彼女の部屋には、クダを巻く一台のビア・バキュームマシーンがあった。  
 アルビノのような色素の薄いそのマシーンの平均吸上能率はダイソン製掃除機も顔負けのハイスペックを誇り、むしろ飲むほどに勢いを増すようであった。  
 まぁ要するにそのマシーンというのがこの部屋の主であるハクだ。  
 俺が差し入れに持って来た1ダースは見る間にボーキサイトを原料とするリサイクル資源ゴミを残して消えゆき、ハクの腹に恐らく存在するであろう事象の地平に光をもねじ曲げる重力で捕らえられた。  
「ワっちらってねぇ、いっしょうけんめぇうちゃってるんれしょう。にゃう」  
「え、何。何て言ったの」  
 ベロンベロンに酔っ払った彼女は、宇宙意思とのチャネリングに成功して得たマントラの如き意味不明の言語を口走った。  
「ふにゃ……うっ……」  
「おい、吐くなよ」  
 ハクの超新星爆発に備えてゴミ箱を引き寄せたが、はらはらと大粒の涙を零す彼女を見て、必要なのはティッシュであると悟った。  
「ふっ、う……うぇっ……」  
「どうしたんだよ。泣くなってば」  
 ティッシュは見当たらない。  
 そうだ、Tシャツを犠牲にしよう。  
 壊さないように、努めて優しくかつさり気なく、ハクをぎゅっと抱きしめる。  
 ハクをハグ。とかね。  
 そして五分ほど経過した頃。  
「落ち着いた?」  
「……」  
「飲むと、涙腺ゆるむよな」  
「……」  
「……ハク?」  
「………ZZZ」  
 寝てやがった。  
酒に酔わせて踊食いの予定はビールの泡と消え、〆のラーメンを食い損ねた俺は満たされないままハクの部屋をあとにした。  
 意識混濁の状態での交渉は瑕疵ある契約としてなんかダメっぽいらしいし、判断能力を奪ってモニョモニョすると準強制猥褻なんだって。  
 でもモニョモニョにあたるのはあくまでセイテキ行為だから、帰り際に眠り姫と交わした軽いチュッチュは合法なんです。  
 

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