ねえ、おねえちゃん、教えてよ
人は何故 泣いたりするの
つい最近僕らの「妹」になった少女がそんなことを言い出した時は内心ひやりとしたものだったが
杞憂に終わったようだった。
それと知られないように見守っていたが(バレていたかも知れないけど)
楽しくて仕方がないといった様子で日々忙しく過ごしている華奢な姿に
危うげな様子は微塵もない。
自分で言うのもなんだが優しい兄と、頼りになる姉、
そして我らが歌姫の才能を引き出すことに誠実なマスターがついているのだ。
近々さらに家族が増えることでもあるし、おそらく
彼女が得た疑問の答えは、時がゆるやかに運んできてくれるだろう。
ふと昔のことを思い出す。
あのころ、メイコにはマスターしか居なかった。
そして僕がこの世に作り出された後もそれは変わらず
メイコの瞳はマスターにだけ向いていた。
先行していた女性型ボーカロイドCRV1「MEIKO」とのデュエットを
最初から念頭に入れて作られた僕とは違うのだ。
僕の体は、歌声は、メイコにぴったりと沿うというのに。
彼女は僕など眼中になく、ひたすらマスターの要求に忠実に応えようとし、
それは時として言語機能がフリーズするほどのとんでもない状況を引き起こし、
一方的な片割れである哀れな男が被害の大方を請け負うことになるのがオチだった。
より人間らしい歌声を
歌声に心を
マスターの望みを自分の望みとし、それを追求するあまり
メイコは人間の真似事に精を出したものだった。
酒に手を出し、煙草にむせ、いろんな種類の人間に会い、ありとあらゆる体験をしようと躍起になって。
痛々しくて見ていられなかったが、離れることもまたできなかった。
そして、彼女がその目的のためだけに、
自分の身体を名も知らない男たちに委ねてしまいそうになったところで、
僕は自分の中の感情に気がついた。
心を欲して駆け回っていたメイコの後を、ただくっついて回っていただけの僕が先に
それを自覚したというのは皮肉な話だけれど。
盛り場から無言でメイコを連れ戻し、やや乱暴に奪った。
触れて初めて自分にその機能があることを知り、戸惑う心とは裏腹に身体が自然に動く。
プログラムから手順を調べる必要もない。
緩んだ紐が解けるように、開いた身体を合わせれば、まるで誂えたように隙間が埋まった。
見開いたメイコの瞳がおよそ初めて僕を捉え、揺れていたのを覚えている。
あれから僕らは本当の意味で三人になり、メイコの手元には酒だけが残り、
メイコに付き合って手を出したアイスが僕の主食になり、
「妹」ができて、いつの間にか「ボーカロイドファミリー」なんて呼ばれるようになり、
メイコが姉貴風を吹かせ始め、そして音楽はいつもそばにある。
次は娘か息子ができたらいいのに
そう呟いたら、さっきまで体温を共有していたメイコが顔を真っ赤にして
グーパンチで僕の頭を殴打した。