「真ぁっ赤な〜ばぁらはあ、あいつのぉ〜ク・チ・ビ・ル〜♪」  
 
 ミクが、その手に長ネギを回し……と思いきや、近縁種のアサツキを振り回しながら最  
近おきにいりのソングを口ずさみ、夏の夕ぐれ空のもと、あぜ道をゆく。  
 が、お世辞にもうまいとはいえなかった。  
 空のむこうに飛んでいってしまいそうな声だ。  
 彼女の発声システムでは、ルパン三世のテーマを歌いきるのは至難の業なのか。  
 
 いや、それだけではあるまい。  
 なぜなら彼女には、ちょっとした問題があったからだ。  
 いまでこそのんきに買い物から帰ったりしているが、ミクは数週間前、なにを思ったの  
か自転車でハイウェイに突入した挙げ句、スズキのハイパーバイク「隼」に三〇〇キロの  
速度で跳ねられ四散した。  
 
 しかし、アンドロイドであったのでなんとか一命を取り留めることが出来、すぐに修理  
に送られて現在に至るのである。  
 ただ、衝突時の運動エネルギーが大きすぎたせいか、あるいは修理に出した先が悪かっ  
たのか(クリプトンでもヤマハでもなかったらしい)事故以前のミクとは、いささか様相  
が異なってしまった。  
 
 まず、第一に少々オンチになった。  
 第二に食べ物の趣向が変わった。やたら白米を好んで、そればかり食すのである。  
 第三に、なぜかコンセントプラグが付いた。  
 第四には、いつも眠たそうにしているようになった。  
 第五は、すこし姿勢もわるくなった。  
 
 が、このミクのマスターは「オリジナリティがあってもいい。いつか、どこかで見たよ  
うな気もするけれど」と、その変化を気に留めるでもなく、むしろ受け入れてしまう。  
 ただ受け入れはしたのだが、  
 
「ただいま帰りましたよ」  
「ああ、お帰りミク」  
「お腹が空いてしまいました。さっそくご飯を食べましょう」  
「い、いやいや、ちょっと、おミクさん! お願いだから釜の中に顔突っ込まないで!」  
「んあ?」  
 
 第六として、少しばかり思考回路も鈍化しているのは困りごとだった。  
 熱々の一〇合炊きの炊飯ジャーに首を突っ込み、だらりと停止しているミクを慌ててマ  
スターが引っこ抜く。  
 と、首がすぽん、と引っこ抜けてジャーに残ってしまう。  
 人間だったら身の毛もよだつ惨劇だったところだが、この新生ミクは第七として、昔の  
SFロボットのように首がくるくる回ったり、抜け落ちたりする機能もあった。  
 なお、物理バリアは発生しない。  
 
「あたまが、あたまが」  
「あ、ごめん」  
 
 と、マスターが物々しいケーブルごと、ごはん粒だらけのミク首をその胴体に戻す。  
 するとミクは懲りた風も見せず、頬にも一杯についた粒を、ひとつまみひとつまみ、小  
さな口の中へ投げ入れていった。  
 
「いいかいミク。ごはんは椀に盛って食べるものだよ」  
「それもそうでしたね。では」  
 
 ゆっくり諭すマスターを尻目に、ミクは戸棚から樹脂製の茶碗を取り出す。  
 可愛らしいポケットモンスターのイラストがプリントアウトされている、と思いきや、  
著作権法斜め上のまがいものだったりするので油断できない。  
 それに白米をてんこ盛りにすると、さらにペタペタと飯を積み重ねてから、ようやっと  
割り箸を器用に口で挟みつつ割って食べ始めた。  
 が、今度は座らない。  
 立ち食いだ。  
 
「ああもう、座って食べてよ! それに盛りすぎ!! かき氷じゃないんだから!!」  
 
 が、注意をしようにも、  
 
「なんですか、もう。ごはんを食べないと怒りっぽくなりますよ、マスターもいかが?」  
 
 ずい、と、ちょっとでもバランスを崩せば地に落下しそうなほど飯の盛られた椀を差し  
出していう。  
 今も眠そうな目だ。  
 マスターのいうことなど半分以下も聞いていないだろう。  
 彼は諦めて首をふると、ミクを解放する。  
 
「い、いや、僕はいいよ……たんと食べて」  
「そおですか」  
 
 いうやいなや、ミクはもの凄い勢いで飯をパクついていく。おかずなど何もない、ただ  
ひたすらに白米を箸でつかみ、口に入れ、咀嚼もろくにせず飲み込んでいく。  
 ネギはどうしたというのだろう。  
 アサツキでは不満なのか。  
 
 そうしてミクは喰って喰って喰いまくり、一〇合あったはずの飯もあっというまに空に  
してから、やっと満足したのか……最後の一粒を食い終わると、静かに箸を置き、その場  
で深く合掌した。  
 
「ナマステー」  
「っは、ごちそうさまでしょ!!」  
「あ、ごちそうさま」  
「……まったく」  
「お茶も沸かしませう」  
 
 と、ピントのずれた行動ばかりするミクに少々疲れを覚えるマスターであったが、だか  
らといって彼もミクを再修理に出そう、というような発想はでないらしかった。  
 しばらくすると、ミクがどこからから引きずりだした座布団の上に正座し、一番茶をず  
るずるとすすっている。  
 それで一息つくと、コトリと湯呑みをおき、首をぐるりと捻る。回転させてはいない。  
が、少々年寄りくさかろう。  
 
 ミクは相変わらず眠たそうな半目で、虚空をぼうっと見つめていたが、その状態のまま  
数分すぎると眠くなってきたらしく首がだんだんと垂れてくる。  
 ただ、うつらうつら、と船をこいでいるのが妙に可愛らしかったので。マスターはしば  
らくその様を眺めていたが、ついに就寝状態になると、またしても首がぽろりと取れた。  
 垂れた重みに耐えきれなかったらしい。  
 
 が、ミクはそれにも気づかないのか首から玩具のようなジョイントを覗かせ、頭を転が  
したまま寝に入っている。  
 それを見てマスターは仕方なく、そっと首を戻してやっていると寝言が飛び出た。  
 
「おひーるやすみはウキウキウォッチン♪」  
「……だめだこりゃ」  
 
 あきれ顔になり、つけかけた首を再び彼女の膝元に転がしてしまう。  
 そして、  
 
「僕も夕飯、たべるかな……」  
 
 と、空になっている炊飯ジャーを見ながらつぶやくのだった。  
 明日もたぶん、変わらない生活なのだろう。  
 
 
おしまい  
 

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