観覧車から観る夜景は綺麗だ。  
 
でもそれ以上に  
 
『その頬に口付けて』  
 
ああ、何でこんな事になったんだろう。  
はぁ、とため息を吐くとポンと肩に手を置かれた。  
「レン……」  
「メイ姉とデートだったんだろ?ご愁傷様」  
そんな切ない顔するなよ。泣きたくなっちまうじゃないか。  
そして二人揃ってため息をもう一つ。  
 
「ほらーカイト!レン!早くー」  
先を歩くミクとリンに手を牽かれながらメイコが振り向く。普段の赤いセパレー  
トの衣装からは想像もつかない私服姿が眩しい。そして笑顔は更に。  
 
でも敢えて言わせて貰うよ。  
絶対、君は  
「分かってない。分かってないさ」  
 
 
本当だったら約束通り『二人で』遊園地に来る予定だったんだ。  
でも神様ってのは残酷なもので。  
はい、ここで回想入りまーす。  
 
 
 
――――――――  
「え!リンとレンもその日あの遊園地行くの?」  
メイコが目を丸くする。  
『その日』とは当然俺達がデートに出掛ける日でもあり、『あの遊園地』もまた然りである。  
俺はというと漸く地方での仕事が一段落したので3日ぶりの我が家で好物のアイスを妹達と仲良く満喫しているところだった。  
そして共にアイスを頬張っていたレンの一言が所謂『事の発端』ってやつになったのだ。  
 
「うーん……じゃあミク一人になっちゃうわね……」  
折角のオフなのに……とメイコは眉をハの字にする。  
確かにそれではミクが可哀想だ。  
それじゃあ(正直かなり残念だけど)また5人で……  
「ああ!ミクはいいよ。葱畑の手入れしたいな、とか思ってたし。それにお姉ちゃん達、久し振りのデートじゃない」  
とニッコリ微笑むミク。  
ちょ、ちょっと!誰がこんないい子に育てたんですか!俺とめーちゃん?そうか俺とめーちゃんか!(「妄想痛いよ、カイ兄」というレンのツッコミが入った気がした)やばいよ……目から汗が……  
 
「あ!ミク姉分かったー!」  
その時、我が家一の元気っ娘リンがニヤリと口元を歪めた。  
「邪魔者いなくなるもんねー。がくぽさんと会うのに」  
「ちょ、ちょっと、リン!」  
 
凍った。空気が確かに、凍った。  
というか主に俺を中心として凍っている。空気が。  
視界の左端には顔面蒼白レンが。正面に顔を真っ赤にして手で覆っているミクと、我が家一AKY(敢えて空気読まないっ娘)のリン。右端には如何にもあちゃーという顔で立ち尽くすメイコが。  
そして、  
 
「ゆ る し ま せ ん!!」  
 
家中に俺の声が響いた。  
 
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇  
 
「まあ、さ。仕方ない、仕方ないよ。これは」  
レンは年齢の割に大人だ。少しはリンにも見習って貰いたいんだけど。  
「まあ、正直デート出来ないのは残念だったけど家族団欒もいいじゃん。俺は楽  
しいよ」  
いや……問題はデート云々じゃないのだよ……レン君。俺はチラリと右に視線を  
遣る。  
そこには、  
「いや、何ともいいですな。この平穏な感じが」  
そう言って目を細める長髪の男――神威がくぽが  
「何でここにいるんだよ!」  
「む、やはり私は団欒に邪魔だったか?」  
そう眉を寄せる神威。  
……正直、嫌な奴ではない。ないんだけれども!  
 
「兄は心配性なんです。大事な妹が連れ去られるって」  
ついでに言ってしまえば、やたらとメイコと親しげなのも気に食わない。  
 
「ミク殿はカイト殿の娘の様ですな」  
「当たり前だ」  
大切な妹を何かよく分からない新キャラの茄子っぽいのなんかに拐われてたまる  
か!  
というか何で眼鏡掛けてんだよ。何で洋服なんだよ。お前侍じゃないのかよ。  
それで考え込むようなポーズ取るな気色悪い。  
「うーん、そうなるとメイコ殿は」  
うっわ、めーちゃんの話をお前から聞きたくないぜ。俺から自慢はするけど。  
 
「『母上』、といったところか?『父上』?」  
 
ニヤリ、と神威が笑う。  
……こいつ、嫌いじゃないかもしれない。  
 
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇  
 
「もおっ!だらしないんだから!」  
膨れっ面でリンが俺達男性陣を指差す。  
いや、だってですね。  
「流石にジェットコースター×5+お化け屋敷×2(休憩無し)とかキツイだろ!」  
レンが叫んだ。  
因みに+異常に長い待ち時間ですね。これが非常にキツイ。  
神威ですら平気そうな顔をしつつも足元は既にフラフラとしている。  
それに比べて女性陣ときたら、これまた非常に元気で。あれ?お肌ツヤツヤしてません?  
 
大体、遊園地を男三人で回るというのは非常に面白くない。  
そのうちに二人×三組になるだろうと思ってた俺は甘かった。三人×二組。見事に男男男女女女交互に並べてません!何これ何かの呪い?  
実はお化けの類が苦手なメイコにお化け屋敷で抱きつかれたりとかかなり期待してたのに!  
……その役目はミクに盗られ、代わりに俺は俺よりも背の高い男にしがみつかれてげんなりだ。ああげんなりだ。  
 
「メイコ姉、オレ腹減ったよ」  
ギブギブ、と手を振ってレンが言った。確かにもうとっぷりと日が暮れている。  
昼飯も食べ損ねた事だし、育ち盛りのレンは限界だろう。  
「んー、じゃあそろそろご飯食べに行こっか」  
ね、カイト。と、わざわざ俺に振ってくれる辺りが優しい。今日初めてちゃんと目を合わせたんじゃないかな。  
それだけで胸が高まる。なんて、中学生かよ。俺。  
 
「リン洋食がいい!」  
「ミクは和食がいいな」  
同時に二つの意見が揚がる。びっくりしたように顔を見合わせて、瞬時にお互いムッとした不機嫌顔を作る。  
あー、こらこら喧嘩しない。  
「じゃあ間を取って中華でも」  
「「却下」」  
あれ?この娘達をこんなに冷たく育てたのって……俺ですかそうですか。  
 
「……それでは、ここからは各自自由行動としてはどうだろうか?」  
神威が柔和に微笑む。うーん、それはそれで不安が一杯なのだけど。  
そう俺が渋るとレンが耳打ちしてきた。  
「神威さんの事は気にすんなよ。俺がちゃんと見てるから。」  
 
「兄貴だってメイコ姉とデート、したいだろ?」  
 
 
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇  
「速いわね」  
「速いね」  
 
リンの「解散!」の一言で一瞬にして他四人は消えてしまった。残されたのは俺とメイコだけ。  
レンと神威、意外と元気じゃないか。  
 
「じゃ、俺達も行こっか。さあお手をどうぞ、お姫様?」  
「なにそれ、くっさーい」  
メイコが笑う。メイコはお姫様というより女王様だなんてよく言われるけど、俺にとっちゃ世界で一番お姫様だな。  
強くて脆いお姫様。飛びきり可愛いお姫様。  
メイコは指と指を絡めると恥ずかしがってうつ向いた。うわ、何か俺も恥ずかしい。だから中学生日記かっつーの。  
「んで、何食べる?めーちゃんは洋食のが好きだよね」  
「あ、カイト、待って」  
メイコが繋がれた手に力を籠める。  
「あれ、乗らない?」  
 
彼女が指差したのは大きな大きな観覧車。  
 
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇  
わあっとメイコが息を呑む。  
その姿はまるでミク達と何も変わらない。  
『姉』である彼女と対等に接する事を許されているのは自分だけだとそう思うだけで、何とも言えない優越感やら独占欲やらが満たされる。  
「ねえ!カイトも見なさいよ。綺麗よ」  
メイコに言われて窓の外を覗く。  
観覧車から観る夜景は綺麗だ。  
でもそれ以上に  
 
「綺麗だ」  
 
そして頬に一つキスを落とす。  
彼女は少し目を見開いてこちらを向く。恐らく文句を言おうと開きかけた唇を塞ぐ。  
彼女の睫が伏せたのを見て、俺も瞼を閉じる。  
長くもなく、短くもない、俺達にしては拙いキスは幸せの味がした。  
 
「知ってる?観覧車の天辺でキスしたカップルは」  
「『永遠に結ばれる』って?」  
「ベタだよね」  
「ベタね」  
でも……とメイコが息を吸う。  
「嫌いじゃないわ」  
「俺も」  
 
そしてまた、唇を重ねた。  
 
 
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇  
「おっかえりー」  
観覧車を降りると四人が待ち受けていた。  
四人……と言ってもミクははしゃぎ過ぎたためか神威に背負われて寝息を立てて……ってちょっと待て!?  
 
「神威お前!うちの妹に何て事を!」  
「しょーがねえじゃん。俺やリンじゃミク姉負ぶえないもんな」  
「ねー」  
そうかもしれないけど、こいつの事を信用しきったわけではない。敢えて眼鏡を掛けているあたりが狙ってる感が立ち上っている様な奴を信用出来るわけがない。  
「まあ、ここは一つ私を信用して『娘さん』を任せてはくれないか?『父上』」  
ニコリ、と神威が人の良さそうな笑顔を向ける。  
……どうも食えないが、嫌いじゃ……ないな。やっぱり。  
ミクも満更じゃ無さそうだし、放っておくか。でも、ほっぺにチューまでだからな!  
 
「ん、じゃミクも寝ちゃったし、帰りますか!」  
メイコがリンの手を取って歩き出す。いつもの『姉』の表情(かお)に戻ってしまったのが少し惜しくて、俺の口から安堵と共に苦笑が漏れた。  
その後ろをミクを背負った神威が歩く。何か鼻歌を歌っているようで、その歌声は優しい。  
 
「なんだかんだで楽しかったな」  
最後尾のレンが俺に声を掛ける。  
「そりゃ良かった。また来ような」  
「今度はメイコ姉と二人で、だろ?」  
 
 
「観覧車、御馳走様でした」  
レンの黄金の双眸がキラリと妖しく輝いた。  
 
fin  
 
 
 

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