「うう、スーパーカップは飽きたなぁ……ラクトアイスはもう嫌だ!! 本物のアイスクリ  
ームが食べたいっ。ハーゲンダッツが食べたいっ」  
 
 と、ロードローラーの上で器用に寝っ転がるカイトが、アイスの空容器をもてあそびな  
がら、クダをまく。  
 その言葉を聞いた者の大半は「なら買えばいいだろう」というはずだ。しかし、それは  
果たされぬ行為である。  
 なぜなら、彼、いや、彼らには財がなかった。  
 
 カネがなければモノは買えない。  
 アンドロイドだから明日の食事に困る、ということはなくても、この文明社会において  
アンドロイド生を全うするには、人間と同じように資金が要るのだ。  
 だから、カイトにとっては一〇五円の氷菓子ひとつも貴重な趣向品だった。今後、消費  
税の増税が行われれば、その深刻さはさらに度合いを増していくであろう。  
 
 このカイトを筆頭に、メイコ、ミク、リン・レン……クリプトン・ボーカロイドの面々  
は、みな一様に貧困の生活を送っている。  
 なぜか?  
 理由は簡単なことだった。  
 
「しょうがないでしょ。だってお兄ちゃんがいったんじゃない」  
 
 と、その横でミクがだいぶ短くなったネギを噛み噛み、カイトの声色を真似て  
 
「ニコニコで鳴らした俺たちは、ブームの波が去って中古屋に売られたが、ワゴンを脱出  
し野良に走った。しかし新宿駅東口でくすぶっているような俺たちじゃあない!! って」  
 
 ばっ、と両腕を天に掲げていった。  
 さらにその横で、リンとレンが批判のまなざしをカイトに向ける。  
 
「で、なにもかも捨ててこんな見渡すばかり原っぱの田舎まで来ちゃった、と。腐れ縁と  
はいえ、付き合う私たちも相当にバカだけどねー」  
「ほんとだよ。兄貴のせいで軽油代稼ぐのも一苦労なんだぞ」  
 
 彼女らの言葉をまとめると、つまり、ブームが去って落ちぶれたボーカロイド一行はさ  
すらいのストリートミュージシャンとして、なぜか牛歩のロードローラーに乗りながら、  
国内のあっちこっちをふらふらしていたわけである。  
 が、そのアマチュア的活動が、そうそう容易く金にならないのは自明の理であろう。  
 そしてその状況に一行を導いた元凶の一部が、カイトだ。  
 
 弟妹たちの白い目つきが突き刺さる。  
 無理もあるまい。彼女らは人間でいえば、十代のそこいらという年齢で、先進国・日本  
の中で発展途上国並の生活を強いられているのだ。  
 カイトが無謀なことを言い出さなければ、今頃はわびしいながらも中古屋で穏便にして  
いられたであろうに。  
 その批判にカイトはたじたじになりながらも、なんとか言い訳をさがす。  
 
「で、でも。やっぱり自由が欲しいじゃないか」  
 
 が、  
 
「おかねがなくちゃ自由にはなれないの。資本主義の基本でしょっ」  
「あぅぅ……」  
 
 無駄な抵抗だったようで、ミクに一蹴されてしまう。  
 
 彼女はブーム華やかなりし頃「おなかすいたうた」のため、諸国を漫遊しつつ食べ歩き  
をしていて、路銀などを自分でやりくりしたためか兄妹の中では経済感覚に優れている。  
 あくまで兄妹の中で、だが。  
 そんなこんなで、追い詰められて言葉を失ってしまったカイト……だったが、そこへ救  
いの手が差し伸べられる。  
 
「はいはい、今更過去を悔やんだところで、どうしようもないでしょ。  
 だいたいねぇ、あんたたちが贅沢すぎんのよ。あたし達第一世代組は下積み時代が長か  
ったんですからね、こんな程度へっちゃらなの。ね、カイト」  
「え……あ、ああ。うん」  
 
 メイコのフォローに、カイトは言葉を濁しながらも同意する。  
 下積み時代というのは要するに、ミクが登場してボーカロイドなるものが一躍有名にな  
るまで期間を指すが、カイトが言葉を濁したのは、メイコの方は下積み時代から、そこそ  
この儲けを出していたからだった。  
 
 実際「ミク後」となり、カイトにも脚光が浴びせられるようになるまで、彼は生活の方  
をだいぶメイコに助けてもらった経緯がある。  
 はっきりいってしまうと、ヒモ、だ。  
 それがゆえに言葉を濁したのだが、彼らより後に生まれたミク達はそんな真実を知る由  
もなかった。  
 
「ちぇっ。お姉ちゃんはいっつも、お兄ちゃんの味方だ」  
「当たり前でしょ。可愛い弟だもの」  
「レンは?」  
「うっさい、揚げ足取んじゃない。さあ、今日はあんたら三人が当番でしょ。カイトなん  
かいじめてないで、さっさと稼ぎにいってきな」  
「……はぁーい」  
 
 と、カイトの言い訳とは比べものにならない強引さで、メイコは三人の弟妹を出稼ぎに  
やってしまった。  
 もちろん、内容は路上ライブである。  
 そしてうるさい弟妹たちの背中が小さくなっていき、やがて消え去ると、静寂が辺りを  
包む。いま居る場所が静岡の市街からやや外れた田舎道ということもあって、音らしい音  
は、風や鳥のさえずり、虫の合掌という程度だった。  
 
 路上ライブは市街で行うものだが、移動手段がロードローラーしかないため、その路駐  
を市街でやるわけにもいかず、郊外にキャンプを構えるような形態をとっていた。  
 
 もっとも、本来特殊車両を通行許可もなしに移動することはできないのだが、それは彼  
らがアンドロイドであって人間でない、ということで法律の適用が効かない……というこ  
とにしておく。  
 ちなみに家代わりもロードローラーだ。  
 
 時刻は夕暮れ。  
 ぼんやりと紅く染まる空の下、がっくりと肩を落としたカイトが「ごめん……」とつぶ  
やいた。それを聞き届けるとメイコは、  
 
「いいのよ」  
 
 ぱっ、と明るく笑って応える。  
 
「あたしは今の生活、けっこう満足してるんだ」  
「……」  
 
 それを単なるフォローの続きだと捉えるカイトは、なおも肩を落としたまま応えない。  
たしかに、大手を振って行脚に出かけたもののまともな稼ぎひとつも生み出せず、あまつ  
さえメイコに慰められていては、長兄の誇りも地に墜ちるというものであろう。  
 だが、当のメイコの想いはそういうところにはなかった。  
 彼女は目を閉じつつ、静かに語る。  
 
「まださ。日本語ボーカロイドがあたししか居なかった頃は、そりゃ心細かった。周りは  
外人だらけなんだもん。あたしバイリンガルじゃないからさ、唯一、意思疎通らしきもの  
が出来たのは、例の坊さんトリオだけだったんだ」  
「……ああ、ディレイ・ラマか。歌えないけど、いい声してたよな」  
「そう。で、そんな時よ、あんたが生まれてきたのは。嬉しかったなァ……ちょっとおち  
こぼれだったけど」  
「め、面目ない……」  
「いや。その後盛り返したし、いいじゃない。それに、あたしはあの頃が自由で一番楽し  
かったのよ。まだブームでもなかったから、二人で色々やったよね」  
「そういえば「将来絶対に売れるから開発援助費よこせ!!」ってヤマハ本社に乗り込んで  
は、つまみ出されたりもしたなあ。間違えて発動機の方に殴り込んだりもしたっけ」  
「あっはは、やったねえ! 懐かしいな……ホント、楽しかった」  
 
 ミク達に「過去を悔やむな」といった割りに、メイコも昔を懐かしむ。が、その笑顔は  
屈託のないものだった。  
 これに、自責の念に駆られていたカイトもつられて笑う。   
 するとメイコは「やっと笑ってくれた」と、カイトに優しいヘッドロックもどきを仕掛  
けながら、またにこにこする。  
 
 にこにこすれば密着状態となるから、お互いの匂いが鼻孔をくすぐる。  
 かつて散々に満喫した香りだ。  
 それが恥ずかしい夜の記憶を鮮明に呼び起こしてしまったのか、メイコは頬をぱっと赤  
らめる。  
 先ほどまでの威勢も、殻にこもるカタツムリのごとき速度で引っ込んでしまうほどだ。  
 
「ねえ、カイト」  
「ん?」  
「ちょうどお子様達もいないし、また昔みたいにさ……」  
 
 いいつつ、しな垂れかかる。  
 刻一刻と暗闇へ向かう、さびれた国道ならぬ酷道で、ぽつんと置かれたロードローラー  
の上に寄り添う男女の姿はなんともシュールであったが、当事者たちにその自覚はない。  
 
「そんな頼み方されたら断れないだろ」  
「断らせるつもり、ないもん」  
 
 あとに言葉らしき言葉はなかった。  
 カイトの腕がにゅっと相手の背中に回り、巧い具合にロードローラーの車体の平坦とな  
っている箇所に押し倒す。  
 その細い首筋に舌を這わせつつ、右の耳たぶを甘噛みするとメイコの肢体がビクンと震  
える……彼女の弱点だった。  
 
 メイコは勝気で、普段はカイトをリードしているような女だったが、情事の時だけはさ  
れるがままを好むのだ。  
 それはカイトの方もよく承知していて、耳たぶを攻めたあと、少しばかり強引な口付け  
を楽しみ、その間に薄く紅い服をはだけさせる……と休み無く動く。  
 豊かな胸を護る下着もさっさと取っ払ってしまうと、男の欲情を刺激する感触が手の内  
に広がった。  
 それをやんわりと揉みしだき、乳首を指でつまんで弄くる。  
 
「んふぁっ」  
 
 と、そこで一声漏れる。  
 
 口付けを交しながらで幾分かくぐもった悲鳴だったが、それを合図にカイトがゆっくり  
肢体から離れると、メイコの眼前に膨らみきった股間をもっていき「ジッパーを降ろせ」  
と腰を振って促す。  
 
「はい……」  
 
 メイコはその指示通りに動き、カイトの欲望を空間に解放する。ぶるん、と長大なペニ  
スが現れた。  
 彼らはアンドロイドだが汗機能もあるため、蒸れて醸成された臭気が立ち上ったが、メ  
イコはそれを嫌がるどころか、むしろ恍惚気味の表情で鼻をぴす、と鳴らすだけだった。  
 それを見てカイトは竿を数回しごくと、彼女の乳首をそれで突いたあとに谷間へ持って  
行き、下から挿入してグラインドを始める。  
 メイコの豊かな胸だからこそできる技だ。  
 
 じっとり汗ばんだ肌と、先端から先走り続ける汁が円滑油となって、にちゃにちゃいや  
らしい音をたてる。  
 が……胸の肉厚による竿への刺激は低いゆえ、運動を幾度も繰返す。その摩擦音と、二  
人の生暖かい吐息がしばしの間、連続していった。  
 これで気分を高めるつもりだったのだが、しかしカイトもメイコも今までだいぶご無沙  
汰だったことを計算に入れてなかった。  
 
 抑圧された性欲は、ちょっとの刺激でいとも簡単に暴発してしまうものだ。  
 ふと気づけばグラインドの速度が増していて、カイトの方から情けない声が出る。  
 
「うぅ、めーちゃんっ。ごめん、なんかもう、ダメ……」  
「ん……いいわ。出してぇ」  
「じゃ、咥えて……髪にかかっちゃうと取れない」  
「んん」  
 
 と、メイコがそのモノを咥えて間もなく、精液が口内から胃へと迸った。その白濁液が  
人間のものと同じく、子を宿させる力をもっているのか、いないのかは定かでない。  
 が、少なくとも臭いや感触は本物同様にメイコへと与えられていた。  
 そして、その全てを飲み干し処理すると、彼女はぺろりと唇を舐めて挑発的な目線をカ  
イトに送るのだった。  
 
「さ、カイト。こんなもんじゃ満足できないでしょ? もっとしてよ……」  
 
 細い指が、再びカイトを誘惑する。  
 
「めーちゃ」  
「まった、それやめ。メイコって呼んで」  
「……メイコ」  
 
 その誘惑に耐えてしまっては男が廃るもの。カイトはメイコの細い体を抱くと、再びそ  
の肉を貪りはじめるのだった。  
 
・・・  
 
 その、一部始終を遠距離から望遠レンズ付のビデオカメラで舌なめずりしつつ撮影する  
影がふたつ。  
 
「けー。バカ兄貴ども、俺たちに仕事押しつけておいて、自分たちはお楽しみなんて虫が  
良すぎらぁ」  
「そうは問屋が卸さないってね。楽しんだ分はお金に替わってもらうから」  
 
 レンと、リンであった。  
 この、最年少なのにやけに勘の良い二人はライブにいくフリをしてミクを撒き、歩を一  
八〇度転回させて裏ビデオの撮影にいそしむ……という暴挙に及んでいるわけである。  
 たしかに、利率はよかろう。  
 だが道徳的には問題がある。  
 いや、路上で平然とわいせつ行為をおこなう兄と姉にも大いに問題ありといえるのだが  
……もはや、それを問うている暇はない。  
 後ろから、またひとつ影が近づいた。  
 その影、音もなく二人に忍び寄るとおおきくネギをふりかぶり、  
 
「チェストぁーッ!!」  
 
 ズゴンッ、と野菜にはあるまじき衝撃力でもって二人を昏倒させてしまう。その構え、  
示現流である。影の正体はいうまでもなく初音ミクその人だった。  
 
「それ犯罪行為。次やったら、ロードローラーでネジの一本まで粉々にしちゃうからね」  
 
 そんな恐ろしいことをいうミクは、レンの落としたビデオカメラを拾って中を覗く。  
 ややあって、ふぅ、と溜息を吐くとその特徴たる超ロングのツインテールでもって倒れ  
伏している弟妹をぐるぐる巻きにし、市街へと引きずっていくのだった。  
 道中、独り言をもらす。  
 
「あーあ。いいなぁ、お姉ちゃん。同期には勝てないよね……ちぇっ」  
 
 沈む寸前の真っ赤な夕日が、彼女の背を照らしていた。  
 
 
了  
 
 

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