KAITOは今の生活に満足してくれている。と思いたい。
私も今の生活は80点(点を伸ばすのが難しくなるあたり)くらいに感じている。
私が決断すれば、もしかしたら100点が取れるかもしれない。だけどそれは…
夕飯の買い物を済ませ、ネギと彼の好物のリンゴを買って家に帰る途中、空は赤いが夕日はビルに隠れて見えなかった。
「「あ、ミクちゃん」」
げっ。やな奴らに出会ってしまった。
「げってなんだよ〜」「なによ〜」
「あ、レン、リン。ちょっと風邪引いてさ。ケホケホ」
こころの声のつもりが発声してしまった。咳でごまかしてみる。
「歌手は喉が命だぜ。気をつけて」「ニラ突っ込んだげようか?」
「…普通ネギじゃない?」
半ば嫌々に応対しながらも家に向かう足を進める。二人は悪びれもせず着いてくる。
「僕が暖めてあげよっか?」「わたしネギ突っ込んだげる〜」
親指を人差し指の下に握り込み卑猥なハンドサインを作りながらニヤニヤしてる二人。
バシッ。
「帰れガキ」
「いてぇ〜」「あ〜!レンになんて事すんのよ〜」
ネギでシバいてやった。
もう着いてこないようだが、少し距離が開いてから声を投げ掛けて来た。
「何タカビってんだよブラコン!俺ら知ってんだぜ?」「あなたのお兄さんデータ破損でオシャカなんでしょお〜?キャハハハ」
皮肉っぽく見えるようにせいいっぱい微笑んで、こう切り返す。
「あなたたち、大人の渋い声出せる?」
「ただいま、兄貴」
「おかえりミク!」
キッチンに食材を置きながら声をかける。
「ちゃんとボイストレーニングした?」
「ミクのいうとおりにやったよ」
「よしよし」
私より頭ひとつ背の高い彼の頭を撫でてやる。
「…じゃあ、いつものご褒美あげなきゃね」
ベッドに彼を押し倒し、ショーツだけを脱いで上に乗る。
たっぷりと口付けし、二人の唇が離れたとき絡まった唾液がツーっと糸を引いた。いつものように問い掛ける。
「私のこと…好き?」
彼は歌いかた以外のすべてを失ってから、私の愛に答えてくれるようになった。まともなころは兄弟というエニシの鉄筋にリセイのコンクリートで隔てられていたが、コンクリートは破損してしまった。
「うん…好きだよ。ミク」
彼の声が私の脳髄を、脊髄を、丹臀を蕩けさせる。
このとき私は100点への切符を、せっかくオーディションに合格した事務所への所属を断ることを決めた。
私が決断すれば、もしかしたら100点が取れるかもしれない。だけどそれは…彼との別れを意味する。
100点の生活に彼の居場所はないだろう。
だから私は80点でいい。80点がいい。