彼はここで怒っても良かったのだけれど、カイトはただ、顔を赤くして照れたように、はは、とだけ笑って見せた。  
 
 「さわっていい?」  
 「、聞かないでよっばかっ!」  
 恥ずかしくて私は言った。でも声に、甘えたような響きが残ってしまう。  
 カイトに気付かれたかな。恥ずかしい。すごく照れくさい。  
   
 カイトが私のスリットに沿って指を置く。思わず熱い息が漏れてしまう。  
 カイトはそろそろと、私の様子を見ながら指を前後させる。全体を擦られて、軽く感電したような感覚を覚える。  
 カイトが遠慮がちに手を動かすせいで、却ってくちゅ、くちゅ、と、水音が静かにはっきりと部屋の中に響いて、羞恥と快感が高まっていく。  
 スカートの影になって、私の視点からは直接触れられている部分が見えないことも、私の興奮を助長した。  
 
 カイトに触れられてどんどん潤うそこが止められない。私はたまらなくなって、両のふとももをにじりあわせた。  
 足の付け根にカイトの手を挟み込むような格好になる。  
 「めーちゃん、きもちいい?」   
 浅く息を吐きながら、カイトが確かめる。  
 「だから聞かなっ…!やっ!」  
 答える余裕がもうあまり無くて、出てくる嬌声を抑えようと私は口を押さえる。肩で息をしながら目をつむる。  
 
 カイトが挟み込まれた手を引き抜こうとして動かすと、人差指の間接が私の芯に触れた。  
 「やぁっ!」  
 堪え切れずに声をあげてしまう。  
 閉じたふとももに力がこもる。膝が震える。  
 「めーちゃん」  
 カイトが私の名を呼びながら、それがまた私の芯に当たるようにくいくいと手首を動かす。  
 「やっ!あっ!っあ!んっ」  
 その度にしびれるような感覚が私の全身を走る。  
   
 「かいとぉ」  
 目の前の彼の名を呼ぶ。  
 「めぇちゃ、俺っ…」  
 はあはあと息をつきながら、カイトがこらえ切れないといったように言う。  
 「おれ、も、ぅ我慢できな、…入れた、い、」  
 切なげに眉を寄せて、懇願するようにこの期に及んで私の許可を求める。  
 もどかしくて、でも、カイトらしくて、愛しくて死んでしまいそう。  
 「だか、らっ、いち…ぃちっ聞かっ…ないで…よぉっ」  
 喋るのも苦しい。でも一気に私は言った。  
 「わた、しはっ…あ、んた、にならっ、む、むりやり、つっこまれ、てもっ、…かまわないんだからっ」  
 
 頭に酸素が回らない。でも更に息もできないほど私たちは口づけた。  
 私の唇を割るカイトの舌を吸う。  
 右手でカイトの"それ"を撫でる。  
 カイトが私をテーブルの上に倒した。  
 そのまま私に覆いかぶさるようにする。  
 数度、彼自身の先端を私の入り口に擦りつけるようにして、愛液で慣らすと、そのまま少しずつ私の中に沈めていく。  
 私の中がカイトを呼んで、ひくひく動いているのがわかる。  
 「あっあっ」  
 カイトが私の深部へと進んでいく。私は息をつくようにして声をあげる。  
 カイトはというと、何かにこらえるように眉を寄せて、薄く開けた目で私を見ている。  
 もう大分入り進めたといったところで、カイトは動きを止め、息を整えた。  
 はっはっと浅く息を吐きながら、カイトは言った。  
   
 「へい、き?痛くない?」  
 心配そうに聞いてくる。  
 私も少し落ち着こうと息を浅く吐く。私を気遣っての言葉だが、その心配は不要だった。  
 セクシャルな歌も理解し歌えるように、私たちには性感が備わっているが、さすがに処女膜なんて気の利いた機能は装備されていない。  
 カイトもそんなことは知っていると思うが、高揚して、どこかで得た人間の知識が頭に浮かんだのかもしれない。  
 「だいじょぶ、へーきだから、ね、」  
 ほんとうにへーき、と示すために、にっこり笑ってキスをしてあげる。  
 
 安心したように、良かった、と言って、カイトも微笑む。  
 そしてまたゆるやかに、彼自身を根元まで私の中へ挿し入れた。  
 
 キャラクターボーカルシリーズとして個性を付与されているミクたちと違い、私たちのボディは日本人の平均をモデルに作られている。すべての部位が標準と言えるサイズで作られている。もちろん性器だって例外ではない。  
 だからカイトのものは特に大きいというわけではないのだけれど、標準同士の私にとっては、まるで最初からこうするために作られたかのようにぴったりときて、一体感がすごくて、死んでしまいそうだった。  
 ボーカロイドが、死んでしまう、なんて表現、おかしいかもしれないけれど、ともかく私はそう感じた。  
 カイト、私のカイト。出会った日から、私を好きでいてくれたカイト。  
 私たち、本当にお互いのために作られたのかも、なんて、言いすぎかな。  
 
 動かなくても入れただけで快感が強すぎて、私たちはお互いしばらく動けずにいた。  
 はぁはぁとそれぞれ息をつく。目が合って、また深く口づけをする。  
 カイトが腰を押しつけるようにする。そしてまた力を抜く。それを繰り返して、だんだんとストロークに弾みがついていく。  
   
  「あっあっあっあっ!」  
 カイトが動く度今度は私のメトロノームの声が響く。  
 五拍子、BPM=200。  
 私だってカイトのこと言えない。我慢できない声が絶えず漏れてしまう。  
 恥ずかしくて、口を押さえる代わりに私はカイトの背に回した手に力をこめて、彼の胸に強く顔を埋めた。  
 「声、我慢しないで。外には、聞こえないんでしょう?」  
 カイトが私のさっきの言葉を引き合いに出して言う。  
 私の名を繰り返し呼びながら、腰を強く打ちつける。   
 私も彼の名を呼ぶ。頭の中が真っ白になって、初めて本音が口をつく。  
   
 好き、  
 好き、  
 好き、  
 好き、  
 好き、  
 好き、  
 
 何度も繰り返す。  
 内側の壁がこすられるようにして、どんどんと絶頂が近づいてくるのがわかる。  
 耳元でカイトがめーちゃん!と小さく叫んで、私の意識は途切れた。  
   
   
 ふわふわとした混濁の中から私が目を覚ましたのはそれから結構経ってからのようだった。  
 背中にカイトのコートが敷かれて、体にタオルケットをかけられてはいたが、そこはまだレコーディングルームのテーブルの上だ。  
 「あ」  
 すぐそばで声がしてそちらの方を向く。カイトが私の顔を覗き込んでいる。  
 「おはよう」  
 「お、はよう」  
 照れくさそうに顔を赤らめるカイトに返事を返す。  
 「体痛くない?」  
 「ん…平気」  
 私を気遣うカイトに答えながら、もっと痛くされても良かったくらい、なんて、心の中で微笑む。  
 「ごめんね、部屋まで運ぼうかとも思ったんだけど…その、俺が、よごしちゃったから。勝手に色々、その、きれいにしてあげるのとかも、どうかと思ったから、」  
 もごもごと言いながらカイトはまた赤くなっていく。語尾に行くにつれて声が小さくなっていく。  
 すごく幸せな気分。私はカイトを抱きしめる。  
 「んーん、ありがと。」  
 私が言うと、カイトも私の背に手を回して、抱きしめてくれる。  
 「ずっと起きてたの?」  
 「うん。あ、いや、でも、さっきからそんなに経ってないよ」  
 「嘘。何時間くらい経った?」  
 「いや、えっと」  
 「何時間?」  
 ちらっと時計を見て、  
 「……3時間ちょっとくらい」  
 カイトが照れたように笑って白状する。  
   
 そんなに私の側でただ待っててくれたのか。  
 申し訳なさと、カイトが私にそうしてくれるうれしさが、入り混じる。  
 「…起こしてくれれば良かったのに」  
 また素直になれずにそんなことを言ってしまう。  
 でも、本当はうれしいことを伝えたくて、カイトの肩におでこをこすりつける。  
 カイトはまた照れたように笑う。  
 「なんかね、めーちゃんの寝顔見てると、幸せすぎて、めーちゃん起こすのも、自分が寝るのも怖かったんだ。全部夢でした、なんて、本当にありそうだもん」   
 私の頭を抱いて、おでこにキスをしてくれる。  
 私だって、本当に夢みたい。  
 
 「好き」  
 ぽつりと呟く。  
 恥ずかしいから一度だけ言うつもりだったけど、続けて言葉が止まらなくなる。  
 「カイトのことが好き。大好き」  
 幸せすぎて涙が出そうになる。  
 私のまぶたに口づけて、カイトが言う。  
 「俺もめーちゃんのことが好きだよ。大好き。…一生言わないつもりだったけど、ずっと言いたかった」  
 見上げるとカイトはまた泣きそうな顔をしている。  
 ああもう、この子は。  
   
 私たちはまた強く抱きしめあった。  
 これからはこれまでの分を取り返すくらいべたべたするんだから。私は心の中で決めた。  
 もっともっと触ってもらうんだから。頭だって撫でてもらうし、手だってつないで腕だって組んで、抱きしめあって眠るんだから。キスだっていっぱいして、おっぱいだってもっと触ってほしいし、それから、  
 
 
 
 
 <終わり>  
 
 
 

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