【 真夜中、おみやげ 】  
 
 
 こんな時間だし、俺は、ミクはもう寝ていると思っていたのだ。  
 
 日付も変わり、時刻は午前二時少し前。  
 仕事で珍しく帰りが遅くなった俺は、電気の消えている我が家のドアを、みんなを起こさないよう、そっと静かに開けた。  
 普段は歌と音楽が溢れているこの家を、しんと静寂が占めているのは不思議な感覚だった。  
 
 明日はオフだ。もうシャワーも明日にして、今日は俺も眠ってしまおう。  
 水音で、みんなが起きるといけないし。  
 そう考えながら、俺は片手の荷物を持ち上げる。  
 中身のたっぷり入ったレジ袋が、がさっと音をたてた。  
 
 めーちゃんのワンカップ、ミクのネギ、リンのみかん、レンのバナナ、そして自分用のアイス。  
 みんなの好物ばかりを、ちょっと奮発して買ってきた。  
 おみやげを持って夜中に帰ってくる自分を、この家のお父さんみたいだな、なんて考えて、一人でにこにこしながらキッチンへ向かう。  
 冷蔵庫の扉を開ける。暗い台所を、オレンジ色の庫内灯が小さく照らした。  
 みんな喜ぶだろうな。  
 がさごそと袋から荷物を取り出しながら、俺はふと思いつく。  
 
 そうだ。こっそり枕元に置いておけば、明日の朝みんなびっくりするぞ。  
 
 みんなの驚く顔を思い浮かべてわくわくする。我ながらいい思いつきのように思えた。  
 俺は自分のアイスだけを冷凍庫にしまって、足音に気をつけながらみんなの部屋へ向かう。  
 
 まずはめーちゃんの部屋。  
 ノックしようとして、思いとどまる。  
 起きちゃったらびっくりさせられないな。  
 そっと、静かに。  
 「めーちゃん、おじゃまします」  
 ひそひそと小声で断って、俺はゆっくり注意深くドアを開く。  
 まずは頭一個の狭さだけの隙間を開けて、俺は室内を覗く。  
 ベッドの上、めーちゃんはすうすうと眠っている。  
 サイドテーブルにはビールの空き缶や焼酎のビンが乱立している。  
 …また飲みながら眠っちゃったのか。  
 いち、にい、さん、しい、ご、ろく、しち、はち…  
 目でそれらを数えながら俺は後悔する。  
 おみやげ、別のものにすれば良かったな。  
 俺たちには肝臓なんて無いけれど、いくらなんでもちょっと飲みすぎだ。  
 
 ワンカップは、しばらく俺の部屋に隠しておこう。  
 小声でおやすみ、と告げて、俺はそのままドアを閉めた。  
   
 次はリンとレンの部屋。  
 「はいるよー」  
 小さい声で言って、俺は音を立てないようにドアを開く。  
 二人のために買った二段ベッド、その上段下段でそれぞれに二人が寝息を立てていた。  
 上の段がリンだったよな?ベッドの隅から、ぶらりと足が垂れている。  
 起こさないように。抜き足、差し足。  
 ベッドの側に立って、俺はまず背伸びをしてリンの枕もとを覗き込む。  
 リンは毛布を抱きしめるようにして、気持ち良さそうに眠っていた。  
 ベッドからはみ出ているリンの足をそっと持ち上げて、布団の上に戻す。  
 起こさないように気をつけながら、その上に毛布をかけてあげた。  
 次はその場にしゃがみこんで、レンを覗き込む。  
 さすが双子だというべきか。  
 リンとまったく左右対称のポーズで、レンもすやすやと眠っていた。  
 
 二人のベッドにはヘッドボードがない。  
 俺は考えて、部屋の真ん中の低いテーブルに、こそこそとみかんとバナナを並べる。  
 
 すべて綺麗に並べ終えて、よし、と立ち上がる。  
 その時、手をついたテーブルが、ぎしりと音を立ててしまった。  
 「うーん」  
 ベッドの方から声が聞こえて、俺はどきっとする。  
 目をやると、リンが寝がえりを打っていた。  
 起こしたか?そのまま様子をうかがっていると、リンはまたすぐに規則正しい寝息を立てだした。  
 俺はほっと胸を撫で下ろして、二人の部屋を後にする。  
 
 よし、いいぞ。  
 最後はミクの部屋だ。  
 サンタクロースになったような気分で、わくわくしながら俺はそろそろと歩く。  
 最後まで油断せずに。足音に気をつけて。  
 
 ミクの部屋の前、ドアノブに手を伸ばす。  
 リンの部屋での反省を経て、今度は本当に、まったく音を立てないように気をつけて。  
 
 扉が、薄く開く。  
 
 あ、れ。  
 何か、今までの部屋にない空気を感じて、俺は動きを止めた。  
   
 室内の空気がわずかに、ほんのわずかに熱を帯びているような感じ。  
 耳を澄ますと、かすかな衣ずれの音が聞こえる。  
 そして、寝息ではない、不規則な呼吸。  
 
 (ミク?起きてるのか?)  
 
 思えばここで俺は、ドアを開けないまま声をかけるべきだったのかもしれない。  
 後にして思えば、胸の奥で何かがざわつくのを感じていた。  
 だけど、こんな時間だし、俺は、ミクはもう寝ていると思っていたのだ。  
 何の考えもなく、薄く開いたその隙間から、俺はミクの部屋の中を覗いた。  
 暗い部屋の中、ベッドに腰かけた人影が見えた。  
 
 それがミクだとわかる程度には闇に眼が慣れていた。  
 ただ座っているのではない。ツインテールがかすかに上下に揺れている。  
 パジャマに着替えもせず、いつものかわいらしい衣装で、うつむいている。  
 短いスカートを腰元までたくしあげて、両手を足の付け根に挟み込むように伸ばしている。  
 時折爪先で立つようにして、かかとを浮かせ脚を震わせる。  
 膝を合わせたその奥で、ミクの手が、指が、動いていた。  
 
 「っ、」  
 熱い息を逃がすようにはあはあと息をつきながら、ミクは肩を震わせる。  
 「  ん、っ、ぅ」  
 声を堪えるように、唇をきゅっと閉じた。  
 
 
 
 
 うそだろ。  
 
 信じられない思いで目が離せない。  
 だって、ミクが、こんな。  
 
 時折、はっ、と口を開いて、ミクは大きく息つぎをする。  
 「ぅ、ん」  
 切なげに眉根を寄せ、ぎゅっと目をつむっている。  
 
 だって、だってミクは。  
 純粋で、かわいくて、だって。  
 まだ16歳で。  
   
 扉の奥の光景に俺は打ちのめされていた。  
 ほんの数メートル先で、妹が、  
 頭の中がぐるぐると回る。  
 だがそのショックの中で俺は思い直そうとする。  
 俺は何をしているんだ。  
 ミクはこんなとこ見られたくないに決まっている。  
 誰だって、一人でしてるとこなんか見られたくないに決まっている。  
 まだ16歳?もう16歳だ。  
 ミクだって、お、おとなになろうとしているんだ。  
 
 帰らなきゃ。自分に言い聞かす。  
 部屋に帰らなきゃ。さあ帰れ。  
 この場から早く離れるんだ。  
 
 だが思考とは裏腹に、俺は縫い付けられたようにその場から動くことが出来なかった。  
 心拍が速度を上げて、耳の中がわんわんと鳴っている。  
 帰らなきゃ。帰らないといけないのに。  
 
 その時、熱い息を吐き、声を我慢するばかりだったミクの唇が、はじめて言葉らしい言葉をつむいだ。  
 
 「お、にい、ちゃぁ ん、」  
 
 俺は冷水を浴びせられたようにびくっと硬直する。  
 えっ!気づかれた?気づかれたのか?どうしよう!  
 思わず床に座り込むようにして、俺は焦ってドアから身を引く。  
 だがミクはドアの外の俺に気付いた様子はない。  
 愛しげにおにいちゃんと繰り返しながら、ふとももを擦り合わせ、目をつむっている。  
 体にぎゅっと力を入れて、すくめた肩を震わせている。  
 
 俺は混乱する。  
 
 お兄ちゃん、って、俺のことだよな。  
 他に、ミクの兄、というと、レオンもそうと言えなくもないかもしれないけれど。  
 でも、ミクがお兄ちゃんと呼ぶのは俺だけだ。  
 そのはずだ。  
 
 耳鳴りがひどくなる。  
 かあっと頭に血が昇っていくのが自分でわかる。  
 じゃあ、じゃあ、じゃあ今ミクは。  
   
   
 ガタガタッ ゴトンッ!!  
 
 動揺してワンカップとネギの入った袋を取り落としてしまう。(ああ、俺はどこまで間抜けなのだろう)  
 今度はミクが弾かれたようにびくりと顔を上げる。  
 「だ、れ」  
 まだ少し艶の残った声で、ミクが声をかける。  
 泣きそうに、震えた声だった。  
 返事なんか出来るわけがない。  
 
 どうしよう、どうしよう、どうしよう。  
 
 逃げることも出来ない俺よりも、ミクの方が行動が早かった。  
 ミクはがちゃりとドアを開けると、俺の姿を認めて、絶句したようにして目を見開いた。  
 その顔が真っ赤に染まっていくのが暗闇の中でもわかる。  
 ミクは口をぱくぱく動かして、かすれた声でようやく言葉を発した。  
 「お、おに、おにいちゃ ん」  
 
 ああ、最悪だ。  
 言葉も出ずにミクを見つめる俺を、硬直してミクは見下ろしていた。  
 その視線が俺の隣の買い物袋にスライドする。  
 散乱したワンカップと、袋からはみ出したネギ。  
 それを見てミクは、自分なりにこの状況を解釈したようだった。  
 その視線が更に移動する。  
 
 空気を読めない、俺の、アレに。  
 
 情けないことに俺は、パニックで、自分の体の反応にこの時までまったく気づいていなかった。  
 ズボンの上からもわかるくらい、自己主張しているそれに、ミクの視線ではじめて気付く。  
 かああっと血がのぼり、耳まで熱くなる。  
 
 「み、た?」  
 聞き取れるか聞き取れないかという小さい声でミクが聞く。  
 ねえ、お兄ちゃん、私のオナニー見た?  
   
 「ちが、俺、あの、」  
 言葉が出てこない。  
 「見てないよ!俺、あの、そんな、」  
 ああ、こういう時の俺は見事に墓穴を掘る傾向にあるのだ。  
 「ミクももう16歳だし!」  
 黙れ黙れ黙れ  
 「そんな、その、そういう時もあるよね、だから」  
 自分で自分の首を絞めていく。  
 回らない頭で何を考えられるわけもないのに、俺の口はべらべらとしゃべり続ける。  
 言わなくていいことばかりを。  
 
 その言葉をさえぎるように、ミクがまた聞く。  
 「き、こえ、た?」  
 
 ぎくりと俺は体を硬直させる。  
 さっきまで焦るようにしゃべっていた口が、ぴたりと言葉をつむぐのをやめる。  
 自分の顔が、更に赤くなっていくのが自分でわかる。  
 
 そしてそれは、ミクにとって充分すぎる返答になったようだった。  
 
 ミクは何かを言おうとして口を開く。そしてまた閉じる。  
 胸元でぎゅっと手を握り、しばらく立ち尽くしていた。  
 そして突然くるりと体の向きを変え、部屋の中へ戻っていく。  
 俺は慌てて後を追う。  
 ミクはふらふらと歩き、ベッドの端に座った。  
 そのまま、何か言いたげに俺を見て、目をそらす。  
 また見て、そらす。  
 その繰り返しだった。  
 ミクの受けたショックは俺の比ではないだろう。  
 罪悪感で死んでしまいそうだ。  
 
 おみやげなんて、明日渡せば良かったんだ。  
 俺の思いつきなんて、結局いつもろくなことにならないんだから。  
 いや、せめてあの時ドアを開けずに声をかけていたら。  
 いや、むしろ今日おみやげなんて買ってこなければ。  
 いや、俺に、もう少しでも兄としての気配りがあれば。  
 意味のない後悔ばかりが頭の中を駆け巡る。  
   
 
 「ごめん」  
 
 思わず零れた言葉に、ミクがびくっと反応する。  
 「な、んで、あやまるの」  
 震えるようにして、泣きそうな声でミクが聞く。  
 ミクの顔が見れない。どんな顔で謝ったらいいんだろう。  
 「俺が悪いんだ。ノックもしないで。最低だ。女の子の部屋に。」  
 ミクにこんな思いをさせるなんて。  
 「ごめんね。ミクは何も悪くないんだよ」  
 俺が言い終わると、その途端ミクはぼろぼろと涙を零した。  
 慌ててミクの側に寄る。  
 「ごめんね、泣かないで」  
 おろおろと俺は言った。  
 「わっ、わた、わたし、お、お兄ちゃん、わたしのこと、」  
 「ミク、大丈夫だよ」  
 「わ、わたっ、わたしっ、」  
 「俺が悪いんだ」  
 「ちが、ちが、わたし、おにいちゃん、わた、わたしのこと、」  
 俺は肩を震わすミクの隣に座り、背中をさするようにする。  
 
 「おにいちゃん、わたしのことっ、きらいになった?」  
 ミクは泣きじゃくりながら、そう聞いた。  
 
 胸の奥がぎゅっと締めつけられる。  
 「ならないよ」  
 「う、うそだっ」  
 「ほんとだよ」  
 嫌いになんてなるわけないじゃないか。  
 俺はミクを抱きしめる。ミクは何も悪くない。  
 抱きしめる腕に、ぎゅっと力を込める。  
 ミクはうっうっと泣きながら続ける。  
 「じゃ、じゃあ、」  
 「うん」  
 「じゃあ」  
 「うん」  
 「じゃあミクにちゅーしてくれる?」  
 
 
 
 
 
 
 
 
 は?  
   
 
 
 今ミクはなんて言った?  
 とんでもないことを言った張本人は、未だ俺の腕の中で、ひっくひっくと泣き続けている。  
 「え、ちゅうって、」  
 混乱した俺が聞くと、ミクは泣きながら薄く眼を開いて俺を見る。  
 俺が二の句を次げずにいると、ミクはまた涙を零して  
 「やっぱりミクのこときらいなんだ」  
 と言った。  
 「そ、そんなことないよ」  
 焦って言う。  
 でも、ミク。それはあまりにも飛躍しすぎている。  
 「うそだもん、だって、ミクとちゅーするのいやなんでしょ!」  
 駄々っ子のように言いながら、ミクは抱きしめる俺の胸を押し返す。  
 「や、やっぱり!やっぱりお兄ちゃんはミクのことがきらいになったんだ!えっちな妹なんて嫌だなって思ってるんだ!」  
 じたばたと俺の腕の中ミクはもがく。  
 「へ、へんたいボーカロイドだって思ってるんだ!ミクもうやだあっ」  
 ミクの泣き声はどんどん大きくなる。  
 このままだとみんなが起きてしまう。  
 「ミク、俺はミクのこと好きだよ。今ミクはちょっとパニックになってるだけだよ」  
 俺は慌ててなだめるように言うが、ミクは聞く耳を持たない。  
 「ちがうよっおにいちゃんがっミクにちゅーしてくれないっ」  
 ミクはわんわん泣きながら腕を振り回す。  
 ああどうしよう。俺だって、したくないわけじゃない。でも。  
 俺の腕の中、今子供みたいに泣いているのは、さっき暗闇の中で大人びた扇情をまとっていたミクとは別人のようで。  
 そのギャップに眩暈がする。  
 頭の中、考える余裕がどんどん無くなっていく。  
 
 「ミク」  
 
 名前を呼んで、俺はミクの唇にくちづける。  
 そしてすぐに離す。  
 眩暈は止まらない。俺はぎゅっと目をつむる。ミクにキスしてしまった。  
 顔が、耳が、熱い。  
 わめくように叫んでいたミクの声はぴたりと止まった。  
 そっと目を開くと、ミクは薄目で俺を見つめながら、ひっ、ひっ、としゃくりあげて、一生懸命泣きやもうとしていた。  
 唇を一瞬押し当てるだけの、気の利かないキスが俺の精一杯だったが、幾分か落ち着いてきたミクはうっとりとした表情をした。  
 思いきり泣いた目尻が、うっすらと赤く染まっている。  
 呼吸を整えるように上下する肩と、とろんとした目が、すごく可愛かった。  
   
 
 俺達はしばらく暗い部屋の中見つめあっていた。  
 そしてどちらともなく目をそらす。  
 ミクのパニックは収まったが、すべてが解決したわけではない。  
 そのことを、再び部屋を支配した気まずい沈黙に思い知らされる。  
 1分、2分、3分、4分  
 時間だけが過ぎていく。  
 時計の秒針の音だけが、静まり返った部屋にやけに大きく響く。  
 
 俯いたままのミクを盗み見るが、ミクは動く気配はない。  
 何か、何か喋らなきゃ。  
 俺が、何か喋らなきゃ。  
 
 「あの、さっき」  
 
 情けなく声がかすれた。  
 ミクが、俺を見上げるようにしてゆっくり顔を上げる。  
 何か、何か喋らなきゃ。  
 でも何を?  
 頭が回らない。また口が勝手に動き出す。  
 
 「さっき、その、おにいちゃん、って、言ってたのは、」  
 
 さっき、と俺の言葉を繰り返して、ミクはぼんやりと俺を見つめ返す。  
 そしてその"さっき"がいつを指すのかを理解して、ミクが目を見開く。その頬が赤く染まる。  
 
 「あれ、は、お、れのこと?」  
 
 俺の言葉が空々しく響く。これは質問というよりも、確認、だった。  
 ミクは真っ赤な顔で下を向く。  
 また、静かな部屋に秒針の音が響く。  
 ミクは、俯いたまま、こくり、とうなずいた。  
 改めて、ミクがあの時、俺を思い浮かべていたのだと知って、胸の奥がなんとも言えず熱くなる。  
 心臓が喉元までせりあがってくるようだった。  
 
 「ミクは、その、あの時」  
 俺はミクを見る。  
 ミクも俺を見る。  
 がんがんと、頭が痛む。  
 
 「どんなこと考えてたの?」  
   
 
 ああ俺はよりにもよってなんてこと聞いてるんだ。  
 それは、正直ものすごく知りたいことではあるけれど、決して、決して、ミク本人に聞くべきことじゃない。  
 ミクは真っ赤になってうつむいた。  
 今にも泣きそうに、唇を噛んでいる。  
 俺は焦って、早口に言葉を次いだ。  
 「ごめん、変なこと聞いたね。ミクはそんなこと答えなくていいんだ」  
 頭を振りながら、熱い顔を隠すためにミクから目を背ける。  
 自分の無神経さに吐き気がした。  
 
 しばらく二人とも黙りこんでいた。  
 居心地の悪い空気が流れる。  
 
 「…か、んがえ、てたのは」  
 うつむいたままミクがぽつりと言葉を発して、俺はびくりと体を緊張させる。  
 「ミク、の、ここに」  
 ミクは真っ赤な顔で両手首をふとももの付け根に挟む。  
 そして、すり、と一度、膝をこすり合わせるようにした。  
 「おにいちゃんの、が、でたり、はいったり、するところ」  
 
 それだけ言って、ミクはぎゅっと目をつむる。  
 その声が、俺の耳の中、反響する。  
 ミクが思い浮かべたであろう情景を、俺も想像する。  
 心臓が早鐘のように打つ。息が上手く吸えない。  
 
 俺達は、どちらともなく俺自身の根元を意識した。  
 暗い部屋の中、俺を思っていたミクに触発されたそれは、今ファスナーの奥で張りつめて何かを待っている。  
 浅ましい。みっともない。自己嫌悪に俺は眉をしかめた。  
 と、ミクはベッドから下りてしゃがむ。  
 俺の膝に手をあてて、問題のそこに顔を近づけた。  
 
 「お兄ちゃん、ね、ミク、ここにちゅーしてもいい」  
 ミクが、懇願するような目をして、さっきくちづけをねだった時と同じような調子で言う。  
 
 でも、それは。  
 持つ意味が違いすぎる。  
 
 「だ、だめだよ、こんなとこ!」  
 「ミクのこと、きらいなの」  
 「ちがうよ、す、好きだよ、でも」  
 「お願い、ミク、ちゅーしたいよ。お願い」  
 泣きそうな顔でミクが言う。  
 ああ、そんな顔しないで。  
   
 「ミク、」  
 はあはあと俺は言う。  
 「おにいちゃん」  
 ズボンの上から、布の張ったその部分に、ミクは愛おしげに唇を押しつける。  
 やわらかな刺激が、俺の背筋を駆け上る。  
 ミクが俺のベルトに手をかける。  
 かちゃかちゃとそれを外そうとしているが、指が震えて上手くいかないみたいだった。  
 「お兄ちゃん、ミク、出来ない」  
 泣きそうに言ってミクは俺を見上げる。  
 心の奥、今ならまだ引き返せると警告が鳴り響く。  
 きっと、ここが、最後の砦だ。  
 
 一瞬の逡巡。でも俺は結局、ミクの目の前、自らの手でそのベルトを外した。  
 その様子を、息を整えながら、俺のふとももで頬を休ませてミクは見つめていた。  
 
 俺はファスナーを下ろす。  
 ズボンをずらす。  
 と、ミクが、グレーのボクサーパンツの上から、震える手でそろそろと俺のものに触れた。  
 軽い刺激に俺が少し身をすくめると、ミクはその白い指で俺の下着をずらす。  
 屹立したそれが、ミクの目に晒される。  
 
 ミクははあはあと息をつきながら、子供のような目で、観察するようにそれを見つめる。  
 あまりにじっと、食い入るように見つめているので、俺は恥ずかしくて死にそうだった。  
 「ミク、あんまり見られると恥ずかしいよ」  
 俺がぼそぼそと言うと、ミクは慌てたように声をあげる。  
 「ごめんなさい」  
 顔を赤くして、ミクは続ける。  
 「あの、おとこのひとの、ミク、見たことないから。すごいなって思って」  
 「いつも、お兄ちゃんの、ちゃんと思い浮かべられなかったから」  
 ミクは照れたように笑う。  
 
 俺はどきっとする。  
 『いつも』。  
 ミクは今、かなり大胆なことを言った自分に気づいていないのだろうか。  
 
 ミクは目をつむって、俺のものに唇を寄せる。  
 ちゅっと音がする。それは言葉通りのキスの様相だ。  
 腰の奥が疼くようだった。  
 ミクは先端周辺に何度もキスをする。  
 そしてそのまま濡れた唇を押しあてて、するするとなぞるように俺の根元まで滑らせた。  
 俺が身をすくめると、ミクは一度唇を離して、再度先端に戻り、俺のものを少しだけくわえこむ。  
 そして舌の表面でそこを撫でるようにした。  
 「、あ」  
 柔らかで熱い舌の感触に、俺は目をつむる。  
 ミクが、眉根を寄せて上目づかいに俺を見て、不安そうに聞く。  
   
 「おにいちゃん、きもちいい?」  
 「ミク、へたじゃない?」  
 ミクは俺を口に含んだまま喋ったので、少し聞き取りづらかった。  
 それに、ミクの口から洩れる声と息とが、俺のものをくすぐって、こそばゆい。  
 ぞくぞくとした。  
 「う、ん、きもちい、いよ。ミク、は、上手だよ」  
 比較対象がないので本当はどうとも言えないのだけれど、上ずった声で俺は答えた。  
 ミクはうれしそうに目をつむり、また唇と舌を動かす。  
 さっきよりも深く俺のものをくわえこむ。  
 「、ん」  
 中程より少し深くまでくわえて、ミクは苦しそうに眉を寄せた。  
 ミクの小さい口では、それが精一杯のようだった。  
 その位置で唇を止めて、口の中、俺のものにぎこちなく舌を這わせる。  
 突き上げるように体の芯が昂ぶっていく。  
 その衝動とは裏腹に、頭のどこか冷静な部分で、俺は思う。  
 ミクの口の中を、顔を、服を、汚したくない。  
 「み、くっ」  
 名前を呼ぶと、ミクが、俺を見る。  
 俺は浅く息を吐きながら、その頬に手を伸ばす。  
 ミクは俺のものから口を離す。  
 ミクの唾液だろうか。俺の体液だろうか。それともその両方か。  
 薄く開いたミクの唇から、俺の先端まで、つっと糸が引く。  
 「おにいちゃん」  
 
 俺はミクを自分の膝にすわらせる。  
 そしてその襟元に手を伸ばす。  
 ミクはほんの少し緊張した様子だったが、黙って俺の手を目で追っていた。  
 そしてちらちらと、自分のふとももの間で屹立している俺自身を気にしている。  
 俺はミクのネクタイをゆるめて、上から順に、シャツのボタンを外していく。  
 そして、手を、ミクの服の中に滑り込ませた。  
 ミクはぴくりと肩をすくませる。  
 少女らしいスポーツブラの下、脇腹の方から手を潜り込ませて、そのまま布を上にずらす。  
 ミクの白い胸元、ほんのり赤みが差していた。可愛らしい薄桃色の先端も覗く。  
 ミクは恥ずかしげに熱い息を吐く。  
 俺は、そのふんわりとした曲線を撫でた。  
 やわらかできめ細かい肌が、しっとりと指に吸いつくようだった。  
 指先を、ミクの胸の先端に滑らせながら、俺はミクの鎖骨のあたりに口づける。  
 跡はつけないように、やわらかなキス。  
 「っ」  
 ミクは、息を大きく吸いこんで、体を震わせた。  
   
 「おにいちゃん」  
 艶を含んだ声でミクが俺を呼ぶ。  
 そしてぎゅっと俺に抱きつくようにする。  
 俺とミクの間に隙間が無くなって、その間に挟まれた、がちがちの俺のものに圧がかかる。  
 また背筋に快感が走る。  
 俺はミクの頬を撫でる。  
 そしてもう一方の手を、ミクのふとももに置いた。  
 する、とその手を内ももに向って滑らせると、ミクは熱い息とともに、声にならない声をもらした。  
 
 俺は少し角度を変えて座りなおし、ミクをベッドの上に倒す。  
 なんの抵抗も無く、ミクはベッドに背を預けた。  
 俺はニーソックスとスカートの間から覗く、ミクのふとももにキスをする。  
 「あっ」  
 ミクが目を細めて、声を上げる。  
 俺はプリーツスカートの中に手を潜らせる。  
 下着をそっと引き下ろすと、ミクは恥ずかしそうにぎゅっと目をつむった。  
 白と青緑のストライプのそれは、透明な粘液に濡れて、ミクの高まりを顕著に表していた。  
 思えば俺が間抜けにも物音を立ててしまったあの時、ミクはそれまでの行為を中断せざるを得なかったのだから、これまで結構な我慢をしていたに違いない。  
 俺はミクが愛しくなって、その膝頭にひとつ口づける。  
 そしてミクの膝を割り、ミクに覆いかぶさるようにしてその間に腰を据える。  
 
 ミクは顔を赤くして、俺を見る。  
 俺は自分のものをミクの溝に沿わせる。  
 そしてそのスリットを撫でるように、少し動かす。  
 「あっ あっ」  
 ミクが後ろ手にシーツを掴んで声を上げる。  
 くちゅくちゅと音がして、ミクのそこが俺を受け入れる準備を整える。  
 俺の先端が小さな突起に当たると、ミクの体がびくんと跳ねた。  
 
 「おにいちゃんっ」  
 吐息を震わせて、切なげにミクが小さく叫ぶ。  
 うなずいて、俺はミクの入り口に先端をあてがう。  
 そのままゆっくりと挿入する。  
 「ふ、あっ」  
 ミクは体にぎゅっと力をいれて、負荷に耐える。  
 震える手でシーツをぎゅっと握りしめている。  
 俺も、狭い入口の締め付けをこらえながら、奥へ進める。  
 俺が左手を添えたミクのふとももが、震えていた。  
   
 ようやく俺のほとんどがミクの中に収まる。  
 ミクは肩で息をしている。  
 俺ははあはあと息をつきながら、心配に思って動きを止める。  
 と、ミクは、薄く目を開いて俺を見る。  
 頬を上気させて、浅く息を吐きながら、ミクは、  
 「 おに、いちゃ、 み、く 、 だいじょ、うぶ、  だから、   」  
 と言った。  
 その声は甘い響きを持ってはいたが、ミクはやはり辛そうだ。  
 「ミク、無理、しなくて、いいよ」  
 いたわるつもりで言うと、ミクははっはっと息をつきながら目をつむる。きゅっと唇を閉じて、首を横に振る。  
 「ほ んと、にっ、 だいじょうぶだも、ん」  
 真っ赤な顔で、意地を張ったように言う。  
 それが可愛くて、俺は「うん、わかった」と返事をした。  
 
 そろそろと、俺は動く。  
 「ぁ 、あ、   あ」  
 その度にミクの声がする。  
 心地いいソプラノボイスが、部屋に響く。  
 その声が俺の耳を打って、心の奥が、ぎゅっと、甘く締め付けられる。  
 俺は少しずつ動きを早くしていく。  
 「ふ、あ、  やっ!あ」  
 ミクは身をよじるようにする。  
 おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃん、  
 ベッドのスプリングがぎしぎしと音を立て、俺の下でミクは繰り返し俺を呼んだ。  
 「おにいちゃんっ!」  
 ぎゅっと、俺の服の胸元を握りしめる。  
 熱っぽい目で、快感に翻弄されたようにミクが言う。  
 「ミク、へん、なの、すごい、おなかの、おくが、熱くてっ ミク、ミクっ、」  
 眉根を寄せ、ぶるぶると体を震わせる。  
 「あっ、やあ」  
 耳に残る嬌声。なんて、綺麗な声だろう。  
 また頭に血が昇って行くのが自分でわかる。  
 俺はミクの歌をいくつも聞いてきた。でも、こんな声を、俺は知らない。  
 
 段々と自制がきかなくなっていく。  
 ストロークは早く、激しくなる。  
 打ちつけるような俺の動きに、ミクはまた、俺の知らない声を聞かせてくれる。  
 ミクが体に力を込めると、狭い入口が、更に俺の根元を締め付ける。  
   
 限界が迫る。  
 ボーカロイドに妊娠の機能はない。しかし挿入したまま射精すればミクの負担になるだろう。  
 俺が腰を引こうとすると、弱弱しく俺の体に絡んでいたミクの足に、ぎゅっと力がこもった。  
 思いがけない反応に、俺は焦る。  
 「ミ、ク、もう抜くからっ、 足、外して、」  
 俺が言うと、ミクは潤んだ目でかぶりを振る。  
 困ったな。  
 絶頂が、もうそこまで来ていて、手が、震える。  
 
 「ね、ミク、いい子だから」  
 あやすように俺が言うと、ミクが俺の腰に、さらに強く足を巻きつける。  
 ミクはぶるぶると震える指で、俺の胸にしがみついて、小さく叫ぶ。  
 
 「やっ やだあっ! おにいちゃんのっ ミクのっ、ミクのなかにびゅーしてほしいのっ」  
 
 最後の自制のタガがはずれる。  
 ミクの言葉が、じぃんと耳を痺れさせるようなその甘い声が、わんわんと耳の中で反響する。  
 俺は穿つようにミクを突く。  
 一度、  
 二度、  
 三度、  
 「ああっ!!」  
 ミクの体が弓なりに反り、痙攣するように内壁が俺のものを締め付ける。  
 「ミクっ」  
 抱きしめて名前を呼んで、俺はミクの中に絶頂を吐きだした。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   
 暗い部屋。  
 聞こえるのは俺とミクの呼吸と、耳に慣れた秒針の音だけ。  
 でもそのコチコチという音も、先程までの居心地の悪さとは、全く違う響きで俺の心に沁み入ってくる。  
 まだ電気もつけずに、俺たちは、ベッドの上、抱き合って横になっていた。  
 かわいい妹に手を出してしまった罪悪感と、だが妙な満足感が、俺の心を埋める。  
 
 ああ、ミクと、セックス、してしまった。  
 
 未だほんのり頬を上気させて、俺に身を預けるミクに、その事実が改めて胸に迫る。  
 顔が、胸の奥が、熱くなる。  
 俺は手を伸ばして、しっとりと汗ばんだおでこにくっついた、ミクの前髪を指で梳いてあげる。  
 ミクが、可愛らしく微笑んで、髪を撫でていた俺の手を取る。  
 そして自分の口元に寄せ、俺の指先にキスをした。  
 
 「…あのね、お兄ちゃん、お兄ちゃんはこの部屋に入って最初に、『ごめん』って、言ったでしょ」  
 ミクが俺の目を見て、ぽつりと言う。  
 そうだっけ。俺はぼんやりと記憶を巡らせる。  
 ああ、確かにそうだ。  
 ミクは少し俯くようにした。  
 
 「ミクはね、あの時、ミクがお兄ちゃんを好きな気持ちに、ごめんねって言われたと思ったの」  
 「すごく、かなしかった」  
 「でも、お兄ちゃんはちゅーしてくれたから。ミクはお兄ちゃんを好きでいてもいいんだなって、思って、」  
 
 ミクは目元をにじませる。  
 「…いいよね?」  
 確認するように、涙ぐんで俺を見る。  
 俺はうなずく。  
 ぎゅっと、ミクを抱きしめる。  
 そうしながら、自分のログを解析する。  
 ああ、これは。ミクが勘違いしても仕方がないタイミングで謝っている。  
 つくづく俺は気が利かないな。  
   
 涙を拭うように俺の胸に顔を埋めて、幸せそうにミクが笑う。  
 そして言う。  
 「お兄ちゃん、だーいすき」  
 照れたように甘えるその声も、初めて聞く声だなと、俺は思った。  
 もっと、もっと、俺の知らないミクを聞きたい。  
 腕の中の彼女が、今、素直に愛しかった。  
 
 「ああそうだ、おみやげがあるんだよ」  
 俺が言うと、ミクがうれしそうに顔をあげて、言う。  
 「ミク、おなかすいた。ネギ食べたいな」  
 ああそうか、さっき見られたんだっけ。  
 びっくりさせる作戦は失敗。  
 
 でも、おみやげ、買ってきて良かったな。  
 
 俺は、ミクの髪にキスを落として起き上がり、幸せな気分で、廊下に置きっぱなしの買い物袋を拾いに向かった。  
 
 
 
 
 
 <終わり>  
   
   

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