「ねえ……がくぽ。やっぱり俺って駄目なやつだよな?な?」  
「何故そんなことを言う?拙者は越してきてから間もないが、  
貴兄がそちらの家族の長兄として、立派に頑張っておることはわかるぞ」  
 俺はいま最近越してきた隣人、がくぽとバーにいる。  
こういう男同士の付き合いって新鮮だ。めーちゃんとの晩酌に付き合わされる  
のとも、レンとちょっとした男同士の秘密を話すのとも違う。  
めーちゃんはやっぱり女の子だし、レンはやっぱり子供だ。  
だから、こういう付き合いっていうのが新鮮で、ちょっと嬉しい。  
それでつい調子に乗って、飲みすぎてしまったようだ。  
さっきから頭は痛いし、微妙に呂律が回っていない気がする。  
 
「何というかさあ……俺って皆に頼られていない気がするんだよね  
 めーちゃんには尻に敷かれているし、ミクはマイペースでいっちゃうし、  
双子には馬鹿にされているし……ああもう駄目だなあ」  
「そうか?貴兄が思うよりも、貴兄は頼られていると思うがな」  
「分かったようなことを言うなよな……俺は駄目で弱くて最低な兄なんだよ」  
 普段なら決して口に出さないような弱音がぽんぽんと口をついて出てくる。  
これは酒のせいだと思っていたけれど、がくぽの年の割に老成した雰囲気が  
そうさせているのかもしれないな、と思い始めた。  
めーちゃんは姉としてすごくよくやってくれたけど、どうしようもなく  
女の子という部分があって、全面的に頼ることはできなかった。  
とは言っても、俺のことだからうまくやれていたとは言い難いけど。  
 
「貴兄がそんなことを言うようでは、そちらの家族も終いかもしれぬな」  
「なっ!そんなこと……ないよ。めーちゃんがいるし、  
 ミクも成長してきたし、双子だって伸び盛りなんだ。  
 俺一人がいなくなっても何とでもやっていけるさ」  
事実そうだ。稼ぎ頭のミクをはじめとして、内助の功に回るめーちゃん。  
幅広い仕事をこなすリンレン。何も問題はないじゃないか。  
「そんなことはない。貴兄がいるからこそ、あの家族は回っているのだ  
 大黒柱という訳にもいくまいが、長兄の存在というのは大きいものだ」  
「俺はあんたみたいに強くないんだよ。それは過大評価だ」  
「それこそ過大評価だと思うがな。強い者などいない。  
 強いふりをできる人間がいるだけだ」  
「……。そうなのかもな」  
 「それに貴兄はよくやっている。メイコ殿が一家の精神的支柱だというなら、  
 彼女の支えは貴兄だ。それにミク殿もあの可愛らしい双子も、兄としての  
 貴兄を慕っておる。幼い故にその表現が無器用なだけではないのかな」  
 
胸が軽くなった気がした。がくぽは少し天然な所こそあれ、無責任なことを言うような  
やつではない。それにボーカロイドでありながら、演劇や俳優もこなしているだけあって、人付き合いにも長けていて、観察眼に優れている。  
そんな彼にここまで言わせてしまったんだ。俺はもう少し自信を持っていいのかもしれない。  
 「なんだか悪いな。愚痴を聞いてもらったみたいで。」  
 「いい。酒の席とは交流を深めるものだ。貴兄の心中が聞けて、貴重な体験となったよ」  
 「さっきのあんたの言葉を借りるなら、がくぼは強いふりをするのがうまいな」  
 本当にそう思う。年齢はさして変わらないはずなのに、この落ち着き払った態度と  
達観した物言いには勝てる気がしない。  
   
「それも勘違いだ。拙者とて悩みや弱みくらいある」  
 「へえ……分かってはいても、何だか意外だな。聞かせてくれないかな?」  
 単純な好奇心だった。このがくぽにもそんな面があるなんて、かわいらしいじゃないか。  
 「実は……な。メイコ殿の前に出ると、滅法弱くなってしまうのだよ」  
 「……。それは、どういう意味かな?」  
  思わず顔面が引きつっているのが分かる。  
 「貴兄が思っている通りだ。メイコ殿は素敵な女性だからな」  
 「めっ、めーちゃんは確かに素敵だけどさ……」  
 「貴兄があまりだらしなければ……分かるな?」  
 「卑怯な!それが武士のやることか!」  
 しまった。つい釣られてしまった。でも、やっぱりめーちゃんも、がくぽみたいな大人の男に惹かれてしまうんだろうか。でも、俺もめーちゃんのことは好きで、  
というかめーちゃんのことなら誰よりも大事にできるつもりだし、  
めーちゃんだってきっと俺のことを……でもでも。  
   
「これは宣戦布告である。拙者から貴兄への、な」  
 「……わかった。受けて立とう」  
 「まあ、そう気負うな。男同士の付き合いも大切にしていこうではないか」  
 やれやれ。これは厄介な隣人が越してきたのかもしれない。  
でも、いいじゃないか。俺だってボーカロイド一家の長男としての矜持があるんだ。  
そう簡単に負けやしないさ。  
 「そうだね。じゃあ、よろしく」  
 「こちらこそ、よろしくして頂こう」  
 さて、まだ日付も変わってないし、帰ってもまだ続いているだろうめーちゃんの晩酌に付き合って、朝は食事の準備でもしておこうか。うかうかしてられないね。  
 
 

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