冷蔵庫から牛乳を取り出し、それをマグカップに注ぐと丁度良くレンジ  
のチンッという音が聞こえた。中からこんがりと焼き上がった食パンを二  
枚取り出す。熱々のそれをお皿に載せて食卓テーブルの上におき、マーガ  
リンを塗った。椅子に座って、美味しそうに焼けたパンに一口かじりつく  
。カリッとした香ばしさとマーガリンの匂いが口いっぱいに広がった。  
 このまま食べるのもいいんだけど、やっぱり甘いものが好きなので何か  
塗ろうとテーブルの上にずらりと並べられたジャムを見る。  
 イチゴジャム、ブルーベリージャム、ママレード・・・。何を塗ろうか  
悩んで、ふとお隣に座る彼は何を塗っているのか気になった。覗いて見れ  
ば、狐色の食パンには、意外なものが塗られていた。  
   
 「・・・何、リン」  
   
 視線に気がついたレンがサラダを食べる手を止めて顔を上げる。もしゃ  
もしゃと口は忙しなく動き、喉がごくんと口の中のものを飲み下した。  
 その手には、本日二枚目の食パンが握られている。塗られているものは  
、甘い甘い。  
   
 「ねぇねぇレン」  
   
 持っていたジャムをテーブルにおいて、リンは小首を傾げた。甘い食卓  
の周りには誰も居なくて、年上の兄弟姉妹は既に食事を終えてお出かけ中  
である。  
 「朝はパンとサラダ出しておくから。あと卵とベーコンは自分でやって  
ね。メイコ」  
 の置手紙に素直に従って用意した朝食セットはいい匂いを放ち、お腹が  
くるるるーと鳴った。  
   
 「うん?」  
 「それ、ハチミツだよ?」  
 「あぁ、そうだよ」  
   
 何でそんな事を聞くの、とばかりに怪訝な目をして、レンはたっぷりと  
ハチミツが塗られたパンに噛り付いた。  
 もしかしてそれはハチミツのような色をしているだけで別の物体なので  
はないかもしれない。と、リンは顔をパンに近づけて食べかけのパンを一  
口含む。  
 唇の横にべとついた感触。口内に広がるのは柔らかい甘さ。紛れもない  
ハチミツだ。  
 レンは少しだけ驚いたように目を見開いたがそれも一瞬の事で、リンが  
口を離すと「人のもの食うなよ」と呟いただけだった。  
   
 「レン甘いもの、苦手じゃなかった?」  
 「ん―――・・・」  
   
 リンが食べた所から齧りなおして、レンの口は上下に動く。紅い紅茶で  
パンを流し込んでから、赤い舌はペロリと唇を舐めた。  
   
 「ハチミツはいいの」  
 「ふーん・・・」  
   
 納得したような、していないような。何でハチミツだけは良くてイチゴ  
ジャムはダメなのか、ラズベリーとかはどうなの?  
 次々に湧き出てくる疑問符を、リンは牛乳と一緒に体の奥へと流し込む  
。まだ一口しか食べられていないリンのパンが、恨めしそうにリンをみた  
。  
 
 今日は、イチゴジャムにしようかと思ってたけど。  
   
 「何?結局リンもハチミツにするの?」  
 「うん」  
   
 だって、レンがハチミツすきなの、初めて知ったから、記念に。なんて  
ね。  
 可愛い蜂の絵が描かれている瓶のふたを開ける。真新しいスプーンです  
くい上げると、トロリと黄金色の液体が零れ落ちた。  
 薄く黄色がかったパンにゆるゆるとハチミツを塗る。指先についたそれ  
を舐め取ると、やっぱり甘かった。  
   
 「甘いね」  
 「そりゃまぁ、ハチミツですから」  
   
 そういうとレンは食べ終わってパンの欠片で汚れた手を軽くはたく。そ  
れからリンの手元にあったハチミツの瓶を引き寄せて、甘い甘い液体をな  
か指とひとさし指ですくい取った。朝日が差し込んでキラキラと輝く。艶  
かしい色は、どこか誘惑的だ。  
   
 「リン、知ってる?」  
 「なにー?」  
 「ハチミツには殺菌効果があってねー・・・」  
   
 すくい取ったハチミツをぺちゃりとリンの唇の横に塗りつける。べたべ  
たと気持ち悪くて気持ちいい感触がした。てらてらと妖しく光るそれをレ  
ンがゆっくりと舐め上げる。ハチミツが纏わりつく指はリンの口の中へと  
差し込まれた。  
 口内を縦横無尽に撫で回すレンの指を、リンは難なく受け入れる。甘い  
甘い一口。ハチミツの味と香りが口内に広がっていって、消えない。  
 唇に触れそうで触れない。もどかしいレンの唇が、ちゅっと頬にキスを  
して離れて行くとリンの口から指も引き抜かれていった。  
   
 「赤ん坊や子供はお腹を壊しちゃう事もあるから、あんまりあげちゃだ  
めなんだって」  
   
 にんまりと笑ってレンがハチミツ味のキスをしてくれた。今までで一番  
甘い一口にリンの顔が綻ぶ。甘いものは大好きだ。それが、レンからもら  
えるものならば、尚更嬉しい。  
 幼い啄ばむようなキスをしてレンの唇がゆっくりと離れて行く。唇に残  
っていたハチミツが伸びて、金色の糸がぷっつりと切れた。  
   
 「だから、リンもあんまり舐めちゃだめだよ――」  
 「うん・・・」  
   
 って、ちょっとまて。  
   
 「・・・・・・・ん?ちょっと待って、レン」  
 
 今の言葉、何かが引っかかる。えーっとハチミツは殺菌作用もあって、  
でもその作用が赤ん坊や子供にはちょっぴり危険な事もあって。レンは私  
の心配をしてくれてて、ってあれ?あれ、あれれ?  
 にまにまと笑う金髪の髪は、ハチミツと同じ色をしていた。  
   
 「わ・・・私は子供じゃないっ・・・!!」  
 「はいはーい」  
 
 わなわなと震えながら真っ赤になって言うリンに、レンは余裕たっぷり  
と言った表情で緩やかに笑う。喉の奥で大笑いしそうになる声を押しつぶ  
しながら、リンの体をふわりと抱きしめた。背中をぽんぽんっ、とあやす  
様に軽く叩けば、唸るだけになったリンが声を漏らす。  
 その唇についているハチミツを舐め尽すように、レンは再度リンの唇の  
己のそれを重ねた。  
   
 「んっ!・・・・ふぁ」  
 「もっと舐める?」  
   
 リンの唇をレンのそれが舐め上げる。瓶の中からもう一度すくい取られ  
た蜂蜜を、レンは親指で塗りつけるようにリンの唇へ伸ばしていった。朝  
日に照って、怪しく煌めく。綺麗なハチミツが、口紅よりも官能的にリン  
を彩る。たまらずレンはリンを引き寄せる。  
 重ね合わせる唇に指で掬い取ったハチミツを滑り込ませるように差し込  
む。  
   
 「おいしいでしょ?」  
   
 ゆっくり。トロリトロリと舐めきれない蜂蜜がテーブルへと垂れていく  
。まるで映画のワンシーンのような不思議な光景にリンは頭がぼうっと鳴  
っていくのを感じた。  
 舌を差し込まれる。べた付く感覚も何もかも全て飲み込まれ、愛を呟け  
ない言葉ごと、喉の奥へと差し込まれていくハチミツをコクリと飲み干し  
た。  
   
 「ハチミツは好きなんだよ」   
 「う・・・ん・・・」  
   
 そうしてレンが優しく口付けてくれるから。  
 今度からパンを塗るときは絶対ハチミツにしよう。そう心に決めてリン  
は絶え間なく与えられる甘い口付けに酔いしれていった。  
   
   
   
   
   
 「ほら、綺麗デショ?」  
   
 こぼれ落ちてゆくハチミツを愛おしそうに見つめてレンが呟くから、頷  
かないわけにはいかない。  
 恋を絡め取って、流れ行く黄金の蜜。キレイ、キレイ。  
 

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