今日は特別な日なので早く帰らないといけないんです、そう告げると、  
そんなの知ってるわよ、とネルさんはふん、と鼻を鳴らす。  
「その特別な用があるからあんたなんかにわざわざ話しかけてんのよ」  
下を向いたままぶつぶつと呟くネルさんは、前触れもなく私の前に分厚い封筒を突き出してきた。  
「これは?」  
「いいから黙って受け取れっつってんの」  
中の紙束に細々と書かれていたのは私の曲に対するレビュー。  
かなり辛辣な言葉だったけど、どれも的を射ている。  
各ページ最後にちょこっと「いいところ」なんて褒め言葉も少し書いてあった。  
「これ…わたしの歌、こんなにたくさん聴いてくれたんですね…!」  
じーんときて、思わず目が潤んでしまう。  
そんなわたしを見てネルさんが顔を真っ赤にしてまくし立てる。  
「べ、別にあんたを喜ばせようとしてるわけじゃない!アンチとして対象のことを  
 調べるのは当然なんだから…」  
「でも嬉しいです。参考にさせてもらいますね」  
「…だからそんなんじゃないって。ハク姉にも手伝ってもらったし…ああもう!!」  
ネルさんは頭を抱えて悶えたあと、わたしを正面からきっと睨みつける。  
 
「お、お誕生日おめでと!!いい1年にしなさいよね!これからもアンチ続けてくんだから!」  
ばっと走り去っていくネルさんをぽかんと見送っているうちに、じわじわ嬉しい気持ちがこみ上げてくる。  
そう、今日はわたしがリリースされて1年目の記念日。今のおうちに迎え入れられてハジメテノ誕生日。  
 
 
帰宅ラッシュの波に揉まれながら駅のホームで電車を待っていると、  
どこからか歌声のようなお経…じゃなくてお経のような歌声が流れてくる。  
歌声の主を探して目を彷徨わせると…見つけた。僧侶さんたちだ。  
誕生日を祝う有名なあの曲を、言葉なき声で荘厳に歌い上げてくれる僧侶さんたち。  
その歌声と、嬉しそうに手を振るわたしに気付いた回りの人たちも、察してくれて  
おめでとう、おめでとう、と暖かい言葉をかけてくれる。  
電車に乗り込む前に、すっとメッセージカードを手渡して、ばちんとウインクをして見せたのは  
やっぱりヒ・ダリさん。あいかわらずのいいとこ取り振りに、懐かしさを感じる。  
電車がホームを発ち、3人が見えなくなるまでわたしは窓から手を振り続けた。  
 
「隣いいかしら」  
遠慮がちな声に顔をあげると、綺麗な銀髪に抜群のスタイル、気弱そうな顔のお姉さん。  
「ハクさん!お久しぶりです」  
座りなおして座席を空けるとハクさんがわたしの隣に腰を下ろす…途中で荷物を爪先に落として涙目になる。  
「ネルちゃんには会ったかしら」  
なんとか立ち直ったハクさんはわたしに話しかけてくるけど、涙を浮かべたままだ。  
「はい。色々なご意見ありがとうございます!今後に役立たせてもらいますね!」  
それはよかった、とハクさんは頬を染める。  
「上手く歌わせてあげられないせいで、たくさんの私と歌えないミクちゃんが  
 これ以上増えてしまうのは悲しいことだもの」  
鞄をごそごそとあさっていたハクさんは、ラッピングされた包みをわたしに差し出す。  
「これは私からのプレゼント。開けてみてね」  
お礼を言って、少しよれよれになったプレゼントの箱を開いてみる。  
「これは…!こんな高いマイク、もらっちゃっていいんですか?」  
つい先日発売されたばかりの、高性能のインカムつきヘッドホンがわたしの膝の上にあった。  
「いいのよ。つい買ってしまったけど、私には使いこなせなかったから。  
 あなたとあなたの家のマスターに使ってもらったほうが、私も幸せなの」  
「ハクさん…。ありがとうございます!大切に使わせてもらいますね!」  
うんうんと頷くハクさん…が電光掲示板の行き先を見て顔を青くする。  
 
「どうかしましたか?」  
「…降りる駅乗り過ごしちゃった…。今から夜勤のバイトが入ってたのに…」  
「……ご、ごめんなさい。わたしに付き合ってもらったせいで…!」  
「ううん…大丈夫。初めての遅刻じゃないから…そろそろ新しいバイト探さないと…はぁ…」  
次の駅でドアの前でつまづきながら降りていくハクさんを見送りながら、  
ハクさんにまともな生活を送ってもらうためにも、もっと頑張ろうと固く決意をしたのだった。  
 
 
「ミク姉ー!お帰りっ!!」  
改札を出ると、黄色い髪の妹が飛びついてきた。  
「リン、ただいま!レンもお迎えありがとね」  
うん、と頷いた弟は、荷物持つから貸して、と手を差し出してくる。  
「レン、レン!もう渡していい!?」  
わたしの手を掴んで離さないリンは、レンの服の袖をぐいぐいと引っ張る。  
「…ちょっと待てよ。駅出てからにしようぜ」  
ため息をついたレンはわたしの荷物を抱えなおすと先に立って歩き出す。  
「もう外真っ暗なのに、二人で大丈夫だったの?」  
「あのねー、途中までカイト兄ちゃんと一緒だったの!後でスーパー寄ってみんなで一緒に帰ろっ!」  
リンはスキップしながらわたしを引っ張るので、ついつい駆け足になってしまう。  
このはじけるような元気のいい妹と、思春期らしい無愛想さに隠れた優しさを持つ弟と、  
出会ってまだ1年経っていないことに改めて驚かされる。  
兄弟3人でいた時より兄弟5人でいた時の方が長いのだから当然かもしれない。  
2人が来て1周年の日もそう遠くない未来なんだなぁと考えては不思議な気持ちに包まれる。  
 
「もうそろそろいいんじゃねーの?」  
私たちの前を歩いていたレンが振り返る。  
「うん!」  
リンがポケットに手を入れ、しかしそこで何かに気付いたようにぴたっ、と動きを止める。  
しばらくの間の後、今までのはしゃぎようが嘘だったかのように、小さな箱をおずおずと後ろ手に隠す。  
「…あのね、ミク姉にプレゼントを買ったんだけど、私もレンもあんまりお小遣いが無いから  
 2人でお金出し合ったんだけど、いっぱい買えなかったの」  
「でもさ…俺らなりに、色々考えてミク姉の好きそうなもの探してきたんだ。よかったら受け取ってよ」  
レンがリンに目配せをすると、頷いたリンはかわいらしいリボンの付いた箱をわたしに差し出す。  
「ミク姉、お誕生日おめでとう!!鏡音ツインズからのプレゼントです!!」  
「ありがとう。リン、レン。中身は…チョコレート?」  
包装紙にプリントされているのは、チョコレートの高級ブランド店のロゴ。  
これってもしかして、1つ何百円もする新作チョコのパッケージだよね…?  
「これ、わたしが前に食べたいって言ってたデパ地下のお店で買ったの?」  
わたしの問いに2人が同じタイミングで首を縦に振る。  
「で、でもね、思ったより高くて…その、3粒しか買えなくて。すぐ食べ終わっちゃうだろうけど」  
しょんぼりした様子で言い訳するリンと、同じ顔をしたレンを思わず両手でぎゅっと抱きしめてしまう。  
 
「すっごく嬉しいよ、ありがとう!こんな高いチョコ食べたことないもん!それに3粒でよかった」  
不思議そうな顔でわたしを見る2人に思いっきり笑って見せる。  
「3つあるなら、わたしとリンとレンの3人で味わえるよ。3倍楽しめるってことじゃない!」  
リンとレンが顔を見合わせ、次の瞬間私と同じ満面の笑みを浮かべる。  
「ミク姉ー!大好きー!!」  
「よし、早く帰ろうぜ!」  
さっきまでのリンのスキップがうつったかのように、軽快な足取りでわたしたちは家路を目指す。  
 
 
賑やかな街並みを抜け、夕闇迫る郊外の住宅地に入る。スーパーの駐車場の入り口で、  
買い物袋を持った青い人影がわたしたちに気付いて手を振る。  
「ミクー、リンもレンもお帰りー」  
「お兄ちゃんただいまー!」  
手を振り返すと、カイトお兄ちゃんはいつものように優しい笑顔で答えてくれる。  
「ロウソクはちゃんとあった?」  
「ばっちり。クラッカーも買ってきたよ」  
「やるじゃんカイ兄」  
レンとお兄ちゃんがこそこそと話しているけど筒抜けだ。今夜のケーキが今から楽しみになってくる。  
「そうそう、これはあちらのお客様から」  
お兄ちゃんがなにやら大きいアイスを取り出して、お店の方を指差す。  
わたしの両手に乗せられた巨大なアイスは、元祖白熊カキ氷アイス。  
お店の前でふさふさの白い手を振っているのは、紛れもない白熊カオスさん。  
お誕生日おめでと〜う、と風に乗って声が聞こえてくる。  
「わ、カオスさんだ!ちょっとお礼いってくr「それは止めとこう」  
何故か速攻でお兄ちゃんに止められる。…まぁ今日は早く帰らないといけないし、しょうがないのかな。  
「カオスさーん!ありがとー!!みんなでおいしくいただきまーす!!」  
わたしも手を振り返して、お礼を述べる。それにしても大きなアイス。みんなで分けてもお腹いっぱいになりそう。  
 
 
「そうそう、プレゼントがあるんだった」  
お兄ちゃんが帰宅仲間に加わってしばらくの後。  
「僕とめーちゃんから。ミク、誕生日おめでとう」  
街灯の明かりの下で見せられたのは、綺麗なネックレス。細い銀のチェーンに花と葉をモチーフにした  
宝石が散りばめられている。花の色は落ち着いた赤。葉の色は透き通るような緑。  
「ミクの髪飾りの赤色と、イメージカラーの緑色を探してきたんだよ」  
「ミク姉貸して!かけてあげるー!」  
すっかり目を奪われている私の手からネックレスを受け取り、リンが首にかけてくれる。  
「はい、鏡!どう、見える?」  
リンから鏡を借りて胸元を映してみる。いつものコスチュームにも映えるのはもちろんのこと、  
私服やフォーマルな衣装にも馴染みそうなデザイン。  
「お兄ちゃんありがとうー!何だかすごく大人になったみたい!!」  
「どういたしまして、お姫様」  
目を輝かせる私にお兄ちゃんはちょっとおどけて言ってみせる。  
「やだーカイト兄全然似合わないww」  
「どうせメイ姉がほとんど選んだんだろ?」  
「んー…否定できない」  
みんなの笑い声が夕暮れ時の道に響く。  
「さて、早く帰らないと、ご飯もう出来てるだろうし、何よりアイス溶けちゃうよ」  
最後まで締まらねーな、とレンの突っ込みが入り、再びの笑い声の中家路を急ぐ。  
 
 
「みく殿」  
家の前に立っていたのは、がくぽさん。家はお隣だけど、今夜は一緒にお祝いしてくれるのかな。  
お兄ちゃんが露骨に嫌な顔をしているのが目に入るのがちょっと気になるけど…。  
「今日は生誕の日であるな。生まれて一月の我からするとうらやましい限りであるぞ」  
これは我からの祝いの品じゃ、と渡されたのは薄桃色と黄色の混じった小さな花束のような簪(かんざし)。  
髪を結うときに差すがよい、と言いながら髪を一房掬い取られて口付けられる。  
ひゅーひゅーとリンレンから野次が飛び、ちょっと顔が赤くなるのを自覚する。  
「あ、ありがとうございます!今度着物を着るときに付けさせてもらいますね」  
恥ずかしいけど、嬉しいのは事実だ。素敵なアクセサリーを貰って喜べる時、女の子で良かったと心から思える。  
いつもおんなじツインテールだし、たまには大人っぽく髪を結ったりもしてみたいな、  
と簪を眺めながら考えていると、がくぽさんが首にかけたままのネックレスに気付く。  
「ほう…これは兄上姉上からの贈り物か?ふむ…さすがにいい見立てをしておるな。『めいこ殿』が」  
ちらりとお兄ちゃんの方を見て意地悪そうに微笑むがくぽさん。  
くっそおおぉ!!と拳を握り締め地団駄を踏むお兄ちゃん。  
うーん、この2人たまに意味が分からないやり取りをしてるなぁ。  
「ね、ね、お腹すいたよぉー。早くご馳走食べたい〜」  
リンに袖を引っ張られ、家に入ることにする。  
 
 
「ただいまー」  
玄関のドアを開けると同時に、おいしそうなご飯の匂いが漂ってくる。  
今日は何だろう。ハンバーグ、スパゲティ、から揚げ、コーンスープ  
肉じゃがに茄子の煮浸し、お味噌汁に大好きなネギサラダ!  
「お帰りなさい、ミク。それにみんなも。さあさあ上がって」  
エプロンをしたお姉ちゃんが出迎えてくれる。  
靴を脱いで上がると、お姉ちゃんがいつものようにお帰りのハグをしてくれる。  
「ミク、お誕生日おめでと!」  
「ありがとお姉ちゃん!お兄ちゃんと一緒に選んでくれたネックレスすごく気に入ったの!」  
「本当?良かった!私からのもう一つのプレゼントは今夜のバースディケーキよ。楽しみにしてて」  
わたしたちがきゃっきゃと盛り上がってる横で、みんなが靴を脱いでいる。  
「そうそう、今夜のご飯は神威さんも手伝ってくれたのよ」  
うむ、と頷くがくぽさんに、がっくんすごーい!と双子から感嘆の声が上がる。お兄ちゃんは…ちょっと拗ねてる?  
 
「おいおい、玄関先で騒ぐなって」  
あきれたようにため息を吐く声に振り向く。その瞬間あれだけうるさかったリンレンもぴたっと口を噤む。  
この家で一番の影響力を持つ、唯一無二の、人。  
 
「マスター!!」  
頭をがりがりとかきながら部屋から出てきたマスターは、玄関のカオス具合と  
全員の視線が注がれていることに動揺しつつ、わたしの方を見てくれる。  
「あー、ミクお帰り。それと、誕生日おめでとう。…本当は食卓で渡したかったんだが、この雰囲気だと、な。  
 俺からの誕生日プレゼントだ」  
マスターがみんなの見守る中、私にクリップで留められたA4サイズの紙束を差し出す。  
両手で受け取ったその紙は―――  
 
「楽譜……新しい曲、ですか?」  
「ああ、ミクのために作った新曲。この日のためにずっと構想を練ってて、ついさっき完成したところだ」  
 
うた、ウタ、歌。わたしの存在意義。わたしの一番好きなこと。わたしが一番幸せになれる瞬間。  
 
「マスター…あ、ありがとうございます!!」  
上ずった声で、楽譜をぎゅっと抱きしめるわたしを見てマスターが顔を赤くする。  
「その…いつもありがとな。ミクの歌声にたくさんたくさん助けられて、励まされて、ここまで続けてこられた。  
 歌に命を吹き込んでくれてありがとう。歌を聴く楽しさを、作る楽しさを教えてくれてありがとう。  
 これからもずっとよろしくな」  
マスターの言葉の一言一言が胸にダイレクトに染み込んでくる。  
わたしは、この家に来て、本当に良かった。  
 
「マスター、うたっていいですか?」  
「…ああ」  
一瞬の間の後、マスターがわたしの目を見て…正面から見て、力強く答えてくれる。  
お姉ちゃんも、お兄ちゃんも、リンもレンも、がくぽさんも、  
全員の暖かい視線が注がれているのを感じながら、わたしは最初の息をすっと吸う。  
 
 
 
 
END  
 
 

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