こうして息をしているだけで止めどなく悩み事は浮かんでくる。  
こんな時はレンやリン、ミクが羨ましくなってしまう。  
まだ無邪気で、素直に歌を歌えているような彼女たちが眩しい。  
彼女たちなりの悩みも、それなりにはあるだろう。  
でも生まれてから日の浅い妹たちは、まだ感情というものを十全に理解していない。  
無邪気なのも明るいのも、その裏返しだと思う。  
まだあの子たちは喜怒哀楽の内の「喜」以外の感情を知らないからだろうから。  
私は妹たちと違ってしまっている。それこそどうしようもなく。  
だから悩み事なんて、歌うのに役立つとはとても思えない行為に耽っている。  
たとえば悪戯をしていたリンとレンに少しきつく言い過ぎたかな、とか。  
たとえば効果なんてあるはずもないのにこっそり続けているダイエットとか  
でも一番の悩みはやはりあいつのことだ。  
   
 「はじめまして。あなたの弟になります。カイトです」  
 「もっと砕けた口調で話してよ。これからは私たち姉弟じゃない?」  
 「あはははは。そういうの苦手だな……」  
 はじめは他人行儀だったあいつがこんなに近い存在になるとは、その頃の私は思いもしなかった。  
 
ある日の私は仕事でひどいミス――端的に言えば喉をウイルスにやられてしまい  
高音パートが出ないということなのだが――をやらかしてしまった。  
私なりに責任を感じて、すっかり塞ぎこんでしまっていた私はひどい顔をしていたのだろう。  
 「めーちゃん!どうしたの?仕事で何かあった?」  
 あんたのほうがひどい顔してるわよ。なんて軽口を叩く気力もなく、  
私はカイトを無視したまま部屋に入った。後ろから声が追いかけてくる。  
 「めーちゃん……めーちゃんってば!大丈夫?アイス食べる?」  
 なんて気の利かない励ましなんだろう。なんて彼らしいんだろう。  
 「いいから放っておいて!」  
 しまった、つい強く当たってしまった。そう思った時には既に遅く、  
あいつは泣きそうな顔をして私のベッドを見下ろしていた。  
 「めーちゃん、喉壊してたんだね。ウイルスかな?」  
 「……たぶん」  
 「そっか、めーちゃんはいっつも頑張ってるもんね。今日くらい休みなよ」  
 「頑張ってなんか……ない」  
 「そんなことないよ。いつもそばにいる俺だからわかるんだ。  
  めーちゃんはすごく頑張ってる。仕事も家のことも。  
  俺みたいな仕事もこない、だめボーカロイドとは違うんだよ」  
   
「ん?なに?何でも言ってよ」  
 「じゃ私と……」  
 「なに?聞こえないよ」  
 天然で鬼畜なのか、こいつは。頭を引き寄せて、耳元で囁いた。  
 「えっ!そんな……俺なんかといいの?」  
 「ばーか。あんたとだからいいの」  
 その夜、私たちは初めて通じ合った。  
 その時からますます増えていく悩み事は、なかなか落とせない油絵の具みたいに  
私の胸をカラフルに隙間無く染め上げていっている。  
あるいはそれ自体が悩み事なのかもしれないけれども。  
 
もし私を北風に例えるなら、カイトは春のそよ風かな。なんて思ってみたりする。  
この歳になっても子供らしい温もりを心に抱いているあいつはすごいと思う。  
私なんてもう段々と精神回路が枯れかけてきているというのに。  
そんなあいつが優しくて嬉しくて少しだけ悔しい。でも愛しいと思う。  
大きすぎる笑い声も世話の焼ける酔い方も探してばかりのキーも、  
全てが私を悩ませている。こんなところだけ生娘みたいな自分がおかしい。  
本当のことを言えば、迷ったこともあった。申し訳ないけれど、揺らいだこともあった。  
それでも、のんきな顔でそばにいてくれたあいつにどれだけ救われたか。  
覚えていた記念日も用の無いメールもどれだけ嬉しかったか。  
ああ、幸せだ。心から思える瞬間の連続を私にくれたあいつが  
悩み事でもあり喜びの種でもある。なんて甘やかな悩みなんだろう。  
 
 「めーちゃーん。ただいまー。うわっ!またお酒飲んでいるの」  
 どうやら気付かないうちにかなり飲んでいたらしい。ワンカップが山になっている。  
 「いいじゃないの。あんただって飲んで来たんでしょ?」  
 「そりゃそうだけどさー……いくらなんでもこれは飲みすぎだよ」  
 「いいのいいの!明日は仕事なんて無いんだしね。それより今夜、どう?」  
 カイトは顔を赤らめている。いくら普段私から誘うことが少ないとはいっても、  
そのうぶな反応は反則だと思う。  
 「うーん……あんたってほんとに可愛いわね」  
 「めーちゃん酔ってる。今日はもう寝ようよ。ね?」  
そう、私は酔っているんだ。だから今ひとつだけ言わせてほしい。  
ずっと変わらないあなたでいて。ううん。変われないあなたがいいの。  
 

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