ミクは金魚すくい、リンはヨーヨーすくいに夢中になっている。
レンはスーパーボールすくいに目を輝かせていた。
今日は近所の神社の夏祭りの日。
俺たちの誰も、一度も”おまつり”というものに行ったことが無かった。
リンが駅前でこの夏祭りの張り紙を見かけ、それならみんなで行ってみようということになったのだ。
ちょうど最近の仕事でもらった、5人分の浴衣の衣装があったので、俺たちはそれを着て出かけた。
「お兄ちゃん!ミクあれ食べたい!」
「リンね、リンね、射的したいの!」
「…兄ちゃん、おれ、あのお面が欲しいんだけど」
機械らしい正確さで大量の金魚とヨーヨーとスーパーボールをすくい終えた三人が、そう俺にねだった。
はじめてのお祭り、それに、夜に出かけること自体が俺たちには珍しいことで、みんな高揚しているようだ。
きょろきょろとあたりを見渡してはしゃぐ三人に、なんだか俺もうれしくなって、今夜はつい財布のひもが緩んでしまう。
「うん、買っておいで」
三人がそれぞれの屋台に向かって散っていく。
俺も何か食べようかな。
「めーちゃん、俺たちも何か食べない?」
振り向いて声をかけると、めーちゃんは俺の言葉も耳に入らない様子で、もじもじと浴衣の膝の辺りを押さえていた。
「めーちゃん?」
もう一度俺が呼ぶと、めーちゃんは、はっ と慌てたように赤い顔を上げた。
そう言えばみんなはしゃいでいるのに、めーちゃんは家を出てからずっと大人しい。
出かける前は、ミクやリンと揃いの浴衣に、同じようにはしゃいでいたのに。
神社についてからも黙ったままで、なんだかずっとそわそわしていた。
「どうしたの?具合悪いの?」
心配になって俺が尋ねると、めーちゃんは、更に顔を赤くして、ぼそぼそと答えた。
「ち、ちがうわよっ!なんだか、これ、す、すーすーするから、や、っぱり、落ち着かなくて、」
…すーすーする って。
もしかして。
「…めーちゃん、もしかして、あの話信じたの?」
びっくりして俺が聞くと、めーちゃんは えっ! と俺を見上げる。
「しんじ、たの、って、あ、あ、あ、あんたももももしかして」
めーちゃんの顔が真っ赤に染まる。
「ああああれ嘘だったのっ!!!??」
話は家を出る前にさかのぼる。
浴衣の着付けの方法はインターネットで検索すると、結構な数のページがヒットした。
綺麗な朱色の浴衣を手に、にこにこと部屋へ入っていくめーちゃんに、深い考えもなしに俺は言った。
「あ、めーちゃん知ってる?浴衣の時は」
悪意はなかった。いつもの軽口のつもりだったのだ。
「パンツ履かないんだよ」
めーちゃんは一瞬きょとん、と俺を見たあと、もうまたそんな嘘言って!と頬をふくらませた。
「いやいや!ほんとだって。浴衣っていうのは大昔からあるでしょ?それこそ江戸時代とかさ。その頃の人たちはパンツなんか履いてなかっただろ?」
俺がもっともらしく言って見せると、めーちゃんは何か考えているような様子だった。
「だからさ、今も、浴衣の時はパンツ履かないものなんだよ」
…まさか、めーちゃんがあんな話を真に受けるなんて。
めーちゃんは、真っ赤な顔で、半泣きで眉を吊り上げている。
「しし、し、信じらんない!!!あんた、わ、私をだましたわね!!」
いつもなら殴られているところだろうけれど。
めーちゃんの両手は今日は浴衣の前を押さえるのでふさがっていた。
「だ、騙したんじゃないよ、あれはほんの冗談のつもりで、」
「じゃあ、じゃあっ!ほんとは浴衣の時も下着はつけるものなのね!!??」
「き、着物とか、そういったきちんとした和服を着る時は、今も正式にはつけないとか聞くけど」
「ゆかたのときはっ!!」
「…普通はつけるんじゃないかな」
俺はもごもごと答える。
めーちゃんの顔が更に赤くなる。
「なんで家を出る前に言わないのよ!」
「だ、だって、あんな話、信じると思わなかったから、」
俺の言葉に、めーちゃんは、瞳を潤ませて、ぐぐぐっと肩を震わせる。
「カイトのばかっ!!!」
一旦帰る、と言って聞かないめーちゃんを、もうすぐ花火が始まるから、と俺はなだめすかした。
ミクとリンとレンも、花火の前に戻ってきた。
イチゴ、ブルーハワイ、メロン、オレンジ、レモン。
5人分のカキ氷を買って、俺たちは並んで空を見上げる。
真っ暗な夜空に、大きな大きな花火が打ち上げられる。
はじめて見るそれに、俺たちは言葉を無くした。
ミクやリンやレンはキラキラと目を輝かせている。
花火に見とれながらも、めーちゃんは、頬を染めて、憮然とした表情をしていたが、やっぱり不安なのか、それから家に帰るまで、ずっと俺の腕にしがみついていた。
…まあ、その後で、しっかりボコボコにされるんだけど。
それはまた別の話。
もう二度と浴衣なんか着ない!と、めーちゃんは言っていたけれど。
また来年も今日と同じように、皆で、夏祭りに来れたらいいな、と、俺はそう思った。
〔 終わり 〕