霧深い森の中、よく似た顔の二人の子供が歩いていた。
男の子が、泣いている女の子の手を引いている。
「うう…ぐすん…こわいよぉ、レンにぃ…」
こんな時だけ双子の“兄”として頼られることに半ばうんざりしつつ、レンと呼ばれた少年は同い年の妹を慰めた。
「泣くなよリン。こんな事もあろうかと思って、ちゃんとバナナの皮を道々置いて来たんだ…えーと」
だが、置いて来たはずのバナ皮が見当たらない。
「確かに置いたんだけど…はっ」
重大な事実に思い当たる。
(カイト義父さんは皮も食べるんだった…)
人間コンポストめ地球に優しすぎるぞ、などとレンは毒づいてみるが自体の悪化は免れようもなかった。
「ごめん、リン。もう帰れないかも…」
「そんな…ヤダよ、私帰りたいよ!どうにかしてよレンにぃ…どうして帰れないのよ…」
「そんなこと言ったって、道標のバナ皮が無いんじゃ…」
ぐにゅズルンっ
「うわ!まだ有ったぁぁぁぁ!」
足を滑らせたレンは林道の脇に広がる森の中を転げ落ちた。
「ちょっ、きゃーー!」
もちろんリンと手を繋いだまま。
────────
「う…いてて…」
少しのあいだ気を失っていたレンは、自分の身体を調べてちょっとした擦り傷だけしか負っていないことを確かめてからリンを探した。
「リン!大丈夫か?!居たら返事しろ!ぺちゃぱい!!」
返事は無い。
(ああ、どうしよう…俺がバナナで転んだばっかりに…ん?)
と、リンの安否で混乱しかかったレンに不可思議な、森にそぐわない香りが届いた。
(なんだこの甘い匂い…)
レンが匂いの強まる方角に草木を掻き分けて進むと、
「…なんだこりゃ」
少し開けた場所に、立派な立派な、お菓子の家が忽然と姿を現わした。
(うっ、なんて甘い匂い…近付くだけで胸焼けしそう)
森に連れて行かれる際、道標のためにバナナを目茶苦茶食べたレンはお菓子を食べたいと思わなかった。
(なんでこんな辺鄙なところにお菓子の家が…ムネオハウスならぬムネヤケハウスかっ)
と、寒すぎて太陽が核融合を自粛しそうな小ネタを思案しながらもレンはリンを探した。
いたって真面目である。
「こ、これは!」
何かを見つけて、レンはお菓子の家に駆け寄る。
「…うむ、うめぇな」
バナナチップスである。
「ふぅ、バナナチップス全部くってしまった。…リン探すか」
やっと動きだしたレンは、お菓子の家に突入した。
べちょガチャ
チョコレートで成型されたドアノブを手をべったべたにしながら回して玄関から入ると、長い廊下にドアが幾つも並んでいた。
一番手近なドアに手を掛ける…が、開かない。
二番目の部屋に入ると、100インチはあろうかと思われる大型プラズマディスプレイが壁に据え付けられていた。
ディスプレイが映像を映し出す。
映像では空色の髪をした女の子が机に突っ伏してうたた寝していた。
『ZZZ…うーん、契約農家産ネギ、ウマすぎる…ジュル…ZZ…グー…』
プラズマディスプレイの仕組みがわからないビンボーショタレンは、薄っぺらな画面をバンバン叩いて中に居る(正確には映っている)女の子を起こそうと試みた。
「あの、この家の持ち主の方ですか?僕と同じ髪色をしたツルペタロリを見掛けませんでしたか?相当なぺちゃぱいなんですけど」
ぺちゃぱい、の言葉を発したあたりで、映像の女の子の肩がピクっと動く。
レンに仕組みはわからないが、マイクやカメラで室内の様子はあちらに伝わるようだ。
『…今、なんつった』
顔を起こした女の子の眉はつり上がって居た。
映像の華奢な女の子が発しているとは思えないドスの利いた声が部屋に響く。
だが確かにさっきの寝言と同じ声だ。
「えっと、僕と同じ髪色の」
『違うっつーのよ。アンタ、確かに今、私に向かって“ぺちゃぱい”っつったわよね?』
「い、いや違います!それは僕の妹を説明しようと…」
『言い訳なんか聞きたかないのよ。しかもアンタ、私が汗水垂らして働いた自分へのゴホービとして建てた夢の家を食べたわね?』
「あっ……ごめんなさい」
『謝ったって許してなんかやらない。ポチッとな!』
空色の髪の女の子が何かのスイッチを操作したと同時、部屋の扉に、ガチャリ、と錠が降りる。
『その部屋でしばらく反省するがいいわ。室内のお菓子は食べてもいいけど、歯なんか磨かせてやんないんだから。一週間ほどして虫歯だらけになったら出してあげる。アハハハハ』
「なっ、ちょっと待ってよ!」
レンの抗議を聞く間もなく、プラズマディスプレイは沈黙してしまった。
「どうしよう…リンもまだ見つかってないのに…」
────────
「まったく、今日は不届きものが多いわねぇ」
黄色い少年の部屋の音声やプラズマディスプレイの出力を切り、スピーカーも切る。
科学の限界を超えてやってきた魔女っ子ミクは憤慨していた。
せっかく沢山、現代のMP(お金)を注ぎ込んで建てた夢の家が、訪れる人みんながバクバク食ってゆくのだから怒るのも無理ない。
「さて、最初の二人はどうなっているかな」
実は今日お菓子の家を訪れたのはレンだけではない。
先客として青い男と赤い女のカップルが別室でもてなされていたのだ。
レンが捕らえられている所と同じ作りの別室に二人は捕らえられていた。
「ん…?何やってるのかしら」
ミクの前には、テレビ局のように各部屋の映像が映し出しされた小さなサブモニターが並んで居る。
サブモニターでは何をやっているのかよく分からなかったので、コンソールを手早く操作し大画面のメインモニターに男女の部屋の様子を大写しにした。
「……………」
画面を見、絶句。
『あっ、カイトさん!奥に、奥に当たってるのぉ!いい!すごいいい!』
『うん…!僕、も、メイコさんの中、気持ちいい、よ!あの子達二人の、代わりを、早く作ろうね!』
「…………………………」
音声を聞き、赤面。
あわててメインとサブのモニターを消し、各部屋直通のマイクのスイッチを入れ抗議する。
「ちょちょちょっとぉぉぉ!ひ、ヒトん家で何やってんのよおお!み、見ちゃったじゃない!」
『…ああ言ってますけど、どうしますかカイトさん?止めます?』
女の声が、男に尋ねる。
『意地悪だな、メイコさんは。ここで止めるのは無理ですよ』
『ふふふ、ですよね…聞いてのとおりよ。もう少し、貴女のお家かりるわね♪』
また断続的な喘ぎや情事の水音がスピーカーから響き出し、耳まで真っ赤にしたミクは慌ててスイッチを切る。
「し、信じらんない…!見ず知らずのヒトんちであんな事するかフツー?は、恥を知れ!」
見てしまった恥ずかしさを紛らわそうと一人で毒づいていると、玄関のカメラが人影を捉えた。
先ほどの男の子とよく似た少女が、お菓子の家に入ろうか入るまいか迷っているところであった。