「ふ〜、ダメだ。もう寝よっかな」そうつぶやいて時計を見た。もう3時か。  
いくら明日は土曜とは言え、ずっとPCの前に座りっぱなしだ。それにしてもこのKAITOーー。  
1ヶ月前、たまたま動画サイトで耳にした歌声。  
その伸びやかな声はまさに理想の男性のものだった。  
この声で、私だけに歌ってくれたらどんなに癒されるだろう。  
どうせ暇な独身OL生活。時間ならある。  
ところがウキウキと勢いで注文してしまったそのソフトの扱いの難しさときたら、予想を越えていた。  
どうやってもうまくいかない。いじればいじるほど理想の歌声から離れていく。  
 
もう、あきらめようかな。溜息をつきながら席を立つ。  
「…ごめんなさい。うまく歌えなくて。」  
…え?  
振り向いても、そこには机の上でPCが小さくファンの音をたてているだけ。  
うわ、ついに幻聴が聞こえるようになったよ。これは早く寝ないとダメだ。  
頭をブンブン降りながら洗面台の前に立つ。  
とその時、鏡にうつる自分の背後にちらりと人影が見えた。  
 
…男?ワンルームのこの部屋に?鍵はかけてあるはず!  
血の気がひき、足が震えるのが分かる。どうしよう。どうしよう…!  
 
つ、と髪をアップにした首筋に後ろから何かが触れた。  
「−−−っ!」  
大声を出して助けを求めないと。  
 
でも声が出ない。殺される−−−!?  
 
しかしうなじに触れたその男の手は絞めることなく、ふわっと後ろから私の体を両腕で抱きしめた。  
「マスターごめんなさい、驚かせて。大丈夫だから安心して」  
鏡にうつる男の青みがかった髪。そして顔。やさしい声。理想の声。  
 
KAITO?  
いや、そんなバカな。  
 
溜め息をつき、  
「とうとう幻覚まで見えるようになったかぁ…そんなに男に飢えてたかな?」と  
つぶやきつつKAITOの手を振り払って顔を洗う。  
 
「ま、マスタぁー」  
「うるさい幻覚。とっとと消えなさい」  
「そんな!うまく歌えないから、せめてお詫びをと思ったのに…」  
「幻覚って会話もできるのね」  
顔を拭きながら感心してみる。  
 
「幻覚だと思うなら、それでいいです」  
また、後ろから抱き締められ、今度は耳元で囁かれ首筋に口づけられる。  
「…ぁ…!」  
KAITOの声と吐息に、さっきの恐怖とは別の感情が沸き上がる。  
「…幻覚にしてはリアルすぎなんだけど…」  
「気持ちいい?マスター」  
「ん…」  
KAITOは私の耳たぶを甘噛みしながら両手をゆっくりと胸元に添えていく。  
Tシャツの上からノーブラの胸の先端を撫で転がし、そして優しく揉みしだく。  
「ぁ…っ」  
それに敏感に反応し、背中がぞくぞくと粟立つのがわかる。  
幻覚?それとも夢…?  
 
それを確かめるすべもないまま、いつの間にかKAITOの手はTシャツをまくり上げ  
乳房が露わになる。乳首を弄りながら、片手で私の顔を振り向かせ、そっと唇にキスをする。  
 
KAITOは唇を離すと、にこ、と微笑み。  
「マスターと、ずっと、こうしたかったんです」  
とあまりにも好みの声で、あまりにも好みの顔でささやく。  
もうこの時点ですっかり体の力が抜け、完全に彼の愛撫にこたえるだけの私。  
 
そして彼は今度はより深く口づけ、遠慮なく舌を入れてきて歯列をなぞり舌を絡めとる。  
手は胸から脇腹、下半身へと移動し…  
ショーツの中に手を差し入れる。  
 
「ちょ… 」  
「え。ダメですか」  
 
だって、そんな…  
 
だって。  
 
「濡れてますよ?」  
 
 
…。  
 
KAITOの指が私のそこをゆっくりと前後になぞり、力を強めていく。  
顔が火照り、自分でも、驚くくらい濡れているのがわかる。  
 
くちゅ、と音がして指が入ってくる。  
「あ…っ」  
びく、と背中が反り返り、力が抜け、洗面台のふちに手をかける。  
 
KAITOは後ろから私の体を支えながら、なおも指を入れてきて私の体を中からかき回す。  
腰にあたるKAITOのそれが、大きく、硬くなっているのがわかる。  
 
「ぁ…ぁ…もぅ…」  
 
KAITOは一度指を抜き、私のパンツとショーツを下ろすと、彼自身のものを出し私のそこにあてがう。  
何度か、やさしくそれを擦り付けた跡、後ろから、ゆっくりと熱いものが私の中に入ってくる。  
 
「ん…ぁあああぁぁ…っ!」  
私は肉壁を割ってくる彼を受け入れ、洗面台のふちをつかみ、声を上げることしかできない。  
 
完全に根元まで入ったところで、KAITOは動きを止め、後ろから抱き締めてくる。  
彼の荒い息遣いを首元に感じ、泣きそうな気持ちになってくる。  
 
…しばらくそのままじっと抱きしめられ、だんだん我慢ができなくなり  
「ね…KAITO、お願い…」  
と、小さな声で強請ってみる。自分のそこがひくついているのが感じられる。  
私の中で、動いて…?  
 
「何です、マスター?」  
「ぇ…だって」  
 
「俺、これからどうすればいいかわからないんです。  
 少し、アダルトサイトで勉強はしてきたんですけど」  
 
…嘘。  
 
「初めてなんで」  
 
…ほんとに?  
 
「だって、もぉ、だって…」  
と言いながら、自分がKAITOに何をお願いしているかもわからなくなり、  
恥ずかしさに震えながらも、自分の快楽のために腰が動き出してしまう。  
息が荒くなり、汗が噴き出す。体液が内股を伝う。目尻から涙が染み出す。  
「は・あ。あっ。あっ…」  
 
 
「…なんてね」  
 
え?  
 
KAITOが、そっと私の顎をつかんで顔を上げる。  
 
洗面台の鏡がある。女性向けのワンルーム、少し大きめの鏡。  
そこには。  
Tシャツを首まで捲り上げられ、ショーツも足首まで下ろされて  
立ったまま後ろから男に貫かれながら腰を振る、自分の、淫らすぎる姿。  
 
「いやあぁ…っ!!」  
あまりの恥ずかしさに、涙がぼたぼたと洗面台に零れ落ちる。  
「マスター、綺麗ですよ」  
言うなり、KAITOは腰をひくと、思い切り突き上げる。  
「ひぅっ!」  
彼は容赦なく、激しく何度も腰を打ち付ける。  
KAITOが入っているそこからは、ぴちゃぴちゃと水音がする。  
「ひどいぃ…あ・あ・あ・ぁ…知らないとか ぁ・う、嘘つきぃぃ… あ!ん・」  
せめてもの抗議をしてみるが、自分でも喘いでいるのか話しているのか分からない。  
「マスター。聞こえません」  
嬉しそうに言いながら、右手で乳首、左手で前から私の敏感な部分を弄ぶ。  
「知ってます?乳首触ると、マスターすごい締まるんです。  
 そんなに締め付けたらイッちゃいますよ」  
「知らな…も・ダメ…ぁっ はっ」  
膝がガクガクして立っていられなくなり、もう限界、と思ったその瞬間、  
KAITOのものが引き抜かれる。  
 
「ひっ」  
ずるりと体からそれが出て行くのに反応して声を上げると、  
ふわりと抱き上げられて運ばれる。  
ベッドに仰向けに横たえられると、アップにしていた髪をほどかれ、  
Tシャツも脱がされて生まれたままの姿にされる。  
KAITOも自分の服を脱いで覆いかぶさる。  
両足首をつかまれ、これ以上ないくらい脚を開かれる。  
「いや、恥ずかし…」  
小さくつぶやくが、今更抵抗できるわけもなく、KAITOのされるがまま  
そこに口付けられ、じゅるじゅるとすすられ喘ぐことしかできない。  
 
そしてまたKAITOのものを入れられ、私の首筋に唇を這わせ、彼は言った。  
「意地悪してごめんなさい、マスター。でも、もう前の男のことは忘れてください」  
「え…」  
「俺知ってます。PCに、まだいっぱい入ってるでしょ。写真。あれ消しといていいですか?  
 たまに、思い出して、マスターがベッドで一人でしてるのも、知ってます。  
 俺がどんな思いで見てたか。わかります?」  
KAITOの声が震えている。好きなんです、マスター。あいつのことは忘れさせてあげる。  
 
嬉しさと恥ずかしさと驚きと快楽と、いろんな感情が一緒くたになって押し寄せる。  
「う……うあぁ…っ」  
気がつけば、KAITOの背中にしがみつき子供のように泣きじゃくりながら  
お互い貪るように体温を求めていた。  
好き。大好き。俺のことだけ考えて?  
ずっと耳元で囁きながら、KAITOは私の中で果て、そのまま抱き合いながら眠りについた。  
 
 
完全に目が覚めたのは、もう太陽が高く上ってからだった。  
KAITOはベッドにいなかった。  
「…やっぱり、夢だった?」  
鏡を見ると、首筋から胸にかけて、ありえない数の赤い痕がある。  
夢であるわけがない。  
「あ!」  
起動しっぱなしのPCに向かい、フォルダを次々開けてみる。  
…ない。検索してもやっぱりない。  
思い出というには胸が痛すぎる写真の数々。それが全て無くなっている。  
一瞬切なさがよぎるが、それよりも吹っ切れた気持ちのほうが大きいことに気づく。  
 
(…消しときました。)  
声が、聞こえた。  
 
------  
…うまく歌えないお詫び。  
昨夜KAITOはそう言っていたが、私がボーカロイド・KAITOのマスターとして  
少しずつ腕を上げ、KAITOの「調教」に成功するようになって来たころ。  
今度はまたKAITOが「そのお礼」として、部屋に現れるようになる。  
お礼はなぜか私を「調教」し返すことらしい。性的な意味で。  
 
それはまだ少し先の話。  
 
(終)  
 
 

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