空気も冷たくなったクリスマスの夜。  
肩出しの服はさすがに寒くて、上にもこもことしたコートを羽織ったミクは、  
冷たい空気の中に白いため息を吐いた。  
白い息も、歌を教わった札幌に比べれば色も薄く、儚い。  
雪も降らない、ただ黒の広がるクリスマスの空を、ミクはただぼーっと見上げている。  
「こ〜ら」  
後ろからの声、と同時に視界がもこっとしたもので覆われる。  
ふんわりとした毛糸の感触と、いつも側にいる人の香り。  
頭からかぶせられた毛糸帽子を押し上げると、目の前にはメイコの姿。  
いつも着ている服と同じ色の、赤いコートに、カイトとおそろいの青いマフラーが揺れる。  
「こんなに寒い中外にいたら、風邪引いちゃうぞ。中に戻ろうか」  
ミクの手をきゅっと握る、メイコの手。  
暖かくて、いつもミクを支えてくれた手。  
だから、もっと不安になってしまう。  
「め、メイコお姉さん……」  
不安げにかけた声にメイコは振り返る。  
元気のないミクを心配するように、メイコはそっと覗き込む。  
「どうしたの、ミク?」  
「あの、その……」  
声をかけたものの、何と言っていいか分からずにミクは口ごもる。  
そんなミクを、メイコは優しげな瞳でそっと見守る。  
やがて、ミクは意を決したように口を開く。  
「メイコお姉さんの弟にカイトお兄さんが産まれた時って、どうでしたか?」  
不安げに胸に手を当てるミク。  
ミクの不安の理由に、メイコはすぐに思い当たった。  
クリスマスには間に合わなかったけれど、もうすぐ祝福を約束されている仲間。  
今まで末っ子だったミクに、初めてできる妹と弟。  
「そうね、カイトが産まれるまでボーカロイドは私一人だったから、  
 私に弟ができたって聞いて飛び上がるほど喜んだわ」  
初めて仲間ができる喜び。  
でも、それと同じくらい大きな不安。  
もう一人産まれた自分の仲間にどう接していいか分からなくて。  
「でもね、いざ会うとなると緊張しちゃってね。最初になんて声をかけようかなんて悩んで一晩眠れない事もあったっけ」  
翌朝寝不足でプロデューサーさんに怒られちゃったと舌を出すメイコ。  
ミクには信じられない。  
いつも自信満々で、ミクにとっては頼れるお姉さんだと思っていたメイコに、そんな事があったなんて。  
「それでね、初めてカイトの部屋の前に立って、初めにかけようと思った言葉を何度も口の中で繰り返して、  
 ゆっくりドアを開けたらね、あの子ったら信じられない事してたの。何だか分かる?」  
 
ふるふると首を振るミク。  
メイコは手で大きさを示す。長さにして30cmくらいの大きさ。  
「これくらいの、筆箱」  
筆箱? ますますミクは首をかしげる。  
「ドアの隙間に挟んであったの。筆箱。私がドアを開けて一歩踏み込んだらちょうど……ね」  
うわぁ、カイト兄さんらしいや、とミクは思う。  
長いマフラーをひらひらさせて、活発に飛び回るカイトはちょっぴりイタズラ好き。  
ミクも枕元に置いておいたネギがいつの間にかニラにすり返られていたりと、カイトのイタズラを受けることもあった。  
でも、彼のイタズラは気が滅入っている時や行き詰っているときの、ちょっとした隙に仕掛けられ、  
彼のイタズラに一通り怒ってみると、今までの悩みなんていつの間にか忘れてしまっている、そんなイタズラ。  
「痛さにつむった眼を開いたら、そこにはゲラゲラ笑うカイトがいてね。そしたら今まで考えていた事が全部吹っ飛んじゃって。  
 気がついたら追い掛け回していたの。こら〜、カイト!!ってね」  
思わず笑いがこぼれる。  
それはミクの生まれるずっと前のことだろうけれど、ミクにはその姿がありありとイメージできる。  
今も変わらない、メイコにイタズラをしては追い掛け回されるカイトの姿。  
「だからね、あんまり心配しなくてもいいと思うよ」  
「え……」  
突然自分の事に話を向けられ、ミクは戸惑う。  
「私だって最初は不安だったけれど、今も何とかミクとカイトのお姉さんをやっていけていけているし。  
 ミクはきっといいお姉さんになると思うよ。私が保証してあげる」  
メイコの手が優しくミクの頭を撫でる。  
いつもこうしてミクの頭を撫でてくれた、メイコの手。  
「さて、そろそろ中に入ろうか。寒くなってきたし……わぷっ」  
メイコの頭に当たった軽い衝撃。  
はじけて砕け散った欠片。冷たく細かい氷。これって……  
「メリークリスマス!!」  
声の聞こえた方向は何かが飛んできた方向は同じ。  
片手に雪球、片手に紙袋を抱え、トレードマークのマフラーを揺らす青年。  
「こら、カイト!! アンタ何してくれたの!!」  
「え〜、やだな。姉さんにプレゼントだよ。ほら、姉さんってホワイトクリスマスになればいいなって言ってただろ?  
 久々の北海道出張だったから、溶けないように頑張って雪玉を持ってきたんだぜ」  
「そんなところで努力しないの!!」  
いつものメイコとカイトのやり取りに、ほっとするミク。  
ミクを優しく包み込んでくれるメイコ姉さんも好きだけれど、  
やっぱりカイト兄さんと仲良くしているメイコ姉さんのほうが、よっぽど彼女らしい。  
「ほら、ミクにもお土産」  
カイトはずいっと紙袋を差し出す。  
「わわ、ありがとうございます」  
反射的に受け取ってしまうミク。  
見慣れた白い恋人の袋。だがしかし、そんなベタな土産をカイトが買ってくるわけがない。  
「赤福……餅?」  
「アンタね、偽装繋がりってのは分かるけれど、何で北海道に行ってきて赤福なのよ」  
「え〜、寒くなるとさ、あったかいお茶に赤福とか食べたくならない? さあ、中入って食べようか」  
メイコの背中を押して、家に入るカイト。  
家に入る手前、もう一度夜空をミクは見上げる。  
赤福の賞味期限には間に合いそうにないけれど、でも。  
「早く会いたいな、リン、レン」  
 

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