金魚が浮いている。
始めは弱った金魚を捨てるたびに呟いていた念仏もナリを潜め、ただ無感動に網で掬ってゴミ袋に放る。
ハッピの下のTシャツは汗で張り付き、動き易さを優先したハーフ丈のデニムは蚊に恰好の餌場を提供していた。
この出店スタイルな服装にオレンジ色の髪が妙に似合っているのがすごく皮肉だ。
「はぁ〜、なんでわたすはこっち側なんだろねぇ……」
思わず愚痴が零れる。
祭りは楽しませる側と楽しむ側に大別できる。
今のネルはまさしく楽しませる側、つまり辛い側である。
金魚屋のバイトは意外と辛いのだ。
(第一、カップルが多過ぎる)
今も赤い髪の女と青い髪の男が金魚を掬いに来た。
「カイト、デメちゃん掬ってよ」
「よし、任せろ。おねーさん、二人分おねがい」
「はいよ、毎度あり」
客に文句を言うわけにもいかず、女に破けにくいポイを、カイトと呼ばれた男に破けやすいポイを渡す。
こんな古い仕来たりを守っている店は少ないが、男の面目が潰れるのを見るのはとても楽しい。
「とうっ!」
じゃぶん
カイトと呼ばれた男は二秒もかからずに水圧でポイを破った。
「…バカイト」
女がジト目で男を睨む。
「お客さん下手だね〜」
外野なりに追い討ちをかけたら、男はすごく悔しそうな顔をした。
「無理だって!こんなん掬えねーよ!メイコやってみろよ!」
「よ〜し、やったろうじゃん」
メイコと呼ばれた女はポイをゆっくり沈め…賑やかしに入れてある稚鯉を追い始めた。20cmはある。
「いや、それは無理なんじゃないかな〜…」
小声で言ってみるも、ネルのアドバイスは聞こえていないようだ。
「カイト、私が掬えたら人間ポンプやってよ」
「ん?無理ムリ。酔っ払いが掬えるわきゃねー」
「言ったわね……やってやるわ」
女は稚鯉の行く手をポイで遮り…と思った瞬間に鯉は猛然とスピードを上げ、ポイを突き破った。
(失敗か?!)
と思ったのも束の間、女は鯉がポイの輪から抜け出す前に、プラスチックの輪で強引にカップに引き上げた。
(禁じ手だ!)
ネルはその一部始終を見逃さなかった。
“輪掛け”は金魚を傷付ける卑劣な行為。
だがネルはあえて禁じ手を指摘しなかった。
「うわ、すごいねアンタ!これで彼氏に人間ポンプやらせられんじゃん!20cmの稚鯉で人間ポンプ、見物だねぇ!」
あえて大きな声で喧伝する。
喧伝に誘われるように周目が集まり、瞬く間に円形のステージが出来上がる。
ネルはカップに窮屈そうに収まった鯉を、掬う用のカップごとカイトに渡し、
「なーんで持ってんの?どーして持ってんの?飲みたい〜かーら持ってんの!それ一気!一気!一気!一気!」
完全に追い込んだ。
ネルはいつの間にか楽しむ側に居た。
なかなかどうして金魚屋も面白い。
ネルはそう思ったそうな。