水深1メートル程度、砂浜の波打ち際から10メートルほど離れた地
点での邂逅である。
「沖まで押してよ」
ミクは白に黒の縁取りが施されたAラインの色気より可愛さを重視し
た水着を纏い、大きめのエアフロートの上に寝そべった態勢で波に揺ら
れるままレンに声を掛けた。手にはビール。クーラーボックスの中から
、メイコが用意した缶ビールを勝手に拝借し、チビチビと飲んでいるの
だ。意外とイケるくち。
「……」
レンは黙って浜辺に突き立った看板を指差す。
《飲酒遊泳禁止!!》
ミクは言外の非難をものともせず、ビールに酔ったのか日に焼けたの
か判然としない赤みを帯びた顔で、ニヘラと笑った。
「そ、酔ってるの。泳げないの。だから、押して」
「……じゃ自分で泳げばいいだろ。酔い醒ましにちょうど良い」
レンがむっつりと突き放すと、みるみるミクのニヘラが消え、不機嫌
を隠さないアヒル口がにゅっと伸びた。
「ムカツク。ひとりで寂しく泳いでたから遊んであげようと思ったのに
。どうせはしゃぎ過ぎてリンと喧嘩して相手にしてもらえなくなっちゃ
ったんでしょ。馬鹿な子」
はぁ。と呆れを込めた溜め息を吐きだし、レンはむっつりしたまま答える。
「違うっての。リンは日焼けしたくないし髪傷むからって荷物番してん
の。ミクこそ俺達より年上のくせに何一番はしゃいでんのさ」
「え〜、だってせっかく遊びに来たのにはしゃがなきゃ損じゃん。リン
も日焼けなんか気にして……オバサンみたい。日焼けした女の子って可
愛いんだよ? ほらほら」
ミクはフロートの上で俯せたまま谷間に指を掛け、胸元の生地を浮か
してレンに見せつけた。
──!!
うっすら赤みを帯びた肌と白い肌のコントラスト、全て見えてしまい
そうなミクの控えめな胸。それらが目に入り、レンは弾かれたように顔
を背けた。
「んふふ〜、レンきゅんキャワユイのう」
耳まで赤くなってゆく少年の純粋無垢が面白くて、先ほどの不機嫌も
吹き飛んだ。大抵の男子は女子よりガキだ。ニヤニヤ。
「……クソばかっ。ミクの淫乱」
「くふふ、照れるな照れるな。もっと見たい?どうする?脱ごうか?」
Aラインの特徴であるスカートをチラチラめくり、ちょっとだけよ、
とか言っている。絡み酒はメイコ譲りかも知れない。
「勝手にやってろ! エロ貧乳幼児体型!」
三十六計逃げるが勝ちとばかり、負け犬の遠吠えを高らかに吐き捨て
戦略的撤退のために回頭180度したレンをミクの一言が縫い止めた。
「レンてさ、リンの事好きでしょ」
ぴしりっ、と音がしそうなほどにレンが固まった。
あたかもメドゥーサに睨まれたかのようだ。
「ん? 図星?」
どうよどうなのよ。ミクは獲物をいたぶる獣のようだ。聞きながら既
にその目は確信に満ちていた。
レンの後ろ姿に一際緊張が走り……ふっ、と力みが消えた。
「……わかったよ。押せばいいんだろ」
「うむうむ、素直でよろしいぞよ?」
ミクは、フロートを押すために近付いて来たレンの、海水でちょっと
ベタベタする髪をくしゃくしゃと満足げに撫でた。