あちきはハク。姓は弱音、名はハクと発しりんす。  
あちきには口にするのも恥ずかしい夢がありんした。  
自分自身、御歌もろくろく歌いんしませんのに、何を血迷ったのかボーカロイドと言うソフトを使ってニコ動に自作曲動画うPしようと思いりんした。  
楽器も弾けんような素人が扱えるような簡単なものじゃありんせん。  
当たり前と言わんばかりにあちきのミクはジャイアンリサイタルを毎日続け、あちきはもう、酒浸りの弱音吐きしきりなんした。  
今日も今日とて毒ガス漏出現場に連れて行った検知用カナリヤの断末魔のような奇声をあげるミクに酒臭い溜息を吹き掛け、あちきはPCの電源を落しんした。  
「はぁ〜…ねぇ、ネル…私才能無いのかなぁ?」  
「しらね」  
ルームメイトのネルはあちきのメランコリックも関係ないとばかりに撥ね付け、書き込み代行とやらの仕事の手を急かし立てるばかりんす。  
「…」  
あちきはもう自棄酒カッ食らって寝る覚悟で、一升瓶から手酌のコップ酒をバケツリレーさながら胃に流し込みんした。  
ああ、気持ちいい…。  
お酒があちきをぽかぽかさせて、目の前がくるくるしてきて、ネルちゃんがとってもカワイク見えてまいりんした。  
「ねぇ、ネルぅ…あちきと楽しみませんこと?」  
「うわっ!ちょっ、まだ仕事が」  
あちきはネルのすきだらけの服をすり抜け、直接敏感な部分をついばみんした。  
「ひゃうん!」  
「うふふ、ネルちゃん可愛い…ねぇ、私と寝てみない…?あちき、とっても興味がありんす…」  
ああ、普段は心のなかでしか使わない廓言葉がはみ出してしまいんした。  
でも、もういい。  
ネル、あちきと楽しいことしましょう。懇切丁寧、手取り足取り教えてあげりんす…  
 
 
 
「うう…汚されてすまったぁ…」  
泥酔したハクにヴァージンを奪われたネルは途方に暮れていた。  
ステッカーがペタペタ貼ってある皮のトランクを足下に置き、ひと気の無い公園のブランコに揺られながら顔を伏せる。  
口にするのも憚られるような変態的プレイで強姦気味にヴァージンを奪われ、しかも初めての相手が女性だったのだ。  
ネルの下腹部に響いた鈍痛を顧みるに、トラウマと言うよりPTSDに近い。  
「う…」  
まだ痛む。  
内股になり膝頭を擦り寄せ、痛みを散らそうと努力してみる。  
──都会の人はもっと常識があって、やさしいもんだと思ってた…  
「はぁ…」  
──実家に帰るしかないかな。  
ハクとルームシェアしていた部屋から取るものも取らず逃げ出して来た今、ネルが帰る場所はこの街に存在しない。  
かといって時給七百円のネルにおいそれと部屋を借りるだけの財力があるはずも無く、  
 
ぐぅ〜  
 
腹の虫も泣き出す始末である。  
とりあえずご飯を食べようと思って懐具合を確かめる。  
「…」  
レシートと硬貨数枚しか入っていなかった。  
──やばい、もしかして…  
嫌な予感がして銀行に駆け込み記帳する。  
予感は当たってしまった。銀行のATMで記帳した通帳の残高は、  
 
130円  
 
ついさっきまで、口座には数万円が残っていた。少なくとも夢破れて帰郷するための電車なり夜行バスなりに乗る運賃分は困らないだけがあった。  
だが、今日のついさっき、引き落としがあったのだ。ネルの仕事道具たる携帯数機分の通信料とPCの通信料だ。  
 
────────  
 
銀行を出てからのち記憶は無いがいつの間にか公園に戻っていた。  
「…ははは」  
なんだか笑えてくる。  
──文無し宿無し寄る辺無し、か。都会は冷たいね。  
笑みも思考も勝手に溢れ、次いで涙も溢れだし視界を歪める。  
「ははは、ふふ、うふ…ぐすっ…も、嫌だ…田舎かえりてぇ…」  
人目を気にする余裕も無く泣きじゃくってしまう。  
──このまま涙で溺れて死ねたらいいのに。  
ネルのネガティブ思考は次の瞬間に中断を余儀なくされた。  
 
ガサガサガサ、バキバキ!  
 
「何泣いてんの?イクとこないなら私んとこおいでよ」  
突然植え込みの茂みを掻き分けて女性が現れた。何故か衣服が乱れて息が上がっている。  
「…?」  
ネルが呆気に取られていると、またも植え込みが揺れた。  
 
ガサガサ  
 
上半身半裸の男性が現れた。植え込みに隠れて下が裸かは分からない。  
「汚された…もう…もうお婿に行けないー!うわ〜ん!」  
と男らしさをカケラも感じさせない情けない声を発した青い髪の男性は、長くて青い布(ふんどしだろうか)で股間を隠して植え込みの向こうへ駆けて行った。  
「けっ、男が女々しいこと言ってんじゃねーわよ!そっち交番あるぞ〜!捕まんなよ!」  
植え込み女はひとしきり青い変態に叫ぶと、今度はネルに話しかけて来た。  
「あ、ごめんね。つい我慢できなくて。安心してよ、私はハクの友達で亜久女イク。あなたの保護を頼まれたの。あのこお酒入ると無茶するうえに記憶なくすのよね〜。悪気はないから許してあげて」  
「…はあ」  
溜め息ではなく、肯定と疑問の混じった曖昧な言葉が口からでた。  
 
ネルの都会生活はまだ続きそうだった。  
 

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