自分の部屋に戻ろうとすると、ふと誰かの歌声が聞こえた。  
誰かの、何て考えるまでもない。私は迷わず自室の隣のドアを開ける。  
その甘くて切ない歌声は、  
 
 
◇缶ビールとアイスキャンディー◇  
 
 
やっぱり、  
 
「また、お酒飲んでる」  
思わず眉をしかめてしまう。  
ベッドの縁に腰掛けていたカイトは突然自分の部屋に私が現れたことに驚いた様子も見せずに、ただ苦笑を漏らした。  
「酒、結構好きなんだよ」  
キャラじゃないじゃない、と私が返すとカイトは更に困った様な顔をしてじゃあメイコの持ってるのは何なんだよ、なんて言ってきた。  
私の手には、彼が買っておいたのであろう、ソーダ色のアイスキャンディー。  
私はこれ見よがしにその袋を開ける。そして遠慮も無しにズカズカと彼の部屋へ。  
カイトはそんな私を見ると諦めた様に自らの隣を叩いた。ここにおいで、と。  
「お酒、もう無かったわ」  
『指定席』に腰掛けると相変わらず飄々としながら缶ビールを煽る彼を見やる。  
顔色一つ変えないなんて、この男のこういうところがとても嫌いだ。  
かつて(というか最近まで)はこの男は酒が弱いのだと思っていたが、それは私が見事に填められていただけで(それを心配した私をこいつは何度押し倒したことか!何度身体を求められたことか!)、酒には滅法強いらしい。ああ、気に食わない。  
私の視線に気付いたカイトがニコリと微笑む。  
びっくりするくらい綺麗な顔。通った鼻筋、きめ細かい肌、無駄な肉付きの無い引き締まった頬に少し薄い唇。  
そして、私を見透かす様な深い藍(あお)。  
思わず目をそらしてアイスキャンディーを一口。冷たい口の中に反して頬は熱い。  
「アイスももう殆ど無かった」  
カイトの顔が近付いて来たと思った刹那、鼓膜が色っぽい低音で叩かれる。  
……わざとやってる。分かってるわ。絶対、わざとやってる。  
「だってこれが最後の一本だもの」  
一口食べる?とそれを差し出すとカイトは首を横に振った。  
「それより食べたいモノがある」  
 
気付けば彼の手に缶は握られていなくて代わりに、私の手が捕えられていて。  
   
「アイスも食べたいんじゃない?」  
私は口の端を無理矢理上げて意地悪く微笑んでみせる。このまま流れに任せるのもいいけれど押されっぱなしというのも甚だ面白くない。  
「メイコから誘ってくるなんて、珍しいね」  
彼の手によってアイスキャンディーが口元に運ばれる。それをぬるりと舌で舐め上げて透かさず彼の唇に口付けた。  
初めは微笑んでいたその唇が待ち兼ねていたかの様に開いて甘い快楽を求める。  
口に含んだ甘い媚薬をゆっくり、ゆっくり流し込む。  
クチュリ、とわざと音を立てて唇を離してカイトの端正な顔を見つめているとその喉仏が上下するのが見えた。  
 
「美味しい?」  
これでこの男が満足するとは思えないけど、私は敢えて聞いてみた。  
そして私も、  
 
「アイスも美味しいけど、もっと美味しいモノには勝てないよね」  
この言葉を待ち侘びていた。  
 
 
ふいに引き寄せられてカイトの胸に飛込む。  
同じ石鹸を使っているはずなのに私とは違う匂いがする。  
優しくてとても暖かい、大好きな彼の匂い。  
そのまま胸に顔を埋めるとカイトの腕が背中に回る。そして長い指が背中を這う。  
「……だから何でめーちゃんは俺のTシャツを着たがるのかな」  
はあ、と頭の上で溜め息が聞こえる。別に何を着ようと私の勝手じゃない。  
そう反論しようとして口を開いた瞬間、  
「!」  
ふいに広がる甘さと冷たさ。其れが先程まで握っていたアイスキャンディーだと気付くのはすぐ後で。  
「ん……」  
思わぬ仕打ちに動揺してまともに呼吸が出来ない。  
ポタポタと顎を伝っていく甘い唾液が不快だ。  
「めーちゃん、エロイよ」  
「や……そ、んなあっ、ん……」  
息も切々な私に気を良くしたのかカイトはクスクス笑いながらソーダ色の欲望で私の口腔を犯す。  
浅く出し入れしたかと思えば、深く貫いて喉の近くを其のまま掻き乱す。  
不快だった顎を伝う甘い媚薬も増えていくに連れて脳髄が甘く蕩けていくための促進剤にしかならない。  
「ね、めーちゃん。アイスと俺のとどっちが好き?」  
「!そ、んな」  
「教えてよ」  
飛びきり甘い声で囁く。ああ、こんな声私だけが知っていればいいのに。  
「……の」  
「聞こえない」  
嘘を吐け。聞こえてないはずは無いのに、この男は本当に、  
 
「か、いとのぉっ」  
苦しさと羞恥で声が上擦る。嫌だ、いやらしい。  
「めーちゃん、顔真っ赤だよ……恥ずかしかった?」  
良くできました、と漸くアイスキャンディーの甘い地獄からの解放を赦されて大きく息を吸う。  
因みに言っておくけれど特別フェラチオが好きな訳では無い。好きなのはしているときのカイトの切なげな表情(かお)。唸る喉。  
   
「でも、今日はシてもらうよりシたいんだよね」  
そう意地悪く笑うと、カイトは私を押し倒して組み敷く。  
そして遠慮も無しにTシャツを捲り上げた。  
素肌が外気に晒されてヒンヤリとする。胸の頂点がズキンと痛むのが分かった。  
やだ、私、感じてる。  
 
「ていうか、食べたい」  
私をニッコリと見下ろすカイトを見つめる。刹那、腹部に走る突き刺すような冷たい刺激。  
「やっ……」  
「メイコ、美味しそう」  
「んぁっ、んたアイスッ……!」  
その冷たい軌跡をなぞっていくカイトの生暖かい舌が私の中の雌を刺激する。  
鎖骨に食い付いたかと思えば胸を弄んだり。硬くなった胸の頂を転がされたらたまらない。  
甘噛みをされて私の身体がビクンと撥ねる。  
「あっ、ん」  
「めーちゃん、おっぱい大きいのに感じやすいよね?」  
太股近くをうろついていた手を休めないで上目遣いで聞いてくる。  
そろそろ限界なのに、早く触れて欲しいのに、分かっているのにわざと核心には触れない。  
依然唇は硬くなった頂を攻める。  
「ね、かいと……」  
「欲しくなったらおねだりね」  
やっぱり意地悪。普段が優しいだけに特別意地悪く感じてしまう。  
 
「も、げんかいっ」  
「だと思った」  
言い終わるや否や下着の間から差し入れられる長い指を待ちかねていた私は容赦無く締め付ける。  
「あああっ」  
「まだ早いよ、メイコ」  
カイトは目を細めて笑う。その瞳にさえ私は濡れる。  
「あんっあ、はっああん」  
カイトの骨張った長い指が私を鳴らす。  
こんな時『彼だけのための楽器だったらいいのに』なんて思ってしまう。  
それは、叶わない夢だけど。  
「指だけで一回イく?」  
喘ぎで答えられず、ただ何とか一回だけ大きく頷く。  
その了承のサインの如く浅く入れられていた中指は一気に深く突き入れられ、親指が硬くなった突起を刺激する。  
限界は近い。  
「あっあっはあっん、やあっ」  
「いいよ、いつでも」  
私はニヤリとカイトが口の端を上げるのを目の端で捉えると一際高い声で鳴いて、果てた。  
   
 
「どう?イけた?」  
おどける様に分かりきった事を聞いてくる。私はというと昇りつめた反動で息も切々で答えることなど到底不可能だ。  
カイトはそんな私の様子に満足した様に微笑むと中途半端に脱げかかったホットパンツと下着を難なく脱がす。  
共に自らのジャージパンツも下着ごと下ろした。目の前に猛々しい欲望の象徴が現れて思わず溜め息が出る。  
毎度毎度思うのだがよくこんなものが躯の中に入ってしまうものだ。  
「力、抜いて」  
その言葉と共に突如感じる下腹部の異物感と電流が走るような快感。  
いつもと全く同じ。同じ行為なのにどうしようもなく愛しいのは何でだろう。  
「かい、とぉっ」  
喘ぎを噛み殺す様にして必死に名前を呼ぶ。愛してる。それだけが言いたくて。  
ゆっくりだった彼の動きが徐々に速く激しくなっていく。  
グチュグチュと繋がっている箇所から漏れる卑猥な水音と互いにぶつかり合う音、私の醜い喘ぎ声、そして彼の荒い息遣い。  
それだけが私を支配する。  
切なげに眉を寄せて私の名前と愛の言葉を繰り返す。  
 
メイコ すき アイシテル すきだ めいこ  
 
私は答える代わりに背中に回した腕に力を籠める。  
 
カイト すき アイシテル すきよ かいと  
 
 
「ああっああ!」  
「っ!」  
ビクン、と身体が跳ねると直後に下腹部を生暖かさが襲った。そのむずったさと甘い快感に我慢が出来なくてカイトの首筋に噛みつく。  
ああ、またやってしまった。また暫く彼はマフラーを外せない日々が続くんだろうなあと朦朧とする意識の中でぼんやりと考えた。    
 
ズルリと彼のものが抜かれるとヌルリとした白濁液がほんの少し股を伝う。  
彼が手を伸ばして枕元にあるティッシュを二、三枚つまみ出して優しく拭き取る。何だか間抜けな後片付けではあるけれど。  
「ねえ、カイト」  
果てた後で露烈が上手く回らない。猫撫で声を出す私の頬を大きな手が擦った。  
「抱き締めたまま、このまま寝させて」  
「え、シャワーいいの?」アイスプレイとかしちゃったし、とかもごもご言って  
いるけど私はお構い無しにその首に腕を回して抱きついた。そしてついばむよう  
な軽いキスをチュ、チュ、と二回。  
大体アイスお腹に垂らしてきたのはあんたでしょうが。  
「ん……そう、だけどさ。あ、じゃあさ。」  
歌ってあげるよ、子守唄。そう耳元で囁くとカイトは歌を歌い始めた。小さい、小さい吐息の様な歌。  
 
明日またあなたの腕の中にいられますように。  
そんなことを考えながら私はその彼の少し酒くさい甘くて切ない歌声を聞きながら、目を閉じた。  
 

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